勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔

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第10章

居住区からの難民たち

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 私――ユーリシアたちは第七居住区を目指していた。
 山道を越えたので、デクに荷車を曳かせ行商人を装って移動する。
 デクは温和な性格だけど力が強く、荒れた街道でも馬車を曳く力がある。
 と言ってもここまでスムーズに馬車が進むのはデクの力ではなくクルトの馬車が規格外の性能を誇っているからだ。しかも幌に特別な工夫をしていて、邪素が馬車の中に入ってこないようになっている。
 ヤマトの国でも活躍したクルト製の馬車だけど、ほとんど揺れない。
 空を飛んでいるんじゃないかと錯覚するほどだ。
 昼はこうして心地いい馬車に乗って移動。
 夜になるとニーチェを植えてアクリの転移で地上に戻って、サクラの皆と飯を食って自分の部屋のベッドで寝る。
 本来、野宿をするときに必要な見張りの必要もない。
 これ、本当に未知の世界を探索しているのだろうか?
 冒険者としていろんな場所で旅をしたけど、これが本当に旅なのだろうか?
 まだヤマトの国を旅している時の方が、緊張感があったぞ。
 とはいえ、ワイバーンの件もあるからな。
 油断はできない。
「……ところで、クルト。さっきから何を作ってるんだい?」
 クルトが何かを作って、リーゼとアクリがそれを箱詰めしているのは肩越しに後ろを見てわかったんだけど、それ以上はわからなかった。
「邪素吸着マスクです。僕たちはこの邪素を無効化するアクセサリーのお陰でマスクがなくても活動できますが、行商人をするなら需要があると思うんですよね。ミレさんが持っていたものを元に研究して、持続時間が十倍くらい続くように、さらに邪素を簡単に洗い流せるように改良しました」
「さすがクルト様です。一目見ただけで長年使われていたマスクの改良点を思いつくとは」
「この馬車の中なら邪素もパパが作ったオーブのお陰で無効化レベルに薄くなってるから安心して保管できるね」
「たまたまですよ。最初に思いついた人の方がずっとすごいです」
 クルトは謙遜して言うが、そこまで効果が変わるともう別物と言っていいと思うぞ。
 というか一体何枚作ってるんだ?
 居住区の外で働くハンターはそれほど多くないからそこまでマスクは必要ないと思うぞ?
 という野暮なツッコミはしない。
「平和だなぁ」
 私がそう呟いたときだった。
 前方に複数の影を見つけた。
 ここからだと詳しく見えない。
 だが、魔物だとしたら数が多い。
 できれば避けて通りたいな。
 私は手綱を引き、馬車を停める。
「クルト、双眼鏡を!」
「はい! アクリ、お願い!」
 アクリの力で手元に双眼鏡が飛んできた。
 礼を言って双眼鏡越しに影を確認する。
「ユーリさん、魔物ですか?」
「違う。人だ。しかも十人や二十人じゃない。百人近い人間が移動してる」
「まさか!? 見間違いじゃありませんの?」
 リーゼがそう言うのも無理はない。
 私たちはのんびりと移動しているが、この邪素に満ちた世界において人が移動するというのは大変危険な行為だ。
 邪素だけではない。
 いつ禁忌の怪物が現れるかもわからない。
 リーゼが隣に座り、双眼鏡を使って自分の目で確認する。
 そして、直ぐにそれが真実だと気付いた。
「あの方向――目的地は私たちと同じでしょうね。別の居住区からの避難民でしょうか」
「その可能性が高いな……誰か倒れたぞ!?」
「急いで行きましょう!」
 クルトが叫んだ。
 本来、ああいう難民の行列に不用意に近づくとトラブルの元になるのでリーゼのような要人やクルトやアクリのような非戦闘員を近付けたくないんだが……しかしここで見捨てることはできないか。
 リーゼの護衛を頼んだミミコに内心で謝罪しながら、デクに速度を出すように命令した。

 近付いてわかったが、倒れた人は幼い子を抱いた母親だった。
 一人の男性が付き添ってるが、旦那だろうか?
 私たちに気付いて助けを求めるように大きく手を振っている。
 武器を持っている様子はない。
 馬車を停めると同時に、クルトが飛び降りた。
「クルト、勝手に動くな!」
 私も急いで追いかける。
 既にクルトは倒れた女性の容態を見ていた。
「邪素は……大丈夫。疲労と寝不足が原因のようです。すみません、この人を馬車に運びます。ユーリシアさん手伝ってください」
「わかった」
「あなたは子どもをお願いします」
 クルトはそう言って、女性が抱いていた男性に子どもを託す。
 まるで子どもと接したことがないような危なっかしい抱き方だ。
 父親じゃないのか?
 危なっかしくて見てられない。
「リーゼ、その子を頼む」
「わかりました」
 リーゼが子どもを抱く。
「あんたも馬車に乗りな。中は邪素が入ってこないようにしているし、食糧もあるからもう大丈夫だ。事情も聞きたいからな」
「恩に着る。彼女は俺の兄の嫁と息子でな。何かあったら死んだ兄に申し訳が立たないところだった」
 男が頭を下げた。 
 クルトが看病を始めた時点で、もう心配はいらない。
 彼女は小さな寝息を立てて横になっている。
 男が邪素吸着マスクを恐る恐る外して呼吸をする。
「本当にマスクが必要ないんだな。前に本屋が使っているのを見たが、輸送隊キャラバンから買ったのか?」
「似たようなものだ」
 本当は全然似ていないけど。
「それで、あんたらは何者なんだ?」
「見ての通りさ。俺たちの住んでいた居住区の結界が壊れたから、新天地を求めて第七十七居住区を目指している」
 地図を見て彼らがいた居住区を教えてもらった。
 ここからかなり離れている。
 彼女だけでなく、ここに来るまでに多くの人が脱落したのかもしれない。
「なんで第七十七居住区なんだ? 大きな居住区だってのはわかるが、もっと近くに別の居住区もあるだろう。さすがに遠すぎるだろ」
「つい最近、第七十七居住区に、聖女様が現れたからだ」
「聖女?」
「ああ。奇跡の力で人々を救う聖女がいるという話を聞いた。医者が匙を投げた怪我や病気でさえもたちまち治し、不思議な力で荒れた大地に作物を実らせたという」
「事実なのか?」
 男は首を横に振った。
 仕事で別の居住区に手紙を届けに行くために立ち寄ったハンターに教えてもらったそうだが、そのハンターも噂で聞いただけだという。
 又聞きの又聞き。
 信憑性は無いに等しい。
「それでも、俺たちはその噂だけが頼りだったんだ。最近、あちこちの居住区の結界が動作不良を起こして機能停止に陥っている。どこの居住区も俺たちのような避難民を受け入れる余裕なんてない。聖女の奇跡に縋るしかないんだ」
 男は悲痛な面持ちでそう語った。
 やはり居住区の結界の動作不良はどこも問題が起きているようだ。
 単純な故障ならいいのだが、第三十八居住区の結界装置のように破壊されていたらどうしようもない。
 いまから結界装置を見に戻るのも。
 いっそのこと、こいつらを地上に連れて……いや、地上の受け入れ態勢はまだ整っていない。
 現時点でこれだけの数を連れて行き、旧世界の存在が明るみに出ればどんな混乱が起きるか。
 いっそのこと、本当に聖女がいて奇跡でも起こしてくれたらいいんだけどな。
 でも、どんな怪我でも治し、荒れた土地を一瞬で治すような奇跡を起こす人なんているわけが……
 いや、割といるわ。
 私はクルトを見て考えを改めた。
 クルトを含めハスト村の人間なら、どんな怪我でも一瞬で治す薬を作ったり、荒れ地どころか砂漠を緑あふれる土地に作り替えたりした実績がある。
 そのような奇跡を起こせる人間なら聖女と呼ばれても不思議ではない。
 今は情報が欲しいな。
「なぁ、その聖女の情報、他に何かないのか? ……戦闘以外のスキル適性がSSSランクとか、褒められると気絶するとか」
 後半はクルトにあまり聞こえないように小声で尋ねた。
「そういう噂は聞いたことがない。知っているとしたら――」
 男は少し間を置いて私たちにとって一番重要となる情報を提示した。

「マーレフィスという名前くらいだ」
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