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夜が白々と明け始め、薄藍色の光が部屋に差し込む頃、二人はようやく腕を解いた。 一睡もしていなかったが、その瞳には活力と、穏やかな決意が宿っている。
「貴史さん。……そろそろ、実咲貴ちゃんが起きる時間ですね」
修吾が、少し照れたように、けれど慈しみを込めて名前を呼んだ。
「ええ。……一緒に行きましょう、修吾さん。僕たちの家へ」
二人は連れ立って三階の部屋へと戻った。
鍵を開けて中に入ると、まだ静まり返ったリビングに、微かに朝の匂いが漂っている。貴史は寝室のドアをそっと開け、ベッドの中で丸まっている小さな宝物を覗き込んだ。
「実咲貴、おはよう。朝だよ」
枕元で声をかけると、実咲貴がうーん、と大きく伸びをして目を開けた。
視界の端に、パパだけでなく大好きな「いっちゃん」の姿を見つけた瞬間、彼女の顔がパッと輝いた。
「いっちゃん! いっちゃんがいる!」
実咲貴は飛び起きるなり、修吾の胸へと飛び込んだ。修吾はその小さな身体をしっかりと受け止め、心底幸せそうに目を細める。
「おはよう、実咲貴ちゃん。……今日はね、約束通りお話をしに来たんだ」
「おはなし? ぱぱといっちゃん、なかよしになったの?」
実咲貴の真っ直ぐな問いに、貴史と修吾は顔を見合わせ、深く頷いた。
「ああ。パパは、いっちゃんとずっと一緒にいたいって、お願いしたんだ」
実咲貴は二人の顔を交互に見つめ、ふふっと悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、またちゅーして! なかよしのちゅー!」
子供らしい無邪気なせがみに、貴史は一瞬たじろいだが、修吾が優しくその手を握ってくれた。
二人は、実咲貴の目の前で、ゆっくりと顔を近づけた。
朝の光の中で重なる、触れるだけの、けれど誓いのようなキス。それを見た実咲貴は、布団の上で飛び跳ねて喜んだ。
「やったー! パパがふたりになった!」
──パパが二人。
その言葉の重みに、修吾の目元が少しだけ潤んだ。彼は実咲貴の頬に手を添え、優しく囁いた。
「……ありがとう、実咲貴ちゃん。じゃあ、お祝いに、とびきり美味しいフレンチトーストを作ろうか」
「やるー! いっちゃんのあまあまのやつ!」
修吾がキッチンに立ち、エプロンを締める。 卵と牛乳を混ぜる音、パンを浸すボウルの音、そしてバターがフライパンで溶ける芳醇な香り。貴史は、その光景をダイニングの椅子に座りながら眺めていた。
つい数日前まで、ここはゴミが散らかり、絶望の匂いが満ちていた場所だった。それが今、修吾がそこに立っているだけで、まるで魔法にかかったように鮮やかな色彩を取り戻していく。
「貴史さん、お皿を。……それと、実咲貴ちゃんにはシロップをたっぷり、でしたね」 「ああ。……僕のにも、少し多めにお願いします」
テーブルに運ばれたのは、黄金色に焼き上がったふんわりと厚みのあるフレンチトースト。 三つの皿が並び、三人の湯気が重なり合う。
「「「いただきます!」」」
実咲貴が大きく口を開けて頬張り、「おいしー!」と叫ぶ。貴史も一口、口に運んだ。 甘く、温かく、そしてどこまでも優しい味。喉の奥に凝り固まっていたすべての孤独が、その一口で溶けて消えていくようだった。
「修吾さん……。本当に、美味しいです」
「良かったです。……これからも、ずっと作らせてくださいね、貴史さん」
窓の外では、街が騒がしく動き始めている。
昨日までと同じ世界。けれど、今の貴史には、どんな偏見も、どんな困難も恐れることはなかった。隣には愛する人がいて、目の前には、世界で一番幸せそうに食事をする娘がいる。
幸せな食卓。
それは、失われたものを数える場所ではなく、これから二人で、三人で作り上げていく愛の形だった。朝陽に包まれたリビングで、三人の笑い声がいつまでも、温かに響き続けていた。
To be continued...
「貴史さん。……そろそろ、実咲貴ちゃんが起きる時間ですね」
修吾が、少し照れたように、けれど慈しみを込めて名前を呼んだ。
「ええ。……一緒に行きましょう、修吾さん。僕たちの家へ」
二人は連れ立って三階の部屋へと戻った。
鍵を開けて中に入ると、まだ静まり返ったリビングに、微かに朝の匂いが漂っている。貴史は寝室のドアをそっと開け、ベッドの中で丸まっている小さな宝物を覗き込んだ。
「実咲貴、おはよう。朝だよ」
枕元で声をかけると、実咲貴がうーん、と大きく伸びをして目を開けた。
視界の端に、パパだけでなく大好きな「いっちゃん」の姿を見つけた瞬間、彼女の顔がパッと輝いた。
「いっちゃん! いっちゃんがいる!」
実咲貴は飛び起きるなり、修吾の胸へと飛び込んだ。修吾はその小さな身体をしっかりと受け止め、心底幸せそうに目を細める。
「おはよう、実咲貴ちゃん。……今日はね、約束通りお話をしに来たんだ」
「おはなし? ぱぱといっちゃん、なかよしになったの?」
実咲貴の真っ直ぐな問いに、貴史と修吾は顔を見合わせ、深く頷いた。
「ああ。パパは、いっちゃんとずっと一緒にいたいって、お願いしたんだ」
実咲貴は二人の顔を交互に見つめ、ふふっと悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、またちゅーして! なかよしのちゅー!」
子供らしい無邪気なせがみに、貴史は一瞬たじろいだが、修吾が優しくその手を握ってくれた。
二人は、実咲貴の目の前で、ゆっくりと顔を近づけた。
朝の光の中で重なる、触れるだけの、けれど誓いのようなキス。それを見た実咲貴は、布団の上で飛び跳ねて喜んだ。
「やったー! パパがふたりになった!」
──パパが二人。
その言葉の重みに、修吾の目元が少しだけ潤んだ。彼は実咲貴の頬に手を添え、優しく囁いた。
「……ありがとう、実咲貴ちゃん。じゃあ、お祝いに、とびきり美味しいフレンチトーストを作ろうか」
「やるー! いっちゃんのあまあまのやつ!」
修吾がキッチンに立ち、エプロンを締める。 卵と牛乳を混ぜる音、パンを浸すボウルの音、そしてバターがフライパンで溶ける芳醇な香り。貴史は、その光景をダイニングの椅子に座りながら眺めていた。
つい数日前まで、ここはゴミが散らかり、絶望の匂いが満ちていた場所だった。それが今、修吾がそこに立っているだけで、まるで魔法にかかったように鮮やかな色彩を取り戻していく。
「貴史さん、お皿を。……それと、実咲貴ちゃんにはシロップをたっぷり、でしたね」 「ああ。……僕のにも、少し多めにお願いします」
テーブルに運ばれたのは、黄金色に焼き上がったふんわりと厚みのあるフレンチトースト。 三つの皿が並び、三人の湯気が重なり合う。
「「「いただきます!」」」
実咲貴が大きく口を開けて頬張り、「おいしー!」と叫ぶ。貴史も一口、口に運んだ。 甘く、温かく、そしてどこまでも優しい味。喉の奥に凝り固まっていたすべての孤独が、その一口で溶けて消えていくようだった。
「修吾さん……。本当に、美味しいです」
「良かったです。……これからも、ずっと作らせてくださいね、貴史さん」
窓の外では、街が騒がしく動き始めている。
昨日までと同じ世界。けれど、今の貴史には、どんな偏見も、どんな困難も恐れることはなかった。隣には愛する人がいて、目の前には、世界で一番幸せそうに食事をする娘がいる。
幸せな食卓。
それは、失われたものを数える場所ではなく、これから二人で、三人で作り上げていく愛の形だった。朝陽に包まれたリビングで、三人の笑い声がいつまでも、温かに響き続けていた。
To be continued...
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