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癒しの村 プロローグ
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霧はどんどんと濃くなっていく。山の麓に建つ古い寺の住職にもらったコンパスの針を頼りに進んでいるが、四方の視界は霧に覆われ、今、自分がどこにいるのかわからなくなっていた。
確か、今日の早朝に、寺の門をくぐり、それから僧侶のいう方角に山を登り、もう半日は歩いている。
しだいに濃くなる霧に、足元まで包まれ始める。霧で何もかもが見えづらい。段々と空の雲が厚くなり、辺りが薄暗くなってくるのを感じる。
念のために厚手のガウンを着てきたが、それでも身体は冷えてくる。木々から伸びる枝に何度かつまづきそうになる。慎重に進まなければいけない。
ふと、座り込んでいる人影が私の前にあらわれた。
十メートルか、二十メートル先か、霧で距離感が推測しづらかったが、確かに霧の中で影が揺れているのが見える。
私は、半日ぶりに誰かに会えた喜びで、その人影まで速足に進み、
「こんにちは」
と、おそるおそる声をかけた。
もう半日もしんとした霧の中を歩いている。
このまま目的地にも到着できず、戻ることもできず、のたれ死んでしまうのかと不安は増していたため、人の存在に縋るような想いであった。
影も私の存在に気づき、霧の中から息をのむ音が伝わってくる。
「俺は、永田アキヲ。癒しの村に向かっているけど、迷ってしまった。もうずっとここら辺を歩いてる」
どうやら、私と同じ状況であるようだった。私以外に、癒しの村に向かう人がいるとは思わなかった。
なぜなら、癒しの村は、インターネットの自殺サイトに、「寂しい人、死にたい人、迷っている人、癒しの村で暮らしませんか。温かい気持ちをとりもどせます。」と怪しげな広告宣伝のように載っており、あきらかに詐欺か事件の臭いがしてくる一文であった。
それでも私は、その怪しげな誘いに乗らなければいけないほど追い詰められて、ここまでやって来た。
まさか他の人が向かっているとは思いもしなかったというのが正直な気持ちであった。
「私も、癒しの村に向かっている途中です。私は、倉田リサといいます。霧がすごくて、どこに向かっているのか、よく分からなくなってしまっています」
「俺も山を登って、もう3日になる、まさか、こんなに霧が濃くなるとは思わなかった
」
「3日も、この山の中に?」
「持ってきた食料でなんとか食いつないでるけど、そろそろ限界だ。目がかすんできて、ここに座り込んでしまった」
「大丈夫ですか?」
「身体はなんとか。ただ、疲れてしまって、歩く気力がなくなってしまった」
「お坊さんに、コンパスの方角に進んでいけば、半日もあれば着くと言われました」
私は、握っていたコンパスをアキヲのほうに見せた。
僧侶は何もかも知っているような深い光を宿した目で私をじっと見て、「北の方に進めば、やがて村が開かれる」と優しく微笑みながら、確かに言っていた。
「コンパス?」
「そう。山の麓の古い寺の住職さんにもらったの。自殺サイトの返信で、高蓮寺の住職はんを訪ねるように書いてあったから。その住職さんに、北の方向を目指すようにと、言われました」
「俺も行ったよ。不在でね。何日か待っていたのだけど、会えなかった。リサ、君は運が良かったんだね」
アキヲに初対面でリサと呼ばれ、胸が高鳴った。リーダーに呼ばれるような、しっかりとした呼び方に、胸がときめいた。こんなときに、と自分を叱咤する。
「運が良いのかも。だから、コンパスの方向にずっと進んできたから、この道であっているのだと思います。でも、霧に包まれて、きちんと北に進んでいるのかわからなくなってしまっていて」
「コンパスがあれば、大丈夫かもしれない。手を貸してくれないか?」
アキヲが手を延ばしてくる。
私は、アキヲの手をつかみ、ぐっと引っ張った。
立ち上がった彼は、ひょろっと足長で、背丈は180㎝はあるのではないか。
紺のポロシャツに、黒いパーカーを羽織っている。
「コンパスを貸してくれる?」
アキヲに渡すことで、戻ってくるか不安があったが、自分一人では、いつまでも霧の中で迷子になってしまうような予感があった。
アキヲにコンパスを渡すと、アキヲは慣れたようにコンパスを掌に載せた。
「よし。もう少し進んで行こう」
アキヲは私の手を引いて歩き始める。私はアキヲの冷たい手をしっかりと握り、アキヲの背中を見て頷いた。
一人でない安心感が、先程の不安を吹き飛ばしていた。
アキヲの足は長く、一歩一歩が速かった。私はアキヲに手を引かれ、小走りになりながら、とにかくアキヲから離れないようにとぎゅっと手を握り、息を切らせながら足を動かした。
しばらく歩いていくと、少しずつ霧が晴れてきた。もうすでに夜であると思っていたが、そろそろ陽が傾いていく頃で、まだ空は明るかった。
視界は開かれ、徐々に道が広がっていき、田畑や家が立ち並ぶ光景が見えてくる。
「アキヲ、あれ、癒しの村かしら?」
私は、確かに村があることを確認したく、アキヲに聞いた。
「そうだね。きっと、癒しの村だ」
アキヲは頷いて言った。
「良かった。やっと見つけることができた」
私の声は、震えていた。
「行こう」
アキヲはさらに足を速める。私は大きく頷き、アキヲの後を追った。
確か、今日の早朝に、寺の門をくぐり、それから僧侶のいう方角に山を登り、もう半日は歩いている。
しだいに濃くなる霧に、足元まで包まれ始める。霧で何もかもが見えづらい。段々と空の雲が厚くなり、辺りが薄暗くなってくるのを感じる。
念のために厚手のガウンを着てきたが、それでも身体は冷えてくる。木々から伸びる枝に何度かつまづきそうになる。慎重に進まなければいけない。
ふと、座り込んでいる人影が私の前にあらわれた。
十メートルか、二十メートル先か、霧で距離感が推測しづらかったが、確かに霧の中で影が揺れているのが見える。
私は、半日ぶりに誰かに会えた喜びで、その人影まで速足に進み、
「こんにちは」
と、おそるおそる声をかけた。
もう半日もしんとした霧の中を歩いている。
このまま目的地にも到着できず、戻ることもできず、のたれ死んでしまうのかと不安は増していたため、人の存在に縋るような想いであった。
影も私の存在に気づき、霧の中から息をのむ音が伝わってくる。
「俺は、永田アキヲ。癒しの村に向かっているけど、迷ってしまった。もうずっとここら辺を歩いてる」
どうやら、私と同じ状況であるようだった。私以外に、癒しの村に向かう人がいるとは思わなかった。
なぜなら、癒しの村は、インターネットの自殺サイトに、「寂しい人、死にたい人、迷っている人、癒しの村で暮らしませんか。温かい気持ちをとりもどせます。」と怪しげな広告宣伝のように載っており、あきらかに詐欺か事件の臭いがしてくる一文であった。
それでも私は、その怪しげな誘いに乗らなければいけないほど追い詰められて、ここまでやって来た。
まさか他の人が向かっているとは思いもしなかったというのが正直な気持ちであった。
「私も、癒しの村に向かっている途中です。私は、倉田リサといいます。霧がすごくて、どこに向かっているのか、よく分からなくなってしまっています」
「俺も山を登って、もう3日になる、まさか、こんなに霧が濃くなるとは思わなかった
」
「3日も、この山の中に?」
「持ってきた食料でなんとか食いつないでるけど、そろそろ限界だ。目がかすんできて、ここに座り込んでしまった」
「大丈夫ですか?」
「身体はなんとか。ただ、疲れてしまって、歩く気力がなくなってしまった」
「お坊さんに、コンパスの方角に進んでいけば、半日もあれば着くと言われました」
私は、握っていたコンパスをアキヲのほうに見せた。
僧侶は何もかも知っているような深い光を宿した目で私をじっと見て、「北の方に進めば、やがて村が開かれる」と優しく微笑みながら、確かに言っていた。
「コンパス?」
「そう。山の麓の古い寺の住職さんにもらったの。自殺サイトの返信で、高蓮寺の住職はんを訪ねるように書いてあったから。その住職さんに、北の方向を目指すようにと、言われました」
「俺も行ったよ。不在でね。何日か待っていたのだけど、会えなかった。リサ、君は運が良かったんだね」
アキヲに初対面でリサと呼ばれ、胸が高鳴った。リーダーに呼ばれるような、しっかりとした呼び方に、胸がときめいた。こんなときに、と自分を叱咤する。
「運が良いのかも。だから、コンパスの方向にずっと進んできたから、この道であっているのだと思います。でも、霧に包まれて、きちんと北に進んでいるのかわからなくなってしまっていて」
「コンパスがあれば、大丈夫かもしれない。手を貸してくれないか?」
アキヲが手を延ばしてくる。
私は、アキヲの手をつかみ、ぐっと引っ張った。
立ち上がった彼は、ひょろっと足長で、背丈は180㎝はあるのではないか。
紺のポロシャツに、黒いパーカーを羽織っている。
「コンパスを貸してくれる?」
アキヲに渡すことで、戻ってくるか不安があったが、自分一人では、いつまでも霧の中で迷子になってしまうような予感があった。
アキヲにコンパスを渡すと、アキヲは慣れたようにコンパスを掌に載せた。
「よし。もう少し進んで行こう」
アキヲは私の手を引いて歩き始める。私はアキヲの冷たい手をしっかりと握り、アキヲの背中を見て頷いた。
一人でない安心感が、先程の不安を吹き飛ばしていた。
アキヲの足は長く、一歩一歩が速かった。私はアキヲに手を引かれ、小走りになりながら、とにかくアキヲから離れないようにとぎゅっと手を握り、息を切らせながら足を動かした。
しばらく歩いていくと、少しずつ霧が晴れてきた。もうすでに夜であると思っていたが、そろそろ陽が傾いていく頃で、まだ空は明るかった。
視界は開かれ、徐々に道が広がっていき、田畑や家が立ち並ぶ光景が見えてくる。
「アキヲ、あれ、癒しの村かしら?」
私は、確かに村があることを確認したく、アキヲに聞いた。
「そうだね。きっと、癒しの村だ」
アキヲは頷いて言った。
「良かった。やっと見つけることができた」
私の声は、震えていた。
「行こう」
アキヲはさらに足を速める。私は大きく頷き、アキヲの後を追った。
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