12 / 12
【第2章:同期(シンクロニシティ)】
1
しおりを挟む
「本当に、ウサギなんだ……」
加那の目の前で、大根の葉をぽりぽりとかじっているのはウサギだった。
あれから二人は一旦寝ようとお互いに提案した。
二人とも状況に疲れ切っていた。
光流はウサギ姿でダンボールの中のタオルに包まり、加那はベッドの端っこで丸くなって本来の時間まで寝た。
それから起き出して、ぼんやりとした頭で、お互いの姿を再度確認する。
やはり、女子高生とウサギだった。
加那は母親に頼んで、冷蔵庫の中からいくつかの野菜を取り出し、光流の前に与えた。そして光流は今、ウサギのままぽりぽりと大根の葉を齧っている。
「悪いけど」
加那はダンボールに蓋をして自身の姿を隠しながら着替える。
「悪いけど、今から学校に行くから私」
「わかりました」
律儀にダンボールの中から返事がする。
加那は、このダンボールの中にいるウサギが昨夜は眼鏡姿の成人男性だったなんて、おかしくて仕方なかった。
ここ数年で一番楽しい気分だった。
両親は今朝も喧嘩をしていた。その一瞬だけは気分が最悪になったが……。
いつものとおり無視をして加那は朝の支度をした。
「できるだけ、早く帰ってくるけど……ずっとウサギの姿で待てる?」
着替えを終えて、加那はダンボールをそっと開けた。
白い額から鼻筋が可愛い茶色のウサギがここちらを黒い瞳で見上げていた。
「大丈夫です。こちらの姿のほうが身体も楽ですから……寝て待っていることにします」
ヒクヒク動く鼻が見ているとムズムズする。指を伸ばし、つい、加那はウサギの額を撫でた。
「っと、ごめん」
相手が成人男性だと思い出し、手をすぐに退ける。
「いえ、心地良いです」
ウサギは目を閉じる。
「人間の姿のときと感じ方が違います。大丈夫です」
部屋は相変わらず良い香りに包まれていた。
加那は部屋を見渡した。どうも、匂いの元は自分とウサギのような気がしている。二人の匂いが混ざりあって、とても良い心地だった。
「じゃ、行ってくるね」
光流へと声をかける。ウサギは後ろ足で立って、見送る様子で加那を見つめる。
「行ってらっしゃい」
小さく、加那にだけ聞こえるように囁かれて、笑顔で加那は家を後にした。
学校はその日、異様に長く感じた。
下校が待ちきれなくて、いつもより早く早くと時間が過ぎるのを待った。
いつものとおり、誰よりも早く学校を出て下校する加那を不思議に思う人は誰もいなかっただろう。けれど、加那の心の中は全く違っていた。
「ただいま!」
元気に言って、家の中に駆け込む。
両親はまだ仕事から帰っていない。加那の声を聞きつけて、光流が加那の部屋の中から声を返した。
「お帰りなさい、加那さん」
ドアを開けば、朝と同じようにウサギが後ろ足で立ち上がっている。
部屋も相変わらず良い匂いだった。
加那は嬉しくなって、もう少しで光流を抱き上げ抱きしめるところだった。
両親が帰る前にと、二人は部屋を出た。
光流は加那の部屋で、加那の前で今度はウサギから人間へと変身してみせた。
変体が始まってから人間になるまでほんの数秒。
昨夜見かけたときと全く同じ紺色のスーツ姿の青年がそこに現れた。
小柄の加那は見上げなければいけない、黒縁眼鏡に細身の青年姿。
黒めがちの瞳がウサギ姿の名残に思えて、もう加那は怖くはなかった。
部屋を出た二人は、出会った公園へと足を向けた。
外は春の夕暮れにはまだ時間があり、風も無く穏やかだった。
ベンチに少し間を空けて並んで座り、話をする。
口を開いたのは光流だった。
「あの……助けていただいて本当にありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。
加那は大人に頭を下げられた経験がなく、少し驚いた。光流は相当素直な性格のようだった。
「良いけど。……ウサギを助けたつもりだったし」
そっけなく言った後、小さく笑って加那は付け加えた。
恥じるように光流が頭をかいた。
「自分もまさか……疲れ果てて眠ったら、自分がウサギになる特技――を持っているなんて知りませんでした」
「そう言えば、もう身体は大丈夫なの?」
「大丈夫、です。こう言うと誤解を生みそうなんですが……貴方の側はとても居心地が良い。具合も良くなりました」
加那はそんなこと、と良いかけてふと黙る。光流からずっと漂っているこの香り。加那も光流の側にいると随分と気分が良いのには気づいていた。
「あの……!」
意を決して、という様子で光流が顔を上げた。
「僕のことを、もう少し話して良いですか?」
加那は少し考えてうん、と頷いた。
加那の目の前で、大根の葉をぽりぽりとかじっているのはウサギだった。
あれから二人は一旦寝ようとお互いに提案した。
二人とも状況に疲れ切っていた。
光流はウサギ姿でダンボールの中のタオルに包まり、加那はベッドの端っこで丸くなって本来の時間まで寝た。
それから起き出して、ぼんやりとした頭で、お互いの姿を再度確認する。
やはり、女子高生とウサギだった。
加那は母親に頼んで、冷蔵庫の中からいくつかの野菜を取り出し、光流の前に与えた。そして光流は今、ウサギのままぽりぽりと大根の葉を齧っている。
「悪いけど」
加那はダンボールに蓋をして自身の姿を隠しながら着替える。
「悪いけど、今から学校に行くから私」
「わかりました」
律儀にダンボールの中から返事がする。
加那は、このダンボールの中にいるウサギが昨夜は眼鏡姿の成人男性だったなんて、おかしくて仕方なかった。
ここ数年で一番楽しい気分だった。
両親は今朝も喧嘩をしていた。その一瞬だけは気分が最悪になったが……。
いつものとおり無視をして加那は朝の支度をした。
「できるだけ、早く帰ってくるけど……ずっとウサギの姿で待てる?」
着替えを終えて、加那はダンボールをそっと開けた。
白い額から鼻筋が可愛い茶色のウサギがここちらを黒い瞳で見上げていた。
「大丈夫です。こちらの姿のほうが身体も楽ですから……寝て待っていることにします」
ヒクヒク動く鼻が見ているとムズムズする。指を伸ばし、つい、加那はウサギの額を撫でた。
「っと、ごめん」
相手が成人男性だと思い出し、手をすぐに退ける。
「いえ、心地良いです」
ウサギは目を閉じる。
「人間の姿のときと感じ方が違います。大丈夫です」
部屋は相変わらず良い香りに包まれていた。
加那は部屋を見渡した。どうも、匂いの元は自分とウサギのような気がしている。二人の匂いが混ざりあって、とても良い心地だった。
「じゃ、行ってくるね」
光流へと声をかける。ウサギは後ろ足で立って、見送る様子で加那を見つめる。
「行ってらっしゃい」
小さく、加那にだけ聞こえるように囁かれて、笑顔で加那は家を後にした。
学校はその日、異様に長く感じた。
下校が待ちきれなくて、いつもより早く早くと時間が過ぎるのを待った。
いつものとおり、誰よりも早く学校を出て下校する加那を不思議に思う人は誰もいなかっただろう。けれど、加那の心の中は全く違っていた。
「ただいま!」
元気に言って、家の中に駆け込む。
両親はまだ仕事から帰っていない。加那の声を聞きつけて、光流が加那の部屋の中から声を返した。
「お帰りなさい、加那さん」
ドアを開けば、朝と同じようにウサギが後ろ足で立ち上がっている。
部屋も相変わらず良い匂いだった。
加那は嬉しくなって、もう少しで光流を抱き上げ抱きしめるところだった。
両親が帰る前にと、二人は部屋を出た。
光流は加那の部屋で、加那の前で今度はウサギから人間へと変身してみせた。
変体が始まってから人間になるまでほんの数秒。
昨夜見かけたときと全く同じ紺色のスーツ姿の青年がそこに現れた。
小柄の加那は見上げなければいけない、黒縁眼鏡に細身の青年姿。
黒めがちの瞳がウサギ姿の名残に思えて、もう加那は怖くはなかった。
部屋を出た二人は、出会った公園へと足を向けた。
外は春の夕暮れにはまだ時間があり、風も無く穏やかだった。
ベンチに少し間を空けて並んで座り、話をする。
口を開いたのは光流だった。
「あの……助けていただいて本当にありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。
加那は大人に頭を下げられた経験がなく、少し驚いた。光流は相当素直な性格のようだった。
「良いけど。……ウサギを助けたつもりだったし」
そっけなく言った後、小さく笑って加那は付け加えた。
恥じるように光流が頭をかいた。
「自分もまさか……疲れ果てて眠ったら、自分がウサギになる特技――を持っているなんて知りませんでした」
「そう言えば、もう身体は大丈夫なの?」
「大丈夫、です。こう言うと誤解を生みそうなんですが……貴方の側はとても居心地が良い。具合も良くなりました」
加那はそんなこと、と良いかけてふと黙る。光流からずっと漂っているこの香り。加那も光流の側にいると随分と気分が良いのには気づいていた。
「あの……!」
意を決して、という様子で光流が顔を上げた。
「僕のことを、もう少し話して良いですか?」
加那は少し考えてうん、と頷いた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる