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2.家屋の中へ
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玄関は土間になっており、土の匂いがした。
上がり框は二十センチ程あり、靴を脱ぐようにナミに言われる。アキヲが靴を脱ぎ、板の間に上がる。私はその後について靴を脱ぎ、アキヲの後についた。
家は奥まで広々と面積があり、手前に機織り機が二台ある、作業場のような空間が広がっている。
その奥に囲炉裏を囲んだ十五畳程の和室があり、右側には四枚の障子が敷居になっている。
ナミは囲炉裏の傍を通り、障子側には行かずに、奥に続く通路を進んで行った。
月光が照らす明かりを頼りに、その後を、アキヲ、私と続いていく。
狭い板の通路を進んで行くと、誰かが動いている気配と、コトコトと食器が揺れる音が聞こえてくる。
ナミはその方向を指して、
「あそこで、お父さんお母さんが、ご飯作ってる」
と、アキヲに振り向いて言った。
「そうか。炊事場になっているんだね。ねえ、ナミちゃん。家に電気は通ってないのかな?」
アキヲは、人の気配に、幾分か緊張して問うた。
「デンキ?なにそれ?」
ナミは不思議に顔を傾けて聞き返す。
「電気はね、世界を明るくする、科学の光だよ」
アキヲは淡々とした口調で言う。
「世界が明るくなる?火のことではないの?」
ナミは、謎かけを楽しむような口調で言う。
「火なんて、原始的なものしか知らないんだね」
アキヲはため息をつく。どこかからかうような調子もあった。
「ゲンシ?」
ナミは、難しい問題を前にしたように、眉を歪ませる、、
「科学は人の未来を作るもの。車やロボット、さまざまな機械は、人間の生活をより豊かにしていくのさ。不可能を可能にする、そう、人が空を飛ぶことだって、未来ではできるはずさ。この村には、電気がないなんて、なんて原始的な生活をしてるのか」
アキヲは、「原始」の部分を、どこか馬鹿にしたように、肩を上げた。
「そうなの。科学って、すごいのね」
ナミはあまり興味なさそうに頷きながら、
「お父さん、お母さん、お客様が来たよ」
と、炊事場の戸を開きながら口を開く。
暗がりの中、鍋を煮る炎の灯りが、母親の姿を写し出した。
面長な顔に、赤い唇が印象的だった。その奥では、父親と思われる、丸顔で小太りの男が米を炊いていた。
「こんばんは。あなたのことは、紗羅さんから聞いてますよ。思ったより早い到着でしたね」
母親は、口元に笑みを浮かべて話す。母の目も、ナミと同じように、開かれていなかった。
「私たちが来ることを、知っていたんですか?」
私はその事実に驚き、聞いた。
「そう。紗羅さんは、いつもこの村にやってくる方がわかっています。この村に辿り着けない人も、いるんですよ」
母は優しそうに笑みを浮かべる。
「よくここまで辿り着かれました。歓迎しますよ。いつまでも、ここにいて大丈夫です。ゆっくりしてください」
奥で米を炊いていた父親が、こちらにやって来て、頭を下げる。やはり、父親の目も開かれていなかった。
鍋から立ち込める湯気に混じり、大根の良い匂いに、お腹の音がグウと鳴る。朝から何も食べていないことを思い出す。
「お腹すいてますね。もう少しで夕飯ができますので、囲炉裏で温まっていてくださいね」
母親はそう言って、ナミに私たちを囲炉裏の部屋まで連れて行くように小声で話した。ナミは素直に頷き、私とアキヲを先ほど通ってきた囲炉裏まで案内してくれる。
ナミが囲炉裏の周りに座布団を敷き、私とアキヲに座るように促した。
私たちが座ると、ナミは慣れた手つきでマッチを擦り、囲炉裏に火を点ける。
囲炉裏の火が、畳をひっそりと照らし出す。電気なく、火だけで夜を過ごすことは、初めての経験だった。
不思議と温かいものが流れてくるのを感じた。
なぜだろう、遠い昔にも、このように火を囲み温まっていたような、懐かしい気持ちが沸いていた。
上がり框は二十センチ程あり、靴を脱ぐようにナミに言われる。アキヲが靴を脱ぎ、板の間に上がる。私はその後について靴を脱ぎ、アキヲの後についた。
家は奥まで広々と面積があり、手前に機織り機が二台ある、作業場のような空間が広がっている。
その奥に囲炉裏を囲んだ十五畳程の和室があり、右側には四枚の障子が敷居になっている。
ナミは囲炉裏の傍を通り、障子側には行かずに、奥に続く通路を進んで行った。
月光が照らす明かりを頼りに、その後を、アキヲ、私と続いていく。
狭い板の通路を進んで行くと、誰かが動いている気配と、コトコトと食器が揺れる音が聞こえてくる。
ナミはその方向を指して、
「あそこで、お父さんお母さんが、ご飯作ってる」
と、アキヲに振り向いて言った。
「そうか。炊事場になっているんだね。ねえ、ナミちゃん。家に電気は通ってないのかな?」
アキヲは、人の気配に、幾分か緊張して問うた。
「デンキ?なにそれ?」
ナミは不思議に顔を傾けて聞き返す。
「電気はね、世界を明るくする、科学の光だよ」
アキヲは淡々とした口調で言う。
「世界が明るくなる?火のことではないの?」
ナミは、謎かけを楽しむような口調で言う。
「火なんて、原始的なものしか知らないんだね」
アキヲはため息をつく。どこかからかうような調子もあった。
「ゲンシ?」
ナミは、難しい問題を前にしたように、眉を歪ませる、、
「科学は人の未来を作るもの。車やロボット、さまざまな機械は、人間の生活をより豊かにしていくのさ。不可能を可能にする、そう、人が空を飛ぶことだって、未来ではできるはずさ。この村には、電気がないなんて、なんて原始的な生活をしてるのか」
アキヲは、「原始」の部分を、どこか馬鹿にしたように、肩を上げた。
「そうなの。科学って、すごいのね」
ナミはあまり興味なさそうに頷きながら、
「お父さん、お母さん、お客様が来たよ」
と、炊事場の戸を開きながら口を開く。
暗がりの中、鍋を煮る炎の灯りが、母親の姿を写し出した。
面長な顔に、赤い唇が印象的だった。その奥では、父親と思われる、丸顔で小太りの男が米を炊いていた。
「こんばんは。あなたのことは、紗羅さんから聞いてますよ。思ったより早い到着でしたね」
母親は、口元に笑みを浮かべて話す。母の目も、ナミと同じように、開かれていなかった。
「私たちが来ることを、知っていたんですか?」
私はその事実に驚き、聞いた。
「そう。紗羅さんは、いつもこの村にやってくる方がわかっています。この村に辿り着けない人も、いるんですよ」
母は優しそうに笑みを浮かべる。
「よくここまで辿り着かれました。歓迎しますよ。いつまでも、ここにいて大丈夫です。ゆっくりしてください」
奥で米を炊いていた父親が、こちらにやって来て、頭を下げる。やはり、父親の目も開かれていなかった。
鍋から立ち込める湯気に混じり、大根の良い匂いに、お腹の音がグウと鳴る。朝から何も食べていないことを思い出す。
「お腹すいてますね。もう少しで夕飯ができますので、囲炉裏で温まっていてくださいね」
母親はそう言って、ナミに私たちを囲炉裏の部屋まで連れて行くように小声で話した。ナミは素直に頷き、私とアキヲを先ほど通ってきた囲炉裏まで案内してくれる。
ナミが囲炉裏の周りに座布団を敷き、私とアキヲに座るように促した。
私たちが座ると、ナミは慣れた手つきでマッチを擦り、囲炉裏に火を点ける。
囲炉裏の火が、畳をひっそりと照らし出す。電気なく、火だけで夜を過ごすことは、初めての経験だった。
不思議と温かいものが流れてくるのを感じた。
なぜだろう、遠い昔にも、このように火を囲み温まっていたような、懐かしい気持ちが沸いていた。
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