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   二


 ニーズヘッグが潜んでいた地底洞窟から歩くこと五日。ノーマン改めマイルズは街道にある宿場町にたどり着いた。ここを南に進めば大陸有数の大国である、レイソーンス王国の王都へたどり着く。そのため人通りも多く、大勢の旅人で賑わっている。町の中心部にある広場には芸人が集まり、歌や芝居、曲芸を披露している。

「お、やっているな」

 無性にうれしくなってくる。今から自分も仲間入りをするのだ。マイルズは芸人たちの前を通り抜け、広場の隅に陣取る。目立つ場所はすでに取られていた。三方を石壁に囲われて、袋小路のようになっている。目の前を通る人は少なく、誰もマイルズなど気にも留めない。たまにちらちらと目を向ける者もいるが、覆面が気になっているだけのようだ。

「さて、何をすればいいかな」

 旅芸人になろうと決意したのはいいが、何をすればいいのかがわからない。芸を見せればいいのは分かるが、何をすれば芸になるのだろうか。まさかキマイラの『魔王』の力を借りてライオンの頭とコウモリの羽根と毒蛇の尻尾を生やしてもバケモノ扱いが関の山だろう。

「ああ、そうか」

 目の前に見本があるのだからそれをマネすればいいのだ。広場の真ん中を見れば顔を白く塗った男が注目を集めていた。たくさんの球を宙に投げては受け取りを繰り返している。観客の声から察するに、ジャグリングという出し物のようだ。

 あれなら自分にもできそうだ。マイルズはさっそく手頃な石をかき集めてマネをしてみた。

 十個も回しているので自分は二十個でやってみた。うまく行ったので少しずつ石の数を増やしていく。まるで灰色の輪のように繋がって見えた。

 すると白塗りの男は球から先の丸い棍棒に切り替え、ジャグリングを再開した。

 マイルズは木の枝を拾い、適当な長さに切り揃える。白塗りの男は五本でやっている。なのでマイルズは十本でやってみた。

 簡単すぎるので石も混ぜてやってみた。片手で棍棒、片手で石ころをジャグリングしてみる。それにも慣れてきたので芸人ならば曲芸だろうと、やりながら宙返りしてみる。

 気がつけばたくさんの観客ができていた。拍手喝采である。どう反応していいかわからず、手を止めて一礼すると、観客が銅貨を投げ出した。ああ、おひねりか。あわてて袋を取り出し、銅貨を入れていく。たまに銀貨も混ざっていた。

 観客も芸が終わったと判断したらしく、次々と去って行く。

 人がいなくなったのを見計らい、うずくまって袋の中を数える。それなりに膨らんではいるが、金額にすれば金貨一枚にも満たない。勇者時代に得た金額に比べれば端金はしたがねである。それでも旅芸人の第一歩を歩き始めたのかと思うと頬が緩んでくる。

「おう、待ちな」

 振り返ると、さっきの白塗りの男が憎々しげににらみつけていた。その隣には仲間らしき男が二人。いずれも芸人のようだ。

「テメエ、どこのもんだ。人の商売をつぶそうたあ、いい度胸じゃねえか」
「いや、俺は」
 立ち上がって説明しようとすると、いきなり胸倉をつかまれる。

「芸人にもな、しきたりってもんがあるんだよ。同じ芸を同じ場所でやらねえってのはな、最低限の仁義なんだよ。わかるか、なあ。兄ちゃんよ」
「はあ」

 申し訳ないが、自分は初心者で芸人同士のルールについて何も知らない。ジャマをするつもりはなかった。気を悪くしたのなら謝罪する。芸人なのだから芸で勝負すればいいのではないだろうか。そう反論しようとしたが、うまく口が回らない。

 元々喋るのは得意な方ではないのだ。ウィンストンならすらすらと言いくるめるのだろうが、マイルズにできるのは逃げるか、物理的な交渉くらいだ。

 言い返さないので怯えていると判断したのだろう。白塗りの男は更に強く締め上げてきた。後ろの男たちも逃がすまいとマイルズの肩をつかみ、後ろの壁に押しつける。

 まだ通行人もいるのだが、芸人同士のもめ事と判断したのか、あるいは面倒事に巻き込まれたくないのか、助ける気配はない。

「それなりの詫びってもんがあるだろ、なあ」
 にたりと笑いながら銅貨の詰まった袋に手を伸ばす。

 どうやら狙いは先程のおひねりのようだ。マイルズは悩んだ。この程度の連中に殴られようと文字通り痛くも痒くもないし、追い払うのは造作もない。けれど、自分はもう『勇者』ではなく旅芸人なのだ。いちいち暴力に頼っていては、やっていけない。最悪『最強勇者』ノーマンだとばれてしまう。

 初めて旅芸人として稼いだ金をかすめとられるのは腹立たしいが、どうせ端金はしたがねだ。まだ日は高いのだし、場所を変えて芸をすればいいだろう。

 渋々おひねりを渡そうかと思った時、後ろから大きな声がした。

「こっちだよ衛兵さん! 追い剥ぎだ! 追い剥ぎが出たぞ!」
「やべえ!」
 白塗りの男たちはマイルズを突き飛ばすと、我先にと逃げていく。

「危ねえところだったな。兄さん」

 ひょいと物陰から現れたのは、マイルズの腹くらいの背丈をした子供が立っていた。赤茶色のくせっ毛にふっくらとした頬、濃緑色をした裾の長い服の下からはやはり同じ色のズボンが見える。

「さっきの声は、ボウヤか?」
 スネを蹴られた。

「その目は飾りか?。ここ見りゃあわかんだろ」
 と、腹立たしげに自分の耳を指さす。よく見れば先の方がとがっている。

「もしかして草妖精ハーフリングか?」

 この世界には人間とは別の人類が存在する。森妖精エルフ土妖精ドワーフをはじめ、海妖精マーマン空妖精ハーピーなど、世界各地に独自の集落を作って暮らしている。人間たちは彼らを総称して妖精族と呼んでいる。

 妖精族は人間と交わることは少ない。が、草妖精ハーフリングは名前どおり草原に暮らすためか、人間との交流も多い。手先が器用ですばしっこいため、里に下りてきては食べ物や貴金属をちょろまかす者もいるという。

 人間から見れば、幼い子供のように見えるため男女の区別は付きにくい。耳の形で判断できるというが、ほとんど関わったことがないためマイルズには違いがよくわからなかった。聞けば二十七歳だという。二歳年上だ。

「レディの扱いは気を付けた方がいいぜ。兄さん」
「すまなかった」
 苦笑しながら詫びを入れる。

「オイラはクッカってんだ。よろしくな」
 にっこりと人なつっこい笑みを浮かべながら手を差し出してきた。マイルズも名乗りながら握手をする。

「さっきの芸見てたぜ。あれだけジャグリングができる奴はそうはいねえ。間違いなく、この町じゃあ一番だな。けど途中から棒と石とでどっちつかずになってたな。ああいう時は軸を作るもんだぜ。どちらかメインを決めてそこから芸を重ねていくんだ」

「そいつは、どうも」
 子供のような顔で、得意げに論評するのだから笑いをこらえるのに一苦労だ。

「けどお前さん、素人だな。少なくとも人前で芸をやった経験はほとんどないはずだ。当たりだろ」
「やっぱり分かるのか?」
「あたぼうよ」
 得意げにふんぞり返る。

「視線が自分の手か石や棒切ればかりで客の方を全然見てねえ。そこいらの駆け出しそのまんまだ」
 なるほど、と感心する。言われてみればそうだった。勉強になった。

「おまけにヘンテコな犬っころの覆面なんか付けて、ウケ狙いにしちゃあ、見当違いだ。もしかしてお尋ね者じゃねえだろうな」
「まさか」
 手配はされていない。死んだ事になっているだけで。

「だろうな、追われている奴がそんな格好するはずもねえか」

 一人で納得して大笑いする。大きなお世話だ、とマイルズは心の中でむくれた。子供の頃に顔をケガしたからそれを隠すためだと適当な理由を付けておいた。

「兄さん、一人みたいだけど行くアテはあるのかい?」
「いや」
「だったらよ、ここは一つオイラと組んでみねえか」
 意外な申し出にマイルズは面食らった。

「芸人なのか?」
「芸人兼興行師ってところだな」
 聞き慣れない商売にマイルズは首を傾げる。

「要するに芸人や役者を集めて、芸だの芝居みてえな見世物を開く仕事だよ」
 クッカが簡単に説明を加えてくれた。

「オイラは一目見てピンときたんだ。お前さんには才能がある。将来は三国一の芸人になれる素質があるぜ。けれど今のままじゃあダメだ。さっきも言ったがまだまだ駆け出しだ。芸は良くてもそれだけじゃあ客は付いて来ねえ」

 一度ほめたたえてから残念そうに肩を落とす。小さなクッカが大仰な身振りでやるものだがら小芝居を見ているようで面白い。

「そこでだ」とまた大げさに両手を開いてみせる。

「オイラが芸人について一から教えてやるよ。芸のこと、芸人同士の掟やならわしなんかもな。どうだい? 悪い話じゃないだろう」
「ははあ」

 ようやく合点がいった。要するにこのクッカという草妖精ハーフリングは、マイルズを食い物にするつもりなのだ。才能や実力はあっても芸人の世界など何も知らない素人をこき使うなど簡単だろう。稼ぎの大半はクッカの財布に転がり込むという寸法だ。マイルズも田舎生まれだが、『勇者』として多少なりと世間を見ている。その力を利用しようとすり寄ってくる人間は山ほど見てきた。

「なあ、頼むよ。オイラ心配なんだよ。このままじゃあお前さん、またさっきみたいな連中に絡まれちまうぜ。次も無事とは限らねえ。中には喧嘩っ早い連中や血の気の多い奴もいるからよ。金で済めばいいけど、下手すりゃあ落とし前代わりに、指でも切り落とされちまうぜ」

 哀れみをこめて心配する素振りを見せながらその実、不幸な未来図を見せつけて脅している。劇団クッカは最高潮のようだ。

「わかった、アンタの世話になるよ」

 しばし迷ったが、組むことに決めた。しばらく観察していたが、『勇者』だと見抜かれた様子はなかった。芸人の世界を知らないのは事実だし、一緒にいれば勉強代わりになるだろう。いざとなったら逃げ出せばいいのだ。どうせ金が目当てだろうが、授業料代わりだ。命さえ取られなければ問題ない。取れるかどうかは別問題だが。

「思い切りがいいね。お前さん、気に入ったよ。これからオイラが面倒見てやる。なあに食い物と寝床くらいは用意してやるから心配しなさんなって」
 どん、と胸を叩いてみせる。

「今からオイラがお前さんの親代わりだ。これからは親分と呼びな」
 調子に乗っているなと思ったが、ここは素直に従う。

「わかりました。親分」
「ああ、違う違う」
 わかっていない、と言いたげに手を振る。

「オイラたちの世界にそういうかしこまった礼儀はいらねえ。騎士でもお貴族様でもねえんだ。返事は『へい』でいいんだよ」

 そういう世界もあるのか、とマイルズは驚かされた。小作人の息子に産まれ、地主や目上の者に下手な口を利けば容赦なく殴られた。『勇者』に選ばれてからも騎士や貴族と話す機会も多く、言い間違えたり敬語がなければ叱責を受けたり嘲笑を浴びせられた。

「いいな、マイルズ」
「へい親分」
 なんだか楽しくなってきた。
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