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石化の少女
カヤコ
しおりを挟むカグヤとチヨの朝は、時間との闘いだ。
「お嬢、急げ~」
「チヨ~。急かさないでよぉ。
わかってる・・・・、わかってるから~。
1本だ、落ち着いて1本いこう。
まだ、あわてるような時間じゃない」
「余計なこと言ってないで、さっさと支度しろ~!」
春は名のみにあらず、ぽかぽか日差しの今日の朝。
谷の鶯が、ひとつ鳴く。
そんなうららかな日和を引き裂くように、カグヤの家に怒号が飛び交う。
「今日も、遅刻したら、きっとばってんパンチっスよ!」
「ひょぇ~。
んだば、急げ~。
だぁ~っしゅだぁ!」
チヨとカグヤは、家から、弾けるように駆け出した。
ちなみにチヨという女の子は、カグヤの家の式神である。カグヤが一人では寂しかろうと、おじさんとおばあさんが、家にいた亀に式神の術を被せて人化させた、言わば一種の妖怪のような存在で、魔法がばっこするこの世界では、そう珍しい存在ではない。
いってらっしゃい、気を付けてね。飛び出す二人に声がかかる。
「ん!
マサキ、いってきま~す!」
「いってきま~す!」
二人に声をかけたマサキという女性も、カグヤの家の式神である。カグヤが寂しかろうとチヨを生み出したまでは良かったものの、ちびっこ2人を同時に育てる技量も体力もなかったおじいさんとおばあさんは、山の子狐に式神の術を被せて、家事手伝いのお姉さんとした。
マサキには、カグヤとチヨのパワーに負けないように、こっそりと強力な妖狐が封印され、その能力が付与されている。しかも、頭には、竜宮城の宝とされる聞き耳頭巾を被っていた。無造作に、お札が何枚も貼り付けられている狐耳形状の薄紅色の頭巾は、ゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けのマサキにとってもお似合いだ。
山里に、春は満ちて、道の辺では、はまおぎ、すすき、まこもの芽が角ぐむ。学校へと続く坂道を転がるようにカグヤとチヨの二人は駆けていく。
遠くに見える堤防の桜の花はすでに散り、葉桜に、その姿を変えている。
カグヤたちの小学校には、一応、定められた制服がある。しかし、指定された特定の日以外は、基本自由だ。しかし、制服は、学校から支給されるので、制服を着用している生徒は意外に多い。
女子は、白色の長袖スクールシャツに、エンジ色のセーラーカラーのブレザー、チェック柄のスカート、足元は黒色のスクールハイソックス、焦げ茶色のローファーという装いだ。
男子は、同じく、白色の長袖スクールシャツに学ラン、白色の靴下に焦げ茶色のローファー。
鞄は、男女ともリュック型のスクールバッグで、色は各自様々だ。
ちなみに、カグヤは、胸元に大きな白いリボンと着物と思わせるような大きな袖口を持った桜色の服に茜色の袴、白い靴下に草履を思わせるようなサンダルシューズ。眉を覆うほどの長さでぱっつり切った前髪と腰より長いストレートの黒髪の容姿と相まって、どこかのお姫様のようだ。
チヨは、白いブラウスに水色の上着と青藍色のスカートで、足元は、白いハイソックス、水色のブーツ。青みがかった癖が強い短めの髪の上に草色のキャスケットを被り、胸には、ペンダントの赤色の宝石が輝いている。小柄な体に大きめのオリーブ色のスクールバッグを背負う姿は、まるでカメのようだ。
学校の傍を流れる川にかかる橋の上で、予鈴の音。
「ひょぇ~。
なんとか、間に合った・・・・」
最後の力を振り絞り、校門を駆け抜ける。
「相変わらず、ギリギリですのね。」
校門のわきに立っていた白い少女がつぶやく。
「あ!
カヤさん、おっはよ~」
「カヤコさん、おはようございます!」
「はい、ごきげんよう。
ほら、早くお行きなさい。
もう、先生がいらっしゃるわ」
ほどなく、本鈴。
いつもの今日が、こうして始まる。
**************
そうして、お昼休み。
「あなたたち、ほんと、おにぎりが好きなのですね」
パンジーやビオラが、色とりどりの花を咲かせている花壇。
その傍の青いベンチで、昼食をパクつく、カグヤとチヨを覗き込み、カヤコはつぶやく。
まあ、実際のところ、カグヤチヨは、毎日食べても飽きない程度におにぎりは好きであったが、どちらからというと、必要に迫られて毎日食べているというのが、本当のところだ。
毎朝、遅刻ギリギリを駆け抜ける2人にとって、朝食の時間は、お寝坊が過ぎれば、取り去られる運命にある。
かといって、朝食を食べなければ、お腹はすく。お腹の虫が騒ぎたてるのだ。
到底、お昼休みまで、耐えれるものではない。
そこで、おにぎり。
おにぎりなのだ。
おにぎりならば、最悪、登校ダッシュしながらでも、食べられる。
走りながら、おにぎりをパクつくなんて・・・・と思わなくもないが、日々の精進の結果、息を切らすこともなく、おにぎりを食べつつ登校ダッシュする二人の姿は、いっそどこか清々しい。
そんなわけで、いつのころからか、お昼用のお弁当も、おにぎりに変わっていった。
朝、おにぎりは持っていくものの、お昼用のお弁当を持たずに家を出てきてしまうことが多発したからだ。
毎朝、マサキは、登校ダッシュでおにぎりを消費しても、お昼の分もしっかり残るように、ちょっぴり多めの数のおにぎりを二人に用意して持たせている。
「おにぎりは、元気のもとだからね~」
「カヤさんも、ひとついかがっスか?
元気がでますよ~」
「たっくさんありますから、遠慮は無用ですよっ」
「ありがとう。
それでは、お言葉に甘えて、おひとつ、いただくわ」
勢いにおされたわけではないが、カヤコは、おにぎりをひとつ取り上げると、お上品にほおばる。
「おいしいですわ」
「でしょ~。
マサキの鮭のおにぎりは、絶品なんだから~!」
カグヤが、ニイッと微笑む。
ちなみに、カヤコがほおばったおにぎりは、おかかである。
「そういえば、普段、カヤコさんは、なに食べてるんっすか?
学校に食べるものって、ほとんどないっスよね?」
チヨは、2個目のおにぎりをパクつきながら、カヤコに問いかける。
「普段ですか?
何も食べておりませんわ、べつだん、なにも」
「え~?
お腹すいたりしないんスか?」
「私は、地縛霊、悪霊ですのよ。
食事なんて、不要ですわ」
「でも、いま、おにぎりパクついてるじゃないっスか~」
「そ、それは、それ。
これは、これですわ。
空気を読む、というのも大切なことなのです、よろしくて?」
「あはは。
まあ、たしかに、ご飯はみんなで食べたほうがおいしいっスからね~。」
昼食を食べ終えた子供たちが、校庭に飛び出してきた。
雲は多いが、いい天気。
午後も、なんだか良い感じで過ごせそうだ。
**************
校門の白い少女カヤコは、本人曰く、地縛霊である。
地縛霊といっても、害はない。
たまに、呪ったりするだけだ。
ほんの少し、ごくたまに。
地縛霊になったのは、この学校ができる少し前。
その理由は、覚えているが、まあ、どうでもいいことらしい。
10年ほど前に、この村、この地域の領主、支配者が変わり、その支配者の意向で、この学校は作られた。
学校とはいえ、人口の少ない村でのこと。ささやかな、ほんの小さな学び舎だ。
学費は当初から無料。
しかし、開校当時は、労働力としての子供を学校に通わせることができるほど余裕のある家は少なく、生徒は数人ばかりで、寂しいものであった。
それでも、村が次第に豊かになってきたためであろう、年を経るにつれ、学校に通う児童も増えてきた。校舎の増築が必要となる日も近いかもしれない。
カヤコは、学校創設時の新入生の一人だった。
一期生として、1年生から6年生までの6年間をこの学び舎で過ごした。
そして卒業後、もう一度、1年生からやり直してみたのだが、さすがに途中で飽きがきた。
それからというもの、学年を問わず、面白そうな授業があるとそこに参加したりすることもあったが、基本的には、学校内をふらふらすることで、日々を過ごしていた。
しかし、ふらふらするだけというのも限界がある。
次第に校内で、壊れた器具や、校舎の傷んだところを見つけ、そこを修復することを始めていた。カヤコは、生まれつきカミムスビの力を有している。だから、壊れたものを修復することができたらしい。
また、カヤコの呪いは、苛烈である。一切の妥協を許さない。
カヤコが作り上げた地獄の深淵。
情け容赦なくそこに叩き込む。
とはいえ、以前に比べれば、呪いの発動は激減した。呪い続けていれば、自然とその対象は減少してしまうものである。
しかし、カヤコは、自称、悪霊。
減ったとはいえ、たまには、呪いを発動しなけりゃ、清く正しいばかりでは、うっかり成仏しかねない。塩水ばかりじゃ、ふやけてしまうのだ。
悪霊を自認している以上、向こうにわたったら、天国になんぞ行けるとは思っていない。
きっと地獄に送られる。
だが、悪霊とはいえ、地獄になんて行きたくはない。
毎日、それなりに楽しくありたいのだ。
だから、成仏なんて、まっぴらごめんである。
だからといって、呪いを発動しまくるのも考え物だ。
有害指定を受けて、エクソシストなぞに除霊され、是非もなくあちらがわに送り込まれてしまう危険性が向上する。
だから、ほどほど善行をする。
一日一善。
この世で楽しくあるには、バランス感覚が大切なのだ。
カヤコは、人に対しては、割と寛容だ。
いやな奴もいるが、それも個性なのだと、どこか割り切っているところがある。
この世で楽しくあるには、違いも許容する寛容な心をもつのも大切なのだ。
しかし、許せないヤツもいる。
存在すらも、耐えられないヤツがいる。
それは、黒光りのG。
白い少女カヤコにとって、黒光りの昆虫Gは、耐えられない存在だ。
感知次第、呪いを発動し、地獄の深淵に叩き込む。
創立当初は、黒光りのGが百出した校内も、カヤコの呪いにより、今やその姿もない。
カヤコは、たまに村にでる。
そう広くはない商店街をふらふらと見て回るのが趣味なのだ。
地縛霊とは、いったい何なのだろう。
そして、甘味処で甘味を堪能する。
悪霊とはいえ少女、スイーツには目がないのだ。
校内の黒光りのGを撲滅したカヤコの呪いは、その発動回数の多さによってレベルアップしていた。
村では、スイーツの効果もあって、倍率ドン!さらに倍!で、一定エリア内自動発動、一種の結界に昇華していた。
最初のころは、カヤコがくるとなんか黒光りのGが出てこないようなきがするな~と、なんとなく感じていた商店街の人々も、カヤコが来るたびに目に見えて減っていく黒光りのGの数を見て、それが、カヤコの能力によるものと確信する。
いまやカヤコは、商店街の聖女であり、敬い尊ばれる存在だ。
八百屋のおばちゃんは、カヤコの後ろ姿に、手を合わせて拝んでいるし、竹細工屋の兄ちゃんは、カヤコの笑顔に後光を見たりする。
地縛霊で、悪霊で、聖女な白い少女カヤコ、おそるべし。
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