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第三章 別れ
第20話 嘘
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それから一週間経って、僕はとうとう退院することになった。季節が移り替わって、また夏がやってきた。そして、今日は大矢さんと出会って三年という、僕たちにとって大事な日だ。
十時頃、看護師さんが病室に入ってきた。声を掛けられて、僕は病室に軽く頭を下げてから廊下を歩き出した。入院した日は、ただ絶望していたのに、今は随分楽になった。これからも心の調子が、上がったり下がったりするんだろうとは思っている。でもきっと、あの時よりはましだと思う。あれより酷くはならない。そんな気がする。
待合室まで来ると、大矢さんと遠藤さんとサイちゃんがいた。僕は、大矢さんの所へ走って行くと、周りの目を気にするのも忘れて、抱きついてしまった。大矢さんも、感極まったような声で、「聖矢」と言って、僕を強く抱き締めた。こうしていると、何て幸せなんだろう。それなのに、僕は谷さんの所へ行きたいと思ったり、大矢さんとの関係を解消しようとしていた。
「聖矢。会計、済ませてくるから」
僕から離れると、大矢さんは会計と書かれている方に向かった。僕は、遠藤さんとサイちゃんに向かって微笑むと、
「来てくれて、ありがとうございます。僕、すごく嬉しいです」
そして、気が付いた。僕は今、普通に微笑めた。ここに入院すると決まった日、あんなにも笑顔を作ることが苦痛だったのに、だ。あれは、嘘の笑顔。今の笑顔は、心からの笑顔。そういうことだろうと思う。
「本当に、ありがとうございます。僕、退院ですよ。あんなに大変な状態だった僕が、退院」
「聖矢。良かったな」
遠藤さんが、目元を手の甲で拭うような仕草をした。サイちゃんは、遠藤さんを横目で見た後、微笑し、
「聖矢くん。退院おめでとう。本当に、良かったね」
「はい。本当に、良かったです」
顔を見合わせて笑っていると、会計を終えた大矢さんが僕たちの方に来た。自然に僕の肩を抱いて、
「聖矢。津久見が、これから食事でもどうかって言うんだけどさ」
そこまで言って、大矢さんが考えるように首を傾げた。
「いや。まだ十時だぞ。津久見。昼食にはまだ早い。今日は、これで解散」
「何言ってるんですか、大矢さん。今日じゃなきゃダメでしょう?」
サイちゃんが食い下がる。大矢さんは、ちょっとわざとな感じの溜息を吐くと、
「わかるけど。じゃあ、お茶飲みに行こう。それでいいか?」
「はい。いいです」
サイちゃんが、微笑みを浮かべる。大矢さんは、もう一度溜息を吐いてから、「行こう」と言った。そう言えば、大矢さんはいつのまにかサイちゃんを、『津久見』と呼び捨てするようになっていたんだな、と気が付いた。僕の病気がきっかけで、仲良くなったのかな、と思った。
喫茶店に入って、それぞれ飲み物を頼んだ。注文した物が来ると、サイちゃんは優雅な動きでお茶を飲み始めた。お育ちがいいんだな、と改めて思った。僕が見ていることに気が付いたサイちゃんは、「何?」と言った後、
「ああ、そうか。オレの話が聞きたいんだね」
違います、とは言えず、とりあえず頷いた。サイちゃんは、カップを置くと、
「いいよ。話そうか。大矢さん、遠藤さん。オレの馬鹿な話、聞いて?」
サイちゃんは、一応そう言ったものの、別に二人の許可はいらなかったようで、いきなり話し始めた。
「去年の秋頃、レコーディングが進んで行って、インタビューを受けるようになった時に、その人によって、やんわりだったり強くだったりいろいろだったけど、結構否定的なことを言われて。オレ、責任感じたんだよ。だって、曲書いてるのはオレだから。もちろん、後で気が付いたよ。みんなで作ってるんだって。オレ一人が作ったんじゃないって。だけど、その時はそう思えなくって。自分を追い詰めて、そして、ここを切った」
「ここ?」
訊き返す僕に、サイちゃんは楽しそうに、「そう、ここ」と言って、左手首を切るような動きをした。
「それも、オレずるくって、うちのヴォーカルに『オレ、もうダメだ』ってメッセージを入れてからやるっていう。ああ。馬鹿みたいだろ? 笑って?」
誰も笑わなかった。サイちゃんは、「何だ、外したな、オレ」と言って小さく笑った後、お茶を飲んだ。それからは、全く違う話題を振って来て、場を和ませてくれた。
退院からしばらくは、大矢さんの家に泊めてもらうことになっていた。改めて、「引退させてください」と伝え、「わかった」と言ってもらえた。体の力が抜けて行くようだった。翌日、会見が行われた。ネットニュースによると、星野聖矢は例の感染症の後遺症により、芸能活動を行なえなくなったので引退させます、とのことだった。
帰宅した大矢さんに玄関で抱きつき、「大矢さん、嘘をつくのが上手いんですね」と、からかうように言うと、大矢さんはフッと笑って、
「おまえには、嘘つかないよ」
僕をぎゅっと抱き締めると、「聖矢。愛してる」と甘い声で囁いた後、深い口づけをした。
十時頃、看護師さんが病室に入ってきた。声を掛けられて、僕は病室に軽く頭を下げてから廊下を歩き出した。入院した日は、ただ絶望していたのに、今は随分楽になった。これからも心の調子が、上がったり下がったりするんだろうとは思っている。でもきっと、あの時よりはましだと思う。あれより酷くはならない。そんな気がする。
待合室まで来ると、大矢さんと遠藤さんとサイちゃんがいた。僕は、大矢さんの所へ走って行くと、周りの目を気にするのも忘れて、抱きついてしまった。大矢さんも、感極まったような声で、「聖矢」と言って、僕を強く抱き締めた。こうしていると、何て幸せなんだろう。それなのに、僕は谷さんの所へ行きたいと思ったり、大矢さんとの関係を解消しようとしていた。
「聖矢。会計、済ませてくるから」
僕から離れると、大矢さんは会計と書かれている方に向かった。僕は、遠藤さんとサイちゃんに向かって微笑むと、
「来てくれて、ありがとうございます。僕、すごく嬉しいです」
そして、気が付いた。僕は今、普通に微笑めた。ここに入院すると決まった日、あんなにも笑顔を作ることが苦痛だったのに、だ。あれは、嘘の笑顔。今の笑顔は、心からの笑顔。そういうことだろうと思う。
「本当に、ありがとうございます。僕、退院ですよ。あんなに大変な状態だった僕が、退院」
「聖矢。良かったな」
遠藤さんが、目元を手の甲で拭うような仕草をした。サイちゃんは、遠藤さんを横目で見た後、微笑し、
「聖矢くん。退院おめでとう。本当に、良かったね」
「はい。本当に、良かったです」
顔を見合わせて笑っていると、会計を終えた大矢さんが僕たちの方に来た。自然に僕の肩を抱いて、
「聖矢。津久見が、これから食事でもどうかって言うんだけどさ」
そこまで言って、大矢さんが考えるように首を傾げた。
「いや。まだ十時だぞ。津久見。昼食にはまだ早い。今日は、これで解散」
「何言ってるんですか、大矢さん。今日じゃなきゃダメでしょう?」
サイちゃんが食い下がる。大矢さんは、ちょっとわざとな感じの溜息を吐くと、
「わかるけど。じゃあ、お茶飲みに行こう。それでいいか?」
「はい。いいです」
サイちゃんが、微笑みを浮かべる。大矢さんは、もう一度溜息を吐いてから、「行こう」と言った。そう言えば、大矢さんはいつのまにかサイちゃんを、『津久見』と呼び捨てするようになっていたんだな、と気が付いた。僕の病気がきっかけで、仲良くなったのかな、と思った。
喫茶店に入って、それぞれ飲み物を頼んだ。注文した物が来ると、サイちゃんは優雅な動きでお茶を飲み始めた。お育ちがいいんだな、と改めて思った。僕が見ていることに気が付いたサイちゃんは、「何?」と言った後、
「ああ、そうか。オレの話が聞きたいんだね」
違います、とは言えず、とりあえず頷いた。サイちゃんは、カップを置くと、
「いいよ。話そうか。大矢さん、遠藤さん。オレの馬鹿な話、聞いて?」
サイちゃんは、一応そう言ったものの、別に二人の許可はいらなかったようで、いきなり話し始めた。
「去年の秋頃、レコーディングが進んで行って、インタビューを受けるようになった時に、その人によって、やんわりだったり強くだったりいろいろだったけど、結構否定的なことを言われて。オレ、責任感じたんだよ。だって、曲書いてるのはオレだから。もちろん、後で気が付いたよ。みんなで作ってるんだって。オレ一人が作ったんじゃないって。だけど、その時はそう思えなくって。自分を追い詰めて、そして、ここを切った」
「ここ?」
訊き返す僕に、サイちゃんは楽しそうに、「そう、ここ」と言って、左手首を切るような動きをした。
「それも、オレずるくって、うちのヴォーカルに『オレ、もうダメだ』ってメッセージを入れてからやるっていう。ああ。馬鹿みたいだろ? 笑って?」
誰も笑わなかった。サイちゃんは、「何だ、外したな、オレ」と言って小さく笑った後、お茶を飲んだ。それからは、全く違う話題を振って来て、場を和ませてくれた。
退院からしばらくは、大矢さんの家に泊めてもらうことになっていた。改めて、「引退させてください」と伝え、「わかった」と言ってもらえた。体の力が抜けて行くようだった。翌日、会見が行われた。ネットニュースによると、星野聖矢は例の感染症の後遺症により、芸能活動を行なえなくなったので引退させます、とのことだった。
帰宅した大矢さんに玄関で抱きつき、「大矢さん、嘘をつくのが上手いんですね」と、からかうように言うと、大矢さんはフッと笑って、
「おまえには、嘘つかないよ」
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