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37. 儚き夏の日-6
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別荘へ戻ると、一階と二階にある風呂をそれぞれ使おうと思っていた俺に、奈央からのお叱りが入る。
「あっちもこっちも使ったら、掃除する木村さんに申し訳ないでしょ?」
と言うのが、その理由。
水野家でも相当数の使用人がいるだろうに、それにも染まらず奈央に言われてしまえば従うしかない。
俺に先に入れと言う奈央を無理やり風呂に向かわせたが、気を遣ったのか、いつもの入浴時間に比べ早く部屋に戻って来た。
「夜は外にメシ食いに行くから、少し休んでろよ」
そう言い残し俺も風呂へと向かう。
……にしても、肌がヒリヒリ痛ぇ。
焼けた肌で風呂に浸かるのは苦痛でしかない。
温めのシャワーで済ませ、俺もまた短時間で戻った部屋の前。慣れない海で遊び疲れた奈央が寝ているかもしれないと、濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、そっとドアを開けたのに、
「うぉっ!」
静かに開けた意味なく、俺の叫び声に奈央がこちらを見る。いや、見ていると言うよりは、恐らく睨んでいると思われる。
「人の顔見るなり悲鳴?」
声の感じからして、睨んでいると言う読みは正しかったらしい。
「そりゃ驚くだろ。んなのしてたら」
ドアを開けたら可愛く眠る姿が拝めるかもと想像していたのに、待っていたのは顔面白マスクだぞ? 目を除くほとんどが隠れてりゃ、そりゃ想像もしてない光景にビビるってもんだ。
「え…?……あ、これか」
自分の姿をすっかり忘れていたらしく、奈央は思い出したように張り付いていたフェイスマスクを剥がした。
「奈央、眠くないのか? 慣れない事して疲れたろ。普段、部屋にばっか引き籠ってるから」
「そんなにやわじゃないわよ」
そう言ってたはずだったが……。十分も経たないうちに、この部屋は静寂に包まれた。
微かなシャンプーの香りを漂わせ、肩に感じる重み。奈央は膝を抱えたまま瞼を閉じ、隣の俺に凭れかかっていた。
「やっぱ疲れたんだな」
覗いてみれば、安心しきったような穏やかな寝顔だ。
その重みを心地よく感じながらも、膝を抱えていた奈央の腕が力を失いダランと下がると、そっと抱え込みベッドへと運んだ。
髪を撫でても、ピクリともしないで熟睡している奈央を見下ろしながら、
「お留守番してろよ」
そう小さく呟き部屋を出ると、木村に奈央を頼んで別荘を後にした。
奈央を置いて出掛けてから一時間と少し。
別荘に帰ってくると、リビングでは奈央と木村がお茶を飲みながら談笑していた。
「敬介坊ちゃまお帰りなさいまし」
「お帰り」
どこに行ってたのかなんて奈央が聞くはずもなく、俺をチラッと見ただけで、また木村と話をしている。
……少しぐらい、居なかった俺を気にかけてくれてもいいんじゃねぇか?
木村には心を許してるのか、言葉は少なめだが奈央の方からも話し掛けたりしている。
帰って来た俺には、『お帰り』だけなのに……。
「楽しそうに話してるとこ悪いけど、これ奈央に着させてやって」
買って来たばかりのものが入ってる、大きな紙袋を木村へと渡す。
「あらあら、素敵じゃないですか。では、早速お支度いたしましょう」
紙袋を覗き込み張り切る木村に、何の事だか分からない様子の奈央。
「なんなの?」
キョトンとする奈央に
「花火、見に行くぞ。特等席用意してあるから」
そう言った俺の横では、紙袋から取り出した浴衣を木村が奈央の前で広げて見せた。
「わざわざ浴衣を買いに行かれるなんて、よっぽど奈央さんに着て欲しかったんですね。さあさあ奈央さん、急いでお支度しましょうね~」
木村は奈央に有無も言わさず背中を押し、着替えさせる為にリビングを出て行こうとする。
しかし、リビングの扉が閉まる直前。ムカつく木村の声がハッキリと耳に届く。
「急がないと、敬介坊ちゃんが拗ねてしまわれますからね~」
「拗ねるかよ!」
すかさず否定した俺の言葉は、パタンと閉められたドアに阻まれ、リビングに虚しく響いた。
*
黒地に淡いピンクの撫子の花が散りばめられた浴衣に袖を通し、俺の前に立つ奈央。髪を緩くまとめ上げ、おくれ毛を垂らし浴衣を着こなした奈央は本当に綺麗で、思わず見惚れてしまった俺は声を出せない。
そんな俺を見ながら、着飾った綺麗な奈央はクスクスと笑いだす。
我に返った俺は『似合う』そう言おうと思ったのに……。
「敬介、拗ねてんの?」
……やっぱどんなに着飾っても、中身は小悪魔のままらしい。
「拗ねてねぇよ!」
見惚れてただけだ! って言葉は、心の中にひっそりと隠した。
「用意出来たんなら行くぞ!」
奈央を引っ張り玄関まで行くと、木村が奈央の下駄を用意していた。
その下駄を奈央が履くと、木村は頭からつま先まで視線を動かし「本当にお似合いだわ~」と、その美しさに感嘆する。
「これじゃ、甥っ子も料理どころじゃなくなってしまうかもしれませんね!」
……んだと!? でも待て。あのお調子者の事だ。あり得るかも。くそっ、他の店を押えるべきだったか?
「甥っ子さん……ですか?」
俺の心配を余所に、奈央が木村に聞き返す。
「ええ。私の甥っ子がやってるお店で、そこのテラス席からは花火が良く見えるんですよ。料理もなかなか美味しいですから、敬介坊ちゃんと甥っ子に、沢山御馳走して貰ってくださいね」
心配の種を宿した俺は、奈央を連れ木村の笑顔に見送られ別荘を出た。
歩いて10分もかからない場所への道すがら、念のためにと奈央に注意を入れておく。
「奈央、愛想良くしなくていいからな。いつものお前でいろ。俺にするみたく、素のままの奈央でいいから」
「素の私って?」
自分の事って分からないもんなのか?
「そりゃ、いつもの通り、生意気で、目つきが悪くて、人を陥れるのが大好きで………って、いてぇっ!」
「喧嘩売ってんの?」
「……売ってません」
俺は間違った事など何一つ言っていない。こんな怖い女だと知れば、あの男も手だししないと思っただけだ。何も下駄で踏みつけなくてもいいだろ?
「でも奈央? ムカついたら今みたいに、木村の甥っ子にも、思いっきり下駄で踏みつけてやっていいからな」
重ねて念を押しながら、涼しい顔してカランカランと下駄を鳴らす奈央に後れを取らないよう、痛みを堪えながら歩いた。
足の痛みも忘れた頃、丁度良く店に着きそのドアを開ければ、耳をつんざくようなデカイ声に迎えられる。
「いらっしゃーい! おーっ、敬介久々だなぁー。この薄情男が! 何年も顔見せずに冷てぇじゃねーかよ。今日はゆっくりして……って、も、もしかして、この子が敬介の彼女か!? うそっ! おばちゃんから聞いてはいたけど、ここまで美人とは!」
……このヤロー。
俺の後ろにいた奈央を見つけた途端、目を見開き驚いたと思ったら、今度はだらしない面曝しやがって。しかも、店の入り口でオーナーが騒ぐな!
「サブロー、いいから席案内しろよ」
「いやー、初めまして。僕、木村弘子の甥っ子で、山田三郎って言います。ちなみに俺の父親は山田一郎で兄貴が二郎。いい加減な親が付けた名前だけど覚えやすいでしょー。サブちゃんでもサブローでも、好きなように呼んでね」
俺の話は無視か? 薄情な奴はどっちだ? 奈央ばっか見んな。何がサブちゃんだよ。気持ち悪りぃんだよ!
「水野奈央です」
「奈央ちゃんか~。ヨロシクねぇ!」
「こちらこそ」
奈央が挨拶すれば、手をエプロンでごしごし拭いて握手を求めてくるサブロー。
「あれ? 俺ってトイレ出た後、手洗ったっけか?」
「てめっ……」
握手に応えようと、動きかけた奈央の手を急いで止めた。
「お前はそれでも料理人か? 奈央、店間違えた。他行こう」
奈央の背中を押して、出口へと向かう。
「冗談だってば。冗談。今日は腕によりをかけて料理作る気満々なんだから、機嫌直してゆっくりしてけって! ねぇー、奈央ちゃん」
俺達の行く手を阻むように、出口のドアの前に立ったサブローは「特等席用意してあるからさぁ~」と俺の肩に手を回し歩きだした。
やっと案内されたテラス席は案外広いのに、3組だけしか席がないゆったりとした造りだ。それも一席ずつ、観葉植物やスクリーンで目隠しされ、個室のような雰囲気を生み出している。
ラタン編みにガラスが乗ったテーブルには、水の張ったガラスボウルに、色とりどりの花びらとキャンドルが浮かび、灯す炎がゆらゆらと揺れている。そのテーブルの前には、同じようにラタンのソファー。辺りは、所々に置かれた間接照明が、淡い光で照らしていた。
アジアンテイストで纏められたそれらは、サブローにしてはセンスの良いものだった。
高台にあるこの店のテラス席は、真正面が海で、花火を見るのに遮るものが何一つない一等席。木村に言われ、この場所を確保して正解だ。この男は邪魔だけど。
「まずは乾杯だな~」
並んでソファーに座った俺達の前に、上機嫌でちゃっかり居座りそうなサブロー。
「お前は仕事をしろ」
「俺いちゃ邪魔? なーんて冗談だよ」
そう言って他の店員が運んで来たシャンパンを俺達のグラスに注ぐと、
「ゆっくりしてってよ。旨いもん嫌ってほど食わしてやるからよ」
親指を立て、やっと仕事へと戻って行った。
「奈央もグラス持てよ」
「珍しい。今日は飲んでもいいの?」
「今日は特別な」
奈央が手にしたシャンパングラスに、俺が持ったものを合わせば、上質なグラスだと分かる透明感ある柔らかい音が響く。
そして「乾杯」の代わりに、俺は静かに告げた。
「奈央、誕生日おめでとう」と……。
「あっちもこっちも使ったら、掃除する木村さんに申し訳ないでしょ?」
と言うのが、その理由。
水野家でも相当数の使用人がいるだろうに、それにも染まらず奈央に言われてしまえば従うしかない。
俺に先に入れと言う奈央を無理やり風呂に向かわせたが、気を遣ったのか、いつもの入浴時間に比べ早く部屋に戻って来た。
「夜は外にメシ食いに行くから、少し休んでろよ」
そう言い残し俺も風呂へと向かう。
……にしても、肌がヒリヒリ痛ぇ。
焼けた肌で風呂に浸かるのは苦痛でしかない。
温めのシャワーで済ませ、俺もまた短時間で戻った部屋の前。慣れない海で遊び疲れた奈央が寝ているかもしれないと、濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、そっとドアを開けたのに、
「うぉっ!」
静かに開けた意味なく、俺の叫び声に奈央がこちらを見る。いや、見ていると言うよりは、恐らく睨んでいると思われる。
「人の顔見るなり悲鳴?」
声の感じからして、睨んでいると言う読みは正しかったらしい。
「そりゃ驚くだろ。んなのしてたら」
ドアを開けたら可愛く眠る姿が拝めるかもと想像していたのに、待っていたのは顔面白マスクだぞ? 目を除くほとんどが隠れてりゃ、そりゃ想像もしてない光景にビビるってもんだ。
「え…?……あ、これか」
自分の姿をすっかり忘れていたらしく、奈央は思い出したように張り付いていたフェイスマスクを剥がした。
「奈央、眠くないのか? 慣れない事して疲れたろ。普段、部屋にばっか引き籠ってるから」
「そんなにやわじゃないわよ」
そう言ってたはずだったが……。十分も経たないうちに、この部屋は静寂に包まれた。
微かなシャンプーの香りを漂わせ、肩に感じる重み。奈央は膝を抱えたまま瞼を閉じ、隣の俺に凭れかかっていた。
「やっぱ疲れたんだな」
覗いてみれば、安心しきったような穏やかな寝顔だ。
その重みを心地よく感じながらも、膝を抱えていた奈央の腕が力を失いダランと下がると、そっと抱え込みベッドへと運んだ。
髪を撫でても、ピクリともしないで熟睡している奈央を見下ろしながら、
「お留守番してろよ」
そう小さく呟き部屋を出ると、木村に奈央を頼んで別荘を後にした。
奈央を置いて出掛けてから一時間と少し。
別荘に帰ってくると、リビングでは奈央と木村がお茶を飲みながら談笑していた。
「敬介坊ちゃまお帰りなさいまし」
「お帰り」
どこに行ってたのかなんて奈央が聞くはずもなく、俺をチラッと見ただけで、また木村と話をしている。
……少しぐらい、居なかった俺を気にかけてくれてもいいんじゃねぇか?
木村には心を許してるのか、言葉は少なめだが奈央の方からも話し掛けたりしている。
帰って来た俺には、『お帰り』だけなのに……。
「楽しそうに話してるとこ悪いけど、これ奈央に着させてやって」
買って来たばかりのものが入ってる、大きな紙袋を木村へと渡す。
「あらあら、素敵じゃないですか。では、早速お支度いたしましょう」
紙袋を覗き込み張り切る木村に、何の事だか分からない様子の奈央。
「なんなの?」
キョトンとする奈央に
「花火、見に行くぞ。特等席用意してあるから」
そう言った俺の横では、紙袋から取り出した浴衣を木村が奈央の前で広げて見せた。
「わざわざ浴衣を買いに行かれるなんて、よっぽど奈央さんに着て欲しかったんですね。さあさあ奈央さん、急いでお支度しましょうね~」
木村は奈央に有無も言わさず背中を押し、着替えさせる為にリビングを出て行こうとする。
しかし、リビングの扉が閉まる直前。ムカつく木村の声がハッキリと耳に届く。
「急がないと、敬介坊ちゃんが拗ねてしまわれますからね~」
「拗ねるかよ!」
すかさず否定した俺の言葉は、パタンと閉められたドアに阻まれ、リビングに虚しく響いた。
*
黒地に淡いピンクの撫子の花が散りばめられた浴衣に袖を通し、俺の前に立つ奈央。髪を緩くまとめ上げ、おくれ毛を垂らし浴衣を着こなした奈央は本当に綺麗で、思わず見惚れてしまった俺は声を出せない。
そんな俺を見ながら、着飾った綺麗な奈央はクスクスと笑いだす。
我に返った俺は『似合う』そう言おうと思ったのに……。
「敬介、拗ねてんの?」
……やっぱどんなに着飾っても、中身は小悪魔のままらしい。
「拗ねてねぇよ!」
見惚れてただけだ! って言葉は、心の中にひっそりと隠した。
「用意出来たんなら行くぞ!」
奈央を引っ張り玄関まで行くと、木村が奈央の下駄を用意していた。
その下駄を奈央が履くと、木村は頭からつま先まで視線を動かし「本当にお似合いだわ~」と、その美しさに感嘆する。
「これじゃ、甥っ子も料理どころじゃなくなってしまうかもしれませんね!」
……んだと!? でも待て。あのお調子者の事だ。あり得るかも。くそっ、他の店を押えるべきだったか?
「甥っ子さん……ですか?」
俺の心配を余所に、奈央が木村に聞き返す。
「ええ。私の甥っ子がやってるお店で、そこのテラス席からは花火が良く見えるんですよ。料理もなかなか美味しいですから、敬介坊ちゃんと甥っ子に、沢山御馳走して貰ってくださいね」
心配の種を宿した俺は、奈央を連れ木村の笑顔に見送られ別荘を出た。
歩いて10分もかからない場所への道すがら、念のためにと奈央に注意を入れておく。
「奈央、愛想良くしなくていいからな。いつものお前でいろ。俺にするみたく、素のままの奈央でいいから」
「素の私って?」
自分の事って分からないもんなのか?
「そりゃ、いつもの通り、生意気で、目つきが悪くて、人を陥れるのが大好きで………って、いてぇっ!」
「喧嘩売ってんの?」
「……売ってません」
俺は間違った事など何一つ言っていない。こんな怖い女だと知れば、あの男も手だししないと思っただけだ。何も下駄で踏みつけなくてもいいだろ?
「でも奈央? ムカついたら今みたいに、木村の甥っ子にも、思いっきり下駄で踏みつけてやっていいからな」
重ねて念を押しながら、涼しい顔してカランカランと下駄を鳴らす奈央に後れを取らないよう、痛みを堪えながら歩いた。
足の痛みも忘れた頃、丁度良く店に着きそのドアを開ければ、耳をつんざくようなデカイ声に迎えられる。
「いらっしゃーい! おーっ、敬介久々だなぁー。この薄情男が! 何年も顔見せずに冷てぇじゃねーかよ。今日はゆっくりして……って、も、もしかして、この子が敬介の彼女か!? うそっ! おばちゃんから聞いてはいたけど、ここまで美人とは!」
……このヤロー。
俺の後ろにいた奈央を見つけた途端、目を見開き驚いたと思ったら、今度はだらしない面曝しやがって。しかも、店の入り口でオーナーが騒ぐな!
「サブロー、いいから席案内しろよ」
「いやー、初めまして。僕、木村弘子の甥っ子で、山田三郎って言います。ちなみに俺の父親は山田一郎で兄貴が二郎。いい加減な親が付けた名前だけど覚えやすいでしょー。サブちゃんでもサブローでも、好きなように呼んでね」
俺の話は無視か? 薄情な奴はどっちだ? 奈央ばっか見んな。何がサブちゃんだよ。気持ち悪りぃんだよ!
「水野奈央です」
「奈央ちゃんか~。ヨロシクねぇ!」
「こちらこそ」
奈央が挨拶すれば、手をエプロンでごしごし拭いて握手を求めてくるサブロー。
「あれ? 俺ってトイレ出た後、手洗ったっけか?」
「てめっ……」
握手に応えようと、動きかけた奈央の手を急いで止めた。
「お前はそれでも料理人か? 奈央、店間違えた。他行こう」
奈央の背中を押して、出口へと向かう。
「冗談だってば。冗談。今日は腕によりをかけて料理作る気満々なんだから、機嫌直してゆっくりしてけって! ねぇー、奈央ちゃん」
俺達の行く手を阻むように、出口のドアの前に立ったサブローは「特等席用意してあるからさぁ~」と俺の肩に手を回し歩きだした。
やっと案内されたテラス席は案外広いのに、3組だけしか席がないゆったりとした造りだ。それも一席ずつ、観葉植物やスクリーンで目隠しされ、個室のような雰囲気を生み出している。
ラタン編みにガラスが乗ったテーブルには、水の張ったガラスボウルに、色とりどりの花びらとキャンドルが浮かび、灯す炎がゆらゆらと揺れている。そのテーブルの前には、同じようにラタンのソファー。辺りは、所々に置かれた間接照明が、淡い光で照らしていた。
アジアンテイストで纏められたそれらは、サブローにしてはセンスの良いものだった。
高台にあるこの店のテラス席は、真正面が海で、花火を見るのに遮るものが何一つない一等席。木村に言われ、この場所を確保して正解だ。この男は邪魔だけど。
「まずは乾杯だな~」
並んでソファーに座った俺達の前に、上機嫌でちゃっかり居座りそうなサブロー。
「お前は仕事をしろ」
「俺いちゃ邪魔? なーんて冗談だよ」
そう言って他の店員が運んで来たシャンパンを俺達のグラスに注ぐと、
「ゆっくりしてってよ。旨いもん嫌ってほど食わしてやるからよ」
親指を立て、やっと仕事へと戻って行った。
「奈央もグラス持てよ」
「珍しい。今日は飲んでもいいの?」
「今日は特別な」
奈央が手にしたシャンパングラスに、俺が持ったものを合わせば、上質なグラスだと分かる透明感ある柔らかい音が響く。
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