メイドから母になりました

夕月 星夜

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魔法省で臨時メイドになりました

私の大事な人

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しまった、つい家にいるのと同じ感覚でレオナール様に抱き締められしまった。思わず私も抱き返しちゃうなんて、この場でやっちゃ駄目だった。
だって王太子に、ほんの少しでも弱みを見せたら嬉々としてそこを攻めて無理難題吹っかけてくる王太子に、この状況見られたら絶対何か言われるじゃん!
そう思いつつ恐る恐る視線を向けた先には、なぜか微笑みつつも涙ぐむお嬢様と苦笑しているアラン、そして穏やかな笑みを浮かべた王太子の姿があった。

「リリーも、そんな風に甘えることができるようになったんだな。少し安心した」

お嬢様へ向けるのに似た優しいまなざしに目を瞬くと、おもむろに王太子が歩み寄ってくる。レオナール様の腕から離れてそれを見ていたら、なぜだか大きな手で頭を撫でられた。

「よかったよ。俺たちではリリーを泣かせられなかったからな。そうやって、心の一番弱い部分まで晒け出せる場所を見つけてくれたことが嬉しい。が、少しばかり癪だな」
「え、あの、殿下?」
「いい加減お前もカシルドと呼べと何度言えばわかる?  アランは名前で呼ぶし、エミディオだって家名とはいえ名を呼ぶくせに」

いやいや、あの二人と比べたら駄目でしょう。だって王太子だよ、次期国王陛下だよ?
なんて思いつつ、本当は名前を呼ばない理由があったりもするんだけど……えっとこの状況から逃げたいので言ってもいいかな。後ろからレオナール様の視線がですね、若干怖いような気がしましてですね。

「殿下の名前を呼んだら、リディアーヌ様が不安になるじゃないですか」
「なんでそこでリディが出て来るんだ?」

不思議そうな王太子の後ろで、お嬢様が赤くなってアワアワしてるのが見える。ビックリしてるのと恥ずかしいので混乱してるんだろうな、だって私から一度も聞いたことないものね、このこと。

「自分の大事な人に信頼されてる異性ですからね、私。仕事での関係でしかなく私が最優先するのが自分だと、わかっていても心が痛む。そうでしょう?」

知っていた。お嬢様の不安も、その理由も。だから恐れ多くも王太子の好意を跳ね除け続けていた。

「殿下の気持ちを疑うのでも、私の信頼を疑うのでもなく、それでも不安にはなってしまう……そういうリディアーヌ様が心底大事なので、殿下の申し出はお断りさせていただきます」

にこやかに言い切れば顔を覆うお嬢様とそれに気づいて何か言ってるアランが王太子の肩越しに見えた。うん、あの雰囲気なら泣いてはいない、単純に恥ずかしがってるだけだから放っておいていいや。
それよりも黙っている王太子の方が気になって視線を向けると、微妙な表情になっていた。

「その忠誠心を嬉しいと思う反面、物凄く寂しい気にもなるな」
「そう言われても……リディアーヌ様を第一に考えて王太子に歯向かうことが出来る私だから、殿下の部下の一人としてお認めいただいたのでしょう?」
「まあ、それはそうなんだが。それは最初の話で、今まで数年共にいただろう?」
「年半分以上あちこちに行っていたのであまりそういった実感がないですが、そうですね」

珍しく歯切れの悪い王太子の態度に眉を顰めつつ答える。何、あんまり変な態度続けてたらお嬢様がまた不安になるじゃない。ただでさえお嬢様の中には私と王太子の関係で昔から気になっている部分があるのに。
お嬢様と王太子の出会いは、実はまったく甘くもなんともなく今から考えるとよくこの二人が想いを通じあわせたものだと信じられない気持ちになるほど酷いものだった。
王太子からするとわがままで引きこもりで親に迷惑をかけ続けた生意気な女というお嬢様、お嬢様からすると突然家に押し入ってきた挙句自分のみならず家族や私のことまで馬鹿にしてきた男だった王太子、それが初対面時でのお互いの印象なんだから。ちなみに私も王太子のことを無礼で身分を笠にした俺様と思ったので、王太子の態度も本当に悪かった。
でも、紆余曲折あって、お互いに想い合うようになって……それ自体はいいことだった。なにせ伯爵令嬢が王太子に見染められたという貴族的観念からも問題ない状況で、政略ではなくお互いの気持ちも惹かれ合っているのだから。
ただ、その間に入っていた私と王太子も、親しくと言ったら変だけど関係が和やかなものに変わっていたのが、恋する身として耐えられないものになっていっただけで。
私の好きな人と仲良くしないで、盗らないで。そう言われた日のことを、昨日のことのように思い出す。
話す内容はほとんどお嬢様のことで、お互いが好きな人のことを話すんだからそりゃ空気も和やかになるよねって、言いたいことは色々あったけれど、それよりもお嬢様が泣いてしまったのが申し訳なくて。
誰よりも幸せになって欲しかった。私の幸福を全部捧げてでも、お嬢様に笑っていて欲しかった。当時の私の全てだった人を泣かせた事実が本当に辛くて、だからこそ私は王太子に極力女性として見られないよう振る舞い続けた。
正直体が持たないと思ったことだって何度もあったけれど弱音を吐かずに頑張っていたのは、ひとえに私が女だと思わせないため。使える部下の一人でいるためだ。
この先も、レオナール様と心を通じあわせた後であっても、私はお嬢様を欠片だって不安にさせたくない。変なことを言わないでほしい。
そう願っても、王太子が私の願いを叶えてくれることの方が珍しいんだ。

「もう少しくらい、親しい仲になってもいいだろう?」

それがどういった意図なのか、考えることを放棄したい。目を閉じた私の耳の中で、あの日泣いていたお嬢様が私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
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