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第39話『狙い』
しおりを挟むユーカは、フェリスとヴェルに出発前の最終確認をする。
フェリスはおそらく心配無用だろうが、ヴェルは直前まで何度も確認した方が良いだろう。
「警報装置に引っかかる敵、警報装置が鳴り響く侵入者、防衛機構に引っかからないナニカ、この3つがポイントね。」
「結界はどうするのじゃ?友軍でなければ通れぬであろう。」
ヴェルの指摘はもっともであり、先ほどから発動されている警報の魔法ばかりを話題に上げていて、肝心の結界の話題はあまりしていなかった。
「結界の解除キーは大体分かったし、警報の魔法も、最初に私が思ったモノとは少し違うみたいなのよ。」
と言うのも、ユーカは結界を破壊した際に、警報の魔法が連動して作動してしまうと思っていたが、改めて何度か思考を行った結果、ふたつは完全には一体化していない事が判明した。
実際にユーカ自身が、結界を張った後に警報の魔法を発動して、それをさらに一体化させて展開する事もした。
ユーカが展開したミニチュア版防衛機構に、フェリスとヴェルが何度か挑み、データを収集して最適化させて行く。
導き出した最適解を元に、自分で展開した防衛機構を自分で壊す作業を繰り返し行い、敵勢力が運用していたものと同じかそれ以上のものを造り上げていた。
その結果、敵の防衛機構は今や、ユーカの前では全く意味を成さず、ただの見えない壁としてしか働いていなかった。
「まぁ、後はなるようにしかならないわ。」
結界と魔法のふたつから構成された敵勢力の防衛機構の脅威は、とりあえず去った事として考え、敵本拠地の攻略方法を思案した。
ソファに座っているままでは何も浮かんでこなかったので、ユーカは執務室の中をウロウロとし始めた。
ヴェルも真似をしてユーカの後ろにぴったりとくっついて部屋を歩き回り、フェリスは報告書と睨めっこをしながら頭をフル回転させる。
不意にその場で停止したユーカにヴェルがペシャリとぶつかる。
ユーカよりヴェルの方が背が高いので、ユーカは少し悲しい気持ちになりながらも、ヴェルがぶつかってきた事には文句を言わず、つかつかと歩いてソファに向かい、ストンと座った。
「ねぇフェリス!地図ある?」
資料と睨めっこしていたフェリスの注意を引きつけるように、パンっとローテーブルを叩いた後に勢いよく言った。
「え?あぁ、あるとも。」
「見せて!」
フェリスから差し出された地図を引っ手繰るように掴み取ると、それを食い入る様に睨む。
フェリスはポカンとしながらユーカを見ていたが、ヴェルが悲しそうな顔をして目線を送ってきたので、フェリスも鍛えた目線でヴェルに返信する。
(どうしたの?)
(ユーカにぶつかったのじゃ…。)
(ユーカは怒ってないみたいだけど?)
(じゃが…悲しい気分にさせてしまったのじゃ…。)
(どうして?)
(我の自慢の胸が、ユーカの後頭部を押しのけてしまったのじゃ…。)
(そ…それは、ははは…。)
フェリスはどうしてそんなにヴェルが悲しそうな顔をしているのか分からなかったが、目線で交わした会話の内容に、苦笑いを禁じ得なかった。
因みに、目線で会話ができる様になったのは、ふたりが会って直ぐの事で、ユーカの思考を邪魔しない様に始めたのがキッカケだった。
本当に内容が通じているのか確認した事は無かったが、ふたりは何故か、完璧に通じていると信じて疑っていなかった。
「フェリス、ふたりくらい優秀な人材を紹介して欲しいわ。」
「それならひとり、我に心当たりがあるのじゃ。」
ユーカは未だに地図を睨めながら、フェリスに話しかける。
ヴェルはひとり推薦したい人物がいる様で、フェリスが応える前にユーカに言った。
「そう?じゃあ、あとひとりお願い。」
「別に構わないけど…。ヴェルが推薦するって云うのは誰の事かな?」
「うーむ。なかなか骨のあるやつじゃったのは間違いないのじゃが。」
「以前あなたと勝負した人ね?」
「うむ。」
「名前は?」
「うむ?」
「その人の名前よ。」
「ゔっ…。」
推薦したい人物はいるが、その人物の名前は知らなかったので、ヴェルは返事に詰まってしまう。
ユーカも分かっていてイジワルをしたので、あたふたしているヴェルを横目に、ふふっと笑いを堪えられずにいた。
「練兵場にも部隊毎に割り当てがあるから、まずはどこの部隊か絞り込もう。」
フェリスはヴェルがいつどこの練兵場でその人物とあったのかを聞き出すと、直ぐに舞台を割り出して見せた。
「もしかして、割り当てを全部把握してるの?」
「まぁ…ね。」
フェリスは少し恥ずかしそうに頬をかきながらも、得意そうに言った。
「それじゃあさっそく行きましょうか。」
ヴェルが狙いを定めた人物は、第5軍団に所属している様で、今日の任務はは城内の警備となっていた。
フェリスは最初に、第5軍団の団長の元を訪れ、ヴェルが戦ったその日の様子を伝えた。
すると、意外な事に簡単にヴェルの推薦する人物が見つかってしまった。
第5軍団の団長は、頭痛に顔をしかめながら、額を押さえて声を絞り出した。
「またあの娘が何かしでかしましたか…。」
そのひと言がすべてを物語っていて、ユーカとフェリスのふたりは、ちらりとヴェルの方を見てしまった。
同時にふたつの方向から視線を感じたヴェルは、ムスっと頬を膨らまして、ふたりに文句を言う。
「なんじゃ?言いたい事でもあるのかや?」
『なんでもない(わ)よ。』
ジロリと眉間にシワを寄せながら、不機嫌な声で遺憾の意を表明するヴェルから、ふたりはサッと視線を外した。
「まぁ良い。さっさとそ奴の所に行くぞ。」
「あの…その人物の名前をお伺いしても?」
ユーカは初対面の相手には礼儀正しく、言葉遣いや物腰の柔らかさもすべて計算して演出していた。
その変貌ぶりを見たヴェルとフェリスは笑いを堪えるのに相当苦労していた。
「その前にお尋ねしても良いですか?」
団長はフェリスの方に顔を向けながら、ユーカの質問に答える前に、質問をした。
「あぁ、構わないよ。」
ユーカは団長の態度に怒りを覚えつつも、それを上手に心の中に押し込めて、フェリスに目線を送ると、フェリスは凛とした声で言った。
「あの娘を、どうするおつもりですか?」
先ほどは顔を歪めていたが、今度は真剣な表情をしてきたので、フェリスも真摯に対応する。
「力を借りたい。非常に優秀な様だからね。」
「そうですか。ならば構いません。」
どうやら団長は、部下が処罰されるのだと勘違いしていたらしく、もしそうであったら、その人物を庇おうともしていたのだと、その態度から読み取った。
「ありがとう。今はどこに?」
「名前はカレイラン、今日は西塔の3F~4Fを当たらせています。」
「ありがとう。では、失礼するよ。」
早速ユーカたち3人は、団長から聞き出した、ヴェルが推薦する人物の居場所に向かう。
フェリスの城はこの大陸の国王の居城だと云う事もあって、実は相当大きかったりする。
その為、西塔と言ってもその広さは並の砦より大きく、その人物を探し出すのに、少し時間を要した。
「彼奴じゃ!」
ヴェルの頼りない記憶が反応し、城内を歩哨中の兵士を指差す。
「そこのあなた、少し良い?」
ユーカはヴェルが指差した兵士に近づき、話しかける。
ヴェルとフェリスはその後ろについて行き、様子を伺う。
フェリスは兵士たちに迷惑をかけたくないと言ったので、ヴェルがユーカからプレゼントされたとんがり帽子を深くかぶっている。
「任務中です。」
その為、見知らぬ3人組が話しかけてきたのだと不審に思い、その兵士はユーカたちを冷たくあしらった。
「ちょっとだけ!」
「任務中です。」
ユーカはなおも食い下がったが、対応が変わる事は無かった。
仕方がないので、ユーカはフェリスにハンドシグナルで合図をして、強権の行使に踏み切った。
フェリスが、深々とかぶっていたとんがり帽子をとると、目の前の兵士は眼を大きく見開いて、背すじをピシッと伸ばし、最敬礼の姿勢をとった。
それを見てから、ユーカはもう一度、話しかける。
「良い?」
「はい…。」
「あなたがカレイランさん?」
「そうです。」
カレイランは、今になってようやく、ユーカの後ろにヴェルが隠れているのを発見し、なんとなく状況を読み取る事が出来た。
これだけの情報で状況を読み取れる辺り、目の前にいる人物は非常に優秀だと云う事が分かる。
そして、ヴェルの目に狂いが無かった事も、証明された。
やはり感覚はのヴェルは、物事の本質を捉える事が得意なのかも知れない。
「あなたが優秀あるいは尊敬できる人物をひとり挙げてくれるかしら?」
「尊敬できる人物は団長です。ですが…実力は近衛にいるファナミリアが優秀だと思います。」
ユーカの唐突な質問にも、カレイランは淡々と答える。
「案内して。」
今度の無茶振りには、さすがに少し眉をひそめたが、相手は自分の国の王の客人なので、表立って不快感を示す事は無かった。
「しかし…ここを離れるわけには。」
それでも、自分の任務を全うしようと、ユーカの要請を断ろうとする。
その心意気に、体育会系のヴェルはとても嬉しそうに表情を緩める。
「そのうち交代要員が来るから心配はいらないわ。でも、そうね…少し待ちましょうか。」
国王の勅命であり、更には交代要員も来るとあっては、もはや断る理由などどこにも見当たらず、カレイランはユーカの提案に首肯した。
しばらくして、交代の人員がやって来て、カレイランが引き継ぎを終えると、ユーカたち3人はカレイランの案内で、ファナミリアの元へと向かった。
ファナミリアは近衛の所属と云う事だけあり、城内の中枢部を哨戒していた。
ユーカたち3人はなぜカレイランがファナミリアの居場所を知っていたのかを不思議に思ったが、その疑問はすぐに解消される事となる。
カレイランがファナミリアへ近づいていくと、城内の警備に当たっていたファナミリアは、ハッと気付いたように顔を上げる。
「あれっ!?お姉ちゃん!」
ファナミリアの方は、カレイランとは性格が違うようで、任務中にもかかわらず、驚きとともに彼女の元へ駆け寄ってくる。
「ちょっと!任務中でしょ…もう。」
カレイランは相変わらず真面目な性格をしていて、駆け寄ってきたファナミリアを困ったような声で叱責する。
「えへへ…。あれぇ、そちらの方たちはどなたぁ?」
「もうっ!」
今度こそ怒ってしまったらしく、カレイランはファナミリアをパシンと叩く。
それを見てフェリスは、ユーカとヴェルとのやり取りに似ていると感じ、不覚にも笑ってしまう。
ユーカとヴェルはどう感じたのかは知らないが、同族意識なのだろうか、ふたりとも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「いったぁい!お姉ちゃんのばかぁ。」
カレイランはフェリスが一緒に来ている事を知っていたが、ファナミリアからしてみれば、後ろの3人は確かに怪しく見え、姉に質問する事は最良の判断だった。
その為、いきなり姉に手を挙げられ、恨みがましく口を尖らし、抗議の声をあげた。
「ばかはあなたよ!フェリックス女王がいらっしゃるのよ?」
「またまたぁー、いつまで経ってもお姉ちゃんは冗談がヘタだなぁ。」
「申し訳ないが、そうでもないんだ。」
埒があかないと見ると、フェリスはカレイランに助け舟を出すように口を挟む。
その声を聞いたファナミリアは、驚いたように顔を声がした方へと向け、目をまん丸に見開いて停止する。
ヴェルがファナミリアに駆け寄って、目の前で手を振ってみるが、反応は無かった。
しばらくして、ファナミリアが再始動し始めると、カレイランはへこへこしながらフェリスに謝っていた。
フェリスはカレイランの肩に手を乗せると、眩しい笑顔で微笑んだ。
「むぅ…。フェリスめ、なかなかやりおるの。」
などと、ヴェルはよく分からない事をのたまっていたが、ユーカとフェリスは優しくスルーしておいた。
「あ、あの…その!握手してくださいっ!」
「良いとも。」
目の前に有名人が居るとなると、握手を求めるのがヒトの性なのかも知れない。
ファナミリアも例に漏れず、無意識のうちにフェリスに握手を求めてしまっていた。
よくある事なのだろうかは判断できないが、フェリスも慣れた手付きでそれに応じる。
「ありがとうございますっ!」
フェリスがファナミリアの手を取ると、ファナミリアは感激で涙を流しそうになりながら、腰を90度に折った。
そして、ファナミリアが頭を上げようとしたその時、完璧なタイミングで姉のカレイランから手が伸びてきて、ファナミリアの後頭部にクリーンヒットする。
後頭部をさすりながら、涙目でカレイランの方を睨むファナミリアだったが、カレイランはその非難には全く応じず、先ほどのファナミリア同様に腰を折った。
「妹が大変な失礼を!申し訳ありませんっ!」
「いやいや…良いよ。ははは。」
本当は吹き出しそうになっていたフェリスだったが、ユーカとヴェルのコントを間近で見ていた事が幸いし、なんとか苦笑いでこらえる事ができた。
「なんじゃ?フェリスや、何か変な事を考えておろう?」
「えっ?そそそそんな事ない、よ?」
「怪しいわね。」
「うむ、同感じゃ。」
野生の様に鋭い勘を持つヴェルと、機械の様に鋭い観察眼を持つユーカ。
ふたりを前にしてしまえば、言い逃れる事はできない。端的に言えば最高レベルのウソ発見器なのだ。
「まぁ良いわ。それじゃ戻りましょう。」
「そうだね。じゃ、ふたりとも付いてきて。」
「えぇと…はぃ?」
ファナミリアは話の流れが読み込めておらず、困惑しながらも姉であるカレイランの後ろをテトテトと付いてくる。
執務室に戻ってきたユーカたちご一行は、とある姉妹を引き連れて、その数を5人に増やしていた。
「うわぁー…。」
未だにファナミリアは状況が良く分からないままでいたが、執務室の豪華絢爛とも言えるその様相に感嘆していた。
姉のカレイランは直立不動で執務室の出入口付近に立っていたので、フェリスは苦い笑みを浮かべながら彼女を手招きした。
「あの…そろそろ私も訳が分からなくなってきました。」
おそる恐る近寄ってきて、今度はソファの背もたれの後ろでピシッと姿勢を正して立ち止まる。
「そんなに畏まらなくても…。」
ユーカとヴェルは、初対面の頃から今の様な飾らない態度で接してきたので、久し振りの待遇を受けて、フェリスは少しだけ違和感を覚えていた。
実際にはユーカとヴェルも、最初は慇懃な言葉遣いだったはずだが、いつの間にか今の様に落ち着いている。
「まぁ座って。ついでに妹さんも呼んできてね…。」
確かにこの部屋の装飾は素晴らしいと思う。
しかし、すでに見慣れた光景となってしまったフェリスは、ファナミリアのはしゃぎ様に新鮮さを感じていた。
いつの間にかこの部屋に入り浸っているユーカとヴェルも同じ意見な様で、純粋な目を輝かせながら部屋のあちこちを眺めているファナミリアを温かい眼で見守っていた。
「ファナ、そろそろ落ち着きなさい。」
「あっ…ごめんなさい。」
カレイランに声をかけられてようやく今の状況を思い出したファナミリアは、ぺこりと頭を下げて、カレイランの横に移動した。
「それじゃ、長くなるから座って。」
「それより、あなたは何者ですか?」
ユーカがふたりに座る様に促すが、ファナミリアはキッパリとこれを固辞して、ユーカをにらみながら聞いた。
「私はユーカ、あったのはヴェル。これで良い?」
「良いわけがっ…。」
ユーカの挑発とも取れる返答にファナミリアは怒りを露わにしたが、最後まで言い切る前に、ファナミリアの姉であるカレイランから強烈な殺気が飛んできた為、口をパクパクさせて、続きの言葉を発せられずにいた。
「良いかしら?」
「はい…。」
すっかりおとなしくなってしまったファナミリアに少しだけ同情の念を感じつつも、ユーカはようやく話ができる様になったと、カレイランに感謝も感じていた。
「それじゃあ話すけど、この事は他言無用にお願いね。」
「私からもお願いするよ。」
『はっ!』
ユーカの言葉には反応が少ないが、フェリスの言葉の場合、ふたりとも姿勢を正して返事をする。
「えぇと…カレンとファナ。あなた達は陽動をお願いするわ。」
『はぃ?』
ユーカの言葉には反応が少ないとは言ったが、反応が無いわけではなく、ユーカの突拍子もない発言には、素っ頓狂な声で応じた。
「相変わらず人の名前を縮めるのが好きじゃの。」
ヴェルはいつも通り、ひとりだけ話題の論点が違っていた。
「近日中に敵勢力の本拠地、ニャールタカ城を奇襲するの。」
「人手が足りないみたいで…君たち姉妹に助力をお願いしたいんだ。」
フェリスはユーカから作戦の詳細を聞いた訳ではなかったが、なんとなくの概要は予想できていたので、ユーカの言葉を軽視してしまうふたりに言い聞かせる様に、フェリスがユーカの言葉を引き継いだ。
『命に代えましてもっ!』
「いのちは大事にした方が良いと我は思うのじゃ。」
「確かにそうね。死んだら役立たずだわ。」
カレンとファナがあまりにも気負い過ぎているので、ヴェルとユーカはふたりを和ませる為に冗談を言ってみせた。
その気持ちはふたりにも伝わった様で、今度は嚙みつかずに、黙り込んだ。
「それじゃあ始めましょう。敵本拠地奇襲作戦をね!」
「うむ、楽しみじゃな。」
ニヤリと悪人の様な笑みを貼り付けるユーカと、ペロりと舌舐めずりをするヴェル。
忘れてはいけないが、このふたりは戦闘狂なのだ。
因みにユーカ本人は自覚が無いが、ヴェルとフェリスのお墨付きである。
「この地図、書き込んじゃって良い?」
ユーカはフェリスに借りていた地図を右手で持ってひらひらとさせる。
「うーん、まぁ良いや。」
「お、お待ちください!」
「そうです、地図はとても高価なのですよ!」
簡単に決断したフェリスに対し、ファナとカレンは反抗する。
それもそのはず、カレンの言った通り地図は手書きで事細かに描写されており、意外にも高価なモノとして、政府や豪商などしか持つ事が出来ない権力の証として台頭している。
「ダメ…?」
最初に断っておくが、現在、執務室の中にいる5人のうちで最も見た目が幼いのがユーカである。
そのユーカが、幼い子がおねだりする様なポージングで言ったのだから、破壊力は計り知れない。
もっと具体的に説明すると、右手の人差し指で口元を突きながら、首を斜めに傾げて、潤ませた瞳で上目遣いにカレンとファナの方を見つめた。
あまりの刺激に、姉妹のふたりより付き合いの長い、ヴェルとフェリスは鼻血を噴き出して倒れた。
一方、カレンとファナはどの様な反応を示しているかと云うと、ユーカの発した強烈な刺激に心を奪われ、ふたりとも同じ様な格好をして固まっていた。
「し、仕方ありませんね。陛下の御意志ですから。」
わざとらしく咳払いをして先に還って来たのは姉のカレンで、彼女は先ほどの意見を正反対に修正し、フェリスの所為にして問題を黙認した。
「ありがとう。」
ユーカはトドメを刺し、完全に勝利を手中に収めた。
ヴェルとフェリスを伺ってみると、ふたりは未だにピクピクと痙攣を起こしており、当分は使い物にならないであろう事が見て取れた。
その為、ユーカは今の様なマネは二度としないと心に決めた。
次に戻って来たのはファナで、彼女は再起動に成功すると、静かにユーカの背後まで忍び寄り、後ろから抱きついたり、頬を指で押しツンツンとしたり、髪の毛に鼻を近づけ深呼吸したりとやりたい放題し始める。
ユーカも最初はさり気なく抵抗していたが、もがけばもがくほどガッチリとはまる泥沼の様なファナの手つきに、途中から抗うのを諦めてしまっていた。
未だに起き上がってこないふたりは、ユーカがファナにもみくちゃにされてる間に、カレンが揺さぶって刺激を与え蘇生を試みていたが、効果はイマイチだった。
そこでカレンは、ファナを止めている間に、ふたりをユーカに起こしてもらう事に決め、早速ファナを止めに入った。
しかし、カレンが想定していたよりもファナの抵抗が激しく、ユーカから剥がすのにかなりの労力を使い、ユーカが解放される頃には、すっかり肩が上がってしまっていた。
カレンは妹が晒した醜態の手前、自分が同じ様に振る舞う事は決して無いと、強い理性で己を律していたが、本心はファナの様にユーカの事を愛でまわしたかった。
感情に呼応する様に、目まぐるしく変わるカレンの表情を見て、ユーカはなんとも言えない気持ちになっていた。
考え出した結果、ユーカは最大限の譲歩として、ペコりと可愛らしく頭をさげる事にした。
そして、プイッと顔を背けると、カレンの奮闘を無駄にしない為に、ヴェルとフェリスに冷水を浴びせる。
「ひゃっ!」
「むんぐぅ…。」
あまりの冷たさに驚いて跳び起きるフェリスと、未だに上の空に滞在中のヴェル。
ユーカは問答無用でヴェルに追加の水をぶっ掛ける。
「ぬうっ!」
ようやくその大きな瞳をパチりと開いたヴェルは、目をこすったり頬を抓ったりしていて、先ほどの光景が夢かどうかを決めかねていた。
「夢よ!」
はっきりとした答えを出す事が出来ないでいたヴェルに、ユーカが強気で言い放つ。
「むぅ?」
ヴェルはしばらく思案顔をして首を傾げていたが、とうとう限界が来たらしく、頭から煙を出し始める。
結果として、ヴェルの中では白黒ハッキリとしない出来事として、迷宮入りする事になった。
再びヴェルがリタイアしかけたが、なんとか持ち直し、ようやくユーカは話ができる環境を整える事ができた。
「はぁ…。」
ひとつのため息がすべてを物語っていて、ユーカは非常に疲れた顔をしている。
それでも、遅れた時間を取り戻そうと、ペンを強く握ってローテーブルに広げられた地図を睨む。
「一度しか言わないから、よく聞くのよ!」
そう宣言した後、ユーカは敵の本拠地であるニャールタカ城付近の地形をもとに組み立てた奇襲作戦の概要を説明する。
最初はユーカやヴェルに怪しげな目を向けていたカレンとファナだったが、説明を聞き終わった今はすっかり態度を変えて、フェリスの参謀として受け入れていた。
「じゃ、こんな感じだけど理解できた?」
ユーカはローテーブルから顔を上げて各々の顔を見て確認する。
概ね良好な返事だったが、ヴェルはいつも通り首をひねっていた。
「あなたは良いのよ…私といっしょに行動するから。」
ユーカも織り込み済みの事なので、その辺りに不覚はない。
「うむ!」
ヴェルは悪びれもせず、元気の良い返事をする。
そして、決行日が決まり、ユーカたち5人は入念な準備に取り掛かる。
次回:第40話『敵地』
お楽しみにお待ちください。
4月21日 21時を更新予定にしております。
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければお願いし申し上げます。
4月18日10:00に加筆致しました、
ご確認ください。
これからもよろしくお願い致します。
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