龍神の生贄に捧げられた私、実は伝説の【光龍】でした~裏切った恋人と村人が呪いで絶望しても、もう遅い。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い~

宮野夏樹

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第2話 楓~生きるために手段を選ばない少女~

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 更紗は、最初から邪魔だった。あんなふうに真っ直ぐで、疑いを知らず、誰からも愛される娘。隣に立てば、私は自動的に彼女を引き立てるための“影”にされる。だから私は、微笑みを貼り付けた。

「更紗は私の親友だから」

 そう言えば、警戒心の欠片もないあの子の懐には簡単に入り込めた。親友という言葉は、実に便利だ。毒を塗ったナイフを隠し持つには、これ以上ない隠れ蓑になる。

 本当の目的は、秀人だった。次期村長という肩書きを持ちながら、中身は空っぽ。優柔不断で、常に誰かの色に染まりたがっている、ひどく御しやすい男。更紗の隣で、借りてきた猫のように照れている彼を見て、私は確信した。

(あぁ、この男、御しやすそう。私がいなければ呼吸の仕方もわからなくなるほど堕としてあげるわ)

 夜の納屋、更紗が家で眠っている間に、私は彼の指先を絡め、耳元で熱い吐息を吹きかけた。一度肌を合わせれば、彼は驚くほど簡単に私に溺れた。「更紗には言えないね」と囁きながら、更紗に贈るはずだった言葉を私の体に刻みつける。その背徳感に酔いしれ、縋り付いてくる彼の顔は、滑稽で、そして酷く醜悪だった。

 裏切りは、最初だけが重い。二度目からは快楽になり、三度目には、あの子を騙しているという優越感が最高のスパイスになった。

「楓は本当に優しいね。更紗も、君みたいな友達がいて幸せだよ」

 事の後に、そんな寝言を吐く秀人の胸を、私は爪でなぞる。更紗は何も知らない。秀人の精も、愛の言葉も、全て私が先に吸い取っているというのに。

 腹に命が宿ったと知ったとき、私は恐怖よりも先に、勝利の悦びに震えた。生娘でなければ、供物にはならない。

「ねえ、秀人くん。私、あなたの子供を授かったわ。……もしバレたら、私は殺される。それとも、この子を供物にする?」

 青ざめる秀人の首に腕を回し、私は蛇のように囁き続けた。私が助かるためには、更紗が死ぬしかない。私が母親になるためには、更紗が贄になるしかない。弱気な秀人を追い詰め、追い詰め、彼が「更紗を供物にする」と決断したとき、私たちは共犯者という名の、逃げ場のない檻に入った。更紗が選ばれたとき、私はあの子の肩を抱いて泣く振りをしながら、内心で舌を出した。

(私じゃなくて、よかった。あの子が死ねば、全てが私のもの)

 秀人があの子を迎えに行く? そんな勇気、私との密通で魂を腐らせた男にあるはずがない。私たちは夜ごと、更紗をどう捨てるかを話し合いながら、暗い悦びに身を浸していたのだから。だが、白銀の光が全てを暴いた。

『恩など一滴も持ち合わせておらぬ』

 更紗の声が、底冷えのする神の声となって響いたとき、私の心臓は凍りついた。

 ───見透かされている。秀人と重なり合い、あの子を嘲笑っていた醜い夜の記憶を、全て。

(違う、私は悪くない。村が悪い。秀人が私を求めたのが悪い。私はただ、あの子より賢かっただけ!)

 秀人が絶命した瞬間。悲しみはなかった。あったのは、私の計算を狂わせた、死体への猛烈な怒りだ。

「秀人くん!!  やだ、嘘……更紗、何で、何でこんな酷いことをするの!?」

 私は叫んだ。最後まで、悲劇のヒロインの仮面を剥がさないように。だが、更紗が放った言葉は、私の魂を永遠に呪縛した。

『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い……ですよ、楓』

 二十歳を迎える前に、焼かれる苦しみと共に死ぬ。我が子の命の期限を突きつけられた時、私は初めて、自分のしでかしたことの重さに気づいた───わけではない。

(あの子が呪いさえかけなければ、私は幸せになれたのに!)

 どこまでも、更紗への憎しみだけが私を支えていた。



 それから、地獄が始まった。子が六歳になった頃。小さな体は更紗の宣告通り、内側から焼かれるような熱を発した。

「母さん、あつい……たすけて……」

 水を替え、布を替え、必死に看病した。だが、それは愛情ではない。私の正しさを証明するための、意地だ。この子が生き残れば、更紗に勝てる。私の人生は間違っていなかったと言える。

 けれど、小さな手が私の指を離したとき。私の指には、どす黒い焼け跡のような痣が残った。何も残らなかった。秀人の愛も、村長の座も、期待していた未来も。更紗にかけた呪詛は、全て自分に跳ね返ってきた。

 村は崩れた。若者は次々と変死し、子は育たず、畑には毒が回った。外へ出ようとした者は、村の境界で内側から発火し、生きたまま炭になった。

 燵人は、もはや正気ではなかった。「龍神様、お許しを!」と叫びながら、毎日自分の皮膚を掻き毟り、血塗れで這い回っている。私は、叫ばない。知っているから。これは龍神の気まぐれなどではない。



 あの日、私たちが「あの子なら騙せる」「あの子なら身代わりにしてもいい」と高笑いしていた、その対価なのだと。それでも………(私が悪いわけじゃない)、心は、腐り落ちる寸前までそう言い続ける。

 ───生きたかった。愛されたかった。
 ───あの子の影になりたくなかった。
 ───それの何が罪なの?
 
 問いは、返らない。
 
 廃村寸前の、死臭の漂う家の縁側で、私は空を見上げる。更紗は今、あの美しい龍に抱かれ、幸せに笑っているのだろうか。もしそうなら、死んでも呪ってやる。たとえ来世があっても、私はまたあの子を裏切り、その幸せを奪おうとするだろう。

 私は、正しさの皮を最後まで剥がさない。剥がしてしまえば、そこに残るのは、自分でも直視できないほど醜く、爛れた、空っぽの化け物だけなのだから。ただ静かに、冷え切った絶望の底で、私は明日も「自分は悪くない」と呟き続ける。
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