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第38話『作戦開始』
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【最初に】更新予定日に更新できなかった事をお詫び申し上げます。
また、本日も少ない文字数となっている事を、お詫びいたします。
では、本編をお楽しみください。
魔王の城まで戻ってきたユーカたち3人は、フェリスの執務室で、主にヴェルがぐったりしていた。
あの後、なんとか追っ手を巻くことができたユーカたちは、ヴェルに乗ってフェリスの城まで帰ってきたのだが、敵の勢力圏内にいたため、相手の警戒網に捉えられるのを避けようと、ヴェルにトップスピードで翔んで貰っていた。
そのお陰で敵に捕捉される事はなかったが、代償は高くついてしまった。
ヴェルは頑張って翔んだ所為で、疲れてヘロヘロになってしまったし、ユーカは早々にリタイアしてしまい、城についた後、どこかに出奔してしまった魂を呼び戻すのに、随分と苦労した。
フェリスはユーカがポンコツ化している間、ヴェルに励ましの声をかけつつ、自分でも周囲の警戒に当たっていたので、地面に足を下ろした瞬間、真っ青な顔でその場にへたり込んでしまい、なかなか立ち上がる事が出来ないでいた。
魂がようやく戻ってきたユーカが、生まれたての鹿のような歩き方のフェリスを支えつつ、ぐったりとしたままサイズを小さくしたヴェルを片手で引き摺って、フェリスの執務室まで戻ってきたのが、つい先ほどの出来事であった。
ぐったりしたままのヴェルに同情的な目を向けているフェリスを、ムスッとした顔で睨みながら、ユーカはツーンとした口調で言った。
「まぁ、上手くいかない時もあるわよね。」
それを聴いたヴェルとフェリスのふたりは、仕方がないと云った表情をして、声を合わせて言う。
『ユーカらしい…。』
諦めの色が入った声音に、ユーカは眉毛を少しだけ吊り上げたが、そんな様子にも、ヴェルとフェリスは、満足げに笑っていた。
「さぁ、バカな事はお終い。今から真面目な話をするわよ。」
「む?難しい話ならパスじゃ。」
ヒト型に戻ったヴェルは、調子も戻ってきたらしく、いつも通り平常運転で営業中だ。
「じゃあ、あなたはお留守番ね。」
「ほれ、早う話すが良いぞ。」
「ははは…。」
留守番が嫌なヴェルは、態度をくるりと反転させて、偉そうな上司風に、上から目線で先を促す。
それを見て苦笑いするフェリス。
どうやらいつも通りの調子が戻ったのは、ヴェルだけでは無かった様で、ユーカもフェリスも調子を戻していた。
「それじゃあ話すけど、良い方と悪い方、どっちから聞きたい?」
「良い方じゃ!」
「私も、良い方からでお願いするよ。」
「そう…。」
特に驚く様子もなく、もともとこうなると予想済みだった様とでも言う様に、相づちをうつとひとつ頷いて話し始めた。
「ひとつだけ収穫があったとすると、相手の結界についての情報ね。」
『だけぇ?』
あれだけ頑張ったのに、有益な情報がひとつしか手に入っていないと聞いたヴェルとフェリスは、顔をしかめながら、ユーカに牽制を入れる。
「うっ…。な、なによ。」
「なぜひとつしか収穫が無いのじゃ?」
「私とヴェルはまぁまぁ頑張ったんだと思うんだけどなぁ…。」
「わ、悪かったわね!」
ヴェルとフェリスのふたりから、集中攻撃を受けたユーカは、しぶしぶ謝罪を口にする。
その姿を見ていたふたりは、思わず口元を緩めていた。
「まぁ、敵の目を引けた事は悪く無いんじゃないかな?」
「警戒が強まっちゃったから一概には言えないわね。」
「一層の事、片っ端からやってしまえば良いのではないかや?」
「それはダメね。」
「なぜじゃ?」
「制圧した後はフェリス治めるのだから、そういう施設はなるべく残しておきたいのよ。」
「む。なかなか難しいのだな。」
ユーカの配慮にフェリスは目を丸くして感動していた。
対照的に、ヴェルは首を捻りながら、ウンウンと唸って難しい顔をしている。
「ペン借りて良い?あと紙も。」
「あぁ、構わないよ。」
ユーカはフェリスの机まで歩いて行き、ペンと紙を持って戻ってくると、ローテーブルに紙を広げ、その上になにやらペンで書き殴っていく。
それを黙って見守るヴェルとフェリスのふたりは、手持ち無沙汰になってしまい、目線でやり取りをする。
(今日のユーカは一段と弄り甲斐があるのぉ。)
(さっきのなんて、すごい可愛かったよね。)
(む!お主もそう思うか!)
(凛とした表情が堪らないね。)
「ちょっとあなたたち、なにふたりで世界に入ってるのよ。」
「む?」
「ななななんでも無いよ!」
「そう…それより、これ見て頂戴。」
そう言って、ユーカは先程まで色々とペンで書き連ねていた紙を、ペンでペシペシと叩く。
ヴェルとフェリスはその紙に目を落とし、ユーカの書いた文字や線を読み解いていく。
そして、堪らずに口を開いた。
「むぅ…。それで、どういう事なのじゃ?」
どうやらヴェルは、理解が出来なかった様だ。
ユーカは長いため息をひとつ吐き出して、フェリスに丸投げした。
「はぁーーっ…。フェリス、お願いね。」
「へぇ…なるほどねぇ。」
「フェリス…?」
フェリスは紙に書いてあった事がしっかりと理解できていた様で、知的好奇心を抑えられないまま、自分の世界に入って思考していた。
その為、ユーカの言葉が耳に届いていなかったらしく、ユーカは目線を床に落として頭を左右に振った。
「まったく…ポンコツばっかりなんだから。」
ユーカはパシンと柏手を打って、フェリスを我に帰らせた後、改めてふたりに説明を行う。
とは言っても、フェリスの方には特に説明の必要性は感じられない。が、しかし
残念ながらヴェルはそうもいかないのだ。
フェリスは少し不満げな顔をしたが、幾つか解らないところもあったので、自分で解明したい気持ちを押し殺して、ユーカの解説に耳を傾ける事にした。
「コレは、今回の偵察で最も大きな収穫だった、結界についての事なのだけれど…。」
ローテーブルに広げられている紙を、ユーカはペンでトントンと叩きながら言った。
「ひとつしか収穫していないぞ。」
ヴェルが野次を飛ばすが、ユーカはツーンとそれを無視して、話を先に進める。
「この結界の警報装置だけれど…たぶん、無力化出来るわ。」
「警報装置が魔法で構成されている、ってここに書いてあるよね。」
フェリスが瞳をキラキラと輝かせながら、ユーカが紙に書き綴った文字の、それを示している一文を指でなぞる。
ユーカはフェリスに頷き返すと、ちらりとヴェルの方に目線を向ける。
ふくれっ面のヴェルが目に入るが、何も言わずにフェリスの方に向き直った。
すると、ヴェル印の次元式爆弾がようやく起爆した。
「くぅうーっ!久しぶりのムシじゃが、なかなか堪えるのぅ…。」
その後も散々にのたまったが、ユーカは一切として取り合わず、最終的に、しょんぼりとしたヴェルは、静かにフェリスの横に腰を下ろし、フェリスの服を引っ張ったり、フェリスの髪をいじったりと、幼児退行してしまい、フェリスそのが対応に追われていた。
「ヴェル、そろそろフェリスを放してあげなさいな。」
「むぅ…。もう少しユーカが優しくしてくれれば良いのにの。」
「はいはい。それじゃ話に戻るわよ。」
「あぁ!はやく話してくれ給え!」
フェリスは待ってましたと言わんばかりに、ドンっとローテーブルに手をついて、勢い良く立ち上がる。
フェリスに体重を預けていたヴェルは、フェリスが立ち上がった拍子に吹き飛ばされ、目を回していた。
「ま、まぁ…。話すから落ち着きなさいよ。」
フェリスは鼻息を荒くしながらも、ドッカリとソファに座り直し、どこから取り出したのか、紙とペンを持って待機していた。
「まず、あの警報装置が組み込まれた結界だけど…。」
「うんうん。」
「結界と魔法が別物なのは知ってるわよね?」
「あぁ、もちろん!」
「むっ?そうなのかや?」
一般常識として、世間に知られている事だったので、当然フェリスは知っていたが、世俗を長く離れていたヴェルは、知り得ていない情報だったらしく、少し驚いていた。
「あら…あなたが眠る前は同じという考え方が一般的だったのかしら…?」
ユーカはジェネレーションギャップに驚きと興味を示しつつも、その事は後でヴェルに尋ねることにして、今はフェリスの好奇心を満たしてあげる方を優先した。
「でね、私も最初は警報装置付きの結界だと騙されていたのだけれど、どうやら違うみたいなのよ。」
「確かに…特殊な結界だとは思ったけど、別物だったわけか。」
「そういう事ね。」
「む?我にはさっぱり解らぬのじゃが…。」
ヴェルは首を傾げて斜め上の方を見るが、そこに答えが書いてある筈もなく、フェリスの執務室の眩しいシャンデリアに目を潰され、酸っぱい顔をしながら目頭を揉んだ。
「つまりはね、一度結界を張った後、その結界をコーティングする様に、魔法を発動したって事よ。」
「ほうほう…。じゃが、それって面倒ではないかや?」
「まぁ確かに。二度手間になるし、魔力の消費も大変よね。」
結界も魔法も、魔力を消費するという点で見れば一緒なのだが、発動した後の作用が大きく異なっていた。
その為、このふたつは磁石の同じ極同士の様に反発し合うので、普段は一緒に運用される事は無い。
しかし、ユーカやヴェルと云った規格外な術者はその限りではなく、大出力の魔力に物を言わせて、爆発圧接の様な原理でふたつをくっ付ける事は不可能では無い。
その説明を聴いたヴェルは、相手の念の入れ様に驚きを禁じ得なかった。
「しかし、どうしてそうまでして守るのじゃ?あんな砦、数あるうちのひとつであろうに…。」
「そうね…私ならそんな面倒な事はせずに、強力な結界だけで済ましちゃうわ。」
「もしかして…向こうは最初から結界が破られる前提で張っていたのかも…?」
ユーカとヴェルの会話の中に、違和感を覚えたフェリスは、自信なさげに呟く。
それを聞き逃さなかったユーカは、俯いて考え込んでいた頭をバッと上げて、両手で太ももをパシーンと叩いた。
「いてて…。」
乾いた音が執務室の中に響き渡り、フェリスもヴェルもびっくりする。
音を出した本人は、相当痛かった様で、眉を顰めていた。
しかし、特に気にする事もなく、フェリスの呟きをさらに考察し始めた。
ブツブツと言葉を吐き続けるユーカを見て、ヴェルはユーカの目の前で手を振ったり、ユーカの脇を突いたりと、いろいろなイタズラを仕掛けたが、ユーカにはどれも効果が無かった。
「なるほど…ね。」
ユーカがようやく再起動したので、ヴェルは逃げる様にフェリスの横に座り、フェリスも眠たい目をこすりながら、ペンを持つ手に力を入れる。
「何かわかったのかや?」
「えぇ。確信は無いけど、予想くらいなら。」
「その前に…結界と魔法の関係性についてもう少し聞きたいのだけど、良いかな?」
ユーカの話が中断する度に、フェリスは気を落としながら待っていたのだが、ついに自分の欲求を抑えられなくなり、ユーカの導き出した考察を聞く前に、自分が聞きたかった、結界と魔法の関係性についてユーカに尋ねた。
「え?あっあぁ…ごめんなさい。それもまだだったかしら。」
「あぁっ!」
「そうね…。結界と魔法では、発動後の作用が違うって話だけど…。」
結界は発動後に、半自動的に対象を判別して効果を発揮してくれる。
例えば、防御の結界を発動した後に、術者に向けて攻撃が飛んできた場合、結界はその攻撃を防いでくれる。
逆に、魔法は発動した術者が指定した範囲は全て攻撃してしまうので、その範囲に術者の友軍が居たとしても、巻き込んでしまう。
結界だと、術者の友軍は通過する事が出来たり、看破する事が出来たりと、融通がきく。
「ふむむぅ…つまり、結界の方がスゴイのかや?」
「いいえ。どちらにも一長一短があるのよ。」
「魔法の方が、発動の際の融通がきくって事だね!」
「ええ、そうよ。」
防御の結界を例に取ると、四点防御結界がポピュラーであり、これは術者の周りを囲む様に三角錐をえがいて発動したり、術者の前面に四角形をえがいて発動したりする。
つまり、発動の際の形に制約があるのだが、これは結界の特徴であり、魔法には当てはまらない法則である。
魔法は形を決める事なく、イメージしたものがそのまま発動する。
以上の事から、結界と魔法はどちらも長所と短所を持っていて、状況に応じて使い分けるのが現代ではセオリーとされている。
「ふむ…では、両方を使った敵の防衛力はヤバいって事じゃな?」
「どうかしらね…。」
ユーカは、魔法と結界のふたつを組み合わせて展開されている敵の警戒網に今ひとつピンと来なかった。
「そうか!敵勢力は結界を通る事ができるが、警報装置には引っかかってたんだ!」
フェリスはユーカと同じ答えにたどり着き、興奮気味に発言する。
「む?なぜ自分で仕掛けた警報装置に引っかかるのじゃ?マヌケなのかや?」
「マヌケはあなたよ…。流石ねフェリス。」
ヴェルの我が道を行く考え方に呆れながらも、フェリスの考察力の鋭さに舌を巻いていた。
「やっぱり…。極一部の人だけが警報装置に引っかからず、結界の中と外を出入りしていたのか。」
「えぇ。どうやらそう考えるのが自然よね。」
「でも、そんな必要あるかな…?」
「むむ?ひとつ疑問なのじゃが…どうして我らの時だけ、けたたましい音が鳴ったのじゃ?」
「あら…ヴェルもそこまでおバカじゃないのね。」
「余計なお世話じゃ!」
肌で感じとる感覚はのヴェルでさえも、その点については気がついた様で、ユーカは少し驚きながらも、心の中ではヴェルを褒めていた。
「恐らくだけど、相手の兵士たちは警報がならない様になってるのよ。」
「そういう術式のナニカを支給しておるのかや?」
「えぇ、ドッグタグとかかしら?」
「自分の勢力の兵士の出入りさえも把握していたんだね。」
「多分だけどね。でも、極一部の人は絶対に引っかからない防衛機構…。」
「うむぅ…。我はギブ。」
ヴェルはいち早くお手上げポーズをして、ローテーブルの上に広がる紙から目を背けた。
「ねぇフェリス、分かった?」
「ううん。皆目見当がつかないよ。」
「誰が何をどうして…。敵勢力が防衛機構を…どうして?」
ユーカは、答えの見つからない問題を部分ごとに分けて考えていた。
しかし、最後のピースがどうしても思いつかない。考え付かないでいた。
「結界を張った人。魔法を展開した人。誰にも把握されない人。把握される人。」
フェリスは、それぞれのアクションを起こした人について考えてみた。
「そうだ!」
そして、フェリスは何かを閃いた様で、大きな声を上げた。
うつらうつらとしていたヴェルは、びっくりして飛び上がり、ユーカはよく分からない顔をしてフェリスの方に顔を向けた。
「それぞれ別の人なんだよ!」
フェリスがそれだけを言うと、ユーカはフェリスの言わんとした事を瞬時に理解して、自分の中でも理論を組み立てて考察する。
その様子を、フェリスは満足そうに眺めていた。
いつもはユーカの方が一手先を読んでいるが、今回はユーカよりさらに一手先を読めたので、フェリスはとても嬉しそうにしていた。
「有り得る…わね。それ以外に考え付かないわ。」
思考を終えたユーカの顔は、穏やかなものだった。
それほどに、自分の思考が追いつかない事が苦痛だったのだろう。
「という事は、やはり今回の継承戦争には黒幕がいるって事ね。」
「むぅ?」
「許せないっ!私の部下を誑し込んで戦争を起こすなんてっ!」
フェリスからだんだんと怒りのオーラが漏れ出し、空気がビリビリと震える。
「ま、まぁ…落ち着いて。」
フェリスが落ち着くまでしばらく時間が掛かったが、謎がひとつ解けたことで、ユーカの思考はスムーズに進んでいた。
フェリスが我に帰った後、改めてユーカは、ヴェルとフェリスのふたりに作戦を告げた。
「それじゃ、作戦開始よっ!」
「うむ!」
「あぁ!」
次回:第39話『狙い』
お楽しみにお待ちください。
4月8日 21時を更新予定にしております。
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければお願いし申し上げます。
申し訳有りませんが、4月14日に繰り下げさせて頂きます。
私用により、少し立て込んでしまっています。
改めて後日加筆しようと思うので、今しばらくお待ちください。
これからもよろしくお願いします。
4月8日20:40頃加筆作業が完了いたしました。
また、本日も少ない文字数となっている事を、お詫びいたします。
では、本編をお楽しみください。
魔王の城まで戻ってきたユーカたち3人は、フェリスの執務室で、主にヴェルがぐったりしていた。
あの後、なんとか追っ手を巻くことができたユーカたちは、ヴェルに乗ってフェリスの城まで帰ってきたのだが、敵の勢力圏内にいたため、相手の警戒網に捉えられるのを避けようと、ヴェルにトップスピードで翔んで貰っていた。
そのお陰で敵に捕捉される事はなかったが、代償は高くついてしまった。
ヴェルは頑張って翔んだ所為で、疲れてヘロヘロになってしまったし、ユーカは早々にリタイアしてしまい、城についた後、どこかに出奔してしまった魂を呼び戻すのに、随分と苦労した。
フェリスはユーカがポンコツ化している間、ヴェルに励ましの声をかけつつ、自分でも周囲の警戒に当たっていたので、地面に足を下ろした瞬間、真っ青な顔でその場にへたり込んでしまい、なかなか立ち上がる事が出来ないでいた。
魂がようやく戻ってきたユーカが、生まれたての鹿のような歩き方のフェリスを支えつつ、ぐったりとしたままサイズを小さくしたヴェルを片手で引き摺って、フェリスの執務室まで戻ってきたのが、つい先ほどの出来事であった。
ぐったりしたままのヴェルに同情的な目を向けているフェリスを、ムスッとした顔で睨みながら、ユーカはツーンとした口調で言った。
「まぁ、上手くいかない時もあるわよね。」
それを聴いたヴェルとフェリスのふたりは、仕方がないと云った表情をして、声を合わせて言う。
『ユーカらしい…。』
諦めの色が入った声音に、ユーカは眉毛を少しだけ吊り上げたが、そんな様子にも、ヴェルとフェリスは、満足げに笑っていた。
「さぁ、バカな事はお終い。今から真面目な話をするわよ。」
「む?難しい話ならパスじゃ。」
ヒト型に戻ったヴェルは、調子も戻ってきたらしく、いつも通り平常運転で営業中だ。
「じゃあ、あなたはお留守番ね。」
「ほれ、早う話すが良いぞ。」
「ははは…。」
留守番が嫌なヴェルは、態度をくるりと反転させて、偉そうな上司風に、上から目線で先を促す。
それを見て苦笑いするフェリス。
どうやらいつも通りの調子が戻ったのは、ヴェルだけでは無かった様で、ユーカもフェリスも調子を戻していた。
「それじゃあ話すけど、良い方と悪い方、どっちから聞きたい?」
「良い方じゃ!」
「私も、良い方からでお願いするよ。」
「そう…。」
特に驚く様子もなく、もともとこうなると予想済みだった様とでも言う様に、相づちをうつとひとつ頷いて話し始めた。
「ひとつだけ収穫があったとすると、相手の結界についての情報ね。」
『だけぇ?』
あれだけ頑張ったのに、有益な情報がひとつしか手に入っていないと聞いたヴェルとフェリスは、顔をしかめながら、ユーカに牽制を入れる。
「うっ…。な、なによ。」
「なぜひとつしか収穫が無いのじゃ?」
「私とヴェルはまぁまぁ頑張ったんだと思うんだけどなぁ…。」
「わ、悪かったわね!」
ヴェルとフェリスのふたりから、集中攻撃を受けたユーカは、しぶしぶ謝罪を口にする。
その姿を見ていたふたりは、思わず口元を緩めていた。
「まぁ、敵の目を引けた事は悪く無いんじゃないかな?」
「警戒が強まっちゃったから一概には言えないわね。」
「一層の事、片っ端からやってしまえば良いのではないかや?」
「それはダメね。」
「なぜじゃ?」
「制圧した後はフェリス治めるのだから、そういう施設はなるべく残しておきたいのよ。」
「む。なかなか難しいのだな。」
ユーカの配慮にフェリスは目を丸くして感動していた。
対照的に、ヴェルは首を捻りながら、ウンウンと唸って難しい顔をしている。
「ペン借りて良い?あと紙も。」
「あぁ、構わないよ。」
ユーカはフェリスの机まで歩いて行き、ペンと紙を持って戻ってくると、ローテーブルに紙を広げ、その上になにやらペンで書き殴っていく。
それを黙って見守るヴェルとフェリスのふたりは、手持ち無沙汰になってしまい、目線でやり取りをする。
(今日のユーカは一段と弄り甲斐があるのぉ。)
(さっきのなんて、すごい可愛かったよね。)
(む!お主もそう思うか!)
(凛とした表情が堪らないね。)
「ちょっとあなたたち、なにふたりで世界に入ってるのよ。」
「む?」
「ななななんでも無いよ!」
「そう…それより、これ見て頂戴。」
そう言って、ユーカは先程まで色々とペンで書き連ねていた紙を、ペンでペシペシと叩く。
ヴェルとフェリスはその紙に目を落とし、ユーカの書いた文字や線を読み解いていく。
そして、堪らずに口を開いた。
「むぅ…。それで、どういう事なのじゃ?」
どうやらヴェルは、理解が出来なかった様だ。
ユーカは長いため息をひとつ吐き出して、フェリスに丸投げした。
「はぁーーっ…。フェリス、お願いね。」
「へぇ…なるほどねぇ。」
「フェリス…?」
フェリスは紙に書いてあった事がしっかりと理解できていた様で、知的好奇心を抑えられないまま、自分の世界に入って思考していた。
その為、ユーカの言葉が耳に届いていなかったらしく、ユーカは目線を床に落として頭を左右に振った。
「まったく…ポンコツばっかりなんだから。」
ユーカはパシンと柏手を打って、フェリスを我に帰らせた後、改めてふたりに説明を行う。
とは言っても、フェリスの方には特に説明の必要性は感じられない。が、しかし
残念ながらヴェルはそうもいかないのだ。
フェリスは少し不満げな顔をしたが、幾つか解らないところもあったので、自分で解明したい気持ちを押し殺して、ユーカの解説に耳を傾ける事にした。
「コレは、今回の偵察で最も大きな収穫だった、結界についての事なのだけれど…。」
ローテーブルに広げられている紙を、ユーカはペンでトントンと叩きながら言った。
「ひとつしか収穫していないぞ。」
ヴェルが野次を飛ばすが、ユーカはツーンとそれを無視して、話を先に進める。
「この結界の警報装置だけれど…たぶん、無力化出来るわ。」
「警報装置が魔法で構成されている、ってここに書いてあるよね。」
フェリスが瞳をキラキラと輝かせながら、ユーカが紙に書き綴った文字の、それを示している一文を指でなぞる。
ユーカはフェリスに頷き返すと、ちらりとヴェルの方に目線を向ける。
ふくれっ面のヴェルが目に入るが、何も言わずにフェリスの方に向き直った。
すると、ヴェル印の次元式爆弾がようやく起爆した。
「くぅうーっ!久しぶりのムシじゃが、なかなか堪えるのぅ…。」
その後も散々にのたまったが、ユーカは一切として取り合わず、最終的に、しょんぼりとしたヴェルは、静かにフェリスの横に腰を下ろし、フェリスの服を引っ張ったり、フェリスの髪をいじったりと、幼児退行してしまい、フェリスそのが対応に追われていた。
「ヴェル、そろそろフェリスを放してあげなさいな。」
「むぅ…。もう少しユーカが優しくしてくれれば良いのにの。」
「はいはい。それじゃ話に戻るわよ。」
「あぁ!はやく話してくれ給え!」
フェリスは待ってましたと言わんばかりに、ドンっとローテーブルに手をついて、勢い良く立ち上がる。
フェリスに体重を預けていたヴェルは、フェリスが立ち上がった拍子に吹き飛ばされ、目を回していた。
「ま、まぁ…。話すから落ち着きなさいよ。」
フェリスは鼻息を荒くしながらも、ドッカリとソファに座り直し、どこから取り出したのか、紙とペンを持って待機していた。
「まず、あの警報装置が組み込まれた結界だけど…。」
「うんうん。」
「結界と魔法が別物なのは知ってるわよね?」
「あぁ、もちろん!」
「むっ?そうなのかや?」
一般常識として、世間に知られている事だったので、当然フェリスは知っていたが、世俗を長く離れていたヴェルは、知り得ていない情報だったらしく、少し驚いていた。
「あら…あなたが眠る前は同じという考え方が一般的だったのかしら…?」
ユーカはジェネレーションギャップに驚きと興味を示しつつも、その事は後でヴェルに尋ねることにして、今はフェリスの好奇心を満たしてあげる方を優先した。
「でね、私も最初は警報装置付きの結界だと騙されていたのだけれど、どうやら違うみたいなのよ。」
「確かに…特殊な結界だとは思ったけど、別物だったわけか。」
「そういう事ね。」
「む?我にはさっぱり解らぬのじゃが…。」
ヴェルは首を傾げて斜め上の方を見るが、そこに答えが書いてある筈もなく、フェリスの執務室の眩しいシャンデリアに目を潰され、酸っぱい顔をしながら目頭を揉んだ。
「つまりはね、一度結界を張った後、その結界をコーティングする様に、魔法を発動したって事よ。」
「ほうほう…。じゃが、それって面倒ではないかや?」
「まぁ確かに。二度手間になるし、魔力の消費も大変よね。」
結界も魔法も、魔力を消費するという点で見れば一緒なのだが、発動した後の作用が大きく異なっていた。
その為、このふたつは磁石の同じ極同士の様に反発し合うので、普段は一緒に運用される事は無い。
しかし、ユーカやヴェルと云った規格外な術者はその限りではなく、大出力の魔力に物を言わせて、爆発圧接の様な原理でふたつをくっ付ける事は不可能では無い。
その説明を聴いたヴェルは、相手の念の入れ様に驚きを禁じ得なかった。
「しかし、どうしてそうまでして守るのじゃ?あんな砦、数あるうちのひとつであろうに…。」
「そうね…私ならそんな面倒な事はせずに、強力な結界だけで済ましちゃうわ。」
「もしかして…向こうは最初から結界が破られる前提で張っていたのかも…?」
ユーカとヴェルの会話の中に、違和感を覚えたフェリスは、自信なさげに呟く。
それを聞き逃さなかったユーカは、俯いて考え込んでいた頭をバッと上げて、両手で太ももをパシーンと叩いた。
「いてて…。」
乾いた音が執務室の中に響き渡り、フェリスもヴェルもびっくりする。
音を出した本人は、相当痛かった様で、眉を顰めていた。
しかし、特に気にする事もなく、フェリスの呟きをさらに考察し始めた。
ブツブツと言葉を吐き続けるユーカを見て、ヴェルはユーカの目の前で手を振ったり、ユーカの脇を突いたりと、いろいろなイタズラを仕掛けたが、ユーカにはどれも効果が無かった。
「なるほど…ね。」
ユーカがようやく再起動したので、ヴェルは逃げる様にフェリスの横に座り、フェリスも眠たい目をこすりながら、ペンを持つ手に力を入れる。
「何かわかったのかや?」
「えぇ。確信は無いけど、予想くらいなら。」
「その前に…結界と魔法の関係性についてもう少し聞きたいのだけど、良いかな?」
ユーカの話が中断する度に、フェリスは気を落としながら待っていたのだが、ついに自分の欲求を抑えられなくなり、ユーカの導き出した考察を聞く前に、自分が聞きたかった、結界と魔法の関係性についてユーカに尋ねた。
「え?あっあぁ…ごめんなさい。それもまだだったかしら。」
「あぁっ!」
「そうね…。結界と魔法では、発動後の作用が違うって話だけど…。」
結界は発動後に、半自動的に対象を判別して効果を発揮してくれる。
例えば、防御の結界を発動した後に、術者に向けて攻撃が飛んできた場合、結界はその攻撃を防いでくれる。
逆に、魔法は発動した術者が指定した範囲は全て攻撃してしまうので、その範囲に術者の友軍が居たとしても、巻き込んでしまう。
結界だと、術者の友軍は通過する事が出来たり、看破する事が出来たりと、融通がきく。
「ふむむぅ…つまり、結界の方がスゴイのかや?」
「いいえ。どちらにも一長一短があるのよ。」
「魔法の方が、発動の際の融通がきくって事だね!」
「ええ、そうよ。」
防御の結界を例に取ると、四点防御結界がポピュラーであり、これは術者の周りを囲む様に三角錐をえがいて発動したり、術者の前面に四角形をえがいて発動したりする。
つまり、発動の際の形に制約があるのだが、これは結界の特徴であり、魔法には当てはまらない法則である。
魔法は形を決める事なく、イメージしたものがそのまま発動する。
以上の事から、結界と魔法はどちらも長所と短所を持っていて、状況に応じて使い分けるのが現代ではセオリーとされている。
「ふむ…では、両方を使った敵の防衛力はヤバいって事じゃな?」
「どうかしらね…。」
ユーカは、魔法と結界のふたつを組み合わせて展開されている敵の警戒網に今ひとつピンと来なかった。
「そうか!敵勢力は結界を通る事ができるが、警報装置には引っかかってたんだ!」
フェリスはユーカと同じ答えにたどり着き、興奮気味に発言する。
「む?なぜ自分で仕掛けた警報装置に引っかかるのじゃ?マヌケなのかや?」
「マヌケはあなたよ…。流石ねフェリス。」
ヴェルの我が道を行く考え方に呆れながらも、フェリスの考察力の鋭さに舌を巻いていた。
「やっぱり…。極一部の人だけが警報装置に引っかからず、結界の中と外を出入りしていたのか。」
「えぇ。どうやらそう考えるのが自然よね。」
「でも、そんな必要あるかな…?」
「むむ?ひとつ疑問なのじゃが…どうして我らの時だけ、けたたましい音が鳴ったのじゃ?」
「あら…ヴェルもそこまでおバカじゃないのね。」
「余計なお世話じゃ!」
肌で感じとる感覚はのヴェルでさえも、その点については気がついた様で、ユーカは少し驚きながらも、心の中ではヴェルを褒めていた。
「恐らくだけど、相手の兵士たちは警報がならない様になってるのよ。」
「そういう術式のナニカを支給しておるのかや?」
「えぇ、ドッグタグとかかしら?」
「自分の勢力の兵士の出入りさえも把握していたんだね。」
「多分だけどね。でも、極一部の人は絶対に引っかからない防衛機構…。」
「うむぅ…。我はギブ。」
ヴェルはいち早くお手上げポーズをして、ローテーブルの上に広がる紙から目を背けた。
「ねぇフェリス、分かった?」
「ううん。皆目見当がつかないよ。」
「誰が何をどうして…。敵勢力が防衛機構を…どうして?」
ユーカは、答えの見つからない問題を部分ごとに分けて考えていた。
しかし、最後のピースがどうしても思いつかない。考え付かないでいた。
「結界を張った人。魔法を展開した人。誰にも把握されない人。把握される人。」
フェリスは、それぞれのアクションを起こした人について考えてみた。
「そうだ!」
そして、フェリスは何かを閃いた様で、大きな声を上げた。
うつらうつらとしていたヴェルは、びっくりして飛び上がり、ユーカはよく分からない顔をしてフェリスの方に顔を向けた。
「それぞれ別の人なんだよ!」
フェリスがそれだけを言うと、ユーカはフェリスの言わんとした事を瞬時に理解して、自分の中でも理論を組み立てて考察する。
その様子を、フェリスは満足そうに眺めていた。
いつもはユーカの方が一手先を読んでいるが、今回はユーカよりさらに一手先を読めたので、フェリスはとても嬉しそうにしていた。
「有り得る…わね。それ以外に考え付かないわ。」
思考を終えたユーカの顔は、穏やかなものだった。
それほどに、自分の思考が追いつかない事が苦痛だったのだろう。
「という事は、やはり今回の継承戦争には黒幕がいるって事ね。」
「むぅ?」
「許せないっ!私の部下を誑し込んで戦争を起こすなんてっ!」
フェリスからだんだんと怒りのオーラが漏れ出し、空気がビリビリと震える。
「ま、まぁ…落ち着いて。」
フェリスが落ち着くまでしばらく時間が掛かったが、謎がひとつ解けたことで、ユーカの思考はスムーズに進んでいた。
フェリスが我に帰った後、改めてユーカは、ヴェルとフェリスのふたりに作戦を告げた。
「それじゃ、作戦開始よっ!」
「うむ!」
「あぁ!」
次回:第39話『狙い』
お楽しみにお待ちください。
4月8日 21時を更新予定にしております。
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければお願いし申し上げます。
申し訳有りませんが、4月14日に繰り下げさせて頂きます。
私用により、少し立て込んでしまっています。
改めて後日加筆しようと思うので、今しばらくお待ちください。
これからもよろしくお願いします。
4月8日20:40頃加筆作業が完了いたしました。
応援ありがとうございます!
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