勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔

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【アニメ化記念】前日譚

クルトの絵本※リクエストSS

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前日譚ではなく、アニメ第七話より先のお話です
―――――――――――――――


 子ども部屋に私――ユーリシアとリーゼ、そしてアクリの三人がいた。
 クルトは買い物に、サクラのメンバーは魔物狩りに行っているので工房にいるのは私たち三人だけだ。まぁ、ファントムがどこかに潜んでいるのだが、彼女たちがこちらが呼ばない限り姿を出すことはないのでカウントしない。
 常に見張られていると思うと気が休まらないからね。
 そして、現在、リーゼはアクリに絵本の読み聞かせをしている。

 内容は呪われた王女のいる茨の城に、工房主が一人で乗り込むという話だ。

「工房主様は危険を顧みず、茨の城の中に入っていきます。呪いの茨も伐採適性SSSの彼の敵ではありません。城の中に入って行き、無事、美しい王女様を見つけました。『なんて美しい姫なんだろう』と工房主は呟き、王女様にキスをしました。すると、彼の口にくっついていたご飯粒が王女様の体内に入り、無事に呪いは解けてしまいました。その後、工房主様と王女様は末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
「めでたしめでたしなの」

 いやいや、内容に無理があり過ぎるだろ!
 ていうか、誰だよ、そんな絵本作ったのは――あぁ、うん。リーゼだよな。
 アクリが喜んでいるから大声で文句を言えない。

「リーゼママ、もっとえほんよんでほしいの」
「そうですね。では、人魚の王女様が難破した船に乗っていた工房主様に恋をするお話はどうでしょう?」
「それはきのうよんでもらったの」

 あれも酷い話だったな。
 人魚姫が応急処置をして目を覚ました工房主が、大工適性SSSの能力を使って流木で船を作り、調合適性SSSの力を使って人間になる薬を人魚姫に与えて、二人は無事に平和に暮らしました――って話だったか。
 なんでもありだろ、工房主。
 まぁ、私の知ってる工房主ならそのくらい「よくある話」でやっちまうかもしれないが。
 リーゼがまだ読んでいない絵本を探す。
 しかし、見つからない。
 当然だ。
 絵本の数が少ないのだ。
 植物から紙が作れるようになり、羊皮紙だったころに比べて紙の単価が下がったとはいえ本はまだまだ貴重品。ましてや、絵本ともなると専門の職人が作る必要がある。時間もかかる。
 リーゼが話を考えて、お金を支払っていても絵本として完成するには何ヵ月も先になる。
 早々数は用意できない――

「パパはえほんつくれるの?」

 アクリがそんなことを言った。
 クルトなら絵本くらい私たちが瞬きする間に作れるだろう。 

「クルトの本か……」

 私は小さく呟く。
 これについては考えたことがないわけではない。
 クルトは戦闘以外の適性はSSSランク。
 絵を描くのも話を考えるのも大得意だ。

 しかし、どうなんだ?

 クルトに絵を描かせて大丈夫か? 見る人が全員心を震わせる名画が完成するんじゃないだろうか?
 それに話の内容にしても問題がある。
 クルトの非常識な常識が物語になってみたらどうなる?
 アクリに悪い影響があるかもしれない。

「パパ、えほんつくれないの?」

 アクリが再度尋ねた。
 ここで私が断ったら、アクリの中でクルトの評価が一段階下がってしまう。
 なので私とリーゼは言ってしまった。

「作れるよ」
「作れますよ」

 安請け合いだなって思った。





「絵と文章か……どうする?」

 アクリがお昼寝をしている間にリーゼと相談をする。
 クルトに一から十まで絵本を作らせたら、普通の絵本の範疇を越える秘宝ができあがる。

「考えがあります。まず、話の内容ですが、クルト様にはこの国の建国記を書いていただきます。この国の神話ですが、実際の存在する物語を絵本風の文章に書き直すだけなら問題はないでしょう」
「ああ、創世記の神話か。それはいいな。内容によっては学校の教科書に使えるんじゃないか? 普通の教科書は眠くなるが、クルトが考えたらきっと面白い内容になりそうだ」
「それもいいですわね……あら? ユーリさんは教科書を読んだことがあるのですか? 冒険者の方の大半は学校に行ったことのない人が多いですが。そういえば、ユーリさんは計画もなしに鉱山を掘ろうとするくらいの常識知らずですが文字は書けますし、その辺の植え込みに座ってお弁当を食べる割には食事の礼儀作法も心得ていますね」
「一言余計だよ! 教科書は子どもの頃に……まぁ、いろいろ経験してるからな」

 私は誤魔化すように話を元に戻す。

「絵の方はどうする? クルトに描かすのか?」
「クルト様に描いていただき、それを口の堅い画家に書き写していただきましょう。クルト様が直接描くより普通の出来になるはずです」
「なるほど――」

 贋作ってことか。
 それなら、まだ普通の人が見ても心を震わせるような絵にはならないな。

「よし、それで行こう」
「決まりですわね」

 リーゼが手を二回叩くと天井裏からファントムが降りてきた。

「城の書庫から、この国の建国神話に関する資料を集めてきてください」



 こうしてクルトに絵本を作ってもらった。
 クルトは二つ返事で引き受けてくれた。
 ファントムが集めた神話を元に話を考え、絵本風に文字を書き起こし、絵を描いた。
 そして――

「こうして、みんなは新しい世界に新しい国を築き、失った故郷を永遠に忘れないようにと国の名前をホームロスと決めたのでした。めでたしめでたし」
「めでたしめでたしなの!」

 クルトが絵本を読み、アクリが喜んだ。
 うん、とってもいいお話だった。
 話を聞いて三回くらい号泣した。
 とってもいいお話だったんだが――

 私とリーゼはこそこそと話をする。

「絵本が完成するまで結構時間がかかったが、何があったんだ?」
「クルト様の絵を見た宮廷画家があまりの感動に失神しまして。その後も絵を見るたびに涙を流し、慣れるまで時間がかかったのです」
「……私たちが見なくてよかったな。それで知ってたか? ホムーロスが元々ホームロスだったって?」
「いいえ、知りませんでした。まさか、ファントムが持ってきた未解読の古文書まで解読して絵本に組み込んでしまうなんて――国の名前以外にも様々な歴史的事実が明らかになりましたよ」
「この話、忘れよう。こんな内容、世間に発表したら大スクープになる」
「はい。クルト様の存在を世間に知られるのはまだ早すぎます」

 こうして、私たちは絵本の内容を忘れることにした。
 クルトに絵本を書かせたら大変なことになるということだけは忘れないように気を付けて。
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