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本立て
しおりを挟む「私はね、君に賢くなってほしい」
先輩ははにかみ笑いで、私にプレゼントを渡した。誕生日プレゼントのはずなのに、赤や白で彩られ、リボンや黄金の封止めでラッピングされた袋なんかじゃなくて、百均のピンク色の文字が印刷された白いポリ袋からは、真っ黒な本立てが出てきた。
「なんすかこれ」
「本立てだよ。本立て」
「いや、いらないんですけど」
「はー、分からずやだね」
「はい?」
「私はね、君に賢くなって欲しいんだよ」
「君が本を買った時に置き場所が必要だろ?だから誕生日プレゼントは本立てなんだよ」
「いや本を下さいよ。カレーの福神漬けでしょこれは」
「私なら、福神漬けでも十分だよ」
「はぁ。……」
「いやね?私が賢くなる道筋を教えちゃダメでしょ。」
「君にはさ、私とは違う賢さを身につけて欲しいんだよ。……ね?」先輩は決め台詞の様に言って、私の肩を叩いてきた。
「いや、先輩なんか色々言ってますけど……」
「ん?」
「ただお金ないだけでしょ」
「はっはっは。」先輩は白い歯を見せ笑った。先輩はよく笑う人だった。いつも大口を開けて笑うから、僕は先輩は陰りのない人で、何も怖くない人なんだと思っていた。
こんなくだらないやり取りをした日、つまり僕の誕生日から半年後、先輩は死んだ。
葬式は粛々と進んでいった。普通の葬式で、先輩を思う気持ち以外に何も無い。それから何日かして、居ても立っても居られない私は、先輩の墓に訪れた。
辺りには、同じような石がいくつも静かに並んでいる。
饅頭やら、花やらがあって、先輩の墓石と言うよりかは、先輩の家の墓石にもそう言う風な贈り物がいくつかあった。
墓石に手を触れた。手で触っても、それは嘘みたいに冷たい石でしかない。額をつけても、まだ冷たい石でしかない。体を寄せ、抱きしめてもまだ冷たい石でしかない。涙を流し、嗚咽を味わい、これが嘘であってくれと願って額を上げた時、私の吐く息が石に跳ね返り、初めて暖かさを感じる。
この唯一の温もりが、先輩がこの世に居ない事をこれ以上なく私に告げている。
墓石に水をやって、花をたむけてその場を去った。
それから、私は先輩の家と訪れた。訳もなくただここに来れば何かあるかと思ったから。
「ごめんください」
私は戸を叩いた。少し経って、おばさんが出てきて。
5寸ばかり開いた扉からは、真新しい線香の香りがした。泣き詰めた顔のおばさんは、私を見ると、少し色が明るくなって、入れてくれた。先輩の部屋へ入ると古い紙の匂いがする。本棚はぐるりと部屋を囲んで、積みきれない本は地面にもまた同じように積まれている。机の上には、読みかけの本、そばにある空いたままの引き出しには、原稿用紙、それからベットの上には投げ捨てられた原稿用紙があった。そこには、涙の跡が幾つも、幾つもあって、
それから、半年ほど経った。本立ては埋まった。本立てを埋めるなんて、おかしい様だが、これ以上に本を立てると、本立てが本の重みに耐えられず倒れてしまう。だから、多分これは本立てを埋めたと言えるだろう。私の本は
私は、その事を先輩に伝えたくて、墓地へと向かった。
墓地は以前来た時と同じで、静かに石がいくつも並んで居る。
墓石は都会のビルのように存在して、全て同じに見える。でも、中身は全て違う。先輩が眠る墓、誰かさんが眠る墓。
それはビルも同じで、誰かさんが働くビル、先輩が元気に生きて、働いていたかもしれないビル。本で倒れてしまう本立て、本がないから倒れない本立て。
全ては、似た現象でしかない。きっと、この世界は、あやふやな境界線の上にある世界でしかない。以前はこんな風に思えなかった。でも、今は本立てが埋まったからそう思える。だから、私は問いかける。
「先輩、本立ては本で埋まりましたよ」
「私は、……」
「賢くなれましたか?」
あなたからの言葉が欲しくて、何度も、何度も呟いた。
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