メイドから母になりました

夕月 星夜

文字の大きさ
111 / 124
魔法省で臨時メイドになりました

国を治めるということ

しおりを挟む
不快感を顔に出せば、王太子が小さく頷く。

「そうだな。おそらくリリーが考えたように、ミュード国王は黒髪の魔法使いという存在を欲しているのだろう。その理由も見当はついている」

そう言って王太子が懐から取り出したのは、近隣諸国の描かれた地図だった。

「我が国がここで、この海に面した隣国がミュード王国だ。で、この海に点在する島々がわかるか?」
「ええ、わかります。ロンダール王国、ですよね」

ミュード王国の南側、遠浅や岩礁の多い一帯に点在する島々がロンダール王国だ。主な産業は海産物と難所を切り抜ける操舵術による貿易の補助で、西の大陸へ向かうにはロンダール王国の協力がない場合山越えをしてから大海を渡る方法しかない。
だから小さく人口も少ない国でも対等な関係を諸国と結んでいるんだ。小さな国土で十分な産業を行えないゆえの国策は、とても優れたものだと思う。地形的な問題もそうだけど、その海に住む精霊や幻獣たちがロンダール以外の船を警戒するそうで、安全確実な航海はロンダールに頼むというのが決まりのようなもの。そのかわりに食糧諸々の貿易が成り立っているんだ。
で、そのロンダールがどうかしたの?

「この最もミュードに近い島、ヴィヌアス島の近海で新たな貝紫を作れる貝が発見されたらしい。貝紫の価値は知っているだろう? ところがロンダールとしてはヴィヌアスを神聖なる土地であるとして全く開墾していない。あそこは海の神々の婚姻の地とされているからな」

ロンダールもまた海の国。ミュードが海の豊かさ美しさを象徴とすれば、ロンダールは厳しさと雄々しさの一面を強く持つ。そんな国なら海の神々を信奉するのは当然だ。

「貝紫だけでなく、海の神々すらも欲しいとか?」
「おそらくな。ミュードは海の国と言われているが、実際に海の神々にまつわる土地や出来事があったわけじゃない。立地も価値も、ヴィヌアスを手に入れれば解決するとでも思っているのだろう」
「でも、それでは戦になります」
「だから、レオナールが欲しいんだよ。ロンダールにいる魔法使いは十人程度でも、精霊を友とする人々は多い……その精霊たちにとっても畏怖される闇の精霊を生まれながらに使役するレオナールがいれば、抑え込むのがたやすくなるとでも考えたんだろうさ」

吐き捨てるような言い方で顔を顰める王太子。そこからひしひしと伝わってくるのは明らかな怒りだ。

「黒髪の魔法使いが二人もいるのならという言い方がまず腹立たしい。うちの大事な臣下を物のように扱おうとするその姿勢に誰が協力するものか。見習い魔法使いをうちで育てたいという申し出ならまだしも、すでに国の中枢近くで働く者を欲しがれば貰えると思う神経も信じられん。王位継承権を持たぬ姫一人でうちの臣下が釣れると思うなという話だ」
「聞かれたら外交問題になる文言を混ぜ込むのやめてください!」

王位継承権がない姫君とか言わないの!  事実でも隣国の誰かに聞かれたら軽んじられてるってこちらを責める口実になっちゃうから!

「だって本気で腹が立ってるんだよ!  自分たちの都合のいいように動こうとする姿勢や考え方もだが、こっちを自分たちより下だと見下すあの態度も、大事な家臣を粗略に扱えると思われてるのも、俺がまだ王太子だからだって言いやがる!」
「カシルド様、落ち着いて!」

お嬢様が後ろから抱きつくと、風船がしぼむように王太子から怒りの気配が薄れていく。ひとつ大きく息を吐き出し、もう大丈夫というようにお嬢様の手に触れる顔も先ほどよりは穏やかだ。

「悪い、熱くなりすぎたな」
「大丈夫、カシルド様を止めるのが私の役目ですもの。お気になさらないで」

にこやかに微笑むお嬢様に王太子も笑みを返す。本当に落ち着いたみたい。
王太子がお嬢様を最初に見初めた理由、この人なら自分が我を忘れても恐れることなく止めてくれるんじゃないかって期待も含んでたんだよね。
王太子の魔力は魔法使いと遜色ないほど強い分、怒りでコントロールが甘くなると普通の女性では怯えて近づくことも出来なくなるんだとか。
あ、お嬢様が大丈夫なのは多分私のせいね。出会ったばかりの頃に私が散々やらかしたから変な度胸がついたらしくて、大抵のことには動じなくなったんだ……目の前でソファー持ち上げたりしたからな、他のメイドが仕事しないから全部私がやるってキレながら掃除してたりしたからな……色々思い返すといたたまれない。
結果としてお嬢様の幸せに繋がったんだからよかった、と言っていいのかなぁ。

「まあ、ともかくだ。俺はレオナールを向こうにみすみす渡すつもりはないし、あの王女と結婚させるつもりもない。だがそれを公にこちらが言い出せば、向こうがまた馬鹿なことを言ってくることも確実だ。ということで、リリーを呼んだ」
「そこで私に話が繋がるのですか」
「ああ。お前にしかできない、お前にしか頼めない大事な仕事だ」

そう言った王太子の顔はとても真剣で、私も背筋を正して言葉を待つ。
私にしかできない仕事なら、全力で取り組んでみせる。それがレオナール様の手助けになるならなおさらやる気が。

「レオナールといちゃいちゃしろ」
「……は?」

重々しく真面目に告げられた言葉にそれしか返せなかったけど、でもこれはそうでしょ?  そうなるでしょ?
え、ちょっと待って私流石にこれはピンとこないというか、意味がわからないよ!
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

メイドから母になりました 番外編

夕月 星夜
ファンタジー
メイドから母になりましたの番外編置き場になります リクエストなどもこちらです

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。