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第三章 兜を脱ぐは脱兎の如く
第19話 袂に縋る 上
しおりを挟む第19話 袂に縋る 上
どうにもならなかった。
方々に声を掛けたが誰も諭吉とは組んでくれず、結局一人で校外学習に行く羽目になった。
学校行事という名目上、いつもの修道士のような制服で山道を登っているのだが、裾が長いので歩きづらい。
小学校の頃、遠足の班分けで一人だけ余ってしまい、「誰か入れてくれる班はないかな」と担任にフォローされた時の事を思い出す。
担任が何度呼びかけてもクラスメートはみな、顔を見合わせるばかりで、手を上げようとはしなかった。実のその前日に「サンタクロースなんて信じているのかよ、バッカじゃねえの」と言ってクラスの女子を泣かせてしまい、仲間はずれにされていたのだ。あの時の気恥ずかしさと居たたまれなさは今でも顔が赤くなる。
校外学習の村には現地集合のため、夜が明ける前に下宿を出た。リュックを抱えて山道を歩く。教材となる村は、近隣から毎年ランダムに選ばれる。今年はハック村という、小さな農村だった。イースティルムから山を越えた東にある、近年出来たばかりの開拓村である。
サンプルに選ばれたのは今回が初めてなので、先輩方が作った開発計画を丸写し、というわけにはいかない。
『農地開発計画』の担当教師であるエイルマーは、高齢のため昨日から村入りしているという。ハック村へ行くには、狭い山道を登らねばならない。一応整備はされているというが、獣道よりマシという程度の細い道である。山に入れば太陽もさえぎられて薄暗くなる。
いっそ何か出て来そうな雰囲気だが、安全対策は取られていた。人を襲うようなオオカミや魔物、山賊の類は、事前に学院が派遣した衛兵や傭兵によって追い払われている。今も衛兵が街道を巡回しているのでほかの生徒たちも安心して山道を歩いているようだ。
昼近くになってハック村に到着した。山道を下っている時に見えたのだが、やや縦長の盆地になっている。元々は谷間だったのだが、近年、山崩れで谷が埋まり、肥沃な土地が生まれた。そこに伯爵が五年間の納税免除を謳い文句に、開拓者を募ったそうだ。
村の入口には、学生の姿がちらほら見かけられた。すでに資料片手に、村の中を歩き回っている学生もいる。
与えられた時間は、今日から明後日までの三日間。時間はムダにできない。計画は頭の中に入っている。あとは実地とのすり合わせだけだ。
「あ、ユキチさん」
「遅いじゃないの、ユキチ君」
後ろから声を掛けられる。振り返ると、リリーとケイトが宿舎の側で手を振っている。
「どうしてここに?」
リリーは『農地開発計画』をまだ履行していないし、ケイトは単位取得済みのはずだ。
「エイルマー先生の付き添いなの。あの先生、もうお歳だから歩き回るのも大変だからって」
「で、私がお姉ちゃんのお手伝いなんです」
ふふっ、と意味ありげに微笑む。
「とまあ、それはただの立て前で。本当はユキチさんを手伝いに来たんです。聞きましたよ。誰も手伝ってくれなくて独りぼっちだって」
独りぼっち、とはあんまりな言い草だが事実なので笑ってごまかしておく。
「けど、いいの? 授業もあるんじゃあ」
ケイトはともかく一年生のリリーは、ほぼ毎日授業が入っている。三日も休めば後に響く。
「大丈夫ですよ。お姉ちゃんもいますから」
「ま、それはそうだろうけど」
学院でも最優秀の生徒だ。一年生の科目くらいは楽勝だろう。
「私、この前からずーっとユキチさんのお世話になりっぱなしで。少しでも恩返しがしたいんです」
「ま、本音は『グリフォンの卵は親のいない時に盗め』ってところでしょうけど」
「もう、お姉ちゃん! 余計な事言わないで!」
リリーがふくれっ面で姉の肩を揺する。この世界でいうところの『鬼の居ぬ間の洗濯』だったか。
ベタなマンガやアニメならば今頃、下宿のグリフォンがくしゃみしているところだろう。
「というわけで、今回は私がお手伝いしちゃいますから。何でも言って下さいね」
「あー、まあ、はい」
リリーが真剣な面持ちで手をぎゅっと握った。諭吉は乾いた笑いしか出なかった。
妹の頭越しの、学院最優秀の姉の殺意のこもった視線に気づいていたから。
「うわ、あれケイト先輩か。どうしてここに?」
「妹のリリーさんまで」
「美人姉妹をはべらせて、なんてうらやま……いや、なんてうらやま……いや、うらやましい!」
周囲の視線も刺さる刺さる。嫉妬や羨望と言う名前の回転が加わって、貫通しそうだ。
かといって断ることもできず、諭吉はリリーとケイトを連れて校外学習に取り組むことにした。
やってきたのは、村の南側にある草原である。まだ開墾はされておらず、背の低い草の間に石ころがそこかしこに転がっている。
「とりあえずここを開拓する、という設定で計画を立てるつもりです」
ケイトとリリーに宣言すると、諭吉はその場にしゃがみ込み、黒い土をつまむ。指先でほぐしてやると、ぽろぽろと崩れていく。
「やっぱり火山灰土か」
周囲の山のどれかが昔噴火して、この盆地に火山灰や軽石がたまったのだろう。水はけはいいが、農作には不向きである。
この辺りが今でも未開拓なのはそのためだろう。
「だとしたら開墾するだけではダメだな。肥料も撒いてやらないと」
地球と同じであれば、火山灰土にはリン酸が足りない。食物の育成にリン酸は欠かせない。化学肥料など存在しないので、骨粉や鶏糞、草木灰で定期的に補っていく必要がある。
頭の中のメモに肥料の確保と散布も加える。
「あとは作物はツベロか、甘ツベロかな」
日本で言うところのジャガイモとサツマイモにあたる。江戸時代にも飢饉対策として作られたくらいだ。土壌が悪くても育つはずだ。
「私たちは何をしましょうか」
鼻息荒く、リリーが手を上げる。「開墾しよう」と言ったら今にも手で掘りそうな勢いだ。
「とりあえず測量かな」
とリュックから取り出したのは、結び目の付いた縄である。間縄と呼ばれる、江戸時代から存在する測量器具だ。もちろん諭吉の自作である。
この辺りに正確な地図はないので、自分で測らないといけない。
「これで土地の大きさを測る。土地の広さがわからないと正確な計画も立てられないから」
「準備万端ですね」
「物事っていうのは、始める前の準備で、成功か失敗かが決まるんだよ」
二人に指示を出しながら草原を測っていく。草原といっても真っ平らではなく、へこみもあれば丘になっている場所もある。中には人の背丈もありそうな岩まである。場合によっては、地面をならして平らにしたり岩を移動させなくてはならない。となれば当然それだけの人手と時間が必要になる。それらを踏まえながら開墾計画に手を加えていく。
「なんだか地味だねえ」
ケイトが間縄を持ちながらあくびをする。
「ユキチ君のことだから、もっとびっくりするような開発計画立てるのかと思ってた」
「地道が一番ですよ」
奇をてらった開発計画を立てても実効性に疑問があれば評価は低くなる。『マウスアイランド』や『ワールドシネマティックパーク』のようなテーマパークなど考えても「誰が来るんだ?」で終わりだろう。
開拓村の人たちが豊かになる、豊かにするための開発計画である。一発逆転を狙うのならいざ知らず、ここは地に足の付いた方法を採るべきだと諭吉は思う。第一、そういうのは天才の仕事であって、異世界に来るまでは平々凡々な日本人であった諭吉に求められても困る。
「それより、ケイト先輩は良かったんですか?」
「何が」
「ほら、あの、せっかく帰ってきたわけじゃないですか。ブライアン先輩でしたっけ」
「ああ」
ケイトは詰まらなそうに前髪をいじる。
「知らないわよ、あんな奴」
「ケンカでもしたんですか?」
首を突っ込むべきかどうか迷ったが、なんとなく訊いて欲しそうな気がした。
「別に」
ケイトはふてくされたようにそっぽを向く。
「戻って来てから課題だバイトだと、随分お忙しいようですよ。ブライアン様は」
「あらま」
「下宿に行っても留守だったり、今は授業も同じの受講していないから、すれ違いばっかり。せっかく再開したと思ったらまたも運命のいたずらが。ああ、愛し合う二人の行く末やいかに!」
おおげさに肩を落としてみせたかと思ったか、今度は歌劇のように手を伸ばしながら歌い出した。
「どうでもいいですけど、きちんと測って下さいね。少しでもずれると計画に支障を来しますので」
「ノリが悪いな、ユキチ君は」
「お姉ちゃん、マジメにやって」
リリーににらまれ、怖い怖いと肩をすくめる。
「まあ、大変な時期だからね。仕方ないわ」
「単位足りないんですか? ブライアン先輩も六年生でしたよね」
「単位はとっくに。でも試験の方がね」
ケイトは間縄を持ったまま近くの石に腰掛ける。
「もう四回も落ちているの」
四浪は辛いな、と諭吉は独りごちる。経済的にもそうだが、精神的にも切迫しているだろう。
ケイトによれば、ブライアンと知り合ったのは十歳の頃。まだ両親も存命であり、経営していた書店の常連客だった。
その頃にはブライアンはもう学院に通っており、面倒見のいい「お兄さん」であった。頼りになる男性として尊敬し、惹かれていった。
ブライアン自身、西方の貧しい農村の生まれだが、飢饉で家族を失い、わずかばかりの財産を旅費に代えてイースティルムにやって来た。
「もう後がないのよ。ブライアン、来年で二十六になるから」
『高等官吏試験』の受験資格は二十五歳までである。二十六歳になれば一生、資格を失う。
「初めて会った時からしょっちゅう口にしていた。『この国をもっと住みやすい国に変えるんだ』って」
「素晴らしい夢ですね」
「私もそう思う」
ケイトは石の上で凍えるかのように膝を抱える。
「だから支えたいと思った」
ケイトが学院に入った理由の一つだという。
「お姉ちゃんなら大丈夫だよ! 絶対」
リリーが拳を固めながら断言する。
「右に同じ」
諭吉も手を上げる。
「でもなあ、私細かい気遣いとか出来ないからなー。前にも適当なこと言って怒らせちゃったことあるし」
「あんまり思い詰めない方がいいですよ」
諭吉は努めて気楽な口調で言った。
「そんな先輩のために一つアドバイスを差し上げましょう」
コホンと注目を集めるためにわざとらしく咳をする。
「手を抜いて下さい」
「は?」
ケイトが目を丸くする。リリーも何を言い出すのかと言いたげな目をしている。
「ブライアン先輩も受験前で不安になっているはずです。そこにケイト先輩まで不安そうにしていたら、余計に気が重くなってしまいます」
「それはそうだけど……」
「受験前なんて誰しもプレッシャーでいっぱいですよ。だから、ケイト先輩だけはブライアン先輩が安心して不安をぶちまけられるような『居場所』になってあげてほしいんです。あえて言うなら、そう……『家族』です」
「かぞく」
ケイトが口の中で繰り返す。
「家族ですから、特別扱いする必要はありません。手抜きでいいんです。あれもこれもと、気を遣わなくてもいいんです。ブライアン先輩を信じて温かく見守ってあげればそれで大丈夫です」
「ユキチ君は時々不思議な事を言うなあ」
「試験だのテストだのには、慣れっこですから」
メンタルコントロールは受験生の必須スキルだ。
「……ありがとう」
ケイトは微笑んだ。
「まあ、なんというか、あれだね」
背伸びをすると、石から飛び上がるかのように立ち上がった。
「リリーの気持ちがなんとなーくわかっちゃったかな」
「も、もう! お姉ちゃん!」
リリーは顔を真っ赤にして平原の方に走っていった。
「転ばないようにね」
ケイトは妹の背中に呼びかけた後、それにしても、と目の上にひさしを作りながら平原を見回す。
「草ばっかり。これ、実際に開拓するとなったら大変よね」
「いっそ全部焼いた方がいいかも知れませんね」
焼畑農法というやつだ。火を付けて山林を焼いた後、焼け残った草木灰を肥料にして耕作する。現在では激減したが、日本でも古くから行われていた。
「山火事にならない?」
「計画的にやれば大丈夫ですよ」
類焼を防ぐために事前に草を刈っておく。万が一のための消火用防水も必要だろう。開発計画に加えてもいいかも知れない。
「なんだ火が欲しいのか? ならば手伝ってやってもいいぞ」
不意に、背後から声がした。背筋に冷たいものを感じて、反射的に振り返った。
「ただし、黒焦げになっても知らんがな」
一際大きな岩の上に立っているのは、黒いマントに身を包んだ壮年の男だった。
イースティルム学院の元教師、ドナルド・デッカーである。
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