ショートショート集

島根砂丘

文字の大きさ
4 / 12

ボタン

しおりを挟む
私は、冷蔵庫を開き、涙を落としていた。中には、ペプシの缶が五六本だけ入っていて、それ以外には何もない。冷蔵庫のオレンジの光は、ペプシの青い塗料に掻き消され、私の顔はきっと青い光で包まれている。ペプシの感を見つめる。私は、彼女の言葉を思い出した。

「死んだらさ、どうなると思う?」彼女は真っ直ぐ前だけを見てそう問いかけてきた。
「たぶん、無だよ」
「きっとねむったときみたいに、何も考えられなくなるんだ」
コツコツと靴の音がする。
「同じだね」
彼女は微かに笑って、そう言った。それから、私を見つめて
「ねぇ、もしも、もしも押すだけで死ねるボタンがあったらどうする?」問いかけてきた。
「多分、押すね」
「ホントに?」
「うん、ホントだよ」
 ──何かやりたい事とかないの?何故死ねるの?そんな物存在する訳がない。あなたは何故死にたいの?何故私にそれを何も恐れずに言うの?私にどう思われたいの?
 彼女の顔からは、そういった感情が見えた。
「とりあえずさ、ペプシコーラのさ、あの青い缶を一缶飲んでから押すと思うよ。」
「絶対嘘じゃん」
「ペプシが最後の晩餐なんて、そんなの死んでも死にきれないよ」
「そうかな?」
「そうだよ」

 私たちは、閉じた空の中、積もり続ける雪を見ながら、そんな死に関するくだらない雑談をした。私たちの口数は減り、静かになった。そうして、退屈に歩き続けて、分かれ道まで来た。
「バイバイ、また明日」
「うん、バイバイ」
 私は彼女に手を振って、彼女は私に手を振って。私はまた静かに歩き続けた。
 
 私は、家に着くと、自分の机へと向かった。机には、本が羽を広げ、幾つも重なっている。背表紙に張り付いた糸の栞は、芋虫のように曲がって、こちらを見つめている。

私は、布団の中にいる。唯一の私の世界だ。

私は見られている事の何が怖いのか分からない。例えば、熊に見つめられれば次に待ち受けるのは死だから怖い。私は見つめられて何になる?誰も私に興味なんて持っていない。見つめられた先には何も無い。しかし、私は、見つめられる事が怖い。それから布団を出て
乱雑極まり無い机を片付け始める。いくつか本を片付けて行くと、机の木目調を発見する前に、謎のボタンを発見した。そのボタンは全体がオレンジ色で、高さの無い楕円の上に、半球が乗っている。そんな平凡すぎるボタンだ。
だが、私はこれについて何の検討もつかない。買った記憶も、どこかで貰ったりした記憶も無い。身に覚えの無い謎のボタンである。私は、先程彼女と話したことを思い出した。これは死ねるボタンではないのか?非常識的な考えだが、なぜか私はこのボタンについて、考える程、見つめる程、このボタンの効力とは、死ぬ事だと思えてくる。この感情は、単なる直感であり、何の論理性もない。だが、何故か死ぬボタンにしか見えない。だから、私は席を立ち、冷蔵庫へと向かった。
 
 プシュッ、ペプシのプルタブを開けるとそう音が鳴った。私は、ペプシを一口飲みボタンを見つめる。何回考えても、このボタンは死ぬボタンにしか見えない。私は、ぐいとペプシを飲み干して、考えを実行に移す事にした。
 
 指をボタンに、いや、ボタンを指に?私はどちらが正しいのか分からない。ボタンに指を当てる。サッと冷たい金属の温度を感じる。私は何も怖く無い。静かな世界が見えてくる。どこまで指は沈むのか。ゆっくりとボタンを押す。ボタンは私の指に呼応して、ゆっくりゆっくりと沈んでゆく。私はどこまで、私でいられるのか。……

カチッ……………………………………………

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...