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第二章
捨てられた老婆
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ついさっきの出来事が脳裏をよぎった。するとルトが急ぎ足で歩きだし、岩の近くに座る人に近づいていった。
「大丈夫ですか?」
ルトが声をかけたのは、背中の丸くなった白髪の老女だ。赤黒いマントで体を包み、自分の体を抱くようにして座り込んでいたのである。
「おばあさん、大丈夫?」
ミスティも同じく声をかける。するとゆっくりと顔を上げた老婆はしわがれた声で「水を……」と言った。ミスティは急いで鞄から水の入った水筒を取り出した。
「これ、水です」
水筒を渡すと、シワシワの手が震えながら慌てたように掴んで飲み始めた。ゆっくり飲んでくださいね、とミスティは声をかける。
「こんな場所で一人、どうしたんですか? 誰かを待っているんですか?」
人気のない山道で老婆が一人でいるなんてどう考えてもおかしい。
「息子が、私をここに置いて、行ってしまったんだ……」
衝撃的な言葉に、ルトもミスティも息を呑んだ。二人は顔を見合わせ、本当に? と無言で会話をする。
「それは本当か? あなたの息子があなたをここに置いて行ったと?」
「そう、息子だ。私は足が悪いから、息子がいつも邪魔そうにしていた。だからここに捨てたんだろう。もうしかたがない。息子に、迷惑はかけられない」
消え入りそうな老婆の声はミスティの胸を打った。足が悪いからといって自分の母親を山に捨てるなんて信じられない。
「ひどすぎる」
「私はもう、山で死ぬしかないんだ」
老婆がそう言ったとき、ミスティの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「この世の中に、死んでもいい人間なんていません! 僕はその日のことしか覚えていられなくて、明日になったら今日のことは忘れてしまう。両親にはすごく迷惑をかけていたし、村の人には煙たがられた。それでも死ぬほどのことじゃないと思ってます。命はひとつだけ。だから大切で奇跡なんです」
「そうだ。死んでもいい人間など、この世にはいない」
ルトが老婆に向かって手を差し出した。
「この先の村にあなたの家があるんですか?」
「そうだけど、息子は家に入れてはくれまいよ」
「俺が話をしてみよう。だから一緒に帰ろう」
ルトが老婆の前で膝をつき背中を向けた。おぶるから乗れと言っているのだ。
「僕も息子さんと話します。だからここで死ぬなんて、言わないで」
ミスティは老婆を立たせ、ルトの背中の上にその小さな体を乗せた。彼女の体はとても軽く骨ばっていて、それがミスティの胸を締めつけた。
(自分の母親を捨てるなんて、信じられない。こんなに痩せて、食事もまともにさせてもらっていないんじゃないかな)
ルトが背中に老婆を乗せて立ち上がった。その後ろをミスティがついて歩く。彼女の名前はリアンというらしい。ルトの背中でリアンはずっと「ありがとう、ありがとう」と繰り返していた。
「あんたらはどこに向かっているんかね?」
リアンが尋ねてきた。その質問にミスティは答えられない。黙っているとルトが口を開く。
「俺は黒竜病に効く薬を探している。後ろのミスティは物忘れに効く薬を探しているんだ。お互いになにかを探す旅をしている。リアンはそういう薬について知っているか?」
「うちの村に物知りな爺さんがいてな、トラジというんだが、その人なら知っているかもしれんな」
「そうか。ならリアンの村に行く理由ができたな。なんて村だ?」
「ガレヤフ村だよ。あんたの足なら一時間もあれば着くね」
「そうか。なら今日はガレヤフ村に泊まるか。宿屋はあるか?」
「そんなものはないよ。小さい村だからね。うちの次男のロドリゲスの家に連れて行っておくれ」
「リアンさんを山に捨てたのは長男なのか?」
「そうだ。私を捨てたのは長男のオーリン。次男のロドリゲスはいい子だ」
ならばその次男の家へ行こうという話になった。目的地が決まったので、ルトとミスティの足取りは軽い。リアンの言う通り、一時間足らずで森を抜けガレヤフ村に到着した。そこはミスティが過ごしたククルド村と同じような規模だ。
「なんだか懐かしいな。僕のいたククルド村に似てる」
点々と民家が立ち並び、緑の牧草がどこまでも続く。空とその向こうに見える山々のコントラストが切なさを連れてきた。脳裏に浮かぶ母の笑う顔。菜園で手を振る父の姿が思い出される。
(父さんと母さんの記憶は残っていてよかった)
思わず泣きそうになって、ルトやリアンに気づかれないよう目元を擦るのだった。
村に入ってリアンの指示でロドリゲスの家に向かっていると、前方から一人の男性が走ってくるのが見えた。
「母さん! 母さん!」
ルトが背負っているリアンに言っているようだ。
「すみません、母を連れてきてくださったんですか?」
大柄の男性が両手を膝について、肩で息をしている。茶色の短髪と髪と同じ瞳の色。そしてリアンにどことなく似ている面立ちは、彼がリアンの息子であることを証明する。年齢は三十歳前後だろうか。爽やかな印象の男性である。
「あなたはロドリゲスさんか?」
「はい。ついさっき、兄のオーリンが母を山に捨てたと言うので、驚いて探しに出ようとしてたところで。 母を見つけて連れてきてくださって、ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
ルトが声をかけたのは、背中の丸くなった白髪の老女だ。赤黒いマントで体を包み、自分の体を抱くようにして座り込んでいたのである。
「おばあさん、大丈夫?」
ミスティも同じく声をかける。するとゆっくりと顔を上げた老婆はしわがれた声で「水を……」と言った。ミスティは急いで鞄から水の入った水筒を取り出した。
「これ、水です」
水筒を渡すと、シワシワの手が震えながら慌てたように掴んで飲み始めた。ゆっくり飲んでくださいね、とミスティは声をかける。
「こんな場所で一人、どうしたんですか? 誰かを待っているんですか?」
人気のない山道で老婆が一人でいるなんてどう考えてもおかしい。
「息子が、私をここに置いて、行ってしまったんだ……」
衝撃的な言葉に、ルトもミスティも息を呑んだ。二人は顔を見合わせ、本当に? と無言で会話をする。
「それは本当か? あなたの息子があなたをここに置いて行ったと?」
「そう、息子だ。私は足が悪いから、息子がいつも邪魔そうにしていた。だからここに捨てたんだろう。もうしかたがない。息子に、迷惑はかけられない」
消え入りそうな老婆の声はミスティの胸を打った。足が悪いからといって自分の母親を山に捨てるなんて信じられない。
「ひどすぎる」
「私はもう、山で死ぬしかないんだ」
老婆がそう言ったとき、ミスティの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「この世の中に、死んでもいい人間なんていません! 僕はその日のことしか覚えていられなくて、明日になったら今日のことは忘れてしまう。両親にはすごく迷惑をかけていたし、村の人には煙たがられた。それでも死ぬほどのことじゃないと思ってます。命はひとつだけ。だから大切で奇跡なんです」
「そうだ。死んでもいい人間など、この世にはいない」
ルトが老婆に向かって手を差し出した。
「この先の村にあなたの家があるんですか?」
「そうだけど、息子は家に入れてはくれまいよ」
「俺が話をしてみよう。だから一緒に帰ろう」
ルトが老婆の前で膝をつき背中を向けた。おぶるから乗れと言っているのだ。
「僕も息子さんと話します。だからここで死ぬなんて、言わないで」
ミスティは老婆を立たせ、ルトの背中の上にその小さな体を乗せた。彼女の体はとても軽く骨ばっていて、それがミスティの胸を締めつけた。
(自分の母親を捨てるなんて、信じられない。こんなに痩せて、食事もまともにさせてもらっていないんじゃないかな)
ルトが背中に老婆を乗せて立ち上がった。その後ろをミスティがついて歩く。彼女の名前はリアンというらしい。ルトの背中でリアンはずっと「ありがとう、ありがとう」と繰り返していた。
「あんたらはどこに向かっているんかね?」
リアンが尋ねてきた。その質問にミスティは答えられない。黙っているとルトが口を開く。
「俺は黒竜病に効く薬を探している。後ろのミスティは物忘れに効く薬を探しているんだ。お互いになにかを探す旅をしている。リアンはそういう薬について知っているか?」
「うちの村に物知りな爺さんがいてな、トラジというんだが、その人なら知っているかもしれんな」
「そうか。ならリアンの村に行く理由ができたな。なんて村だ?」
「ガレヤフ村だよ。あんたの足なら一時間もあれば着くね」
「そうか。なら今日はガレヤフ村に泊まるか。宿屋はあるか?」
「そんなものはないよ。小さい村だからね。うちの次男のロドリゲスの家に連れて行っておくれ」
「リアンさんを山に捨てたのは長男なのか?」
「そうだ。私を捨てたのは長男のオーリン。次男のロドリゲスはいい子だ」
ならばその次男の家へ行こうという話になった。目的地が決まったので、ルトとミスティの足取りは軽い。リアンの言う通り、一時間足らずで森を抜けガレヤフ村に到着した。そこはミスティが過ごしたククルド村と同じような規模だ。
「なんだか懐かしいな。僕のいたククルド村に似てる」
点々と民家が立ち並び、緑の牧草がどこまでも続く。空とその向こうに見える山々のコントラストが切なさを連れてきた。脳裏に浮かぶ母の笑う顔。菜園で手を振る父の姿が思い出される。
(父さんと母さんの記憶は残っていてよかった)
思わず泣きそうになって、ルトやリアンに気づかれないよう目元を擦るのだった。
村に入ってリアンの指示でロドリゲスの家に向かっていると、前方から一人の男性が走ってくるのが見えた。
「母さん! 母さん!」
ルトが背負っているリアンに言っているようだ。
「すみません、母を連れてきてくださったんですか?」
大柄の男性が両手を膝について、肩で息をしている。茶色の短髪と髪と同じ瞳の色。そしてリアンにどことなく似ている面立ちは、彼がリアンの息子であることを証明する。年齢は三十歳前後だろうか。爽やかな印象の男性である。
「あなたはロドリゲスさんか?」
「はい。ついさっき、兄のオーリンが母を山に捨てたと言うので、驚いて探しに出ようとしてたところで。 母を見つけて連れてきてくださって、ありがとうございます」
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