メイドから母になりました

夕月 星夜

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魔法省で臨時メイドになりました

家族という呼び名

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「……り、リリー」

あれ、気のせいじゃなかった。私を呼ぶ声に目を開けると、そこには王太子ではなく金色の光が……あれ?

「お兄ちゃん?」
「大丈夫か、リリー」

心配そうに覗き込む新緑のまなざしに安心した気持ちになって息を吐く。

「うん、大丈夫。それより、お兄ちゃんどうしてここに?」
「妃殿下の護衛の交代で来ただけだ。むしろお前がどうしてここに? レオナール、お前が傍についていながらなにやってんだ」

若干の怒りと呆れの混ざった声でレオナール様を呼ぶけど、何やってんだってどういうこと?
きょとんとお兄ちゃんを見上げれば、手袋に覆われた手が頬に触れる。

「顔色が悪い。殿下になにか嫌なことを言われたんじゃないか?」
「あ、そうだ。私の目の前に殿下がいたはずなのに、なんでお兄ちゃんがいるの?」

そういえばとあたりを見回せば、何故だかしりもちをついている王太子がいた。
ちょっとびっくりしたような顔だったのが、私と目があった途端やわらかな苦笑に変わる。
えっと。この状況どういうこと?

「貴様、殿下を引き倒すなど何事だ!」

エミディオの叫びにどうやらお兄ちゃんが王太子にしりもちをつかせたらしいことを知るけど、なんで?

「何事?  男に恐怖を覚えている妹が恋人でも家族でもない男の前で顔色を悪くしてたら普通助けるだろう」
「それとこれとは話が違う、殿下に不敬を!」
「違うはずがない。俺の大事な妹に手を出そうとするなら誰だろうと一緒だ」

堂々と言い切ったお兄ちゃんにエミディオが言葉を失う。ごめん、私も何を言ったらいいのかわからない。
ただ、どうしようもない気持ちのまま思いっきり抱きつけば、うおっと驚く声が聞こえた。

「心配かけてごめんね、お兄ちゃん。ありがとう」
「……今まで兄らしいことをしてやれなかったからな。たまには、な」
「充分過ぎるくらいだよ……安心したもの」

顔を上げてにこりと笑って見せれば、お兄ちゃんも安心したように笑った。

「仲がいいんだな」

いつの間にか立ち上がっていた王太子の声に顔を向ければ、なんとも言えない苦笑を返される。
ああ、まただ。部下を見るのとは違う色の瞳に収まっていた不安が再び湧き上がる。何を言われるのかわからないままお兄ちゃんにしがみつけば、頭をポンと撫でられた。

「大丈夫だ、リリー。俺もレオナールもいる」
「ん」
「お兄ちゃん……」

レオナール様に手を握られて、大きく息を吐く。そうしてお兄ちゃんから離れると、姿勢を正して王太子の言葉を待った。

「お見苦しいところをお見せしました。兄は私が取り乱さぬよう対応しただけですので、どうぞ御温情を。お咎めは私に」
「いや、咎めたりしないけどな」
「殿下!?」
「リリーの過去を考えれば兄であるエルネストがああいった対応をとっても仕方がない。俺たちはその過去を知っているからな、配慮が足りなかったのはこちらの非だ。悪かったな、リリー」

エミディオを諌めて私に謝罪する王太子の後ろに、不安そうな表情のお嬢様を見る。ああ、だからお嬢様にそんな顔をさせたくないのに。痛む胸を押さえていれば、ずるいなと殿下が呟くのが聞こえた。

「俺だって、リリーを安心させたいのにな」
「それがどういう意図なのかわからないですが、その言葉は大いに誤解を招きますよ」
「そうか?」

諭す口調のお兄ちゃんに首を傾げ、王太子は小さく微笑む。

「リリーは俺にとって家族みたいなもんだからな。妹分に頼られたいって思うのはおかしなことじゃないだろう」

……ん?  今、なんかとてつもなく妙なことを聞いた気がする。エミディオどころかアランも口をポカンと開けてるし、お嬢様も目をまん丸にしてるし、やっぱりみんな変だと思うよね、思ってるよね?
そしてそれはお兄ちゃんやレオナール様にとっても驚くことで。

「妹?」
「リリーが殿下の?」

呆然としたような二人の声を聞きながら、私も同じように惚けた顔をしていたんだと思う。いやだって、ねえ?

「どこをどうしたら私が王太子殿下の妹分になるのでしょう」
「俺の嫁の姉妹みたいなもんだろう?」
「いやいやいや」

それだけでその呼び名はない、本当にそれはない。全力で否定するけど、そうしたらものすごく不本意そうな顔になってしまった。

「その反応、傷つくな。リリーだけじゃない、アランもエミディオも、友であり家族だと思っているんだが?」
「なんでいきなりそんな考えになったんですか」
「リリーとレオナールを見ていたら、だな」

呆然としっぱなしの皆様を放置してとりあえず会話を続けたら、まさかの原因が私とレオナール様だっていう。

「なにか、しましたか?」
「いや、見せられただけだ。お前たちと、その娘を。血の繋がりなど必要ない確かな関係を見せられて、考えを変えたんだよ」

……え、私たち何かした?
思わずレオナール様と顔を見合わせたけど、やっぱりお互い思い当たることがないから首を傾げることしか出来なかった。

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