17 / 20
第四章
第三章:閉ざされる門、愛しい女王への訣別
しおりを挟む
王城の崩壊は最終局面に達していた。
凄まじい浸水が廊下を奔流となって駆け抜け、傾斜する床を這うようにして、ルークはセリーヌの腰を抱き、方舟の最終脱出ハッチへと急がせた。
「急いでください、セリーヌ様! 気密隔壁が閉じるまで、あと三十秒を切りました!」 ハッチの縁に辿り着いた瞬間、ルークは彼女を船内へと力強く押し込んだ。だが、彼自身がその足を踏み出すことはなかった。
「……ルーク? 何を、来い! これは私の命令だ!」
セリーヌが叫び、必死にルークの手を掴もうとハッチから身を乗り出す。だが、ルークは静かにその手を拒み、ハッチ横の非常閉鎖レバーを握った。
「私がお供できるのは、ここまでです。島が沈没する際、内部から物理的にシステムを完全遮断し、方舟を負の重力の引きずり込みから切り離す者が一人、残らねばなりません」
それは、死を意味する。それも、ただの死ではない。沈みゆく鉄塊の深奥で、永遠に海に溶けることを意味していた。
「ふざけるな! お前は私の夫だろう!? 私を独りにするつもりか!? ──ルーク!!」
セリーヌは一人の女として、なりふり構わず泣き叫んだ。夫を失いかけた女は涙ながらに愛を叫んだ。彼女の頬を涙が伝い、ルークの指先に落ちる。その瞬間、初めて、ルークの鉄のような自制心が崩れた。彼はハッチの隙間からセリーヌを抱き寄せ、その唇を強引に奪った。
その接吻は、潮の香りと、消えゆく命の灯の味がした。セリーヌは彼の首に縋り付き、行かせまいと衣を掴んで離さない。
「私の役割は、貴女をこの古い世界の呪縛から解き放つこと。これ以上、貴女をフィオナにさせはしない。貴女の胎内にはきっと『彼ら』の種が宿っている。彼らとともに生きなさい」
ルークはセリーヌの濡れた頬を片手で包み、かつて図書館の地下で出会った時と同じ、穏やかで慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「行ってください、私の、愛しい女王。……新しい世界で、自由に。それこそが、私の唯一の救いなのですから」
「嫌だ……!!嫌だぁ!! ルーク!!」
セリーヌの指先がルークの頬を掠め、虚空を掴んだ。
ガガガ、と無慈悲な音を立てて厚い鋼鉄のハッチが閉ざされる。覗き窓の向こう側、浸水しゆく暗闇の中で、ルークは最後まで背筋を伸ばし、深く、優雅に最期の礼を捧げていた。 直後、島が深海へと引きずり込まれる轟音がすべてを飲み込んだ。『アーク・ノア』のエンジンが青白い光を放ち、爆発的な推力で沈みゆく大地を蹴り飛ばす。セリーヌは閉ざされたハッチに額を押し当て、声にならない絶叫を上げ続けた。
凄まじい浸水が廊下を奔流となって駆け抜け、傾斜する床を這うようにして、ルークはセリーヌの腰を抱き、方舟の最終脱出ハッチへと急がせた。
「急いでください、セリーヌ様! 気密隔壁が閉じるまで、あと三十秒を切りました!」 ハッチの縁に辿り着いた瞬間、ルークは彼女を船内へと力強く押し込んだ。だが、彼自身がその足を踏み出すことはなかった。
「……ルーク? 何を、来い! これは私の命令だ!」
セリーヌが叫び、必死にルークの手を掴もうとハッチから身を乗り出す。だが、ルークは静かにその手を拒み、ハッチ横の非常閉鎖レバーを握った。
「私がお供できるのは、ここまでです。島が沈没する際、内部から物理的にシステムを完全遮断し、方舟を負の重力の引きずり込みから切り離す者が一人、残らねばなりません」
それは、死を意味する。それも、ただの死ではない。沈みゆく鉄塊の深奥で、永遠に海に溶けることを意味していた。
「ふざけるな! お前は私の夫だろう!? 私を独りにするつもりか!? ──ルーク!!」
セリーヌは一人の女として、なりふり構わず泣き叫んだ。夫を失いかけた女は涙ながらに愛を叫んだ。彼女の頬を涙が伝い、ルークの指先に落ちる。その瞬間、初めて、ルークの鉄のような自制心が崩れた。彼はハッチの隙間からセリーヌを抱き寄せ、その唇を強引に奪った。
その接吻は、潮の香りと、消えゆく命の灯の味がした。セリーヌは彼の首に縋り付き、行かせまいと衣を掴んで離さない。
「私の役割は、貴女をこの古い世界の呪縛から解き放つこと。これ以上、貴女をフィオナにさせはしない。貴女の胎内にはきっと『彼ら』の種が宿っている。彼らとともに生きなさい」
ルークはセリーヌの濡れた頬を片手で包み、かつて図書館の地下で出会った時と同じ、穏やかで慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「行ってください、私の、愛しい女王。……新しい世界で、自由に。それこそが、私の唯一の救いなのですから」
「嫌だ……!!嫌だぁ!! ルーク!!」
セリーヌの指先がルークの頬を掠め、虚空を掴んだ。
ガガガ、と無慈悲な音を立てて厚い鋼鉄のハッチが閉ざされる。覗き窓の向こう側、浸水しゆく暗闇の中で、ルークは最後まで背筋を伸ばし、深く、優雅に最期の礼を捧げていた。 直後、島が深海へと引きずり込まれる轟音がすべてを飲み込んだ。『アーク・ノア』のエンジンが青白い光を放ち、爆発的な推力で沈みゆく大地を蹴り飛ばす。セリーヌは閉ざされたハッチに額を押し当て、声にならない絶叫を上げ続けた。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる