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「は、はい……」
惚けたような返事だった。よほど恐ろしかったのだろう。対人戦に不慣れという、ドロシーの弱点を突かれたのだ。
「痛みはございませんか」
見れば、左目のまぶたが赤くなっているようだ。前髪をかき上げ、具合を確認する。かすかに熱を持っているようだ。
「後で冷やしておいて下さい。しばらくは動かさないで」
後ろから話しかけているので耳元でささやくような格好になってしまう。無礼は承知の上だが、非常事態だ。
「ずるい……」
「は?」
意味を問おうとしたが、ドロシーは顔を背けてしまう。
「確か、エクス・ピークマンであったか」
鎧の中から威厳に満ちた問いかけが来た。
石の瓦礫で思い切りぶん殴ったというのに、傷も付いていない。見た目以上に装甲が分厚く、硬いようだ。エクスの体重と落下速度まで加えた。鎧はともかく、中の人間にはかなりの衝撃だったはずだ。なのに足下も発する声もしっかりしている。鎧の中に衝撃を和らげる工夫でもあるのだろう
おまけにドロシーがこうして窮地に立たされていたところを見ると、魔法にも耐性があると見るべきだ。どうやって倒せというのか、とエクスは厄介な敵を前にうんざりする。
「そういうあなたは、カーネル・ロングホーン元侯爵でよろしいでしょうか」
「今もだ」苛立った声が返ってきた。
「貴様の活躍も聞いている。メレディスの護衛だったか。あの頃はさほどの実力と思わなんだが、たった一人でワシの魔術師どもを制したところをみると、実力を隠していたか? それとも、そこの女と同じようにどこからか力を手に入れたか」
「ご推察の通りです」
ドロシーを背中に庇いながら、落ちている剣を拾う。愛用の剣はよじのぼるのにジャマで、置いてきてしまった。儀礼用のなまくらでどこまで戦えるかは疑問だが、ないよりはマシだ。
「辺境に赴いてすぐに地面に突き刺さっている剣を見つけまして。試しにそれを引っこ抜いたところ天から声が聞こえたのです。『そなたはこれより神聖騎士としてこの世の悪魔共を退けよ』と。それから筋骨隆々粉骨砕身、並み居る悪党共をバッタバッタと薙ぎ払って、行く先々で歓声を浴びる、ご婦人方には悩ましげな視線を送られるでこの世の春を謳歌していたところでイタッ……」
ドロシーに脇腹をつねられた。減らず口を叩く暇があるのか、と言いたいのだろうが、見逃して欲しい。喋りながら必死に倒す方法を思案しているのだから。
「もっとマジメな男かと思っていたが、存外に口が回るな」
「メレディス殿下からは喋るなと命じられていましたので」
本音は説教されるのがイヤだっただけだろうが。
「ならばその口、殿下に成り代わってふさがねばならぬか」
カーネルは大剣を軽々と振り上げると、肩に抱くようにして構える。下手に受ければ剣ごと真っ二つにされるのが容易に想像が付く。
「お下がりを」
ドロシーを庇いながら戦うには少々荷が重い。
「私も戦います」
「あれに魔法は通用しないのでは?」
隕石でも落とせば勝てるだろうが、鎧だけでなく王宮もろとも粉々である。
「援護くらいは出来ます」
なるほど、身体能力を引き上げる補助魔法を使えば、楽に戦える。
「しゃらくさいわ!!」
カーネルが雄叫びを上げて突っ込んでくる。エクスはとっさにドロシーを突き飛ばすと、横に回って斬撃を回避する。
分厚い大剣が轟音とともに床を打ち砕く。破片とホコリを浴びながらエクスは背を曲げる。地を這うようにカーネルの脇を潜り抜けると同時に脇の下を剣ですくい上げた。カーネルの体勢が崩れる。その勢いで背後に回りながら、膝の裏、股間と関節部分を連続して切りつける。
鎧の……否、人体の構造上、弱点となるはずなのに、まるで効いた様子はなかった。薄い鋼で覆われており、どういう仕組みか伸び縮みして、動作を妨げないようにしている。
「こざかしい!」
旋風のように繰り出される大剣をかろうじてかわし、距離を取る。エクスは信じられなかった。全身を隙間なく覆う鎧とは、なんというものを作ったのか。
「小便を漏らせば大惨事ですな」
「ぬかせ!」
今度はカーネルが攻めて来た。背後を取られたのを警戒してか、背丈ほどもある大剣を片手で操り、半身になっている。大振りを止めて、競技剣術のような速度と当てることを重視した剣だった。軽い牽制でも怪力で繰り出されれば必殺の一撃になるだろう。
全ての攻撃が鉄と血と死の臭いのする死神の鎌だった。こうなればエクスはひたすらよけるしかない。受け止めれば剣ごと頭を砕かれ、胴は上下に分かれる。
「エクス!」
ドロシーの声とともにエクスの体が光に包まれる。体中に力が満ちあふれる。補助魔法だ。
「ありがとうございます」
声だけで礼を言って、カーネルへと向かっていく。先程とは倍以上の速度でカーネルの懐に潜り込むと、足下でしゃがみ込む。鎧を着ている以上、視界は狭まる。
カーネルから見ればエクスが突然消え失せたように見えただろう。そこが狙い目だ。立ち上がる反動を利用して、突き上げる。狙いは首の下。当然そこも薄い鋼で覆われているだろうが、強化された筋肉とこのタイミングならば貫く自信はあった。
バカめ。
鎧の下からしてやったり、という気配が伝わってきた。必殺のタイミングで放ったはずの剣は首を貫くどころか、切っ先をあごと首で挟み込まれていた。外した、と驚くよりもエクスは己が窮地に立たされていることに総毛立った。体が重い。補助魔法の効果が消えている。
エクスは考えるより早くその場から飛び退いていた。一瞬遅れて全身を衝撃が襲った。カーネルの体当たりで吹き飛ばされたのだと気づいた時には反対側の壁に背中を叩き付けられていた。砕けた壁の破片が頭の上に落ちる。
肺の中の空気が一気に押し出される。頭痛と耳鳴りが同時に襲ってきた。吹き飛びそうな意識を保ながらエクスは失敗を悟った。
「今のは……補助魔法を打ち消されたか」
「察しがいいな」
カーネルがドロシーを牽制しながら近付いてくる。一歩また一歩と、歩くたびに床が振動するような錯覚を覚えた。重量よりもカーネルの発する威圧感が感覚を狂わせているのだ。
「この鎧の周囲ではワシの意志で補助魔法を打ち消す」
「ははあ、なるほど」
ふらついた足を地面に縫い付けるように踏みしめ、わざととぼけたようにうなずく。そうでもしなければ、威圧感に飲まれてしまう。
「ご丁寧にどうも。お陰様であなた様を仕留める算段も付きました」
「この状況でハッタリとは、随分肝の据わった男だな」
「ハッタリではなく、事実です」
被害を最小限に抑えて勝つ方法を探っていたが、相手の手の内もつかめた。
「どのみち、貴様らは終わりだ。この王宮ととともに、な」
あちこちから悲鳴が聞こえる。カーネルの手下の仕業だろう。不意を突かれて旗色が悪いようだ。
「ドロシー様」
不安げなドロシーにつとめて明るく呼びかける。
「補助魔法をもう一度お願いします。掛けたら、外をお願いします。あの婆様が敵に出くわしたら何をしでかすか、わかったものではありません」
こうでも言わないと、ドロシーはこの場を離れないだろう。扉は塞がっているが、彼女なら魔法で吹き飛ばせるはずだ。
「援護は?」
「無用です」
そんなことをすればカーネルの狙いがドロシーに向いてしまう。
「……信じてよろしいのですか」
「ええ」こんな場所で死ぬつもりは毛頭無い。
「これが終わったらお話したいこともありますので」
「お話……?」
不安そうな顔をするが、カーネルの姿を見てか、こくりとうなずく。
「どうか、ご武運を」
祈るような仕草をすると、エクスの体が再び光り輝く。
「させん!」
カーネルが大剣を振り上げて突っ込んできた。エクスは力が漲るのを確かめると、床を蹴る。瓦礫をわしづかみにすると走りながらカーネル目がけて横手投げで放り投げる。
鈍い音とともに鎧にぶち当たり、砕け散る。予想外だったのか、上体がぐらつく。そこを見逃さず、二度、三度と落ちている石や壁、柱の破片を投げつける。補助魔法で強化された投石を回避できるほどの機敏な動きはできないらしく、カーネルは何度も被弾する。
「こざかしい!」
瓦礫を大剣で払い落としながらまっしぐらに向かってくる。エクスは距離を取りながら落ちている瓦礫を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返す。
「大言壮語したかと思えば、逃げ回るだけか。腰抜けが!」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
軽口を叩きながら順調に獲物を罠に誘い込んでいるのを確認する。
そろそろ頃合いか。
「まともに戦え!」
「お断りだ。こちとら身分卑しい傭兵上がりだ」
足を止める。にたりとイヤらしい笑みを浮かべながら、と手招きする。
「戦って欲しければ、そちらから向かってきてはどうだ? 爵位も剥奪された平民風情が」
「貴様あっ!」
激昂しながら走ってくる。その途端、カーネルの体がぐらつく。砕けた床の割れ目に足がはまったのだ。
「お偉い元・侯爵様は足下がお留守なようですな」
冷やかすように言ってエクスはへし折れた石の柱を脇に抱える。細いとはいえ石の柱など普通なら持ち上げられないが、補助魔法で強化している今だからこそだ。
深呼吸すると、数歩下がって助走を付ける。少しずつ加速しながら先端がぶれないように脇に抱えて固定し、槍兵のように雄叫びを上げて突撃する。
手元に激しい衝撃がきた。ぐらつく視界の中で柱に突き飛ばされたカーネルが壁に打ち付けられる。壁の亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。
ここだ、とエクスは柱を投げ捨てる。やけっぱちとばかりに繰り出されたカーネルの拳をかわすと、身を屈め、再び地を蹴った。
肩からカーネルに体当たりする。鈍い音がした。頭上からくぐもった声が聞こえた。補助魔法で強化された筋力はもろくなった壁を砕き、もろともに外へと落下していく。手足をばたつかせるカーネルを逃がすまいと腰の辺りにしがみつく。
もつれ合いながら落ちる感覚にエクスは目を開けて落下地点を確かめる。予定どおりだ。大きく息を吸い込んだ。
水柱が上がった。
惚けたような返事だった。よほど恐ろしかったのだろう。対人戦に不慣れという、ドロシーの弱点を突かれたのだ。
「痛みはございませんか」
見れば、左目のまぶたが赤くなっているようだ。前髪をかき上げ、具合を確認する。かすかに熱を持っているようだ。
「後で冷やしておいて下さい。しばらくは動かさないで」
後ろから話しかけているので耳元でささやくような格好になってしまう。無礼は承知の上だが、非常事態だ。
「ずるい……」
「は?」
意味を問おうとしたが、ドロシーは顔を背けてしまう。
「確か、エクス・ピークマンであったか」
鎧の中から威厳に満ちた問いかけが来た。
石の瓦礫で思い切りぶん殴ったというのに、傷も付いていない。見た目以上に装甲が分厚く、硬いようだ。エクスの体重と落下速度まで加えた。鎧はともかく、中の人間にはかなりの衝撃だったはずだ。なのに足下も発する声もしっかりしている。鎧の中に衝撃を和らげる工夫でもあるのだろう
おまけにドロシーがこうして窮地に立たされていたところを見ると、魔法にも耐性があると見るべきだ。どうやって倒せというのか、とエクスは厄介な敵を前にうんざりする。
「そういうあなたは、カーネル・ロングホーン元侯爵でよろしいでしょうか」
「今もだ」苛立った声が返ってきた。
「貴様の活躍も聞いている。メレディスの護衛だったか。あの頃はさほどの実力と思わなんだが、たった一人でワシの魔術師どもを制したところをみると、実力を隠していたか? それとも、そこの女と同じようにどこからか力を手に入れたか」
「ご推察の通りです」
ドロシーを背中に庇いながら、落ちている剣を拾う。愛用の剣はよじのぼるのにジャマで、置いてきてしまった。儀礼用のなまくらでどこまで戦えるかは疑問だが、ないよりはマシだ。
「辺境に赴いてすぐに地面に突き刺さっている剣を見つけまして。試しにそれを引っこ抜いたところ天から声が聞こえたのです。『そなたはこれより神聖騎士としてこの世の悪魔共を退けよ』と。それから筋骨隆々粉骨砕身、並み居る悪党共をバッタバッタと薙ぎ払って、行く先々で歓声を浴びる、ご婦人方には悩ましげな視線を送られるでこの世の春を謳歌していたところでイタッ……」
ドロシーに脇腹をつねられた。減らず口を叩く暇があるのか、と言いたいのだろうが、見逃して欲しい。喋りながら必死に倒す方法を思案しているのだから。
「もっとマジメな男かと思っていたが、存外に口が回るな」
「メレディス殿下からは喋るなと命じられていましたので」
本音は説教されるのがイヤだっただけだろうが。
「ならばその口、殿下に成り代わってふさがねばならぬか」
カーネルは大剣を軽々と振り上げると、肩に抱くようにして構える。下手に受ければ剣ごと真っ二つにされるのが容易に想像が付く。
「お下がりを」
ドロシーを庇いながら戦うには少々荷が重い。
「私も戦います」
「あれに魔法は通用しないのでは?」
隕石でも落とせば勝てるだろうが、鎧だけでなく王宮もろとも粉々である。
「援護くらいは出来ます」
なるほど、身体能力を引き上げる補助魔法を使えば、楽に戦える。
「しゃらくさいわ!!」
カーネルが雄叫びを上げて突っ込んでくる。エクスはとっさにドロシーを突き飛ばすと、横に回って斬撃を回避する。
分厚い大剣が轟音とともに床を打ち砕く。破片とホコリを浴びながらエクスは背を曲げる。地を這うようにカーネルの脇を潜り抜けると同時に脇の下を剣ですくい上げた。カーネルの体勢が崩れる。その勢いで背後に回りながら、膝の裏、股間と関節部分を連続して切りつける。
鎧の……否、人体の構造上、弱点となるはずなのに、まるで効いた様子はなかった。薄い鋼で覆われており、どういう仕組みか伸び縮みして、動作を妨げないようにしている。
「こざかしい!」
旋風のように繰り出される大剣をかろうじてかわし、距離を取る。エクスは信じられなかった。全身を隙間なく覆う鎧とは、なんというものを作ったのか。
「小便を漏らせば大惨事ですな」
「ぬかせ!」
今度はカーネルが攻めて来た。背後を取られたのを警戒してか、背丈ほどもある大剣を片手で操り、半身になっている。大振りを止めて、競技剣術のような速度と当てることを重視した剣だった。軽い牽制でも怪力で繰り出されれば必殺の一撃になるだろう。
全ての攻撃が鉄と血と死の臭いのする死神の鎌だった。こうなればエクスはひたすらよけるしかない。受け止めれば剣ごと頭を砕かれ、胴は上下に分かれる。
「エクス!」
ドロシーの声とともにエクスの体が光に包まれる。体中に力が満ちあふれる。補助魔法だ。
「ありがとうございます」
声だけで礼を言って、カーネルへと向かっていく。先程とは倍以上の速度でカーネルの懐に潜り込むと、足下でしゃがみ込む。鎧を着ている以上、視界は狭まる。
カーネルから見ればエクスが突然消え失せたように見えただろう。そこが狙い目だ。立ち上がる反動を利用して、突き上げる。狙いは首の下。当然そこも薄い鋼で覆われているだろうが、強化された筋肉とこのタイミングならば貫く自信はあった。
バカめ。
鎧の下からしてやったり、という気配が伝わってきた。必殺のタイミングで放ったはずの剣は首を貫くどころか、切っ先をあごと首で挟み込まれていた。外した、と驚くよりもエクスは己が窮地に立たされていることに総毛立った。体が重い。補助魔法の効果が消えている。
エクスは考えるより早くその場から飛び退いていた。一瞬遅れて全身を衝撃が襲った。カーネルの体当たりで吹き飛ばされたのだと気づいた時には反対側の壁に背中を叩き付けられていた。砕けた壁の破片が頭の上に落ちる。
肺の中の空気が一気に押し出される。頭痛と耳鳴りが同時に襲ってきた。吹き飛びそうな意識を保ながらエクスは失敗を悟った。
「今のは……補助魔法を打ち消されたか」
「察しがいいな」
カーネルがドロシーを牽制しながら近付いてくる。一歩また一歩と、歩くたびに床が振動するような錯覚を覚えた。重量よりもカーネルの発する威圧感が感覚を狂わせているのだ。
「この鎧の周囲ではワシの意志で補助魔法を打ち消す」
「ははあ、なるほど」
ふらついた足を地面に縫い付けるように踏みしめ、わざととぼけたようにうなずく。そうでもしなければ、威圧感に飲まれてしまう。
「ご丁寧にどうも。お陰様であなた様を仕留める算段も付きました」
「この状況でハッタリとは、随分肝の据わった男だな」
「ハッタリではなく、事実です」
被害を最小限に抑えて勝つ方法を探っていたが、相手の手の内もつかめた。
「どのみち、貴様らは終わりだ。この王宮ととともに、な」
あちこちから悲鳴が聞こえる。カーネルの手下の仕業だろう。不意を突かれて旗色が悪いようだ。
「ドロシー様」
不安げなドロシーにつとめて明るく呼びかける。
「補助魔法をもう一度お願いします。掛けたら、外をお願いします。あの婆様が敵に出くわしたら何をしでかすか、わかったものではありません」
こうでも言わないと、ドロシーはこの場を離れないだろう。扉は塞がっているが、彼女なら魔法で吹き飛ばせるはずだ。
「援護は?」
「無用です」
そんなことをすればカーネルの狙いがドロシーに向いてしまう。
「……信じてよろしいのですか」
「ええ」こんな場所で死ぬつもりは毛頭無い。
「これが終わったらお話したいこともありますので」
「お話……?」
不安そうな顔をするが、カーネルの姿を見てか、こくりとうなずく。
「どうか、ご武運を」
祈るような仕草をすると、エクスの体が再び光り輝く。
「させん!」
カーネルが大剣を振り上げて突っ込んできた。エクスは力が漲るのを確かめると、床を蹴る。瓦礫をわしづかみにすると走りながらカーネル目がけて横手投げで放り投げる。
鈍い音とともに鎧にぶち当たり、砕け散る。予想外だったのか、上体がぐらつく。そこを見逃さず、二度、三度と落ちている石や壁、柱の破片を投げつける。補助魔法で強化された投石を回避できるほどの機敏な動きはできないらしく、カーネルは何度も被弾する。
「こざかしい!」
瓦礫を大剣で払い落としながらまっしぐらに向かってくる。エクスは距離を取りながら落ちている瓦礫を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返す。
「大言壮語したかと思えば、逃げ回るだけか。腰抜けが!」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
軽口を叩きながら順調に獲物を罠に誘い込んでいるのを確認する。
そろそろ頃合いか。
「まともに戦え!」
「お断りだ。こちとら身分卑しい傭兵上がりだ」
足を止める。にたりとイヤらしい笑みを浮かべながら、と手招きする。
「戦って欲しければ、そちらから向かってきてはどうだ? 爵位も剥奪された平民風情が」
「貴様あっ!」
激昂しながら走ってくる。その途端、カーネルの体がぐらつく。砕けた床の割れ目に足がはまったのだ。
「お偉い元・侯爵様は足下がお留守なようですな」
冷やかすように言ってエクスはへし折れた石の柱を脇に抱える。細いとはいえ石の柱など普通なら持ち上げられないが、補助魔法で強化している今だからこそだ。
深呼吸すると、数歩下がって助走を付ける。少しずつ加速しながら先端がぶれないように脇に抱えて固定し、槍兵のように雄叫びを上げて突撃する。
手元に激しい衝撃がきた。ぐらつく視界の中で柱に突き飛ばされたカーネルが壁に打ち付けられる。壁の亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。
ここだ、とエクスは柱を投げ捨てる。やけっぱちとばかりに繰り出されたカーネルの拳をかわすと、身を屈め、再び地を蹴った。
肩からカーネルに体当たりする。鈍い音がした。頭上からくぐもった声が聞こえた。補助魔法で強化された筋力はもろくなった壁を砕き、もろともに外へと落下していく。手足をばたつかせるカーネルを逃がすまいと腰の辺りにしがみつく。
もつれ合いながら落ちる感覚にエクスは目を開けて落下地点を確かめる。予定どおりだ。大きく息を吸い込んだ。
水柱が上がった。
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