16 / 35
迷 子
しおりを挟む
身震いとともにカーロは目を覚ました。振り向くと窓の外はまだ夜だ。星の上がり具合から察するに、日が昇るにはまだ当分先だろう。
集落のみんな、特に族長やサリアナは良くしてくれているけれど未だに慣れない。
ほんの少し前まではお父さんとお母さんとティニと四人で何の不安もなく過ごしていたのに。どんなに嘆いてもあの幸せだった日は帰ってこない。
壊したのは、僕だ。
あの日、僕が結界の外で傷ついたノーマの旅人を見つけなければ。それを集落に知らせて連れて帰らなければ。
今も故郷で平穏に暮らしていたはずなのに。
まさかチェロクスが化けていたなんて。
偉大なる神獣イ・ディドプス様は住処を追われ、結界は解かれた。そして集落はチェロクスの大群に襲われた。
家は焼かれ、炎に包まれる。父さんと母さんは体を張って僕たちを逃がしてくれた。
それからこの集落まで逃げてきたのはティニとカーロの二人だけだ。
ほかの人たちは、みんな無事なのだろうか。父さんと母さんは。
ぬぐってもぬぐいきれない不安に寝返りを打つ。寝ても覚めてもご飯を食べていても遊んでいても何をしても後悔が、胸の中を寄生虫のように這いずり回っている。いっそ胸をかきむしって全部外に出せたらどれだけ楽だろうか。
衝動に駆られることも度々ある。それを食い止めているのは、ティニだ。自分がいなくなれば妹は独りぼっちになってしまう。
せめて妹が独り立ちするまでは僕が守らなくちゃ。
今のカーロは、その使命感と義務感で生きていた。
不意に横の寝床を見て背筋が凍った。隣の寝床は空になっている。
「ティニ?」
あわてて落ち葉の布団を手探りで探すが、妹の体はどこにもない。与えられた家の中を探し回るが、厠にもいない。
「もしかして」
そういえば、神獣様とお会いした帰り道、ティニが人形をなくしたと言っていた。その場にいた全員で探したけれど見つからず、日が暮れたのでなんとかなだめすかして戻ってきた。あれは母さんからもらった人形だ。ティニが大切にしていたのは知っている。
だから明日また探そうと言い聞かせたつもりだったけれど。
きっと探しに行ったんだ。早く追いかけなきゃ。誰かに相談しようかと思った時、昨日の光景が頭をよぎった。
神獣様の試験の時、ティニは平気そうにしていたのに自分は怖くて怖くて仕方なかった。大人たちもみんな自分を哀れむような小馬鹿にするような目で見ていた。サリアナですらそうだ。きっと臆病な僕を腹の中であざ笑っていたのだろう。そんな目で見なかったのは、ティニと、フミトとかいうあのノーマだけだ。
あいつは一体何者なのだろうか。カーロもさほどノーマを知っているわけではないが、話に聞いたどのノーマとも違っている。ずるくて卑怯で、短い命であせくせしながら感情的で凶暴で欲望のままに奪い、お互いで殺し合う。愚かで恐ろしい奴らだ。あいつもティニのことは気に掛けていたから、頼めば協力してくれるだろうか。
ダメだ。ノーマなんか信用できるものか。あいつだって一皮剥けばバケモノのような本性を現すかも知れないんだ。僕一人で十分だ。
矢も楯もたまらずカーロは家を飛び出し、集落の奥にある神獣の森へと向かった。
神獣の森へ入る入り口には見張りがいるのだが、今は誰もいなかった。チェロクスの襲撃に備えて外への警戒の人数を増やしたからだ。だからティニもすんなりと入れたのだろう。目を凝らすと、真新しい足跡が森の奥へと続いていた。子ウサギのように小さい。やっぱりか。ノーマと違い、ファーリは夜目が利く。これだけ星明かりがあれば十分だ。
カーロは身を縮こまらせながら森の奥へと入った。ティニは今どこにいるのだろうか。夕方人形を探したときは神獣様のいたところや来た道を探したが、見つからなかった。この道を通ったのは昨日が初めてだし、森に入るまではティニも間違いなく持っていた。道沿いに見つからないとなると、もしかしたら野犬がくわえて森の奥まで持って行ってしまったのかも知れない。神聖樹の結界は、チェロクスやノーマ、恐ろしい魔獣の侵入を防いでくれるけれど、小さな動物までは及ばない。
「あれ?」
ティニの足跡が途中で道を外れ、森の奥へと消えている。深い草むらが続くため、足跡を探すのは難しそうだ。カーロは嫌な予感がした。
森の奥には神獣様だけではない。熊や狼のような猛獣や魔物も住んでいるのだ。その全てが神獣様の言うことを聞くわけではない。そもそも鹿を食べなければ熊や狼は飢えて死んでしまう。
あ、もう何やっているんだよ。見つけたら思い切りどやしつけてやる。
腹立たしさに髪の毛をかきむしった。
その時だ。
「待て」
声を掛けられた。心臓が跳ね上がった。まさか、後ろに誰かいるのか? そんな、全然気がつかなかった。とっさに駆け出そうとした瞬間、手首を掴まれた。得体の知れないものへの恐怖とおぞましさに総毛立つのを感じた。
「そっちへ行くと危ないぞ」
背後の声は存外に優しかった。カーロははっと気づいた。子の声には聞き覚えがあった。
「子供の出歩く時間じゃないな」
あのフミトというノーマだった。
「小便に行こうとしたら誰かが外に出てくる気配がしたんでね。見てみたら君が森の方へと向かうところだった」
フミトはしゃがみこむと目線を合わせる。まっすぐな瞳だ。
「ティニの人形を探しに来たんだろう。優しいお兄ちゃんだな」
頭を撫でてくる。カーロは鬱陶しくなって腕を払った。子供扱いするなよ。お前よりは長生きしているんだ。
「だが、今日はもう遅い。もう少し明るくなってから」
「違うんだ」
カーロは首を振った。フミトはカーロが一人で来たと思っている。
「ティニが、ティニがいないんだ」
泣くつもりなんてなかったのに泣いてしまった。カーロは悔しかった。フミトなんかの前で泣くなんて赤っ恥もいいとこだ。
フミトの顔色が変わった。夜の森が危険なのは、ノーマにも常識のはずだ。
怒られるかと思ったが、フミトはゆっくりとカーロの肩を抱いた。
「ティニを探そう」
集落のみんな、特に族長やサリアナは良くしてくれているけれど未だに慣れない。
ほんの少し前まではお父さんとお母さんとティニと四人で何の不安もなく過ごしていたのに。どんなに嘆いてもあの幸せだった日は帰ってこない。
壊したのは、僕だ。
あの日、僕が結界の外で傷ついたノーマの旅人を見つけなければ。それを集落に知らせて連れて帰らなければ。
今も故郷で平穏に暮らしていたはずなのに。
まさかチェロクスが化けていたなんて。
偉大なる神獣イ・ディドプス様は住処を追われ、結界は解かれた。そして集落はチェロクスの大群に襲われた。
家は焼かれ、炎に包まれる。父さんと母さんは体を張って僕たちを逃がしてくれた。
それからこの集落まで逃げてきたのはティニとカーロの二人だけだ。
ほかの人たちは、みんな無事なのだろうか。父さんと母さんは。
ぬぐってもぬぐいきれない不安に寝返りを打つ。寝ても覚めてもご飯を食べていても遊んでいても何をしても後悔が、胸の中を寄生虫のように這いずり回っている。いっそ胸をかきむしって全部外に出せたらどれだけ楽だろうか。
衝動に駆られることも度々ある。それを食い止めているのは、ティニだ。自分がいなくなれば妹は独りぼっちになってしまう。
せめて妹が独り立ちするまでは僕が守らなくちゃ。
今のカーロは、その使命感と義務感で生きていた。
不意に横の寝床を見て背筋が凍った。隣の寝床は空になっている。
「ティニ?」
あわてて落ち葉の布団を手探りで探すが、妹の体はどこにもない。与えられた家の中を探し回るが、厠にもいない。
「もしかして」
そういえば、神獣様とお会いした帰り道、ティニが人形をなくしたと言っていた。その場にいた全員で探したけれど見つからず、日が暮れたのでなんとかなだめすかして戻ってきた。あれは母さんからもらった人形だ。ティニが大切にしていたのは知っている。
だから明日また探そうと言い聞かせたつもりだったけれど。
きっと探しに行ったんだ。早く追いかけなきゃ。誰かに相談しようかと思った時、昨日の光景が頭をよぎった。
神獣様の試験の時、ティニは平気そうにしていたのに自分は怖くて怖くて仕方なかった。大人たちもみんな自分を哀れむような小馬鹿にするような目で見ていた。サリアナですらそうだ。きっと臆病な僕を腹の中であざ笑っていたのだろう。そんな目で見なかったのは、ティニと、フミトとかいうあのノーマだけだ。
あいつは一体何者なのだろうか。カーロもさほどノーマを知っているわけではないが、話に聞いたどのノーマとも違っている。ずるくて卑怯で、短い命であせくせしながら感情的で凶暴で欲望のままに奪い、お互いで殺し合う。愚かで恐ろしい奴らだ。あいつもティニのことは気に掛けていたから、頼めば協力してくれるだろうか。
ダメだ。ノーマなんか信用できるものか。あいつだって一皮剥けばバケモノのような本性を現すかも知れないんだ。僕一人で十分だ。
矢も楯もたまらずカーロは家を飛び出し、集落の奥にある神獣の森へと向かった。
神獣の森へ入る入り口には見張りがいるのだが、今は誰もいなかった。チェロクスの襲撃に備えて外への警戒の人数を増やしたからだ。だからティニもすんなりと入れたのだろう。目を凝らすと、真新しい足跡が森の奥へと続いていた。子ウサギのように小さい。やっぱりか。ノーマと違い、ファーリは夜目が利く。これだけ星明かりがあれば十分だ。
カーロは身を縮こまらせながら森の奥へと入った。ティニは今どこにいるのだろうか。夕方人形を探したときは神獣様のいたところや来た道を探したが、見つからなかった。この道を通ったのは昨日が初めてだし、森に入るまではティニも間違いなく持っていた。道沿いに見つからないとなると、もしかしたら野犬がくわえて森の奥まで持って行ってしまったのかも知れない。神聖樹の結界は、チェロクスやノーマ、恐ろしい魔獣の侵入を防いでくれるけれど、小さな動物までは及ばない。
「あれ?」
ティニの足跡が途中で道を外れ、森の奥へと消えている。深い草むらが続くため、足跡を探すのは難しそうだ。カーロは嫌な予感がした。
森の奥には神獣様だけではない。熊や狼のような猛獣や魔物も住んでいるのだ。その全てが神獣様の言うことを聞くわけではない。そもそも鹿を食べなければ熊や狼は飢えて死んでしまう。
あ、もう何やっているんだよ。見つけたら思い切りどやしつけてやる。
腹立たしさに髪の毛をかきむしった。
その時だ。
「待て」
声を掛けられた。心臓が跳ね上がった。まさか、後ろに誰かいるのか? そんな、全然気がつかなかった。とっさに駆け出そうとした瞬間、手首を掴まれた。得体の知れないものへの恐怖とおぞましさに総毛立つのを感じた。
「そっちへ行くと危ないぞ」
背後の声は存外に優しかった。カーロははっと気づいた。子の声には聞き覚えがあった。
「子供の出歩く時間じゃないな」
あのフミトというノーマだった。
「小便に行こうとしたら誰かが外に出てくる気配がしたんでね。見てみたら君が森の方へと向かうところだった」
フミトはしゃがみこむと目線を合わせる。まっすぐな瞳だ。
「ティニの人形を探しに来たんだろう。優しいお兄ちゃんだな」
頭を撫でてくる。カーロは鬱陶しくなって腕を払った。子供扱いするなよ。お前よりは長生きしているんだ。
「だが、今日はもう遅い。もう少し明るくなってから」
「違うんだ」
カーロは首を振った。フミトはカーロが一人で来たと思っている。
「ティニが、ティニがいないんだ」
泣くつもりなんてなかったのに泣いてしまった。カーロは悔しかった。フミトなんかの前で泣くなんて赤っ恥もいいとこだ。
フミトの顔色が変わった。夜の森が危険なのは、ノーマにも常識のはずだ。
怒られるかと思ったが、フミトはゆっくりとカーロの肩を抱いた。
「ティニを探そう」
0
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー
白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。
その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。
人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。
異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ
主人公はあまり戦ったりはしません。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる