4 / 15
第1章 等価の地獄(エコノミック・ヘル)~国家を売却した令嬢は、瓦礫の山に金の雨を降らせる~
第4話 価値のない誇りは、誰も救わない
しおりを挟むイグナーツ皇国による統治が始まって、半年が過ぎた。旧カスティエロ王国の民が真っ先に目にした変化は、血の流れる粛清ではなく、冷徹な「数字」だった。
広場に掲示された新しい魔法帳簿。そこには、前政権がいかに不透明な理由で重税を課し、それを王族の遊興費に溶かしていたかが、残酷なまでに可視化されていた。
「……税が、減った?」
当初、民は疑った。だが、減ったのは税だけではない。理由も告げられぬ徴発が消え、道が整い、兵は略奪者から「守る存在」へと変わった。
「『国を売った女狐』だなんて、誰が言ったんだ……」
酒場で、誰かが震える声で呟いた。
「売られていたのは、俺たちの方だったんじゃないか。あのアドニス殿下に、安い飾りとして」
その言葉の続きを、誰もが沈黙で肯定した。アストライアが国を売ったのではない。彼女は、不当に搾取されていた民という名の「資産」を、正当な市場へと解き放っただけなのだ。
変化を受け入れられぬ旧貴族たちが企てた報復も、実行に移される前にすべて露見し、摘発された。
「自覚が足りませんね」
摘発の報告書を閉じ、アストライアは淡々と告げた。
「今のオズワルド領は、皇国の一部です。反逆の相手が誰か、理解してから動くべきでした。……シリル、彼らの『処分費用』は、没収した私財で賄えますか?」
「もちろんです、アストライア様。一銅貨の無駄もなく、彼らの骨まで換金して差し上げましたよ」
シリルは、まるで美しい花を捧げるような手つきで、断罪された貴族たちのリストを差し出した。
そして───最後まで、何も変えられなかった男がいた。アドニス・カスティエロ。
王城を追われた後も、身なりだけは整え、誰も敬わぬ命令口調だけは死ぬまで失わなかった。
「僕は、王族だぞ。アストライアを呼べ、早く僕を迎えに来させろ」
誰も、応えない。最後に目撃されたのは、裏路地で身なりの良い男娼に縋りつき、かつての華やかな夜会の話を延々と語る惨めな姿だった。
凍える冬の朝。彼はゴミ溜めの傍らで、誰にも看取られることなく、ただの「無価値な死体」として発見された。
「……死体としての市場価値もゼロ、ですか」
その報告を受けたアストライアは、眉一つ動かさなかった。元国王夫妻、エドワードとイザベラは、地方の小さな館でただ嘆息した。
「……私たちは、息子を育てたのではなく、『飾り』を甘やかしていただけだったのね」
贅沢はないが、尊厳だけは与えられている。それがアストライアが下した「元・王族」への適正な処遇───「生かさず殺さず、ただの人間として朽ちる」という、彼女なりの最も残酷な憐れみだった。
ある夜、アストライアは高楼から街を見下ろしていた。
「……これで、よろしいのですね」
ふと漏れた独り言に、背後から熱を帯びた声が返る。
「ああ。君は、この国の機能を完全に取り戻した。……そしてようやく、君を仕事から奪い去る権利を俺が手に入れた」
ヴァレリアンが隣に立ち、彼女の細い指先を絡め取る。
「この街の灯りは、すべて俺が君に与えた報酬だ。だが、報酬を受け取ったからには、それ相応の『拘束』を受けてもらうぞ。二度と、俺の目の届かない場所へは行かせない」
足元では、シリルがアストライアのドレスの裾を握りしめ、恍惚と呟く。
「あなたが救った民衆には、あなたの微笑みなど必要ありません。彼らには数字を。……そして僕には、その冷たい足蹴りと、終わりのない命令を。死ぬまで僕を使い潰すと、もう一度誓ってください」
アストライアは、夜風に髪を揺らし、微笑んだ。独占したい支配者と、壊れたい側近。二人分の異常な愛を天秤にかけ、彼女はそれを「維持コスト」として受け入れることにした。
歴史は、最後にこう記すだろう。
『王国は滅び、皇国は拡がった。だが、真に救われたのは───名もなき民であった』
そして、その裏頁には、決して消えない血と蜜の契約が刻まれている。一人の有能な女狐と、彼女を逃がさない二人の怪物の、永遠に続く「経営」の記録が。
───幕は、静かに下りる。
0
あなたにおすすめの小説
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
出戻り娘と乗っ取り娘
瑞多美音
恋愛
望まれて嫁いだはずが……
「お前は誰だっ!とっとと出て行け!」
追い返され、家にUターンすると見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる