視えすぎる公務員と不感症作家の怪異事件録 〜「次も頼むな」って、僕は嫌ですからね!〜

河野彰

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第一章:七軒の家

(4)そして終わりに

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「で?」
「でって?」
「いや、なにか出たでしょう、あの家のいわれ」
「そのことか」

 藤崎はふんっとソファへふんぞり返って座った。
 先だってのコメダ珈琲だった。
 新也は仕事の帰り、藤崎は打ち合わせの帰りだった。外はもう暗く、周囲はガヤガヤと賑やかだった。
 先日のあの出来事が嘘のように……と思いかけたところで、新也は藤崎を睨んだ。
 あの場で何が起こったのか。
 詳しくは帰りの車中で、また取材と称して翌日にも藤崎からインタビューを受けた。新也からすれば、近年稀に見る恐怖体験だったわけだが、藤崎からすれば、一緒に行った後輩がただいきなり叫びだし一緒に逃げた経験に過ぎない。
 二人の見解は混迷を極めた。
 確かにあの家々で何かがあったはずだと主張する新也に、何も見えなかった藤崎は困惑するばかりだ。気のせいだろうと笑う始末だった。

「そのこと以外に何があるっていうんですか」
「別に……おかげさまで、プロットは通ったからな、あれ」
「そうじゃなく」

 藤崎が新也を制した。

「残念ながら、いわれは何もなかった。編集にも調べさせたよ」
「え」

 そんな、と新也は眉を寄せた。

「あの七軒の家は、本当に何もなかった。三十年以上前、山間に建てられた場違いな建売住宅だ」

 不味そうに藤崎は珈琲を口に運んだ。安い珈琲は口に合わないのかもしれない。

「そんな筈ないですよ、絶対だ。あそこではなにか凶悪な……、」
「あそこでは、ないな。……別の場所だよ。調べさせた」
「え?」
「調べさせたんだ」

 そっぽを向いて藤崎が言った。
 新也はぽかんとした。

「調べて、くださったんですか?」

 意外だった。藤崎はあそこで起こったことを何も見えていなかったからだ。見てもいない、信じてもいないことを、調べてくれるような性格ではないことを新也は知っていた。

「ああ、調べた。あの家じゃないとしたら……って、お前が大騒ぎしたからだろ」
「はあ……」

 何を不思議がるんだと、藤崎が新也に怒ったように言う。新也は不思議に思ったが、藤崎の剣幕に押されて頷くしかない。

「とりあえず、お前があれだけおかしくなった。何かあるんだろうと家を探ったが、土地にも家にも、関係した会社や不動産業者にもあたったが何も出なかった。それで、考えたんだ、キーワードを変えれば良いって」
「キーワード?」
「そう、お前はインタビューで七体見たと言った。そのうち、一体はすごく怖かったとも」
 子供みたいな言い方でな、とニヤリと付け加えられて新也は下を向くしかない。藤崎は声を潜めると、手元のスマホをタップし新也のスマホに新聞記事のコピー写真を送ってきた。

 新也は手元に届いたその記事を拡大で読もうと試みる。少し古い記事のようだった。

「それで、六人殺害、または七人死亡ってキーワードに変えて探したんだ」

 ぞっとするワードを藤崎はさらりと述べた。
 新也は息を飲む。
 記事を拡大しようとしていた指は止まっていた。
 藤崎はぬるくなった珈琲を一口飲むと、理解し難いという顔をしながらも続けた。

「そしたら、出た」
「これ、ですか?」
「そう。あの7軒の家からすぐに県道に出られただろう。あの県道の側を通る一級河川が、Y県を貫いて、上流がS県に繋がっている。その上流の村で、十五年前にある事件が起こっている。場所はS県K村」
「もしかして、……K村の六人惨殺事件?」

 新也もすぐに思いついた。全国区で話題になった凄惨な事件だ。
 新也は改めて新聞記事を手元で拡大し読んでいった。
 村人の一人がある日の深夜、自宅に火を付け、周辺住民をナタで惨殺して回った事件だ。六人が死亡、五名が負傷、犯人は山に逃げ込み、翌日首を吊った状態で発見された。亡くなったのは小学生未満の子供が一人、その他のほとんどが八十前後の老人だった。

「その七人が、川を伝って……流れ着いた……?」

 新也は手に触れた冷たい感触を思い出した。確かにあの手は濡れていた。
 なぜかは分からない。川の流れに沿ったのか、山を登ったのか。六人の、いや七人の魂はあの七軒の家にたどり着いた。そしてどこにもいけなくなってしまった。

「そうと考えるのが、妥当じゃないか。なぜかは聞くなよ。探っていったらたまたま、近くでそういう事件があった。……そう考えるのが正しいかもしれない」

 俺には見えなかったしな、と藤崎は頬づえをついた。
 新也は改めてじっとりとしたあの夜の空気を思い出していた。真夏なのに冷たく、そして川の音とか細い声。あれは犠牲者の声だったのか。そしてあの野太い声は……。
 ふと気づくと、藤崎がじっと新也を見つめていた。新也は不審に思って訊ねた。

「……なんですか」
「いや」
「気持ち悪いですよ、はっきり言ってください」

 藤崎は肩を竦める。

「言ったらお前は怒ると思うが」
「言わなければわからないでしょ」
「百回経験しても、怖いものは怖いんだろ?」
「そうですけど……?」

 煮えきらない風情の藤崎に新也は苛々と先を促す。頬づえをついたまま、藤崎は首をかすかにかしげた。優しく微笑んでいるようにも見える。悔しいが、そんな仕草も様になる男前だった。

「プロットを褒められてな。ホラー連載の話が来たんだ」
「え!?」
「また次も頼むな」

 驚き立ち上がる新也に、藤崎が大声で笑った。

【end】
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