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フリーズ(メレディス視点)

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 メレディスはそのまま自身の部屋ではなく、地下広間へ向かう。

「どうなっている! まだ元に戻らないのか!」

 地下広間では国中からかき集めた魔術師や賢者が魔法陣の周囲で右往左往している。どいつもこいつも目の前の対応で手いっぱいのようだ。

「何をしている! さっさと穴をふさげ!」
 命令するが返ってくるのは曖昧な応答だけだ。

「あら、もうお戻りになったのですか」
 地下広間に入ってきたのは、ヴィストリアだ。淑女らしく、悠然と近付いてくる。

「まあ、大変。お怪我をなさっていますのね。すぐに治療させますわ」
「大したことはない。かすり傷だ!」

 治して欲しいのは山々だが、まるで軽傷で逃げ帰ったように思われるのがイヤだった。

「それより『新結界』はまだ戻らないのか?」
「今、魔術師を総動員して復旧に当たっております。今しばしお待ちを」
「悠長なことを言っている場合か! もう王都の中にまで魔物が入り込んでいるのだぞ!」
まだ・・王都ですわ」

 ヴィストリアはこともなげに言ってのける。

「王宮の守護は物理的にも魔術的にも堅固ですわ。何も心配は要りません。殿下はお茶でも飲みながら待っていればよいのです」
「私を役立たずと申すか!」

 差し伸べられた手を払いのける。自分はたった今死にかけたばかりだというのに、ヴィストリアが平然としているのも腹立たしかった。しかも言うに事欠いて茶でも飲んでいろとは。それではまるでお飾りそのものではないか。

 ヴィストリアは払いのけられ、赤くなった手の甲をつまらなそうに見つめていたが、急に口の端を吊り上げる。

「殿下にしては察しがよろしいですわね。仰るとおりですわ。まさしく、そう申し上げましたの」

 ヴィストリアが手を伸ばすと、近くに控えていた魔術師が赤く腫れた手に『治癒』の魔術をかける。

「何だと……!」

 態度の変化に困惑しながらもメレディスは怒気をこらえられなかった。自分には才能がある。実力がある。それを否定する者は許しておけない。たとえそれが愛しい婚約者であろうと。

「『新結界』のアイディアを出したのは、わたくし。魔術師や賢者を招聘し、必要な触媒や魔術素材の費用を捻出したのは我が侯爵家。実際に『新結界』の魔術を開発したのは、当家お抱えの魔術師や賢者。では、殿下は何をなされたのかしら」

 メレディスは喉を詰まらせる。まるで見えない糸に首を締め付けられたように感じた。

「私は、指示を……」
「時折、様子を見に来ては『早くしろ』とか『しっかりやれ』と曖昧かつ適当な言葉をかけるのが、ですか? それは視察ですらありません。仕事をしている振りをしているだけ」

「何を言う! 王子である私が応援しているのだ。ならば魔術師たちも奮起してより身が入るというものであろう」

 反射的に声を上げたものの、論破出来そうな反論は思いつかなかった。案の定、ヴィストリアは鼻で笑った。

「指示ではありませんでしたの? 仮に応援だったとしても殿下がお越しの時は作業がいつも予定の半分程度しか進みませんの。むしろ足を引っ張っていたと言った方が正解ですわね」

「そんなはずは……」

 メレディスは頭が煮えたぎりそうだった。おかしい。あの優しかったヴィストリアが何故自分を責め立てているのか。

「お前は、本当にヴィストリアなのか?」
「もちろん、愛しのヴィストリアですわ」
 白々しい口調で言い切った。

「ですが、それもこれも我がロングホーン家繁栄のため。父より受けた私の使命ですわ。聖女頼りの『結界』を取り除き、当家の生み出した『新結界』がこの国を包む。つまり、ウィンディ王国の命運は当家が握ったも同然」

「そんな……。それでは王国乗っ取りではないか!」
「あら、今頃お気づきになりましたの。相変わらず頭の動きが鈍い方ですわね」
「おのれ!」

 よくも騙したな、とメレディスは剣を抜こうとして、動きを止める。彼の周囲には魔術師の杖が幾重にも向けられている。

「ここにいる者はみな、当家に仕えていますの。殿下の味方は一人もいませんわ」

 メレディスはがっくりと膝をつく。嘲笑が聞こえる。婚約者の本性すら見抜けないとは。これではまるで、恋にうつつを抜かした愚か者ではないか。

「一つ言っておきますが、私に手を上げない方がよろしいかと。『新結界』の管理権限は私が握っていますの。その気になれば、一瞬で消すことも可能でしてよ」

「……そうだ、『新結界』だ」
 はっとメレディスは顔を上げる。

「何故、『新結界』は穴だらけなんだ! どうしてあちこちから魔物が侵入しているのだ。これもお前の仕業か?」
「まさか」
 ヴィストリアは首を横に振った。

「まあ、多少の失敗はありますわ。最低限、我が領地さえ守れたら問題はありません」

「多少どころではあるまい」

 階段の方から男の声がした。その場にいる者が反射的に振り返り、片膝をつく。この国に住む者がなすべき礼儀であるが故に。

 護衛の騎士に連れられてやってきたのは、メレディスの父……国王陛下だった。
 さしものヴィストリアたちも予想外だったらしく、警戒心をあらわにしながらも動けないでいる。

「父上、どうしてここに!」
 メレディスの問いかけには答えず、深々と嘆息する。

「このような事態になるとはな。やはり予言どおりであったか」
「予言?」

 護衛の騎士が国王に手紙を差し出す。それを受け取ると、哀れむようにメレディスを見下ろした。

「お前も受け取っているはずだ」
 それをぽい、とメレディスに向けて放り投げる。

「聖女ドロシーからの手紙だ」


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