2 / 6
第2話 輝夜母さん
しおりを挟む
僕は大矢さんにくっついたまま、微睡んでいた。幸福感に満たされて、つい微笑みが浮かんでしまう。大矢さんは、僕の髪を優しく撫でている。それが、ものすごく心地いい。
「大矢さん……」
大好きな人の名前を口にするだけで、胸がときめく。
「何だ?」
「好きです。大好きです。好きです」
何度もそう言うと、大矢さんが小さく笑った。
「どうした、聖矢」
「言いたくて。大矢さんが好きです」
「聖矢。愛してる」
頬に音を立ててキスをしてきた。そうされて僕は溜息が出た。
「朝になったら、あのツリーを箱から出して組み立てような」
「今しましょう」
「もう夜中だけど、やりたいか?」
僕が頷くと、大矢さんは体を起こし、
「よし。じゃあ、やるか」
そして、僕たちは夜中の一時から組み立て始めた。飾り付けもして、スイッチをオンにした。キラキラが、この家にも来てくれた。胸が高鳴り、僕は大矢さんに抱きついた。
「ありがとうございます。これ、すごくきれいですね」
点滅する電飾をじっと見ていると、大矢さんがスマホを手に持った。
「写真撮ろう」
「写真……ですか?」
大矢さんは、手にしたスマホを離していき、「この辺でいいかな」と言った。自撮りというのをするようだ。
「聖矢。スマホに向かって笑顔。アイドル笑いじゃなくって、おまえの笑顔を見せてくれ」
『アイドル笑い』。去年の夏まで、僕はアイドル歌手だった。でも、それは遥か遠い昔の出来事のようで、現実だったのかもわからないくらいだ。
「大矢さん。僕、本当にアイドルでしたか? あれは夢だったとか?」
「さあ。どっちだろうな。とにかく、可愛く笑ってくれ」
言われて、今度こそ笑顔になった。大矢さんがシャッターボタンをタップして、音がした。
「もう一枚」
笑いたくもないのに笑っては、シャッターを切られていた日々。あれは現実だったんだ。辛くても笑顔。黄色い声援というのを受けて、僕は活動をしてきた。壊れちゃったけど。
「大矢さん。写真、見せてください」
見せてくれた写真の僕は、心から微笑んでいる感じだ。大矢さんを見ると、真顔になっていた。急にどうしたんだろう。大矢さんは僕をそっと抱き寄せると、
「この写真、輝夜に送ったらどうだ?」
『輝夜』は、僕の産みの母親だ。去年の今頃、再会した。と言っても、僕にとっては初めて会ったも同然だった。産まれてすぐに、別れたのだから。父親である津島先生が僕を引き取ることになって、それきり一度も輝夜母さんと会うことはなかった。
僕は大矢さんの言葉に思わず、「え?」と声をもらしてしまった。大矢さんは真顔のまま、
「連絡、取り合ってるのか?」
僕は首を振った。何度も、しようとは思った。でも、出来なかった。一年経つというのに、どうしても無理だった。僕は小さく息を吐き出し、
「何となく……出来なくて……母さんが連絡くれれば……」
「出来ると思うか? 輝夜は、おまえを先生に渡したんだ。おまえに対して負い目がある。いくら奔放な輝夜だって、気軽におまえに連絡は出来ないだろう。ここは、おまえが折れてやれ」
「僕が……」
「歩み寄ってやれよ。せっかく再会出来たんだから」
僕は大矢さんの肩に頭をもたせかけた。
「出来る気がしなくて。拒絶されたらどうしようって……思って……」
「そうか」
肯定も否定もせずに聞いてくれる。
「もう、捨てられるのは嫌で……」
「そうか」
「大矢さん……」
僕の頭を優しく撫で続ける。涙がこぼれてしまう。
「母さんを信じていいのか、やっぱりわからなくって……信じたいのに、不安で……」
やめようとしても、言葉が口から出ていってしまう。誰も幸せにしない言葉たち。もう、言いたくないのに。
「聖矢。スマホ貸してくれ」
「ぼ……僕のですか?」
「そう。聖矢のスマホ」
言われるままに、僕は大矢さんにスマホを渡した。大矢さんは、自分のスマホと僕のスマホを何か操作をした後、僕のスマホでどこかに電話し始めた。鼓動が速くなる。
「や……やめてください」
大矢さんは、聞こえない振りなのか、ちょっと顔を向こうに向けた。しばらく呼び出し音が鳴っていたが、通話になったようで、
「遅い時間に悪いな。写真送ったけど、見てくれたか。そう。昨日の夜、二人で買いに行った。これは、さっき組み立てて記念撮影をしたから、おまえに送った。上手く撮れてるだろ」
僕は、大矢さんのそばに行くこともしないで、耳を塞いだ。相手は輝夜母さんに決まっている。聞くのが怖い。そうしていたら、大矢さんがこちらに顔を向けた。僕に近付くと、耳に当てていた手を外された。僕は大矢さんをじっと見ると、
「聞きたくないんです」
「輝夜が、二十四日の夜、一緒に食事しようって。輝夜が作ってくれる。行くよな?」
僕の意見を訊こうとしているようにみえて、実は違う。断れないその口調。笑顔の奥に、「逃げるなよ」という気持ちがあるのが伝わってきた。僕は小さく頷き、
「わかりました。行きます」
消え入るような声で、そう言った。大矢さんは、「わかった」と言うと、また輝夜母さんと話し始めた。
「……そんなことない。大丈夫だから。夜七時に行くから、ちゃんと準備しておいてくれよ。じゃあ、夜中に悪かったな」
通話が切れた。僕は唇を噛んで、大矢さんを見上げた。大矢さんは優しく微笑むと、「楽しみだな」と言った。
「大矢さん……」
大好きな人の名前を口にするだけで、胸がときめく。
「何だ?」
「好きです。大好きです。好きです」
何度もそう言うと、大矢さんが小さく笑った。
「どうした、聖矢」
「言いたくて。大矢さんが好きです」
「聖矢。愛してる」
頬に音を立ててキスをしてきた。そうされて僕は溜息が出た。
「朝になったら、あのツリーを箱から出して組み立てような」
「今しましょう」
「もう夜中だけど、やりたいか?」
僕が頷くと、大矢さんは体を起こし、
「よし。じゃあ、やるか」
そして、僕たちは夜中の一時から組み立て始めた。飾り付けもして、スイッチをオンにした。キラキラが、この家にも来てくれた。胸が高鳴り、僕は大矢さんに抱きついた。
「ありがとうございます。これ、すごくきれいですね」
点滅する電飾をじっと見ていると、大矢さんがスマホを手に持った。
「写真撮ろう」
「写真……ですか?」
大矢さんは、手にしたスマホを離していき、「この辺でいいかな」と言った。自撮りというのをするようだ。
「聖矢。スマホに向かって笑顔。アイドル笑いじゃなくって、おまえの笑顔を見せてくれ」
『アイドル笑い』。去年の夏まで、僕はアイドル歌手だった。でも、それは遥か遠い昔の出来事のようで、現実だったのかもわからないくらいだ。
「大矢さん。僕、本当にアイドルでしたか? あれは夢だったとか?」
「さあ。どっちだろうな。とにかく、可愛く笑ってくれ」
言われて、今度こそ笑顔になった。大矢さんがシャッターボタンをタップして、音がした。
「もう一枚」
笑いたくもないのに笑っては、シャッターを切られていた日々。あれは現実だったんだ。辛くても笑顔。黄色い声援というのを受けて、僕は活動をしてきた。壊れちゃったけど。
「大矢さん。写真、見せてください」
見せてくれた写真の僕は、心から微笑んでいる感じだ。大矢さんを見ると、真顔になっていた。急にどうしたんだろう。大矢さんは僕をそっと抱き寄せると、
「この写真、輝夜に送ったらどうだ?」
『輝夜』は、僕の産みの母親だ。去年の今頃、再会した。と言っても、僕にとっては初めて会ったも同然だった。産まれてすぐに、別れたのだから。父親である津島先生が僕を引き取ることになって、それきり一度も輝夜母さんと会うことはなかった。
僕は大矢さんの言葉に思わず、「え?」と声をもらしてしまった。大矢さんは真顔のまま、
「連絡、取り合ってるのか?」
僕は首を振った。何度も、しようとは思った。でも、出来なかった。一年経つというのに、どうしても無理だった。僕は小さく息を吐き出し、
「何となく……出来なくて……母さんが連絡くれれば……」
「出来ると思うか? 輝夜は、おまえを先生に渡したんだ。おまえに対して負い目がある。いくら奔放な輝夜だって、気軽におまえに連絡は出来ないだろう。ここは、おまえが折れてやれ」
「僕が……」
「歩み寄ってやれよ。せっかく再会出来たんだから」
僕は大矢さんの肩に頭をもたせかけた。
「出来る気がしなくて。拒絶されたらどうしようって……思って……」
「そうか」
肯定も否定もせずに聞いてくれる。
「もう、捨てられるのは嫌で……」
「そうか」
「大矢さん……」
僕の頭を優しく撫で続ける。涙がこぼれてしまう。
「母さんを信じていいのか、やっぱりわからなくって……信じたいのに、不安で……」
やめようとしても、言葉が口から出ていってしまう。誰も幸せにしない言葉たち。もう、言いたくないのに。
「聖矢。スマホ貸してくれ」
「ぼ……僕のですか?」
「そう。聖矢のスマホ」
言われるままに、僕は大矢さんにスマホを渡した。大矢さんは、自分のスマホと僕のスマホを何か操作をした後、僕のスマホでどこかに電話し始めた。鼓動が速くなる。
「や……やめてください」
大矢さんは、聞こえない振りなのか、ちょっと顔を向こうに向けた。しばらく呼び出し音が鳴っていたが、通話になったようで、
「遅い時間に悪いな。写真送ったけど、見てくれたか。そう。昨日の夜、二人で買いに行った。これは、さっき組み立てて記念撮影をしたから、おまえに送った。上手く撮れてるだろ」
僕は、大矢さんのそばに行くこともしないで、耳を塞いだ。相手は輝夜母さんに決まっている。聞くのが怖い。そうしていたら、大矢さんがこちらに顔を向けた。僕に近付くと、耳に当てていた手を外された。僕は大矢さんをじっと見ると、
「聞きたくないんです」
「輝夜が、二十四日の夜、一緒に食事しようって。輝夜が作ってくれる。行くよな?」
僕の意見を訊こうとしているようにみえて、実は違う。断れないその口調。笑顔の奥に、「逃げるなよ」という気持ちがあるのが伝わってきた。僕は小さく頷き、
「わかりました。行きます」
消え入るような声で、そう言った。大矢さんは、「わかった」と言うと、また輝夜母さんと話し始めた。
「……そんなことない。大丈夫だから。夜七時に行くから、ちゃんと準備しておいてくれよ。じゃあ、夜中に悪かったな」
通話が切れた。僕は唇を噛んで、大矢さんを見上げた。大矢さんは優しく微笑むと、「楽しみだな」と言った。
0
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
【if/番外編】昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、夢の中で僕と結婚する
子犬一 はぁて
BL
※本作は「昔『結婚しよう』と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する」のif(番外編)です。
僕と幼馴染が結婚した「夢」を見た受けの話。
ずっと好きだった幼馴染が女性と結婚した夜に見た僕の夢──それは幼馴染と僕が結婚するもしもの世界。
想うだけなら許されるかな。
夢の中でだけでも救われたかった僕の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる