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107. アイツと俺との離れた時間-5
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「──以上です」
「……」
「専務?」
「……」
「専務! どうかされましたか?」
「あ……? えーと、何の話だっけ?」
「…………本日のスケジュールです」
「…………悪い、もう一度頼む」
いつものように、マンションから会社に向かう車の中。かなりの努力でポーカーフェイスを保っているだろう我が秘書は、きっと、心の中じゃ嘆き、溜息をついているに違いない。
いい加減にしてくれよ! そう思われても仕方がないほど、最近の俺は心ここにあらず状態にあった。
それもこれも、林田から貰った写真のせいだ。
親しげに奈央の肩に手を置き、頬にキスなんてしている金髪男のニヤケタ顔が、脳裏をチラついて落ち着きやしない。
あの日、あの後、あの店で。
すぐさま金髪男との関係を確認すべく、奈央に電話を掛けようとする俺に、
『大学行ってる時間だってばっ! 少しは奈央の迷惑考えろ!』
林田からのお叱りが入り、やむ無く連絡を断念。
悶々とした気持ちを抱えながら、時差と言うどうにもならない大きな障壁を前に成す術がなかった。
しかも、理解者だと思っていた林田が、追い打ちまで掛けてくる始末だ。
『まぁね、遠距離恋愛だしね? 遠くの恋人より近くの男友達、ってね。寂しさをうっかり身体で紛らわせちゃったりとかも、有り得る話ではあるよねぇ』
などと、頭に血が昇り過ぎて、ひっくり返りそうになる発言まで放り投げてきやがった。
だけど、信じている。奈央はそんな女じゃない。
どんなに離れていても、俺達の繋がりは時間にも距離にも、ましてや金髪ヤローにも邪魔されて壊れるような簡単なものじゃない。
そう思う一方で、かつてないほどの不安が去来するのも隠しようもない事実で。その次の日から、時間を見ては今まで鳴らすことのなかった奈央のスマホを呼び出し続けている。
なのに、電話は一向に繋がらない。
今日こそは出てくれ、と念じ続けて電話を掛けること早一週間。
鳴らしても鳴らしても、奈央にまで辿り着くことはない現実に、不安が不安を生み、巨大化していく渦に呑み込まれていった俺は、もう限界だった。
──本気で今日こそ捕まえてやる。
昼休憩にでも電話をすれば、まだ向こうは深夜前。奈央なら起きていてもおかしくない時間帯だ。
それでももし繋がらなかったとしたら……。どっちみち、仕事も手につかない状態だ。仕事を投げ出してでもNYに乗り込んで、この手でとっ捕まえるまでだ。そう意気込む俺を、早速狂わそうとするのが秘書の声だった。
「お昼は会食が予定されております」
「ぁあ?」
……会食だと?
もう一度繰り返し今日の予定を読み上げていく秘書の声を、またもや聞いていなかった俺の耳は、“お昼”にだけ器用にも反応した。
昼に電話するのが一番奈央が捕まり易い時間だと考えていた矢先に会食など、冗談じゃない。
「ダメだ、その会食はキャンセルしてくれ」
今まで文句も言わずに我武者羅に働いて来たんだ。これくらいの我儘言ったって罰は当たらないはずだ。
なのにどうして、こうも上手く回らないのか……。
「申し訳ございませんが専務、それは難しいかと」
非情にも訴えは退けられる。しかも、秘書の様子に嫌な予感がしてならない。
「会食の相手ってのは?」
予感を拭いたくて尋ねる俺に、目を泳がせ眼鏡のフレームを指で押し上げた秘書は、言い難そうに答えた。
「間宮コンツェルの常務の紹介と言いますか……その……」
言い淀む口調が、過去の経験から全てを悟った。
俺の予感が的中ならば、それを俺が毛嫌いしてることくらい、秘書は充分過ぎるほど理解しているはずだ。だとしたら、この気まずそうな秘書の態度にも頷ける。
「つまりは、女性も同伴ってことか?」
確信を持ちながらも問う俺に、
「……はい」
秘書は静かに頷いた。
何度となくこういうものには付き合わされてきた。それは、狸共の陰謀。いかにも俺の為と装いながら、その裏には薄汚い野望と黒い計算が潜む、傍迷惑なお見合いもどきだ。
そんなもんに出てる余裕なんてあるかっ!
今までなら、会社や自分の立場を踏まえて、愛想笑い程度の付き合いながらも、我慢してそういう席にも赴いて来た。
だけど、今の俺には無理だ。愛想笑いどころか、化粧をごってり塗りたくった女に上目遣いで見られでもしたら、吐き気すら覚え睨んでしまう自信がある。
会社の為を思うならば、
「今日は勘弁してくれないか。その方が互いのためだ」
これが、間宮との関係を悪化させずに済む賢明な判断だと胸を張って言える。
けれど、正しいはずの判断は、
「無理です」
いつのまにか気まずさを打ち消し、ポーカーフェイスを取り戻した秘書に、間髪入れずに脚下された。
「この件は社長も乗り気でございまして、会食にも同席される予定になっております」
「なっ、社長が?」
社長とは即ち、親父だ。まさかここに来て、本気で俺の縁談を纏めるつもりなのか。
絶対的な力を保持する父親のことだ。俺の気持ちなど二の次で、力業で捩じ伏せる算段かもしれない。
冗談じゃない。言いなりになんてなって堪るか!
そう憤りながらも、父親の存在に薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
「……」
「専務?」
「……」
「専務! どうかされましたか?」
「あ……? えーと、何の話だっけ?」
「…………本日のスケジュールです」
「…………悪い、もう一度頼む」
いつものように、マンションから会社に向かう車の中。かなりの努力でポーカーフェイスを保っているだろう我が秘書は、きっと、心の中じゃ嘆き、溜息をついているに違いない。
いい加減にしてくれよ! そう思われても仕方がないほど、最近の俺は心ここにあらず状態にあった。
それもこれも、林田から貰った写真のせいだ。
親しげに奈央の肩に手を置き、頬にキスなんてしている金髪男のニヤケタ顔が、脳裏をチラついて落ち着きやしない。
あの日、あの後、あの店で。
すぐさま金髪男との関係を確認すべく、奈央に電話を掛けようとする俺に、
『大学行ってる時間だってばっ! 少しは奈央の迷惑考えろ!』
林田からのお叱りが入り、やむ無く連絡を断念。
悶々とした気持ちを抱えながら、時差と言うどうにもならない大きな障壁を前に成す術がなかった。
しかも、理解者だと思っていた林田が、追い打ちまで掛けてくる始末だ。
『まぁね、遠距離恋愛だしね? 遠くの恋人より近くの男友達、ってね。寂しさをうっかり身体で紛らわせちゃったりとかも、有り得る話ではあるよねぇ』
などと、頭に血が昇り過ぎて、ひっくり返りそうになる発言まで放り投げてきやがった。
だけど、信じている。奈央はそんな女じゃない。
どんなに離れていても、俺達の繋がりは時間にも距離にも、ましてや金髪ヤローにも邪魔されて壊れるような簡単なものじゃない。
そう思う一方で、かつてないほどの不安が去来するのも隠しようもない事実で。その次の日から、時間を見ては今まで鳴らすことのなかった奈央のスマホを呼び出し続けている。
なのに、電話は一向に繋がらない。
今日こそは出てくれ、と念じ続けて電話を掛けること早一週間。
鳴らしても鳴らしても、奈央にまで辿り着くことはない現実に、不安が不安を生み、巨大化していく渦に呑み込まれていった俺は、もう限界だった。
──本気で今日こそ捕まえてやる。
昼休憩にでも電話をすれば、まだ向こうは深夜前。奈央なら起きていてもおかしくない時間帯だ。
それでももし繋がらなかったとしたら……。どっちみち、仕事も手につかない状態だ。仕事を投げ出してでもNYに乗り込んで、この手でとっ捕まえるまでだ。そう意気込む俺を、早速狂わそうとするのが秘書の声だった。
「お昼は会食が予定されております」
「ぁあ?」
……会食だと?
もう一度繰り返し今日の予定を読み上げていく秘書の声を、またもや聞いていなかった俺の耳は、“お昼”にだけ器用にも反応した。
昼に電話するのが一番奈央が捕まり易い時間だと考えていた矢先に会食など、冗談じゃない。
「ダメだ、その会食はキャンセルしてくれ」
今まで文句も言わずに我武者羅に働いて来たんだ。これくらいの我儘言ったって罰は当たらないはずだ。
なのにどうして、こうも上手く回らないのか……。
「申し訳ございませんが専務、それは難しいかと」
非情にも訴えは退けられる。しかも、秘書の様子に嫌な予感がしてならない。
「会食の相手ってのは?」
予感を拭いたくて尋ねる俺に、目を泳がせ眼鏡のフレームを指で押し上げた秘書は、言い難そうに答えた。
「間宮コンツェルの常務の紹介と言いますか……その……」
言い淀む口調が、過去の経験から全てを悟った。
俺の予感が的中ならば、それを俺が毛嫌いしてることくらい、秘書は充分過ぎるほど理解しているはずだ。だとしたら、この気まずそうな秘書の態度にも頷ける。
「つまりは、女性も同伴ってことか?」
確信を持ちながらも問う俺に、
「……はい」
秘書は静かに頷いた。
何度となくこういうものには付き合わされてきた。それは、狸共の陰謀。いかにも俺の為と装いながら、その裏には薄汚い野望と黒い計算が潜む、傍迷惑なお見合いもどきだ。
そんなもんに出てる余裕なんてあるかっ!
今までなら、会社や自分の立場を踏まえて、愛想笑い程度の付き合いながらも、我慢してそういう席にも赴いて来た。
だけど、今の俺には無理だ。愛想笑いどころか、化粧をごってり塗りたくった女に上目遣いで見られでもしたら、吐き気すら覚え睨んでしまう自信がある。
会社の為を思うならば、
「今日は勘弁してくれないか。その方が互いのためだ」
これが、間宮との関係を悪化させずに済む賢明な判断だと胸を張って言える。
けれど、正しいはずの判断は、
「無理です」
いつのまにか気まずさを打ち消し、ポーカーフェイスを取り戻した秘書に、間髪入れずに脚下された。
「この件は社長も乗り気でございまして、会食にも同席される予定になっております」
「なっ、社長が?」
社長とは即ち、親父だ。まさかここに来て、本気で俺の縁談を纏めるつもりなのか。
絶対的な力を保持する父親のことだ。俺の気持ちなど二の次で、力業で捩じ伏せる算段かもしれない。
冗談じゃない。言いなりになんてなって堪るか!
そう憤りながらも、父親の存在に薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
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