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幸運からの転落
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ミネリスを連れていったのは、吸血鬼に襲われたところを助けてもらったと正直に話した。
吸血鬼から助けてくれた男については、ミネリスが個人的に雇った信用のおける協力者であることは告げたが、その正体が英雄の亡霊であることは告げていない。吸血鬼退治の専門家だと言っている。
信用できないと護衛たちは思っているようだが、実際のところ彼女が蝙蝠に襲われたことに気付いた護衛たちは誰もいなかった。
一緒にいないのは、相手の出方を探るため隠れて護衛していることにした。
その言い訳を必死に考えさせられたことに、ミネリスは少し苛立っていた。
ガウディルがみんなの前に出て説明してくれたら、ミネリスはそんな苦労をしなくて済んだのに。
「もっとリラックスしたらどうですか? 緊張がパトリックに伝わりますよ」
ミネリスが風を浴びたくて御者席に座っていたら、隣で馬を操るラークが朗らかな口調で言った。
「あなたは緊張感無さすぎじゃないの? 昨日もあの騒ぎの中で一人寝ていたのでしょ?」
「普段はあそこまで熟睡しないんですけど、護衛の皆さんがいるから安心して寝てました」
目を覚ましたら護衛だけでなくパトリックもいなくなって驚いたと彼は言う。
「その図太い神経を少し分けて欲しいわ」
ミネリスは嘆息混じりに言うが、確かに緊張のし過ぎはよくないと頷いた。
「ラークは何で冒険者をやってるの? あなたの腕なら冒険者より身入りのいい仕事もいっぱいあるでしょ?」
「フットワークが軽い仕事だからですね。実は探している人がいるんですよ。その人の情報が一番手に入りやすいのが冒険者で、見つかった時に直ぐに追いかけられるのも冒険者だからです。他の仕事だと急にやめることもできませんからね」
「なにそれ、ストーカー?」
「彼女に言われたんですよ。『どこにいるかわからないけれど、必ず私のことを見つけて』ってね。居場所のヒントもなにもくれないので大変ですよ」
「大変な女のことを好きになったのね。でも、少しロマンチック」
ミネリスが目を細めて微笑む。
「でも、見つけたところでその彼女が結婚していたらどうするの?」
「それはありませんよ」
「信用してるのね」
「ええ。ミネリス様こそどうなんですか? 御姫様なら婚約者の一人や二人いるでしょ?」
「二人もいるわけないでしょ。ダンルガルド王国の第一王子に嫁ぐことになってたわ。両国の関係強化のためにね」
「なってた?」
「第一王子が死んだのよ」
「原因は?」
「病気だって聞いてるけど、それが事実かどうかわからないわ。おかげで私の婚約話は宙づり状態ね。あ、別に悲しいわけじゃないのよ。会ったこともない相手……」
とミネリスはそこまで言ってふと我に返った。
一応、調べればわかる内容ではあるが、しかし公表されている情報ではない。
少し親しくなったからといって、数日間一緒にいるだけの相手に話す内容ではない。
「ミネリス様、よかったらこれ使ってください」
「え?」
ラークは腰に差していた剣を鞘ごと無造作に外し、ミネリスに渡した。
彼女は今回の旅で二本の剣を持ってきていたが、一本はガウディルとの戦いで砕けた。
もう一本は先日、吸血鬼と戦った時に使っていた。砕けはしなかったが、吸血鬼と剣を交えたときに大きく刃こぼれし、鈍器としてならまだしも剣としてはまともに使える状態ではない。
だが、剣は鞘に納めて差しているので、彼女の剣の状態なんてわからないはずだ。
何故、彼が自分に剣を渡してきたのか?
「剣の留め具、外れかかってます。昨日はそんなことにはなってませんでした。昨日剣を使った証拠です。そして、留め具の部分がそんな状態なのに応急処置をしようともしないってことは、ミネリス様はその剣をもう剣として見ていない。たぶん、使えない状態なんですよね?」
「凄い観察眼ね。恋人が見つかったら冒険者なんてやめて武器屋になった方がいいんじゃない? それより、あなたは剣を使わないの?」
「僕のは普段は飾りですから。一応素振り用の木剣はありますし」
「そう……」
正直、腰の剣が使えないのは怖かった。護衛たちの剣を無理に借りるのも気が引けたので、そのままにしていたのだが使える剣があるというのは心強い。
彼から剣を受け取って、鞘から抜いてみる。
年季の入った剣だが、手入れはしっかりされている。
「大切に使っているのね」
「大切に使っていないんです」
「ふふっ、確かにそうね」
この剣が使われている感じはあまりしなかった。
訓練では木剣を使っていたし、普段は剣を使うような仕事はしない。
彼の言う通り飾りだったのだろう。
剣の長さなどもミネリスの使っている剣とそれほど差はない。
壊れた剣よりは余程役に立つ。
「じゃあ王宮に戻るまで貸してもらうわ」
彼女はそう言って剣を鞘に納め、腰の自分の剣と取り換える。
「貸してもらうかわりにこれあげるわ。鞘の宝石を売ればお金になるわよ」
「そりゃラッキーだ」
彼はそう言って笑った。
御者の相場の数倍の収入になる。
確かに彼にとっては幸運だろう。
だが、その幸運が不運へと転げ落ちるのは直ぐのことだった。
吸血鬼から助けてくれた男については、ミネリスが個人的に雇った信用のおける協力者であることは告げたが、その正体が英雄の亡霊であることは告げていない。吸血鬼退治の専門家だと言っている。
信用できないと護衛たちは思っているようだが、実際のところ彼女が蝙蝠に襲われたことに気付いた護衛たちは誰もいなかった。
一緒にいないのは、相手の出方を探るため隠れて護衛していることにした。
その言い訳を必死に考えさせられたことに、ミネリスは少し苛立っていた。
ガウディルがみんなの前に出て説明してくれたら、ミネリスはそんな苦労をしなくて済んだのに。
「もっとリラックスしたらどうですか? 緊張がパトリックに伝わりますよ」
ミネリスが風を浴びたくて御者席に座っていたら、隣で馬を操るラークが朗らかな口調で言った。
「あなたは緊張感無さすぎじゃないの? 昨日もあの騒ぎの中で一人寝ていたのでしょ?」
「普段はあそこまで熟睡しないんですけど、護衛の皆さんがいるから安心して寝てました」
目を覚ましたら護衛だけでなくパトリックもいなくなって驚いたと彼は言う。
「その図太い神経を少し分けて欲しいわ」
ミネリスは嘆息混じりに言うが、確かに緊張のし過ぎはよくないと頷いた。
「ラークは何で冒険者をやってるの? あなたの腕なら冒険者より身入りのいい仕事もいっぱいあるでしょ?」
「フットワークが軽い仕事だからですね。実は探している人がいるんですよ。その人の情報が一番手に入りやすいのが冒険者で、見つかった時に直ぐに追いかけられるのも冒険者だからです。他の仕事だと急にやめることもできませんからね」
「なにそれ、ストーカー?」
「彼女に言われたんですよ。『どこにいるかわからないけれど、必ず私のことを見つけて』ってね。居場所のヒントもなにもくれないので大変ですよ」
「大変な女のことを好きになったのね。でも、少しロマンチック」
ミネリスが目を細めて微笑む。
「でも、見つけたところでその彼女が結婚していたらどうするの?」
「それはありませんよ」
「信用してるのね」
「ええ。ミネリス様こそどうなんですか? 御姫様なら婚約者の一人や二人いるでしょ?」
「二人もいるわけないでしょ。ダンルガルド王国の第一王子に嫁ぐことになってたわ。両国の関係強化のためにね」
「なってた?」
「第一王子が死んだのよ」
「原因は?」
「病気だって聞いてるけど、それが事実かどうかわからないわ。おかげで私の婚約話は宙づり状態ね。あ、別に悲しいわけじゃないのよ。会ったこともない相手……」
とミネリスはそこまで言ってふと我に返った。
一応、調べればわかる内容ではあるが、しかし公表されている情報ではない。
少し親しくなったからといって、数日間一緒にいるだけの相手に話す内容ではない。
「ミネリス様、よかったらこれ使ってください」
「え?」
ラークは腰に差していた剣を鞘ごと無造作に外し、ミネリスに渡した。
彼女は今回の旅で二本の剣を持ってきていたが、一本はガウディルとの戦いで砕けた。
もう一本は先日、吸血鬼と戦った時に使っていた。砕けはしなかったが、吸血鬼と剣を交えたときに大きく刃こぼれし、鈍器としてならまだしも剣としてはまともに使える状態ではない。
だが、剣は鞘に納めて差しているので、彼女の剣の状態なんてわからないはずだ。
何故、彼が自分に剣を渡してきたのか?
「剣の留め具、外れかかってます。昨日はそんなことにはなってませんでした。昨日剣を使った証拠です。そして、留め具の部分がそんな状態なのに応急処置をしようともしないってことは、ミネリス様はその剣をもう剣として見ていない。たぶん、使えない状態なんですよね?」
「凄い観察眼ね。恋人が見つかったら冒険者なんてやめて武器屋になった方がいいんじゃない? それより、あなたは剣を使わないの?」
「僕のは普段は飾りですから。一応素振り用の木剣はありますし」
「そう……」
正直、腰の剣が使えないのは怖かった。護衛たちの剣を無理に借りるのも気が引けたので、そのままにしていたのだが使える剣があるというのは心強い。
彼から剣を受け取って、鞘から抜いてみる。
年季の入った剣だが、手入れはしっかりされている。
「大切に使っているのね」
「大切に使っていないんです」
「ふふっ、確かにそうね」
この剣が使われている感じはあまりしなかった。
訓練では木剣を使っていたし、普段は剣を使うような仕事はしない。
彼の言う通り飾りだったのだろう。
剣の長さなどもミネリスの使っている剣とそれほど差はない。
壊れた剣よりは余程役に立つ。
「じゃあ王宮に戻るまで貸してもらうわ」
彼女はそう言って剣を鞘に納め、腰の自分の剣と取り換える。
「貸してもらうかわりにこれあげるわ。鞘の宝石を売ればお金になるわよ」
「そりゃラッキーだ」
彼はそう言って笑った。
御者の相場の数倍の収入になる。
確かに彼にとっては幸運だろう。
だが、その幸運が不運へと転げ落ちるのは直ぐのことだった。
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