メイドから母になりました

夕月 星夜

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2巻

2-2

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「こんなに買っていただくのは、申し訳ないです」
「今までのお給料の代わり」
「ちゃんと王家からお金で貰ってましたから!!」
「じゃあ、ごほう
「もう充分です。レオナール様と一緒にいられるのが、一番のご褒美ですから!!」

 私が慌てて言った瞬間、レオナールとミリスどころか、店中の人たちが沈黙してしまった。
 ……あれ? なんで黙るの? 何故、店内がシーンってなっているの?
 わけがわからずキョロキョロする私に、レオナール様が心なしか赤い顔で言い出す。

「……ありがとう」
「え? あ、はい?」

 どうして私、お礼を言われてるの?
 レオナール様は小さく咳払いをして普段通りの無表情に戻ったので、それ以上は突っ込めなかった。とまどう私に、レオナール様が苦笑する。

「年頃の女性らしいリリーを見たいって言ったら、駄目?」
「普段は女性らしくないですか?」
「そうじゃなくて……その」

 口ごもるレオナール様に首をかしげていると、彼は困ったようにほほんだ。

「いつも『母親』で『メイド』のリリーだから、私服くらい『女の子』でいてほしい」
「あー、つまり、私服が仕事着にしか見えないと」
「というより、いつもと違うリリーを見たい」

 今朝の髪形の話といい、今日のレオナール様は、いったいどうしたの?

「僕のワガママに、付き合って」
「……綺麗な服は嬉しいです。でも、こんなに買っていただいても、嬉しさより申し訳なさが勝っちゃうんです」

 素直に言ったら、また苦笑された。でも、レオナール様の瞳はとても優しい。

「仕方ないね。でも、もう支払いをした分はあきらめて? それで明日、新しい服で出かけよう」
「わかりました。……ありがとうございます、レオナール様」

 あんまり遠慮をしすぎたら、レオナール様も気を悪くするかもしれない。申し訳ないけど、お言葉に甘えさせてもらおう。さっきも言った通り、嬉しいのは本当だもの。
 ほっこりとしている私に、レオナール様は「どういたしまして」と言って笑う。次の瞬間、レオナール様がふと他のドレスに目を留めた。

「あ、これも似合いそう。リリー、着てみて」
「いやいや、それまた新しい服ですよね、レオナール様。もう買わないって言いましたよね!?」

 ちょ、ミリス、いい笑顔で試着室に押し込まないで、服を脱がせないで!
 これ以上は嫌だって言ってるのにー!!


 数時間後。家に帰っていつもの仕事用の服装に戻った私は、キッチンで夕食の準備をしていた。
 結局あのあと、服だけじゃなくて靴だの小物類も買いに行ったんだよね。二人ともノリノリで、私は完全に着せ替え人形だった。
 ……今日だけで、いくら使ったんだろう。
 せめて小物とかは自分で払うって言ったんだけど、レオナール様は聞いてくれなかった。その時のことを思い出すと、ため息と独り言が出てしまう。

「絶対に払わせてくれなかったしな。しいご飯で充分おつりがくるとか言われたし……」

 そんなことを言われたら、頑張って美味しい夕食を作るしかないよね。でも、今日は疲れちゃったから、少し簡単なものにしようと思う。
 底にバターをった鍋に、薄くスライスしたジャガイモを、これでもかってくらいき詰める。その上に輪切りの玉ねぎをどっさり載せて、塩コショウを少々。
 次にキャベツをたくさん入れてから、ベーコンを並べてもう一度玉ねぎとキャベツを投入する。最後にまたベーコンとチーズをたっぷり重ねたら、あとは弱火でじっくりし焼きにするだけ。
 うーん、やっぱり簡単。それに野菜のうまみが基本だから、調味料をたいして使わないのがいい。

「お母さん、おなかすいたー」
「もうちょっとだから待ってね」

 足にぴったり張り付いてきたジルの頭をでる。
 帰ってきた時、ジルはお昼寝中だった。お昼ご飯はシドさんにお願いしていたけど、おやつは用意しておいた方がよかったかも。
 鍋をセットし終えてから、私は改めてメニューについて考える。

「ちょっとボリュームが足りないかな」

 あっさりさっぱりすぎるよね。うーん、でも、他に肉や魚を使いたくない。だってメインはこれだもの。

「ジャガイモのグラタンでも作るか……」

 あれなら簡単だし、ボリュームも問題なさそう。あとはパンを付ければ大丈夫でしょう。

「なに作るの? ジルもお手伝い出来る?」
「うーん、これにはお手伝いはいらないかな」
「えー」
「今から作るから、見てて?」

 ジャガイモの皮をいて薄切りにしたら、バターをさっと塗ったグラタン皿に敷き詰めて塩コショウ。そこに生クリームを、上のジャガイモが半分覗くかどうかってくらいたっぷりそそいでオーブンに入れる。好みでチーズを加えてもいいけど、このシンプルさがいいんだ。
 塩コショウで引き立てられたジャガイモ本来の甘味と、加熱されて深みを増した生クリームのコクは、下手な味付けをしたら台無しになると思う。

「あとはオーブンで焼くだけ」
「えー!! はやーい!!」
「ね? お手伝いいらなかったでしょう?」
「ほんとだね。じゃあ、ジルお皿出す」
「一枚ずつゆっくりねー」

 てててっと走っていく後ろ姿に声をかけるけど、聞こえたかなぁ。まぁ、最悪、割ってもケガさえしなきゃいいか。
 さて、あとは火の番くらいしかやることがないのよね……どうしよう。とりあえず洗い物をやっちゃおう。といっても、たいした量がないからすぐ終わってしまう。
 うーん、誰かおしゃべりに来ないかな?
 そんなことを考えていると、急に声をかけられた。

「リリー、ちょっといい?」
「あ、レオナール様。どうなさいました?」

 あら、レオナール様だ。いくらなんでも、あるじをお喋りに付き合わせるのは申し訳ないよね……あれ、どうしてレオナール様、意外そうな顔をしてるんだろう。

「な、なんでそんなにびっくりされているんですか?」
「いや、いつもの恰好だから」

 恰好? ああ、今日買ったドレスじゃないってこと?
 そりゃあ、あんなヒラヒラした服じゃ料理が出来ないし、汚したくないから着替えたんだけど。

「似合ってたのに」
「もったいなくて、仕事には着られませんから」

 だからその、しょんぼりしないで?

「せっかくレオナール様から頂いたものですし、汚したくないんです。買い物とか、外に出る時に着させていただきますね」
「ん。でも、本当に似合ってたよ」
「あ、ありがとうございます……」

 うわぁ、なんだこれ。普通のめ言葉なのに、なんでこんなにほっぺたが熱くなってくるんだろう。
 真っ赤になっているはずの私の顔を覗き込んで、レオナール様が心配そうな顔をする。

「リリー、熱でもある? 顔が真っ赤だ」
「ち、ち、違いますから、あの、ひゃんっ!?」

 レオナール様の手が頬に触れた瞬間、変な声が出た。ひゃんってなによ、ひゃんって!!
 ほら、レオナール様が驚いちゃったじゃん、なにやってるの私!!

「……ごめんね、リリー」
「な、なにがですか?」

 レオナール様のお顔が、あんまりよろしくない表情になってる。イタズラっ子みたいな、そういう雰囲気だよ。

「今のリリーが凄く可愛かったから、もう一回見たい」
「嫌ですー!!」

 うわーん、火を使っているから逃げられないよー!!
 壁際に追い詰められた私に迫るレオナール様。思いっ切り楽しそうな表情で、目をキラキラさせている。
 くそぅ、なんでさっき顔を赤くしちゃったのよ、私の馬鹿っ!!


「今日はひたすらレオナール様にからかわれた一日でした……っと。よし、日記終わりー」

 あのあと、グラタンが焼き上がるまでレオナール様にさんざん追いかけられて大変だった。今はジルを寝かしつけ、その横でノートに日記をつけている。
 というか、本当は育児ノートなんだけど、今日のはただの日記だわ。
 まぁ、それだけレオナール様にからかわれた印象が強いってことなのかも。ジルがお留守番で、そばにいなかったせいもある。

「それにしても、来月からはレオナール様のメイドかぁ」

 王家のメイドを辞めて他のところで仕事をするなんて、自分でもほんの半年くらい前までは想像さえしてなかったよ。
 私は元々、王太子夫妻のメイドとして働いていた。レオナール様の屋敷に来たのも、王太子の仲介があってのことなんだよね。王家での働きぶりを評価されて「王家のメイド」なんて特別な名称を頂いているんだけど、それをお返しして、レオナール様の専属メイドになることに決めている。
 レオナール様の傍にいるのが大好きで、ジルの母親であり続けたいと思うし、レオナール様もそれを望んでくれている。でも、王家のメイドのままでは、王太子に呼ばれた時に二人から離れなければならない。だからちゃんとジルの母親でいるために、王家のメイドを辞めてレオナール様の専属でいたいと思った。そうしたら、レオナール様もそれを望んでくれたのだ。
 王太子もしぶしぶだったけど、認めてはくれた。順調にいけば、来月には契約が変えられるはず。
 うん、こうして仕事のことばっかり考えているから、男っ気がなさすぎって母さんに思われるんだよね。

「……あ、考え出したらゆううつになってきた」

 連絡するたびに結婚はまだかって聞かれるのが嫌で、実家にはかれこれ半年以上連絡をしていない。母さん、怒ってるんだろうな。結婚はしていないけど六歳になる娘が出来たって言ったら、どんな反応をされるやら。
 怒るのかなげくのか、はたまた喜ばれるのか。いずれにせよ、レオナール様とごり押しで結婚させられそうで怖い。

「結婚かぁ」

 別に、憧れがないわけじゃないのよね。あの人のことを忘れて幸せになんかなれないから結婚しないつもりなだけで、ウェディングドレスを着てみたいなとは、ちらっと思うことがあるもの。
 だから、ジルが大人になってとつぐなんて運びになったら、一緒にドレス選びとかやりたい。
 ジルは、綺麗なピンクがかった金髪に青い目の美少女だから、どんなドレスでも似合いそう。でも、やっぱりオーソドックスな、スカートを少しふくらませた形のドレスを着せたい。
 えりもとは大人っぽいスクエア系のえりぐりでも、可愛らしいフリルたっぷりのえりぐりでも、きっと似合う。繊細せんさいなレースで首までおおうデザインも素敵だ。

「ジルはどんな恋をするのかな」

 出来れば、愛し合える相手と結ばれてほしい。レオナール様の娘であることや、強い魔力を持っていることで困難があるかもしれないけど、母親としては純粋に幸せな結婚であることを願う。前世の私みたいにならないでほしい。今思えば、あれは友愛に近かったけれど、確かに恋だった。あの人に、私は今も囚われている。
 でも、今の私は幸せだ。神様にだって胸を張って言える。
 みんなに、レオナール様に巡りえて、私はとても幸せになれた。私の幸福は確かにこの場所にある。だから、この先もずっとここにいられたらいいのに。
 いつかレオナール様に素敵な女性との出会いがあることを願いつつも、そう思う私がいた。


 翌日の早朝。
 がたごとと揺れる馬車の中、私はレオナール様と、ジルを間にはさむ形で座っている。長いベンチみたいなものだからね、馬車の座席って。
 今日はかなりの遠出だし、私の実家は下町にあるので、乗り合い馬車に乗ってみた。レオナール様は貸し切り馬車を用意してもいいって言ってくれたんだけど、近所に驚かれちゃいそうなので、それは辞退したのだ。

「ジル、気持ち悪くない?」
「だいじょうぶー」

 にこにこと笑うジルは元気そうで、ホッとした。馬車で酔っちゃったらどうしようって思ってたのよね。念のために酔い止めの水薬も用意していたけど、使わなくて済みそう。
 ジルの様子に胸をで下ろす私に、レオナール様が声をかけてきた。

「リリーはずっと西の地区にいたんだっけ」
「はい、実家も、お嬢様のお話相手として雇われたお屋敷も西だったので」

 私たちが暮らしている王都は、東西南北の地区に分かれている。レオナール様のお屋敷があるのは東の地区なんだけど、私は十八年間、ほぼ西の地区でしか生活してこなかった。
 あ、正確には十五年。お嬢様が王太子妃として城に行ってからは、城で生活して……ないな、王太子に潜入調査せんにゅうちょうさとか派遣メイドとかであっちこっち行かされてたもの。
 でも十五年住んでいたし、情報もこまめに入手していたので、やっぱりまだ西の地区が私の地元って感じだ。そのうち、レオナール様と住む東の地区が地元になるのかもしれない。

「僕はあんまり西には行かないな。時間があれば、案内してくれると嬉しい」
「わかりました」

 今日のレオナール様も、いつものローブじゃなくて、シンプルなシャツとズボンを着ている。ローブに似た丈の長い上着をってはいるけど、やっぱり普段とは雰囲気が違う。
 近寄りがたい空気がかんされているおかげか、馬車の中の女性から熱視線が集まっている。わかるよ、レオナール様かっこいいもの。

「お母さん、あれなぁに? あんなやね、はじめて見るね」

 窓の外の光景が気になるのか、ジルが袖を引いて質問をしてきた。

「あれは教会よ。この辺りは西の国の文化も少し入っているから、屋根の形とか装飾が異なるんですって」
「ずいぶんと色があざやかだね」

 屋根のあちこちに下げられた色とりどりの布を眺めて、レオナール様が感心したようにつぶやく。

「西の国の彩色技法が取り入れられているので、はっきりした色が出るんだそうです。刺繍ししゅうなども盛んですよ」
「へえ、じゃあリリーの刺繍の腕前はここからなのかな」
「実家にいた頃、近くに住んでいた奥様が西国の方で、刺繍の手ほどきをしてくださったんです。娘さんが欲しかったとかで、実の娘のように可愛がっていただきました」

 懐かしく思いつつ答えると、レオナール様も窓の外を眺めながら言葉を続けた。

「そう……この辺りは治安がよさそうだね。警備は西の詰所?」
「そうですね、第四兵隊の新人が見回りをしています。宿が多いので、旅人の確認も兼ねているそうですよ」

 王都の警備の兵は東西南北と、王城近辺をになう中央の五つに分けられている。その中でさらに細分化されて、それぞれに兵隊を持っているんだよね。西は第六兵隊まであり、この辺りのかんかつは第四兵隊。隊長は西の国と盛んに交易する大商家の三男だったような……さっぱりしたふうで、町の人からも信頼されるいい隊長さんだったはず。

「そっか」

 どことなく安心した様子のレオナール様に首をかしげる。刺繍から治安についてなんて、かなり急な話題転換だったけど、なにか気になることでもあったのかな?
 すると、レオナール様が微苦笑を浮かべた。

「ああ、ごめん。最近、北の地区で魔法らしきこんせきが見られる事件がいくつか報告されているんだ。火魔法が使用されたらしくて、ケガ人も出ている。それを思い出して、西はどうなのかなって気になった。魔法省でもそうしているから、なにか手がかりがあればと思って」
「そんな事件があったんですか。この辺りのことなら、第四兵隊の隊長さんがよくご存知だと思います。ここの出身で、顔が広い方なので。後日、お仕事に戻ったら確認してみてください」
「ん、そうする。ありがとう、リリー」
「いえ、お気になさらず……あ、そろそろ降りますよ」

 おっと、話し込んでいて乗り過ごしちゃうところだった。近くで停めてもらって、あとは歩き。ここまでくればそんなに遠くはない。
 それにしても、魔法のこんせきがある事件か……北の地区はずいぶん物騒なんだね。
 そんなことを考えながら歩いていると、ふいに声をかけられた。振り返れば、そこには顔みのおばさんが立っている。

「あれ、リリーちゃんかい? べっぴんさんになったねぇ!! そのドレスも、素敵じゃない」
「こんにちは、おばさん。そう? 服に着られちゃってない?」
「全然、年頃のお嬢さんらしくて、よく似合ってるよ」
「ありがとう」

 められた。嬉しいな、これ昨日気に入ったピンクと茶色のドレスなんだよね。髪は服と同じ色のリボンで、横でひとつにまとめている。少し大人っぽすぎたかなと思ったけど、たまにはね。レオナール様に、違う髪形をってリクエストされたことだし。
 ちなみに、ジルの服装はわかくさいろの可愛いワンピース。髪はツインテールにしてみた。れんなお嬢様風の出で立ちで、馬車の中で他の乗客から「可愛い」って声をかけられていたほどだ。
 おばさんに会釈えしゃくしてまた歩き出すと、レオナール様がたずねてきた。

「知り合い?」
「はい、この辺りは結束が強いので、町内みな顔馴染みのようなものなんです。先ほどの方は、私に食材の目利きを教えてくださった商店のおかみさんです」

 私にとって、この地域の方々はみんな先生みたいな存在。生きていく知恵も、刺繍ししゅうや目利きなどの技量も、全部色々な人から教わったものだ。どれひとつ欠けても、王家のメイドと認められるリリー・ルージャにはなりえなかった。

「あ、ここが私の実家です」
「ここが……」

 建物そのものは街並みと調和する、二階建てのこぢんまりとした店構え。一階は母さんのいとなむ料理屋で、二階が居住空間。正面から見るとちょっと狭そうに見えるかもしれないけど、奥行きがあるから結構広い。ちなみに料理屋の上には宿泊スペースも二部屋だけあって、料理屋から直接階段をのぼっていくんだ。家族の居住スペースには鍵がかかっていて、店側からは入れないようになってる。居住空間にはわきの細い道を通って裏口からしか行けない造りなんだよね。小さい頃は裏庭でよくお兄ちゃんと遊んだっけなー。
 さて、いい加減現実逃避はやめて、覚悟を決めて中に入りましょうか。

「それではレオナール様。私から三歩下がったところでジルと一緒にお待ちください」
「どうして?」
「包丁が飛んでこない保証がありません」

 レオナール様の顔が若干ったけど、事実です。ああ、怖いなー、なにが起こっても仕方ない状況なだけに、うう。
 はぁ……しょうがない。怖いけど、行きますか。
 恐る恐る店のドアを開ける。すると、テーブルとイスが並んだ、思い出深い景色が視界に広がった。汚れが目立たぬよう、壁の色は明るめの茶色。大きな窓がたくさんあるから、昼間は凄く明るい。昔は青だったカーテンは、明るい黄緑に変わっていた。カーテンがそよ風に揺れる光景は、とてもさわやか。入りやすそうな店構えだし、店主も女性なので、女性も利用しやすいはず。
 ドアに取り付けられた小さな鐘が、カランカランと来客を伝える。そんな中、辺りを見回していたら、奥から懐かしい声が聞こえてきた。

「はい、いらっしゃ……リリー?」
「……ただいま、母さん」

 わあい、しょぱなからラスボスだ。明るい金茶の髪をひとつにくくり、エプロンを身に着けている姿は記憶にあるものと同じ。というより、年月を感じさせない。我が母上ながら相変わらず美人すぎて、直視するのが辛いのですが。お兄ちゃんが美形なの、絶対母さんに似たからだ。
 母さんは私を見ると、榛色はしばみいろの目を丸くした。

「……リリーが普通のドレスを着てる!?」

 あ、そっち? 指差されて絶叫されたんだけど。

「なに、リリーってば好きな人でも出来た? 結婚するの?」
「いないし、しないから」

 目を輝かせて詰め寄られても、そこは、きっぱりはっきりと否定しなきゃ。じゃないと、そのまま暴走するからね。

「じゃあなんで? 仕事、クビにでもなった?」
「私がそんなへまをすると?」
「思わないねー。で?」

 私に似た榛色の目を向けて、母さんが問いかける。素直に言ったら絶対に怒られるけど、ちゃんと言わなくちゃ。

「紹介したい人たちがいるのと、お願いがあって」
「……人たち?」
「うん。今、外で待っててもらっているんだけど」

 母さんの近くに包丁はないね、よし。あとはテーブルとかイスさえ投げられなければ大丈夫かな。

「今のあるじと、私の娘なんだ。話すと長いんだけど、娘の父親はその主で……」
「詳しく聞こうか。呼んどいで」

 私の話をさえぎった母さんの目が、すっかりわっている。

「わ、私にはキレていいけど、二人にはキレないでよ?」
「なんで? 可愛い娘に手をつけて子供を生ませたような男にキレたらいけないの?」
「いや、生んでないから」

 きっぱり言い切ったら、わけがわからないって顔をされた。
 ああ、うん。ちゃんと話すから、とりあえず落ち着いて。

「両親から愛されなかった女の子を、あるじが引き取ってね。主には恋人も奥様もいないから、母親代わりとして私が雇われたのよ」
「どうして結婚相手を探すんじゃなくて、メイドを雇うのよ」
「主は女性が苦手なの。それで、私にお話がきたんだ」
「意味がわからないわよ。なんでリリーならいいわけ?」
「私なら、主に恋愛感情を一切抱かないだろうって。今までのメイドが全員、主に色仕かけする人たちだったらしくて」

 あ、母さんがなんとも言えないって表情になった。正直、私も初めて聞いた時は似たような顔になったけど。

「あんた、それだけ魅力的な男性にも無反応なの? それ、女としてどうなの?」
「母さんはどうして、なんでもかんでも恋愛に結びつけたがるの?」
「母親だから心配してるんでしょうが!! いい歳して、いつまでも仕事ばっかりで好いた男の一人もいないなんて!!」
「仕事に集中してなにが悪いの!! 母親だからって、人の人生にいちいち口出ししないで!!」
「するわよ、親だもの!! 大体、あんたねぇ!!」

 ああ、どうせまた、女ならってあれこれ言われるんだ。母さんの考える幸せを押し付けられたって、私は幸せになれないのに。
 グッと唇をみ締めた時、ふわりと頬を風がくすぐる。反射的に振り返ると、ドアがゆっくりと開くところだった。

「リリー?」
「お母さん、だいじょうぶ?」

 ドアを開けて入ってきたレオナール様とジルを見た瞬間、涙腺がゆるむ。

「大きな声が聞こえてきたから、心配になって」
「大丈夫です……すみません、ご心配をおかけして」
「家族を心配するのは当たり前。気にしない」

 ほほむレオナール様とは対照的に、心配そうな顔で抱きついてくるジル。

「ほんとに、だいじょうぶ?」
「大丈夫よ」

 ポンポンと背中をでたら、ジルがふにゃりと笑う。その顔を見ただけで、さっきまでのイライラはどっかにいっちゃった。

「母さん、紹介します。私の主のレオナール・マリエル様と、レオナール様の養女で私の娘のジル。今の私の、大切な家族だよ」


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