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第一章:七軒の家
(1)そして二人は
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「いいだろ」
「嫌です」
「いいだろ、減るもんでなし」
「減ります」
「減らないだろ」
「じゃあ先輩は、嫌いなものを100回食べたら好きになるんですか」
「いいや?」
「そうでしょ。だから僕だって、100回経験したって怖いものは怖いんです」
だから嫌です、と谷本新也(タニモトアラヤ)は断言した。
コメダ珈琲での一幕だった。
狭いボックス席。
目の前で不遜に足を組み、身を乗り出している男——藤崎柊輔は、悔しいほどに絵になる男だった。
バスケット部時代から変わらぬ、均整の取れた高い身幅。モデルのように整った顔立ちが、窓から差し込む西日に照らされ、無駄に神々しい。
対する僕は、どこにでもいる平凡な顔立ちの地方公務員だ。藤崎の大きな影にすっぽりと覆われ、逃げ場を塞がれているようなこの圧迫感。高校時代から、僕はいつもこの男の放つ『強者の空気』に呑まれてしまう。
新也はいつものとおり、藤崎柊輔の申し出をきっぱりと断ったのだ。
「なんでだよ、それとこれとは別物だろう。俺の、先輩の言うことが聞けないってのか新也」
新也の前で、頼む側のくせに偉そうに藤崎はふんぞり返る。
先輩後輩と言っても高校時代の部活のことだ。卒業し、お互いに別々の道へ進んでからも、時々飲む程度には仲は良いが……先輩風を吹かされる筋合いはもうない、筈だ。
悔しいほどに男前の藤崎と、凡庸な容姿の新也は何から何まで対象的だった。
「なんですか、その理屈は。お互いにもう二十八と九じゃないですか。今更そんなこと……」
「知らないのか、先輩後輩は一生モノだぞ。潰れかけていた文芸部に途中入部してやった恩を忘れたのか?」
「それで、先輩は今や作家先生。僕は地方公務員なんですからね、世の中わからないですよね」
「作家先生様と読んでくれて構わないぞ、新也」
高校時代、藤崎はバスケット部のエースだった。派手なパフォーマンスと端正なルックス、明るい性格で部活動での活躍華々しい彼が文芸部の扉を叩いたのは、新也が入部した直後の春だった。
実は文学が好きだという彼は、先輩が卒業し、新也と同学年の林という男子生徒しかいなかった文芸部の存続に一躍かってくれた。3人いたおかげで、部としては廃部になったが同好会として存続できたのだ。
そういった恩があると言えば恩はある。だが、本当にそれとこれとは別問題だ。
しかし藤崎は、男でもうっとりするような綺麗な笑顔で笑った。
「だから、新也。大人しくホラー物件「七軒の家」へ同行取材にきてくれ」
新也は見惚れて、うっかり頷きかけ、ぶんぶんと首を振った。
「無理です!」
「何でだよ」
「だから、……!」
そして最初に戻るである。
新也にはホラー体質があった。霊感体質ではない。
ホラーやオカルト、ありとあらゆるちょっと不思議な出来事が新也の身には次々起こるのだ。その能力というか特技をあてにして、やれお祓いをしてくれ、新居におかしなものはいないか見てくれと、頼み事をしてくる知人は多い。
だが、新也自身には何の能力もなく、また怖いものが大嫌いなので全て断ってきた。
藤崎はそういった輩とは違うと思っていたのに、背に腹はかえられないらしい。
「今度の企画には絶対にお前の力が必要なんだよ、新也」
常連のコメダの店内で名前を連呼されては恥ずかしい。
藤崎は霊感ゼロ、そういった意味では不感症と言って良いほどの鈍感な男だった。
それが今回はホラーの企画物が立ち上がっているらしい。旬の作家が書く、一人一遍のホラー短編集。そこに藤崎は実録怪談風の話を載せることになっているらしい。しかし実体験どころか興味さえない彼には書けるはずもなく、新也を呼び出したということだ。
新也は声を潜めて藤崎に顔を近づけた。これ以上騒がれたくない。
「とにかく、俺には無理ですって」
そう言うと、藤崎は不敵に笑った。
「いや、お前は引き受けるね」
自信満々の様子に、新也は嫌な予感がする。
「……どうしてそう言い切れるんですか」
「俺に借りがあるからだよ、文芸部の借りだ」
「ぐっ……」
新也は言葉に詰まった。確かに借りがある。頼んだわけではないが、借りは借りだ。
同じ文芸部から作家が出たというのも誇らしい。
そして悔しいが、先輩であるこの男にはなにか抗い難い魅力……強引さがあるのも事実だった。
「……一回だけですよ」
とうとう新也は観念した。
このままでは放して貰えそうにない。一回だけですから、と念を押すと憎たらしいほどに晴れ晴れとした顔で藤崎は笑った。
「恩に着るよ、新也。一回だけだ」
こうして、新也と藤崎は「七軒の家」というホラー物件に取材に行くこととなった。
「嫌です」
「いいだろ、減るもんでなし」
「減ります」
「減らないだろ」
「じゃあ先輩は、嫌いなものを100回食べたら好きになるんですか」
「いいや?」
「そうでしょ。だから僕だって、100回経験したって怖いものは怖いんです」
だから嫌です、と谷本新也(タニモトアラヤ)は断言した。
コメダ珈琲での一幕だった。
狭いボックス席。
目の前で不遜に足を組み、身を乗り出している男——藤崎柊輔は、悔しいほどに絵になる男だった。
バスケット部時代から変わらぬ、均整の取れた高い身幅。モデルのように整った顔立ちが、窓から差し込む西日に照らされ、無駄に神々しい。
対する僕は、どこにでもいる平凡な顔立ちの地方公務員だ。藤崎の大きな影にすっぽりと覆われ、逃げ場を塞がれているようなこの圧迫感。高校時代から、僕はいつもこの男の放つ『強者の空気』に呑まれてしまう。
新也はいつものとおり、藤崎柊輔の申し出をきっぱりと断ったのだ。
「なんでだよ、それとこれとは別物だろう。俺の、先輩の言うことが聞けないってのか新也」
新也の前で、頼む側のくせに偉そうに藤崎はふんぞり返る。
先輩後輩と言っても高校時代の部活のことだ。卒業し、お互いに別々の道へ進んでからも、時々飲む程度には仲は良いが……先輩風を吹かされる筋合いはもうない、筈だ。
悔しいほどに男前の藤崎と、凡庸な容姿の新也は何から何まで対象的だった。
「なんですか、その理屈は。お互いにもう二十八と九じゃないですか。今更そんなこと……」
「知らないのか、先輩後輩は一生モノだぞ。潰れかけていた文芸部に途中入部してやった恩を忘れたのか?」
「それで、先輩は今や作家先生。僕は地方公務員なんですからね、世の中わからないですよね」
「作家先生様と読んでくれて構わないぞ、新也」
高校時代、藤崎はバスケット部のエースだった。派手なパフォーマンスと端正なルックス、明るい性格で部活動での活躍華々しい彼が文芸部の扉を叩いたのは、新也が入部した直後の春だった。
実は文学が好きだという彼は、先輩が卒業し、新也と同学年の林という男子生徒しかいなかった文芸部の存続に一躍かってくれた。3人いたおかげで、部としては廃部になったが同好会として存続できたのだ。
そういった恩があると言えば恩はある。だが、本当にそれとこれとは別問題だ。
しかし藤崎は、男でもうっとりするような綺麗な笑顔で笑った。
「だから、新也。大人しくホラー物件「七軒の家」へ同行取材にきてくれ」
新也は見惚れて、うっかり頷きかけ、ぶんぶんと首を振った。
「無理です!」
「何でだよ」
「だから、……!」
そして最初に戻るである。
新也にはホラー体質があった。霊感体質ではない。
ホラーやオカルト、ありとあらゆるちょっと不思議な出来事が新也の身には次々起こるのだ。その能力というか特技をあてにして、やれお祓いをしてくれ、新居におかしなものはいないか見てくれと、頼み事をしてくる知人は多い。
だが、新也自身には何の能力もなく、また怖いものが大嫌いなので全て断ってきた。
藤崎はそういった輩とは違うと思っていたのに、背に腹はかえられないらしい。
「今度の企画には絶対にお前の力が必要なんだよ、新也」
常連のコメダの店内で名前を連呼されては恥ずかしい。
藤崎は霊感ゼロ、そういった意味では不感症と言って良いほどの鈍感な男だった。
それが今回はホラーの企画物が立ち上がっているらしい。旬の作家が書く、一人一遍のホラー短編集。そこに藤崎は実録怪談風の話を載せることになっているらしい。しかし実体験どころか興味さえない彼には書けるはずもなく、新也を呼び出したということだ。
新也は声を潜めて藤崎に顔を近づけた。これ以上騒がれたくない。
「とにかく、俺には無理ですって」
そう言うと、藤崎は不敵に笑った。
「いや、お前は引き受けるね」
自信満々の様子に、新也は嫌な予感がする。
「……どうしてそう言い切れるんですか」
「俺に借りがあるからだよ、文芸部の借りだ」
「ぐっ……」
新也は言葉に詰まった。確かに借りがある。頼んだわけではないが、借りは借りだ。
同じ文芸部から作家が出たというのも誇らしい。
そして悔しいが、先輩であるこの男にはなにか抗い難い魅力……強引さがあるのも事実だった。
「……一回だけですよ」
とうとう新也は観念した。
このままでは放して貰えそうにない。一回だけですから、と念を押すと憎たらしいほどに晴れ晴れとした顔で藤崎は笑った。
「恩に着るよ、新也。一回だけだ」
こうして、新也と藤崎は「七軒の家」というホラー物件に取材に行くこととなった。
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