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第37話『偵察』
しおりを挟むまだ夜が明けきっていない薄暗く少し肌寒い空の中を、世紀末のような悲鳴が駆け抜ける。
「きぃやぁーーーーっ!」
「フハハハハハーッ!アイカワラズジャノ。」
「凄いすごい!こんなに気持ちの良い夜明けは初めてだよ!」
地表は未だに薄暗いが、空はほんのりと赤みを帯び始め、神秘的な光景を空の中に身をおく3人に魅せていた。
地上に身を置いて朝陽を望む人々よりも、上空を飛翔するヴェルたち3人は、数十秒ほど早く、陽の出を拝んでいた。
「うわぁ…綺麗。」
ヴェルも気を利かせて、陽がだんだんと登ってくる間は、その場で力強く羽ばたきその場に留まっていた。
フェリスとヴェルは目を輝かせながら眺めていたが、ユーカはすでに性根が半ば尽きかけていたので、ぐったりとしながらヴェルの背中で臥せっていた。
そんな時間も束の間、再びヴェルは加速を始め、一路ニャールタカ城を目指して飛行する。
敵の勢力圏の近くまで到達するとユーカは、最後の気力を振り絞りながら、空の旅を楽しむフェリスと、それに応える様に空を縦横無尽に飛び回るヴェルに指示を飛ばす。
「ヴェル、降下して。」
「ウム、ココロエタ。」
「フェリスは認識阻害の魔法をお願い。」
「任せてくれ!」
ユーカは、地上の状況を詳しく調べる為にヴェルに高度をギリギリまで下げてもらう。
ヴェルは超低空飛行をしながら、スピードを緩め、ゆっくりと飛行する。
そんなヴェルと、その背中に乗るユーカとフェリスのふたりが、地上から見つからないように、フェリスは宝物庫の扉にかけていた様な邪法を発動する。
高度も速度も落ちて、すこし余裕ができたユーカは、気を引き締め直して、具に地上の状況を確認しつつ、頭の中で当日の侵入経路を組み立てる。
フェリスは3人の内で唯一の王国出身なので、比較的安全な飛行経路を複数パターン、ヴェルに提示しながら、ユーカの補助をする。
ヴェルは全方位を警戒しながら、フェリスに示された空域を翔ぶ。
時折、ユーカから指示が飛び、何度か同じ様な場所を翔ぶこともあったが、ほとんど順調に敵勢力圏の深いところまで侵入していた。
「ムッ!?」
「…どうしたの?」
南部一帯を勢力下に置く反政府勢力、その前線基地がそろそろ見えてこようかと云う位置で、ヴェルが何かに気付いた様に、突然その場で急停止して警戒強めた。
ヴェルが急に止まったので、集中していたユーカは対応しきれず、ヴェルの背中に額を打ち付けてしまっていた。
その為、ユーカは額を右手でさすりつつ、すこし恨みがましい表情をしながら、不機嫌そうな声でヴェルに説明を求めた。
「ウムゥ…。ヤナカンジガシタノジャ。」
「勘?」
「ウム。」
「そう…。一度降りましょう。」
「ウム!」
「いやはや…ビックリだね。私をそっちのけで、ふたりの世界に入るとは。」
ユーカはフェリスより前に座っていたので、背中と云うよりは首に額をぶつけていた。
その為、タテガミがクッションになり、衝突した際も、それほど痛くはなかった。
しかし、ユーカの後ろに座っていたフェリスは全く状況が違い、タテガミと云うクッションがなかったフェリスは、額をゴチンと強めに打ち付けていた。
その為、涙目になりながら、ふたりからの気遣いの声を待っていたが、いくら待ってもそれは来なかったので、痺れを切らして自分から発言したのであった。
「なっ!なによ…。」
ユーカは何故だか分からなかったが、奇妙な恥ずかしさに襲われ、顔を赤らめながら、フェリスの方に向けていた顔をプイっと背ける。
ユーカとフェリスは、いつの間にか地上に降り立っていたヴェルの背中から降りる。
ヴェルはふたりが背中から降りたのを確認すると、限度はあるものの、ある程度自由にサイズの変更できるベンリ機能を使って、ミニサイズになると、跳び上がってユーカの腕の中に納まる。
その様子を、フェリスは羨ましそうな目で眺めていたので、ユーカはポスっとヴェルを丸めて、フェリスにチェストパスを投げる。
「いいの!?」
嬉しそうな笑顔を見せるフェリスと、いきなり投げられて目を回しているヴェルを見て、ユーカはコクリと頷いた。
「グヌゥ…。メガマワルノジャ。」
「行くわよ。」
首をタランとフェリスの腕の中から垂らしとヴェルが、いきなり投げられた事について、遠回しにユーカに文句を言うが、ユーカはそれを無視して、さっさと歩き始める。
無視されたヴェルは、すこしの間面白くなさそうな顔をしていたが、イタズラを思いついた様に笑みをこぼし、フェリスにぺったりとくっ付きながら言った。
「ウーム…。ダレカトチガッテコレハヨイ。フワッフワノモチモチデアルナァ。」
その言葉に、先日の惨事を思い出したフェリスは、体を震わせながら、顔を青くしていた。
そんなフェリスの反応も、ヴェルは全く気にする様子がなく、なおもユーカのことを煽る。
「ダレカノウデノナカガセンベイブトンジャトスルト、フェリスハテンガイツキノベッドジャナ。」
両眼を瞑りながら、尚も涼しい顔をして続けようとしていたヴェルを、ユーカは振り向いてキッと睨む。
そして、3人で模擬戦をした時のように、右手を親指と人差し指以外を握り、軽くスナップを効かせて、人差し指から魔法を放つ。
放たれた魔法は、眼を瞑って涼しい顔をしていたヴェルの眉間に易々と命中し、ヴェルは潰れたようなうめき声をあげた後、クタリとその首を垂らした。
ユーカは何事も無かった様に再び歩き始め、フェリスも恐怖に怯えながら、その後に黙って続いた。
「クフッ…。ワガジンセイニイッペンノクイナシ。」
ユーカが先ほどはなった魔法は、どうやら電撃系のモノだった様で、ヴェルは未だにクラクラとしながら、面白くもない冗談を言っていた。
「いつも通りね。つまらない。」
「辛辣…。」
ヴェルの減らず口を聞いたユーカは、すこし威力を抑えすぎたかと後悔したが、魔法を放つ程のことでもないので、口撃する事にした。
それを聞いたヴェルは、今度こそガックリと頭を垂れた。
その様子を見ていたフェリスは、ユーカの率直な感想に、思わずツッコミを入れていた。
この頃のフェリスは、ツッコミが板についてきた様で、無意識のうちに気が付いたら言葉が口から溢れてしまうと嘆いていたが、ユーカに言っても冷たい返しをされ、ヴェルに言っても微妙そうな顔をされるだけだと理解していたので、誰にも相談ができずに、もやもやと抱え込んでいた。
「そう…。」
フェリスは、いきなりユーカから冷たい声をかけられ、思わずたじろいだが、心の声を読まれたわけではない様だと瞬時に理解し、動揺を心の裏側に隠すと、それを悟られない様に話題を変える。
「ま、まぁ…。それより、先に進もうよ。」
「そうね。ヴェルが感じた異変も気になるわ。」
再びふたりは先に進み始め、ようやくヴェルも再起動する。
そしてしばらく歩くと、ヴェルが感じた異変の正体が判明する。
「これは…。」
「えぇ、防御の結界ね。」
「ムゥ…。ジャガ、コレハ…。」
「厄介ね。」
目の前に現れた見えない壁。
だがしかし、ユーカたち3人はその存在を、しっかりと感じ取ることができていた。
普通の結界であれば、何も気にせずに一部だけを破って内部に侵入することができたが、目の前に立ちはだかる結界は、少し特殊なモノの様で、破ろうとすると警報装置が作動して、あっという間に敵の軍隊に囲まれてしまう様な造りになっていた。
幸いにも、この結界は南部一帯を全て覆っている訳ではなく、南部地域に点在する砦や城と云った、軍事的な拠点のみに限定して展開されている様なので、迂回して進む事は十分に可能だった。
しかし、不幸であった。
目の前に居るのは、ユーカとヴェルなのだ。
「それじゃあ、ちょちょいと解除しようかしら。」
「ム!フキトバスノデハナイノカヤ?」
「ふ、ふたりとも…。目の前の結界は、破ったら敵に見つかるかもしれないんだよ?分かってるの?」
『モチロン。』
フェリスの常識的な意見は、このふたりには全く届かず、ユーカとヴェルは声を揃えて、自信満々に言い放った。
「しかしまぁ…フェリスの意見も尤もね。」
「でしょ!」
「えぇ。見つからない様に破るより、見つかる様に壊した方がラクだわ。」
「いやいやいや…そんな事ひと言も言ってないよ!」
ユーカのトンデモ発言に、フェリスのツッコミが猛烈に炸裂する。
「え?違うの?」
「違うよ!」
「冗談よ…。」
ユーカは途中から、フェリスをからかう事を楽しみながら、笑いを必死に堪えていた。
「クフッ、グフフっ!」
ヴェルはフェリスの面白さがツボにハマったらしく、お腹を抱えて苦しそうに笑い転げていた。
「とりあえずはどれくらいプロテクトの強い結界かどうか確かめる必要があるわ。」
「やっぱり破るんじゃないか!」
「バレなきゃいいのよ。バレなきゃ、ね。」
そう言ってユーカは、さっそく精神を落ちつけ、集中力を高めていく。
そして、両手を結界の前に突き出して、魔力を込めていくと、そのまま二、三歩前に進み、結界を通過する。
明らかに、ユーカは結界の内部へ侵入していたが、警報装置が作動した様な気配はなく、ユーカが通った後には、先ほどまで健在だった結界が、人ひとり通れるくらいの、扉の様な形に切り抜かれていた。
「この隙間だけは通れる様にしたけど…思ったより簡単だったわね。」
「ウム、サスガジャナ。」
フェリスの腕から跳び出し、テトテトとユーカの後に続いて、ヴェルも結界の中にお邪魔する。
それを見たフェリスも、おそる恐る、ユーカの作った穴を通って結界の内部へと足を踏み入れた。
「わぁっ!」
「きゃっ!?」
あまりに慎重に足を運ぶフェリスを見ていたユーカの耳元で悪魔が囁き、ユーカはにんまりとした笑みを浮かべながら、大声を出してフェリスを驚かす。
フェリスは堪らず悲鳴をあげて、尻餅をついた。
「あははっ!もうっ、心配性ね!」
「あわわわわーっ!何て事を!?」
「へ?」
少し離れたところにある砦から、けたたましい音が鳴り響く。
今ユーカがこじ開けた結界が守っていた、反政府勢力の最前線に位置する砦から発せられる警報で、不審者の侵入を報知していた。
「う、うそ…。」
「もうっ…!驚かすからいけないんだよぉ。」
どうやら、ユーカが驚かした所為でフェリスが尻餅をついた際、フェリスの手が、ユーカの作った穴から少しだけはみ出してしまったらしい。
「逃げるわよっ!」
ユーカは、即座に判断を下し、ヴェルを強引に持ち上げた後、フェリスを伴って遁走する。
「ケチラサヌノカヤ?」
「今はまだ早いわ!」
「もうっ!少しは反省してよ!」
這々の体で逃げ出すユーカの後を追いながら、フェリスは、責任の所在が自分にない事をハッキリとさせる為に、少し怒り気味に言う。
「フェリスが面白過ぎるのがいけないのよね。」
「マッタクジャ!ベタナハンノウヲシオッテ。」
ユーカとヴェルは、タイミングをぴったりと合わせて、やれやれと云った様な感じに、首を左右に振った。
それを見て、何に対してかは分からないが、フェリスは漠然とした危機感を感じ、思わず身構える。
その危険察知能力は間違っていなかったらしく、その正確さがすぐに証明された。
「ヴェル、足止め。」
「ウム、ココロエタ。」
「フェリスは周辺を警戒しておいて。」
「えっ?えぇっ?」
フェリスがユーカに、これから何をするのかとした直後、フェリスが問う前に、ユーカが自信満々に告げる。
「こうなったら仕方無いわ。吹き飛ばすのよ!」
「フタリトモ、ミミヲフサイデオレ!」
ユーカとヴェルが振り返って砦の方向を睨む。
「5人…6人かな?右から近づいてくるよ。20秒くらいで追いつかれる!」
「ウム、デハユクゾっ!」
フェリスが追手の数と方向を大雑把にヴェルとユーカに伝え、ヴェルが追手の足止めをするために準備をする。
ユーカとフェリスが耳を塞いだのを確認すると、ヴェルはユーカの腕の中を離れ、その身体を少し大きくする。
「ガルルゥっ!」
そして、フェリスの索敵のおかげでおおよその見当がついていた追手の方に向かって、吼えた。
ビリビリと空気を揺らしながら、ヴェルの咆哮が炸裂する。
音の爆弾と、それに含まれる威圧効果によって、追手の足が明らかに緩み、中には止まったまま動かないものもあった。
ユーカはそれを確認すると、フェリスに砦ある方角を尋ねる。
「ここからだと砦はどっち?」
「どうだろう…?正確にはちょっと。」
「大体でいいわよ。」
「2時の方向。多分ユーカが走って5分。」
「ありがとう。」
ユーカは短くフェリスにお礼を言うと、その方向を睨みながら、砦の気配を探る。
砦そのものは気配を発しないが、砦の中に詰めている者の気配を察知することはできるので、砦のさらに正確な位置を割り出すことができた。
「よし。」
ユーカは納得のいくまで砦の気配を探った後、ひとつ頷いてから、息を吸い込んで、吐いた。
次の瞬間、ユーカが左手を目の前にかざしすと、まばゆい光が3人を包み込んだ。
フェリスは、ヴェルの指示に従い、耳を塞いだままいたため、眼を閉じて閃光を防御する事が出来ないでいた。
その為、強烈な光に眼をやられ、悲鳴とともに、その場で小さくうずくまった。
フェリスが幸運だったのは、うずくまっていた為に、閃光の直後に襲ってきた突風の被害をあまり受けなかった事くらいだろうか。
ヴェルは中くらいのサイズのドラゴンになっていた事もあり、閃光も突風もさしたる問題ではなく、少し眼を細めただけでその場を切り抜けていた。
閃光と突風。
このふたつを巻き起こしたのは、ユーカの放った魔法であった。
ようやく、眼のチカチカが和らいできて、周囲の様子がうっすらと把握できるようになったフェリスの目に映ったのは、信じられないような光景だったり
その光景とは、ユーカがフェリスとヴェルの方を振り向きながら、舌をペロッと出している姿であった。
「やりすぎちゃったぁ。テヘペロっ。」
星が飛び出しそうなユーカのポージングに、フェリスは治まっためまいが再び襲ってくるような感覚に陥った。
ヴェルも、身体のサイズを小さくして、フェリスの胸に跳び込んできたが、心なしかヴェルの身体は震えていた。
フェリスは跳んできたヴェルをキャッチしつつ、ヴェルを盾にするように身を構える。
「なによ…。」
ユーカはその様子が気に入らない様で、不満げに口を尖らせた。
「いや…森は?砦は!?」
ユーカの背中の後ろは、土煙が少し舞っていたが、綺麗にめくれ上がった土の大地が、一直線に続いている光景が広がっているのが見て取れた。
ユーカとヴェルが、王国に上陸してから魔王の城にたどり着くまでの間がそうであった様に、南部一帯もまた、ほとんどが鬱蒼とした森林地帯だった。
その森の一部がけし飛ばされ、もしも森が広がっていなかったら、そこにあるはずの砦さえも、シルエットが見えないでいた。
「だから…。やりすぎちゃった、って言ってるじゃない。」
「そう云う問題じゃ…ない、よ?」
「さ…。」
「さ?」
「さっさと逃げるわよ!」
土煙が完全に晴れた後、ユーカの後方、茶色が一直線上に伸びる大地から、わらわらと蠢めくナニカが見え始める。
「マサカ…?」
「さすがヴェルね。気づいた?」
「ウム…。ミナミナサマ、ソウトウゴリップクノヨウスジャ。」
「木々や砦だけを破壊したっていうの!?」
「いや…まぁ、土魔法だから。」
「ユーカの使う魔法はよく分からないよ…。」
「それはともかく!はやく逃げるのよ。」
その後、フェリスが認識阻害の邪法をかけたヴェルに、ユーカとフェリスが乗り、超高速でその場を離脱した。
ユーカにはお仕置きが必要だとテレパシーでやり取りをしたヴェルとフェリスが、曲芸飛行でユーカの事を散々に揉みくちゃにしたのだが、ユーカは最初の数分で強制終了していたらしく、あまりお仕置きにはならなかった。
城に戻った後、ユーカが発した第一声は、次の様なものであった。
「まぁ、上手くいかない時もあるわよね。」
全く反省の色が見られなかったので、ヴェルとフェリスはがくりと肩を落としながらも、どこか心地良い様な、しっくりとくる様な感じがして、ふたりは声を揃えて言った。
『ユーカらしい。』
次回:第38話『作戦開始』
お楽しみにお待ちください。
4月2日 21時を更新予定にしております。
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければお願いし申し上げます。
今夜、23時に加筆します。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
22時30分頃、加筆が完了致しました。
引き続き『まおうすくい』をお楽しみ頂ければ幸いです。
これからもよろしくお願い致します。
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