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第一部
序章:鉛の空と群青の檻
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始まりは、南の海の咆哮だった。 オセアニアの島々で連鎖的に火を噴いた火山群は、わずか数週間で空を塗り潰した。
そこは「リング・オブ・ファイア(環太平洋造山帯)」と呼ばれる火山帯だった。
かつては豊かな緑と青空に縁どられた楽園のようだったそこ。二千二百年代の終わりにその中の一つの火山が咆哮を上げた。噴火は連鎖し、地震や津波が頻発した。そして何より、あの灰が、カイたちが死の灰と呼ぶあの灰が地球を覆ってしまった。
カイは教科書でしか知らないが、噴火で成層圏に達した硫黄成分が「硫酸エアロゾル」という膜になり、それが数十年~数百年単位で太陽光を遮り続けるのが、氷河期の原因らしい。
だからカイの知る空は、年中降り続く灰色の雪と鉛色の夕焼け空だった。かつての空は澄み渡る青に黄金色の太陽だというが誰もそんなものは見たことがなかった。
その氷河期は地球史から見れば見ればほんの些細な出来事だった。平均気温が二十度近く下がり、地上は氷に閉ざされた。南国の国々でさえ夏の気温が十度に満たない。食物は枯れ、大地は凍てつき、数百年もの間、人間は地上で暮らせなくなった。
人間は極端に人口が減り、一か所に定住せざるを得なくなった。そのうち、富を持つ裕福なものたちが地下や深海、海上へと逃げ出した。その中でも海上への脱出は最も裕福な一握りの人間に限られた。彼らは超大型移動都市(ヨット)をいくつも連ねて浮島を作り町を形成した。低緯度の地上で暮らす者たちは自分たちを蔑み、地上民(ワーカー)と呼んでいた。そして海上で暮らす者たちを羨み「ノアの末裔」と呼んだ。
だが、そんなノアの末裔たちにも弱点はあった。恒常的なビタミン不足である。海上では自然生来のビタミンを手に入れることが難しい。特にビタミンB群とビタミンC。彼らはこれらを含む高ミネラル・ビタミン剤を通貨代わりに使用していた。いずれにせよ、そのビタミン剤は地上で手に入れるしかない。ワーカーはそんな海上民をねたみ、蔑み、「黄金の壊血病(ゴールデン・スカービー)」とも呼んでいた。
さりとて、ビタミンたっぷりの食事をワーカーが摂っていたわけではなかった。貴重なビタミン資源は、全て高ミネラル・ビタミン剤、「ドロップ」へと変わった。海上民はこのリブラを通貨単位として使っていた。一つの錠剤が一ドロップで、十ケのドロップ一シート分が一リブラだった。
さりとて、海洋に全くビタミンが存在しないわけではなかった。例えば、チムニーと呼ばれる熱水噴出孔。太陽光の代わりに化学反応でエネルギーを作る細菌。これがビタミンB12などの神経系に不可欠な栄養」を爆発的に生成している。またチムニー付近は温暖で、生息する深海エビもアスタキサンチンという抗酸化物質(ビタミンAに近い働き)を豊富に持っている。また、乙女の涙といわれる深海魚からとれる肝油にはビタミンA・D・E・DHAが豊富に含まれている。さらには、深海苔と呼ばれる人工苔はもっとも価値の高いビタミンC(シトロン)を生成するという噂だ。
カイはダイバーとして、新たな熱源チムニーを探すのを仕事にしていた。チムニーの新たな発見は、ワーカーの念願だった。チムニーさえ発見されれば、そのほとんどをドロップに変えなくても良い。自分たちの栄養不足を補うことができるのだ。
カイは裕福な海上民に雇われている下働きのワーカーだった。その親もさらにその親も、海上民に雇われ、賃金の代わりにドロップを支給されて永らえていた。
彼の家族は妹一人きりだった。両親は過酷な生活に耐えられず早世していた。妹は重度の壊血病だった。快活な彼が笑わせ、一生懸命世話をやいたが彼が二十四の時にとうとう二十の妹は立ち上がれなくなった。
床で寝ているしかなかった。
「次のドロップ支給日まであと3日しかないが、手持ちは底をついた」
そう告げると妹ははかなげに笑った。
妹の歯茎から出血が止まらなくなり、あと数回分のシトロン(ビタミンC)がなければ手遅れになる……それは誰の目にも明確な事実だった。
そんな彼に海上民の主入は言った。
「自分でドロップを探してくることだな。働けない人間を雇うほど暇じゃないんでな」
悔しく辛く、いうことを聞くしかない自分を不甲斐なく思った。だが、誰も彼らを助けてはくれない。世界は病んでいた。食料の奪い合いに温暖な土地の奪い合い。誰もが疲弊して、互いに助け合う心を失っていた。
そんな中で、くじけずに妹を看病し続けているカイの心は冷え切っていた。
(どうせ、誰も助けちゃくれない。自分の……自分たちのことは自分たちですべて贖わなければならない)
彼は雇用主の海上民の言うまま、危険なチムニー探索へとその身を投じた。
その昔、チムニーの探索は、「黒い煙(ブラック・スモーカー)」と呼ばれる噴出物をセンサーで探知することから始まった。噴出物に含まれる硫化物やマンガン、メタンの濃度を測り、潮の流れを読み、成分が濃い方へ遡る「プルーム・ハンティング」を行っていたらしい。けれどその技術や熟練の技師が失われて、今では別の方法をとる。
深海で熱源となるチムニーのわずかな熱の粒子の揺らぎをとらえる「ニュートリノ・スキャナー」。比較的コストのかからない「ソナー・バイオ・ミミクリー」。これは深海生物(クジラやダイオウイカ)の鳴き声の反響を利用した超広域ソナーで、自然の音に紛れ込ませることで、エネルギー消費を抑えつつ海底地形をマッピングすることでチムニーを探し出す。
カイはその日もニュートリノ・スキャナーを使う船に乗っていた。小型の潜水艇に乗り込み、熱源を発見すればダイバースーツに身を包む。超小型潜水艇、「高圧環境対応型の探査用DPV」を手に握り海へと潜っていく。カイはその壊れかけのDPVに「モナス」という愛称をつけていた。たった一つのという意味のギリシャ語で、海底で作業する相棒にふさわしいと思ったからだ。
「おい、カイ。今日の風は潮の匂いが濃い。こんな日は当たりだとじいさまが言ってた」
「マジですか? やった! カイ頑張ります!」
相棒の言葉に、カイは軽く手を振って応えた。長く伸びた日に焼けた赤毛の前髪が視界で舞う。
カイは継ぎ接ぎだらけの耐圧スーツの中で、自分の荒い呼吸音を聞いていた。
フィルタを通してもなお、肺の奥には地上で吸い込み続けた「灰の味」がこびりついている。
手元のドロップはもう無い。あと二日以内にシトロンを持ち帰らなければ、妹の瞳から光が消える。
「モナス、頼むぜ。お前と俺で、あのクソ高いリブラを掴み取りに行くんだ」
祈るように呟いた声は、冷たいヘリウム混合ガスに混じって消えていく。
ニュートリノ・スキャナーが、海底三千メートル付近に微かな熱の揺らぎを捉えていた。それはまるで、冷え切った地球の底で、まだ心臓が動いていることを証明するような、細く、しかし確かな鼓動だった。
カイはモナスのトリガーを引き、母艇から漆黒の海へと撃ち出された。
母艇のハッチを離れれば、そこは音のない重圧の世界だ。強化チタン製のバイザー越しに見えるのは、DPVのフロントカウルに設置された強力なLEDが切り裂くわずかな視界と、雪のように降り注ぐマリンスノー。かつての空に降っていたのは灰の雪だが、ここにあるのは生命の残骸だ。
モナスの高出力プロペラが、高密度な深海水を力強く押し出す。グリップから伝わる振動が、直接腕の骨に響く。目標の座標へ近づくにつれ、スーツ内のモニターに表示される水温計の数値が上昇し始めた。それは生命の温もりではなく、地球の怒りの熱だった。暗闇の向こう、巨大な影がそびえ立つ。
「……見つけた」
そこには、地獄の煙突のように黒い煙を噴き出す、ブラック・スモーカーの群れがあった。その周囲には、見たこともないほど巨大な深海エビがうごめき、岩肌にはエメラルド色に輝く深海苔がびっしりと張り付いている。
それはワーカーたちの命を繋ぐ、宝の山だった。
カイは歓喜に震える手で、DPVをホバリングさせ、腰の採取キットへ手を伸ばそうとした。だが、その時だ。
――ゴォォォン、という。
耳の奥を直接殴られたような、巨大な衝撃音が響いた。
海底火山の再活性か。あるいは、長年の地殻変動に耐えかねた岩盤の崩壊か。爆風のような水圧のうねりが、モナスを、そして機体を握るカイの身体ごと木の葉のように弾き飛ばした。
「く、はっ……!」
視界が火花を散らし、上下の感覚が消失する。モナスの右推進器から火花が散り、制御不能となった機体はカイを振り回しながら漆黒の谷底へと吸い込まれていく。手首のリーシュコードが食い込み、逃げ場のない海中でカイは機体という重りに引きずられた。
肺が、焼けるように熱い。バイザーの端で点滅する赤いアラートは、循環維持装置の故障と酸素残量の枯渇を無情に告げていた。
「……っ、が……」
吐き出そうとした声は、泡にすらなれず喉の奥で潰れた。吸気バルブを噛み締めても、肺に流れ込んでくるのは重苦しい虚無だけだ。
太陽の光が届かない群青の世界へ、カイの体はゆっくりと、まるで最初からそうなる運命だったかのように沈んでいく。
意識の混濁の中で、カイはかつての教科書にあった、見たこともない黄金色の太陽を思い浮かべていた。カイはただ、温かい光の下で、一息、思い切り空気を吸い込んでみたかっただけなのだ。
モナスのライトが、ぷつりと切れた。
完全な暗闇が訪れる。
カイの意識が永遠の眠りに落ちようとした、その瞬間。
暗闇の底から、もう一つの光が近づいてくるのが見えた。
それは太陽の光でも、火山の熱源でもない。
冷たく、透き通った、銀色の光。
その光が、カイの伸ばした指先に触れた気がした。
そこは「リング・オブ・ファイア(環太平洋造山帯)」と呼ばれる火山帯だった。
かつては豊かな緑と青空に縁どられた楽園のようだったそこ。二千二百年代の終わりにその中の一つの火山が咆哮を上げた。噴火は連鎖し、地震や津波が頻発した。そして何より、あの灰が、カイたちが死の灰と呼ぶあの灰が地球を覆ってしまった。
カイは教科書でしか知らないが、噴火で成層圏に達した硫黄成分が「硫酸エアロゾル」という膜になり、それが数十年~数百年単位で太陽光を遮り続けるのが、氷河期の原因らしい。
だからカイの知る空は、年中降り続く灰色の雪と鉛色の夕焼け空だった。かつての空は澄み渡る青に黄金色の太陽だというが誰もそんなものは見たことがなかった。
その氷河期は地球史から見れば見ればほんの些細な出来事だった。平均気温が二十度近く下がり、地上は氷に閉ざされた。南国の国々でさえ夏の気温が十度に満たない。食物は枯れ、大地は凍てつき、数百年もの間、人間は地上で暮らせなくなった。
人間は極端に人口が減り、一か所に定住せざるを得なくなった。そのうち、富を持つ裕福なものたちが地下や深海、海上へと逃げ出した。その中でも海上への脱出は最も裕福な一握りの人間に限られた。彼らは超大型移動都市(ヨット)をいくつも連ねて浮島を作り町を形成した。低緯度の地上で暮らす者たちは自分たちを蔑み、地上民(ワーカー)と呼んでいた。そして海上で暮らす者たちを羨み「ノアの末裔」と呼んだ。
だが、そんなノアの末裔たちにも弱点はあった。恒常的なビタミン不足である。海上では自然生来のビタミンを手に入れることが難しい。特にビタミンB群とビタミンC。彼らはこれらを含む高ミネラル・ビタミン剤を通貨代わりに使用していた。いずれにせよ、そのビタミン剤は地上で手に入れるしかない。ワーカーはそんな海上民をねたみ、蔑み、「黄金の壊血病(ゴールデン・スカービー)」とも呼んでいた。
さりとて、ビタミンたっぷりの食事をワーカーが摂っていたわけではなかった。貴重なビタミン資源は、全て高ミネラル・ビタミン剤、「ドロップ」へと変わった。海上民はこのリブラを通貨単位として使っていた。一つの錠剤が一ドロップで、十ケのドロップ一シート分が一リブラだった。
さりとて、海洋に全くビタミンが存在しないわけではなかった。例えば、チムニーと呼ばれる熱水噴出孔。太陽光の代わりに化学反応でエネルギーを作る細菌。これがビタミンB12などの神経系に不可欠な栄養」を爆発的に生成している。またチムニー付近は温暖で、生息する深海エビもアスタキサンチンという抗酸化物質(ビタミンAに近い働き)を豊富に持っている。また、乙女の涙といわれる深海魚からとれる肝油にはビタミンA・D・E・DHAが豊富に含まれている。さらには、深海苔と呼ばれる人工苔はもっとも価値の高いビタミンC(シトロン)を生成するという噂だ。
カイはダイバーとして、新たな熱源チムニーを探すのを仕事にしていた。チムニーの新たな発見は、ワーカーの念願だった。チムニーさえ発見されれば、そのほとんどをドロップに変えなくても良い。自分たちの栄養不足を補うことができるのだ。
カイは裕福な海上民に雇われている下働きのワーカーだった。その親もさらにその親も、海上民に雇われ、賃金の代わりにドロップを支給されて永らえていた。
彼の家族は妹一人きりだった。両親は過酷な生活に耐えられず早世していた。妹は重度の壊血病だった。快活な彼が笑わせ、一生懸命世話をやいたが彼が二十四の時にとうとう二十の妹は立ち上がれなくなった。
床で寝ているしかなかった。
「次のドロップ支給日まであと3日しかないが、手持ちは底をついた」
そう告げると妹ははかなげに笑った。
妹の歯茎から出血が止まらなくなり、あと数回分のシトロン(ビタミンC)がなければ手遅れになる……それは誰の目にも明確な事実だった。
そんな彼に海上民の主入は言った。
「自分でドロップを探してくることだな。働けない人間を雇うほど暇じゃないんでな」
悔しく辛く、いうことを聞くしかない自分を不甲斐なく思った。だが、誰も彼らを助けてはくれない。世界は病んでいた。食料の奪い合いに温暖な土地の奪い合い。誰もが疲弊して、互いに助け合う心を失っていた。
そんな中で、くじけずに妹を看病し続けているカイの心は冷え切っていた。
(どうせ、誰も助けちゃくれない。自分の……自分たちのことは自分たちですべて贖わなければならない)
彼は雇用主の海上民の言うまま、危険なチムニー探索へとその身を投じた。
その昔、チムニーの探索は、「黒い煙(ブラック・スモーカー)」と呼ばれる噴出物をセンサーで探知することから始まった。噴出物に含まれる硫化物やマンガン、メタンの濃度を測り、潮の流れを読み、成分が濃い方へ遡る「プルーム・ハンティング」を行っていたらしい。けれどその技術や熟練の技師が失われて、今では別の方法をとる。
深海で熱源となるチムニーのわずかな熱の粒子の揺らぎをとらえる「ニュートリノ・スキャナー」。比較的コストのかからない「ソナー・バイオ・ミミクリー」。これは深海生物(クジラやダイオウイカ)の鳴き声の反響を利用した超広域ソナーで、自然の音に紛れ込ませることで、エネルギー消費を抑えつつ海底地形をマッピングすることでチムニーを探し出す。
カイはその日もニュートリノ・スキャナーを使う船に乗っていた。小型の潜水艇に乗り込み、熱源を発見すればダイバースーツに身を包む。超小型潜水艇、「高圧環境対応型の探査用DPV」を手に握り海へと潜っていく。カイはその壊れかけのDPVに「モナス」という愛称をつけていた。たった一つのという意味のギリシャ語で、海底で作業する相棒にふさわしいと思ったからだ。
「おい、カイ。今日の風は潮の匂いが濃い。こんな日は当たりだとじいさまが言ってた」
「マジですか? やった! カイ頑張ります!」
相棒の言葉に、カイは軽く手を振って応えた。長く伸びた日に焼けた赤毛の前髪が視界で舞う。
カイは継ぎ接ぎだらけの耐圧スーツの中で、自分の荒い呼吸音を聞いていた。
フィルタを通してもなお、肺の奥には地上で吸い込み続けた「灰の味」がこびりついている。
手元のドロップはもう無い。あと二日以内にシトロンを持ち帰らなければ、妹の瞳から光が消える。
「モナス、頼むぜ。お前と俺で、あのクソ高いリブラを掴み取りに行くんだ」
祈るように呟いた声は、冷たいヘリウム混合ガスに混じって消えていく。
ニュートリノ・スキャナーが、海底三千メートル付近に微かな熱の揺らぎを捉えていた。それはまるで、冷え切った地球の底で、まだ心臓が動いていることを証明するような、細く、しかし確かな鼓動だった。
カイはモナスのトリガーを引き、母艇から漆黒の海へと撃ち出された。
母艇のハッチを離れれば、そこは音のない重圧の世界だ。強化チタン製のバイザー越しに見えるのは、DPVのフロントカウルに設置された強力なLEDが切り裂くわずかな視界と、雪のように降り注ぐマリンスノー。かつての空に降っていたのは灰の雪だが、ここにあるのは生命の残骸だ。
モナスの高出力プロペラが、高密度な深海水を力強く押し出す。グリップから伝わる振動が、直接腕の骨に響く。目標の座標へ近づくにつれ、スーツ内のモニターに表示される水温計の数値が上昇し始めた。それは生命の温もりではなく、地球の怒りの熱だった。暗闇の向こう、巨大な影がそびえ立つ。
「……見つけた」
そこには、地獄の煙突のように黒い煙を噴き出す、ブラック・スモーカーの群れがあった。その周囲には、見たこともないほど巨大な深海エビがうごめき、岩肌にはエメラルド色に輝く深海苔がびっしりと張り付いている。
それはワーカーたちの命を繋ぐ、宝の山だった。
カイは歓喜に震える手で、DPVをホバリングさせ、腰の採取キットへ手を伸ばそうとした。だが、その時だ。
――ゴォォォン、という。
耳の奥を直接殴られたような、巨大な衝撃音が響いた。
海底火山の再活性か。あるいは、長年の地殻変動に耐えかねた岩盤の崩壊か。爆風のような水圧のうねりが、モナスを、そして機体を握るカイの身体ごと木の葉のように弾き飛ばした。
「く、はっ……!」
視界が火花を散らし、上下の感覚が消失する。モナスの右推進器から火花が散り、制御不能となった機体はカイを振り回しながら漆黒の谷底へと吸い込まれていく。手首のリーシュコードが食い込み、逃げ場のない海中でカイは機体という重りに引きずられた。
肺が、焼けるように熱い。バイザーの端で点滅する赤いアラートは、循環維持装置の故障と酸素残量の枯渇を無情に告げていた。
「……っ、が……」
吐き出そうとした声は、泡にすらなれず喉の奥で潰れた。吸気バルブを噛み締めても、肺に流れ込んでくるのは重苦しい虚無だけだ。
太陽の光が届かない群青の世界へ、カイの体はゆっくりと、まるで最初からそうなる運命だったかのように沈んでいく。
意識の混濁の中で、カイはかつての教科書にあった、見たこともない黄金色の太陽を思い浮かべていた。カイはただ、温かい光の下で、一息、思い切り空気を吸い込んでみたかっただけなのだ。
モナスのライトが、ぷつりと切れた。
完全な暗闇が訪れる。
カイの意識が永遠の眠りに落ちようとした、その瞬間。
暗闇の底から、もう一つの光が近づいてくるのが見えた。
それは太陽の光でも、火山の熱源でもない。
冷たく、透き通った、銀色の光。
その光が、カイの伸ばした指先に触れた気がした。
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