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106. アイツと俺との離れた時間-4
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俺の抗議を丸っと無視する林田は、
「野菜不足を解消出来て、且つ栄養のあるものを宜しく」
と、さっさとマスターに料理の注文をしている。
……そもそも、俺の女事情って何だ。疾しいことなど何一つねぇぞ、何一つ!
「おまえの知ってる俺の女事情って何だよ。変な噂まともに受けて、奈央に余計なこと言ってんじゃねぇだろうな?」
「変な噂って、ちょくちょく見合いしては、相手を全部頂いちゃってるっていう、アレ?」
涼しい顔してわざとらしいにも程がある。
“頂いちゃってる”と言うのは話を膨らませ過ぎだが、それに近い噂が社内の一部に流れているのは、残念ながら事実だ。
それに、“見合い”と呼ぶには大袈裟ではあるが、女性を紹介されることが多いのは、悲しいことに本当だったりする。その話が面白可笑しく歪曲され流れ出た噂だ。
林田だって分かっているはずだ。あくまで噂に過ぎないのだと。
しかし、こうもストレートに、この話題に林田が触れて来たのは初めてだった。
俺を信用してくれていると思っていたし、所詮、尾びれ背びれがくっ付いた噂に過ぎないと、そう理解してくれているとばかり思っていたのに、それは間違いだったのか。
「念の為言っとくが、なんもねぇからな。取引先のオヤジどもから頼まれて、仕方なく会っただけだ。片っぱしから断ってる」
「…………」
「何なんだよ、その疑いの眼差しは」
「一人も? 本当に一人も喰っちゃってない?」
「あるわきゃねぇだろーが! てか、喰うとか言うな」
言葉を選ばない林田にげんなりする。
頼むから、少しは考えて喋ってくれ! じゃなきゃ、立派な社会人って褒めたのが嘘臭く聞こえんじゃねぇかよ。
「まぁ、沢谷の立場も分からなくはないけどね。邪険に出来ない相手からの紹介とならば、顔を立てて、女の百や二百会うしかないって事もさ」
「そんなに会ってねぇし」
「でもさ、相手の女性だって、沢谷の嫁ってポジションは欲しいとこでしょ。お色気作戦でロックオンされちゃ、沢谷だって男だし……、ねぇ?」
何が、ねぇ? だ。厭らしい目で見んな。そんな目で見られるのは、心外以外の何物でもない。
「一度だって疾しいことはしてねぇ」
「え。⋯⋯だって、三年半だよ? 約三年半! その間誰とも?」
「悪りぃかよ」
「いや、悪かないけどさぁ。でも、相変わらず強靭な忍耐力だよねぇ。その歳で右手が慰めってのも、哀れだし……」
こ、こいつ。言わせとけば何処までも。何が悲しくて、元教え子に性的事情まで同情されなきゃなんねぇんだよ。
「林田、おまえいい加減にしとけよ!」
「あ、来た来た。ほら、沢谷食べなって」
抗議をしてもスルーされるのが通常化しつつある俺の前には、
「お待たせしました。先ずはポトフからどうぞ」
タイミングが良いのか悪いのか。バーと言う区切りにしては珍しく、しっかりとしたメニューが差し出された。
野菜がゴロゴロと入った旨そうなそれは、寂しい独身男にとっては有り難すぎる代物だ。
なのに直ぐにスプーンに手を伸ばさないのは、勿論、めげずに林田へ抗議をするためだ。
「とにかくおまえは、余計なことを奈央に吹き込むんじゃねぇぞ!」
「ん? 見合いのこと? それならとっくに伝えちゃってるけど?」
「はあっ? 馬鹿なのか? おまえは本当に馬鹿なのか?」
「別に言ったからって奈央が動じるはずないでしょうが。沢谷にそんな話が舞い込むことぐらい、賢い奈央ちゃんにはお見通しだって。それに、沢谷を信じてる奈央は何も心配してないしね」
────信じてる。
林田を通して伝えられる言葉に、胸が一瞬にして熱くなる。
「それより奈央が心配してるのは、沢谷の食事のことなわけ。忙しいと直ぐおざなりになるから、気付いた時には食べさせるようにって、奈央から頼まれてんのよ、私は。分かったら、さっさと食べる!」
「……そうか、分かった」
素直に従った俺には、もう抗議したい気持ちは微塵も残っちゃいなくて。奈央の言う事が絶対な俺は、スプーンに手を伸ばしスープを口に運んだ。
その様子を見て笑いを堪えているマスターに、
「ね、単純な男でしょ? こんな男が好きな私の親友は、海の向こうにいても沢谷を遠隔操作出来ちゃう、最強の女なんだよねぇ」
ご丁寧な説明までする林田なんか無視して、俺はポトフを頬張る。奈央に心配かけるわけにはいかない、ただその一心で。
その後に続けて出て来たタコライスも、外野の騒ぎには耳も貸さず黙々と平らげ、やがて俺に訪れたのは、
「沢谷、良いものあげる。はい、沢谷が欲しがってた奈央の写真」
待ち焦がれていたご褒美タイム!────のはずが。
「…………誰だ、これ」
「奈央に決まってんでしょっ」
「ちげぇ、奈央の隣にいる金髪ヤローのことだ」
「ったく、一体どっからそんな低い声出してんだか」
ご褒美だと思って林田から受け取った一枚の写真。
でもそれは、褒美でも何でもなくて、寧ろ、喜びとは反する感情を沸々と湧き上がらせる。
奈央を抱き寄せ、奈央の頬に唇を寄せる一人の金髪男。
「まぁ、三年半だしね? ボーイフレンドの一人や二人いたって可笑しくないしね?」
写真から目を離せずにドロついた感情を持て余す俺を、林田が余計に煽りたてる。
お陰で、負の感情に取り憑かれ、やがて頭が真っ白になった俺は、
「ちょっとマスター、聞いてくれるぅ? 沢谷って単純な男ってだけじゃないのよ。心もチョー狭いの。全く、イヤんなっちゃうわよね~」
林田のおばさん口調なんて、本気でどうでも良かった。
「野菜不足を解消出来て、且つ栄養のあるものを宜しく」
と、さっさとマスターに料理の注文をしている。
……そもそも、俺の女事情って何だ。疾しいことなど何一つねぇぞ、何一つ!
「おまえの知ってる俺の女事情って何だよ。変な噂まともに受けて、奈央に余計なこと言ってんじゃねぇだろうな?」
「変な噂って、ちょくちょく見合いしては、相手を全部頂いちゃってるっていう、アレ?」
涼しい顔してわざとらしいにも程がある。
“頂いちゃってる”と言うのは話を膨らませ過ぎだが、それに近い噂が社内の一部に流れているのは、残念ながら事実だ。
それに、“見合い”と呼ぶには大袈裟ではあるが、女性を紹介されることが多いのは、悲しいことに本当だったりする。その話が面白可笑しく歪曲され流れ出た噂だ。
林田だって分かっているはずだ。あくまで噂に過ぎないのだと。
しかし、こうもストレートに、この話題に林田が触れて来たのは初めてだった。
俺を信用してくれていると思っていたし、所詮、尾びれ背びれがくっ付いた噂に過ぎないと、そう理解してくれているとばかり思っていたのに、それは間違いだったのか。
「念の為言っとくが、なんもねぇからな。取引先のオヤジどもから頼まれて、仕方なく会っただけだ。片っぱしから断ってる」
「…………」
「何なんだよ、その疑いの眼差しは」
「一人も? 本当に一人も喰っちゃってない?」
「あるわきゃねぇだろーが! てか、喰うとか言うな」
言葉を選ばない林田にげんなりする。
頼むから、少しは考えて喋ってくれ! じゃなきゃ、立派な社会人って褒めたのが嘘臭く聞こえんじゃねぇかよ。
「まぁ、沢谷の立場も分からなくはないけどね。邪険に出来ない相手からの紹介とならば、顔を立てて、女の百や二百会うしかないって事もさ」
「そんなに会ってねぇし」
「でもさ、相手の女性だって、沢谷の嫁ってポジションは欲しいとこでしょ。お色気作戦でロックオンされちゃ、沢谷だって男だし……、ねぇ?」
何が、ねぇ? だ。厭らしい目で見んな。そんな目で見られるのは、心外以外の何物でもない。
「一度だって疾しいことはしてねぇ」
「え。⋯⋯だって、三年半だよ? 約三年半! その間誰とも?」
「悪りぃかよ」
「いや、悪かないけどさぁ。でも、相変わらず強靭な忍耐力だよねぇ。その歳で右手が慰めってのも、哀れだし……」
こ、こいつ。言わせとけば何処までも。何が悲しくて、元教え子に性的事情まで同情されなきゃなんねぇんだよ。
「林田、おまえいい加減にしとけよ!」
「あ、来た来た。ほら、沢谷食べなって」
抗議をしてもスルーされるのが通常化しつつある俺の前には、
「お待たせしました。先ずはポトフからどうぞ」
タイミングが良いのか悪いのか。バーと言う区切りにしては珍しく、しっかりとしたメニューが差し出された。
野菜がゴロゴロと入った旨そうなそれは、寂しい独身男にとっては有り難すぎる代物だ。
なのに直ぐにスプーンに手を伸ばさないのは、勿論、めげずに林田へ抗議をするためだ。
「とにかくおまえは、余計なことを奈央に吹き込むんじゃねぇぞ!」
「ん? 見合いのこと? それならとっくに伝えちゃってるけど?」
「はあっ? 馬鹿なのか? おまえは本当に馬鹿なのか?」
「別に言ったからって奈央が動じるはずないでしょうが。沢谷にそんな話が舞い込むことぐらい、賢い奈央ちゃんにはお見通しだって。それに、沢谷を信じてる奈央は何も心配してないしね」
────信じてる。
林田を通して伝えられる言葉に、胸が一瞬にして熱くなる。
「それより奈央が心配してるのは、沢谷の食事のことなわけ。忙しいと直ぐおざなりになるから、気付いた時には食べさせるようにって、奈央から頼まれてんのよ、私は。分かったら、さっさと食べる!」
「……そうか、分かった」
素直に従った俺には、もう抗議したい気持ちは微塵も残っちゃいなくて。奈央の言う事が絶対な俺は、スプーンに手を伸ばしスープを口に運んだ。
その様子を見て笑いを堪えているマスターに、
「ね、単純な男でしょ? こんな男が好きな私の親友は、海の向こうにいても沢谷を遠隔操作出来ちゃう、最強の女なんだよねぇ」
ご丁寧な説明までする林田なんか無視して、俺はポトフを頬張る。奈央に心配かけるわけにはいかない、ただその一心で。
その後に続けて出て来たタコライスも、外野の騒ぎには耳も貸さず黙々と平らげ、やがて俺に訪れたのは、
「沢谷、良いものあげる。はい、沢谷が欲しがってた奈央の写真」
待ち焦がれていたご褒美タイム!────のはずが。
「…………誰だ、これ」
「奈央に決まってんでしょっ」
「ちげぇ、奈央の隣にいる金髪ヤローのことだ」
「ったく、一体どっからそんな低い声出してんだか」
ご褒美だと思って林田から受け取った一枚の写真。
でもそれは、褒美でも何でもなくて、寧ろ、喜びとは反する感情を沸々と湧き上がらせる。
奈央を抱き寄せ、奈央の頬に唇を寄せる一人の金髪男。
「まぁ、三年半だしね? ボーイフレンドの一人や二人いたって可笑しくないしね?」
写真から目を離せずにドロついた感情を持て余す俺を、林田が余計に煽りたてる。
お陰で、負の感情に取り憑かれ、やがて頭が真っ白になった俺は、
「ちょっとマスター、聞いてくれるぅ? 沢谷って単純な男ってだけじゃないのよ。心もチョー狭いの。全く、イヤんなっちゃうわよね~」
林田のおばさん口調なんて、本気でどうでも良かった。
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