大矢さんと僕

ヤン

文字の大きさ
43 / 80
第三章 別れ

第3話 『Aさん』

しおりを挟む
さ。星野ほしの聖矢せいやとか名乗って、アイドルなんかやってんだな。笑っちゃうぜ」

 『A』さんが、僕の頬を手の甲でパンパンと叩く。僕は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。

「地元では誰も相手にしなかったよな。オレだけが、おまえに優しくしてやっただろ?」

 そんなの嘘だ、と言いたいのに、やはり言葉が出て来ない。動きの止まっていたたにさんは、急に意識を取り戻したかのように場所を移動して、僕と『A』さんの間に立った。谷さんは、『A』さんに軽く頭を下げると、

「『A』さんでしょうか? いつも応援、ありがとうございます」

 それを聞いた『A』さんが笑い出す。『A』さんは、谷さんを押しのけて僕のそばに来ようとしたが、谷さんはそれに耐えて僕と『A』さんの間に立ってくれた。そんなことが何度か繰り返されると、『A』さんの顔つきが、険しくなった。

「のけよ。邪魔なんだよ。そいつは、オレの物なんだからな。返せよ。悪い虫がつかないように、盗聴器を仕掛けたんだ。売れないアイドルに頼んで。あいつは、ちょっとした知り合いでさ。オレの言うことなら、何だって聞くんだ」

 『A』さんの言葉に驚いたような顔をしつつも、谷さんはあくまで冷静な口調で、

「この子は、あなたの物ではありません」

 『A』さんは、谷さんの言葉を無視するように僕を見ると、

まこと。こいつが、この前の相手か? こいつにされて、あんな声出してたのか?」

 昔と変わらない、嫌な気持ちにさせる声で訊いてきた。僕は、何とか首を振ったが、相変わらず声が出て来ない。『A』さんは、ニヤリと笑うと、

「おまえ、エロいな。誰とでもしやがって。よっぽどするのが好きなんだな」

 笑いながらそんなことを言い、ズボンのポケットを探って何かを取り出した。『A』さん……本当の名前は『杉本すぎもと有人ありと』だけれど、その人は、手にサバイバルナイフを持っていて、そのやいばがマンションの明かりで光った。谷さんが、両手を広げて僕の体を守ろうとしてくれている。有人は、やはり声を上げて笑い、

「そんなことしても無駄だ。おまえら、まとめて、殺す」
「聖矢。逃げろ」

 そう言われても、僕は恐怖で一歩も動けなかった。

 その時、誰かがこちらに走って来て、「何してる」と強い口調で言うのが聞こえた。助かった、と思ったその時だった。有人が、僕の前に立ちはだかって守ってくれている人に向かって、手にしているナイフを突き立てた。

「オレの物に手を出しやがって」

 吐き捨てるように、有人が言った。その有人を、後ろから押さえつける人。どうやら警官らしい。

 有人は、「あいつはオレの物なんだ。返せよ」と大声で言い、警官から逃れようと暴れていた。

「真。何やってんだよ。ふざけんな。オレ以外の奴に触らせてんじゃねえよ」
「いい加減にしろ。行くぞ」

 警官に強く言われても、まだ叫んでいる。車のドアが閉まる音がして、聞きたくない声は聞こえなくなったが、谷さんの苦しそうな声が、僕のすぐそばから聞こえていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...