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第一章:七軒の家
(2)獣道の先に
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「ここですか」
「ここ、だな」
二人は懐中電灯を手に、鬱蒼と茂る獣道を目の前にしていた。
Y県某所。街中から離れ、山間部を行くこと三十分。川沿いの主要な県道から歩いてすぐ、と教えられていたその七軒の家は、今は草で覆われた獣道の向こう、消えかけた細い道の先に1軒目の屋根がかろうじて見えるか見えないかという有様だった。
季節は真夏。
時は夜中の二十三時である。
新也はすでに帰りたくなっていた。背中を冷たい汗が滑り落ちていき、ゾクゾクするのが止まらない。
県道の脇に止めた車の側には人っ子一人おらず、車も一台も通りかからない。背後の一級河川から聞こえる川のせせらぎは真夏なのに寒々しく、足元では少し早い鈴虫がリンリンと鳴くばかりだった。
「その、情報提供者の方によると、いわれも何もない……でしたよね?」
「そのはずだが?けど、何も事件などなかった筈の七軒ある古びた空き家で、次々怪異が起こる、だったかな」
何も感じていないらしい藤崎は平然と、背伸びをして獣道の崎を覗こうなどしている。
「先ぱ……、藤崎さんは何も感じないんですか?」
新也には獣道の奥、大きな木の陰から手招きする青白い腕が見えていた。透き通って、向こう側の茂みが見えることからも、間違っても地域住民……ではないだろう。
「感じろったって……蒸し暑いなとか?鈴虫うっさいな、くらいだろ」
腕を組み首を傾げる藤崎の鈍感さを憎々しく感じながら、新也は深呼吸する。
「……見えないって良いですね」
「何だ。意味のよくわからない嫌味を言うなよ。さあて、行くとしよう」
腕組みを解いた藤崎が舌なめずりをするように笑み、腕を大きく回した。やる気は十分だ。
一方の新也はすでに尻込みをしていた。
「行くんですか!?」
「行かなきゃ始まらないだろう。どうして私道の通行許可まで取ったと思ってんだお前」
心底不思議そうに首を傾げて、藤崎は新也を見下ろした。身長差はさほどないはずだが、背筋の伸びている藤崎と猫背でビクビクしている新也では十センチ以上も背丈が違って見える。
藤崎にトンっと背中を押されて、新也は獣道へ一歩踏み出した。
首筋がひやりとする。道は、雨が降った様子もないのにじめっと湿っている。
悪い兆候だった。
いる。
新也は確信する。先程の青白い手はすでに消えていたが、ここには他にも何かいる。
新也はばっと藤崎を振り返った。
「帰りましょう!」
「馬鹿か!」
「馬鹿と言われても構いません。帰りま……っ!」
新也の言葉は途中で消えた。
獣道を数歩進んだ先に、一軒目の家の屋根と二階の窓が見えた。
家は予想よりも新しく、少し古びた建売住宅という見た目だ。
箱型の総二階で、玄関だけが前へせり出している。外装は板塀と吹付け……だっただろう。苔むし、蔦が覆う壁は所々に抜け落ちて、内部が見えるようになっていた。二階の窓もガラスが砕け、雨戸もボロボロだった。
その二階に、誰かがいる。
白く佇む小さな影が、片手の平をこちらに向けている。まるで、窓へ手を押し当ててこちらを見下ろすように。
「さぁ、行くぞ」
黙ってしまった新也の反応を良いことに、藤崎はずんずん進む。置いていかれては敵わない。
新也はどうにか二階の影から視線を引き剥がし、慌てて藤崎を追った。
「ここ、だな」
二人は懐中電灯を手に、鬱蒼と茂る獣道を目の前にしていた。
Y県某所。街中から離れ、山間部を行くこと三十分。川沿いの主要な県道から歩いてすぐ、と教えられていたその七軒の家は、今は草で覆われた獣道の向こう、消えかけた細い道の先に1軒目の屋根がかろうじて見えるか見えないかという有様だった。
季節は真夏。
時は夜中の二十三時である。
新也はすでに帰りたくなっていた。背中を冷たい汗が滑り落ちていき、ゾクゾクするのが止まらない。
県道の脇に止めた車の側には人っ子一人おらず、車も一台も通りかからない。背後の一級河川から聞こえる川のせせらぎは真夏なのに寒々しく、足元では少し早い鈴虫がリンリンと鳴くばかりだった。
「その、情報提供者の方によると、いわれも何もない……でしたよね?」
「そのはずだが?けど、何も事件などなかった筈の七軒ある古びた空き家で、次々怪異が起こる、だったかな」
何も感じていないらしい藤崎は平然と、背伸びをして獣道の崎を覗こうなどしている。
「先ぱ……、藤崎さんは何も感じないんですか?」
新也には獣道の奥、大きな木の陰から手招きする青白い腕が見えていた。透き通って、向こう側の茂みが見えることからも、間違っても地域住民……ではないだろう。
「感じろったって……蒸し暑いなとか?鈴虫うっさいな、くらいだろ」
腕を組み首を傾げる藤崎の鈍感さを憎々しく感じながら、新也は深呼吸する。
「……見えないって良いですね」
「何だ。意味のよくわからない嫌味を言うなよ。さあて、行くとしよう」
腕組みを解いた藤崎が舌なめずりをするように笑み、腕を大きく回した。やる気は十分だ。
一方の新也はすでに尻込みをしていた。
「行くんですか!?」
「行かなきゃ始まらないだろう。どうして私道の通行許可まで取ったと思ってんだお前」
心底不思議そうに首を傾げて、藤崎は新也を見下ろした。身長差はさほどないはずだが、背筋の伸びている藤崎と猫背でビクビクしている新也では十センチ以上も背丈が違って見える。
藤崎にトンっと背中を押されて、新也は獣道へ一歩踏み出した。
首筋がひやりとする。道は、雨が降った様子もないのにじめっと湿っている。
悪い兆候だった。
いる。
新也は確信する。先程の青白い手はすでに消えていたが、ここには他にも何かいる。
新也はばっと藤崎を振り返った。
「帰りましょう!」
「馬鹿か!」
「馬鹿と言われても構いません。帰りま……っ!」
新也の言葉は途中で消えた。
獣道を数歩進んだ先に、一軒目の家の屋根と二階の窓が見えた。
家は予想よりも新しく、少し古びた建売住宅という見た目だ。
箱型の総二階で、玄関だけが前へせり出している。外装は板塀と吹付け……だっただろう。苔むし、蔦が覆う壁は所々に抜け落ちて、内部が見えるようになっていた。二階の窓もガラスが砕け、雨戸もボロボロだった。
その二階に、誰かがいる。
白く佇む小さな影が、片手の平をこちらに向けている。まるで、窓へ手を押し当ててこちらを見下ろすように。
「さぁ、行くぞ」
黙ってしまった新也の反応を良いことに、藤崎はずんずん進む。置いていかれては敵わない。
新也はどうにか二階の影から視線を引き剥がし、慌てて藤崎を追った。
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