17 / 48
第二章
トラジの本棚
しおりを挟む
(もしかして、やっぱり前にもこんなふうに……?)
ルトの唇はすぐに離れていき、頬に触れていた手がミスティの頭の上に載せられた。
「俺にキスをされるの、いやじゃないのか?」
「……いやじゃないです。それに、これも、好きです」
頭の上に載せられた手を指差すと、一瞬驚いた顔を下ルトが、思い切り破顔した。まるでパチパチとなにかが弾けるような刺激が、ミスティの胸に生まれる。
「そうか、ありがとう」
ルトに抱きしめられて、信じられないほど心臓がドキドキしていた。宿屋から脱出したときよりずっとミスティの心臓は早鐘をうち、全身が熱くなっていくのがわかる。
(この気持ち、なんだろう? 僕どうしちゃったんだ?)
ルトに触れられるとドキドキする。これまでこんなふうになったことはない。でもミスティには過去の記憶はないから、どうしてこんなに気持ちが高揚するのかがわからなかった。
(僕は、ルトさんとなにか、あったのかな?)
日記には特にルトとの関係については書いてなかった。今日のことを日記に書くか悩むが、なんとなく照れくさくて書けないような気もする。
「行こうか。ミスティ」
「あ、はい」
頬が赤くなっている気がして、それを知られまいと少し下を向いて返事をした。村に吹く涼しい風がその熱をそっとやさしくさらっていった。
ロドリゲスに教えてもらったトラジの家は村外れにあった。こぢんまりとした家に、トラジは一人で住んでいるらしい。
「こんにちは。トラジさん。いますか?」
ミスティが声をかけるも返答はない。扉の前でミスティはルトと顔を見合わせる。もしかしたら留守なのだろうか。ロドリゲスが言うには、トラジは足が悪いので家からは滅多に出ないらしい。だから返事がなかったら何度も呼んでみたほうがいいと言われていた。
「窓から見てみましょうか」
ミスティが玄関のすぐ横にある窓から中を覗き込んだ。するとゆりかご椅子にトラジが座り、眠っているように見えた。
「寝てますねぇ、ルトさん」
「そうだな。扉は開いているかもしれないな」
ルトがそう言って扉のノブに手をかけた。するとルトの言うように扉は開いていた。二人はそっと中に入り、ゆりかご椅子で寝息を立てているトラジに近づいた。
「トラジさん、すみません。起きてください」
ミスティが静かに声をかけるとトラジがゆっくりと目を開けた。
「あ? あんたら、なんじゃ?」
寝ぼけ眼でトラジがミスティとルトを見ている。歳のころは八十歳くらいだろうか。白髪が少しだけ残る頭部は寂しげだ。目は糸のように細く、見えているのかどうかさえわからない。掠れた声で誰か? と問われた。
「僕はミスティ、こっちはルト。今ロドリゲスさんの家でお世話になっています」
「おお、ロドニーの家に。それで、わしになにか用かい?」
見た目は年老いているが、耳はしっかりしているようだ。シワシワの手を伸ばしてくるので、ミスティはトラジの手を両手で掴んで握る。
「トラジさんに聞きたいことがあるんです。ロドリゲスさんがトラジさんなら知っているかも、と言っていたので訪ねてきました」
ミスティは後ろに立つルトを見る。するとルトが視線を合わせるように、トラジの横で膝をついた。
「俺は黒竜病なんだ。それを治す薬を探している。なにか知っていることはあるだろうか? 彼……ミスティは物忘れの薬を探している。トラジさんが物知りだから知っているだろうと、ロドリゲスさんに言われて来た。なにか知っていることがあれば、教えてもらいたいんだ」
ルトがひと通り説明すると「ふむ……」とひとこと言ったあと、骨ばった細い指先が左側を指差した。ミスティとルトは同時にその方向を見やる。そこには木製の車椅子があった。どうやらそれを取ってくれと言っているようだ。
ミスティはトラジの手を離し、車椅子を取りに行く。近くまで持ってくると、立ち上がるトラジをルトが支えその車椅子に座らせた。
「すまないね。歩くのがもうかなり大変で、今はこれがないとだめなんじゃ」
こっちだよ、とトラジが車椅子を器用に操って家の奥の方へと入っていく。ミスティとルトもトラジについて行く。部屋の扉を器用に開けたトラジが中に入る。そこは部屋中に本がたくさん収蔵されていた。
「うあぁ……すごい。本がいっぱいだ」
天井までびっしりと本棚にしまわれた本。それ以外に床にも積んであり、車椅子では奥まで行けないだろう。
「ここに答えがあるじゃろう。わしはもう、この足じゃ。上の方は届かんし、探すこともできん。本を持ち出さなければ好きなだけいてもいいよ」
トラジが得意げに笑い、ほらいけ、と手でミスティとルトを促した。
「本当にすごい本の数だ」
ミスティは部屋を見渡しながら驚きの声を上げる。ここにどのくらいの本があるのか。千冊、いやもっとあるだろう。
「よし、始めようか」
ルトのかけ声で本棚に近づき、目当ての本を探し始めた。手前に積み上げられた本が邪魔で作業は難航する。時間をかけてなんとか本棚から出した本を、隣の部屋に持って行く。ここから有力な情報を得られれば、二人の旅はさらに有意義なものになるだろう。
ルトの唇はすぐに離れていき、頬に触れていた手がミスティの頭の上に載せられた。
「俺にキスをされるの、いやじゃないのか?」
「……いやじゃないです。それに、これも、好きです」
頭の上に載せられた手を指差すと、一瞬驚いた顔を下ルトが、思い切り破顔した。まるでパチパチとなにかが弾けるような刺激が、ミスティの胸に生まれる。
「そうか、ありがとう」
ルトに抱きしめられて、信じられないほど心臓がドキドキしていた。宿屋から脱出したときよりずっとミスティの心臓は早鐘をうち、全身が熱くなっていくのがわかる。
(この気持ち、なんだろう? 僕どうしちゃったんだ?)
ルトに触れられるとドキドキする。これまでこんなふうになったことはない。でもミスティには過去の記憶はないから、どうしてこんなに気持ちが高揚するのかがわからなかった。
(僕は、ルトさんとなにか、あったのかな?)
日記には特にルトとの関係については書いてなかった。今日のことを日記に書くか悩むが、なんとなく照れくさくて書けないような気もする。
「行こうか。ミスティ」
「あ、はい」
頬が赤くなっている気がして、それを知られまいと少し下を向いて返事をした。村に吹く涼しい風がその熱をそっとやさしくさらっていった。
ロドリゲスに教えてもらったトラジの家は村外れにあった。こぢんまりとした家に、トラジは一人で住んでいるらしい。
「こんにちは。トラジさん。いますか?」
ミスティが声をかけるも返答はない。扉の前でミスティはルトと顔を見合わせる。もしかしたら留守なのだろうか。ロドリゲスが言うには、トラジは足が悪いので家からは滅多に出ないらしい。だから返事がなかったら何度も呼んでみたほうがいいと言われていた。
「窓から見てみましょうか」
ミスティが玄関のすぐ横にある窓から中を覗き込んだ。するとゆりかご椅子にトラジが座り、眠っているように見えた。
「寝てますねぇ、ルトさん」
「そうだな。扉は開いているかもしれないな」
ルトがそう言って扉のノブに手をかけた。するとルトの言うように扉は開いていた。二人はそっと中に入り、ゆりかご椅子で寝息を立てているトラジに近づいた。
「トラジさん、すみません。起きてください」
ミスティが静かに声をかけるとトラジがゆっくりと目を開けた。
「あ? あんたら、なんじゃ?」
寝ぼけ眼でトラジがミスティとルトを見ている。歳のころは八十歳くらいだろうか。白髪が少しだけ残る頭部は寂しげだ。目は糸のように細く、見えているのかどうかさえわからない。掠れた声で誰か? と問われた。
「僕はミスティ、こっちはルト。今ロドリゲスさんの家でお世話になっています」
「おお、ロドニーの家に。それで、わしになにか用かい?」
見た目は年老いているが、耳はしっかりしているようだ。シワシワの手を伸ばしてくるので、ミスティはトラジの手を両手で掴んで握る。
「トラジさんに聞きたいことがあるんです。ロドリゲスさんがトラジさんなら知っているかも、と言っていたので訪ねてきました」
ミスティは後ろに立つルトを見る。するとルトが視線を合わせるように、トラジの横で膝をついた。
「俺は黒竜病なんだ。それを治す薬を探している。なにか知っていることはあるだろうか? 彼……ミスティは物忘れの薬を探している。トラジさんが物知りだから知っているだろうと、ロドリゲスさんに言われて来た。なにか知っていることがあれば、教えてもらいたいんだ」
ルトがひと通り説明すると「ふむ……」とひとこと言ったあと、骨ばった細い指先が左側を指差した。ミスティとルトは同時にその方向を見やる。そこには木製の車椅子があった。どうやらそれを取ってくれと言っているようだ。
ミスティはトラジの手を離し、車椅子を取りに行く。近くまで持ってくると、立ち上がるトラジをルトが支えその車椅子に座らせた。
「すまないね。歩くのがもうかなり大変で、今はこれがないとだめなんじゃ」
こっちだよ、とトラジが車椅子を器用に操って家の奥の方へと入っていく。ミスティとルトもトラジについて行く。部屋の扉を器用に開けたトラジが中に入る。そこは部屋中に本がたくさん収蔵されていた。
「うあぁ……すごい。本がいっぱいだ」
天井までびっしりと本棚にしまわれた本。それ以外に床にも積んであり、車椅子では奥まで行けないだろう。
「ここに答えがあるじゃろう。わしはもう、この足じゃ。上の方は届かんし、探すこともできん。本を持ち出さなければ好きなだけいてもいいよ」
トラジが得意げに笑い、ほらいけ、と手でミスティとルトを促した。
「本当にすごい本の数だ」
ミスティは部屋を見渡しながら驚きの声を上げる。ここにどのくらいの本があるのか。千冊、いやもっとあるだろう。
「よし、始めようか」
ルトのかけ声で本棚に近づき、目当ての本を探し始めた。手前に積み上げられた本が邪魔で作業は難航する。時間をかけてなんとか本棚から出した本を、隣の部屋に持って行く。ここから有力な情報を得られれば、二人の旅はさらに有意義なものになるだろう。
0
あなたにおすすめの小説
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方
ばつ森⚡️8/22新刊
BL
【だって、だって、ずぎだっだんだよおおおおおお】
公爵令息のエマニュエルは、異世界から現れた『神子』であるマシロと恋仲になった第一王子・アルフレッドから『婚約破棄』を言い渡されてしまった。冷酷に伝えられた沙汰は、まさかの『身ぐるみはがれて国外追放』!?「今の今まで貴族だった僕が、一人で生きて行かれるわけがない!」だけど、エマニュエルには、頼りになる従者・ケイトがいて、二人の国外追放生活がはじまる。二人の旅は楽しく、おだやかで、順調に見えたけど、背後には、再び、神子たちの手がせまっていた。
「してみてもいいですか、――『恋人の好き』」
世界を旅する二人の恋。そして驚愕の結末へ!!!
【謎多き従者×憎めない悪役】
4/16 続編『リスティアーナ女王国編』完結しました。
原題:転んだ悪役令息の僕と、走る従者の冒険のはなし
トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
王子様と一緒。
紫紺
BL
田中明夫は作家を目指して10年、全く目が出ない男だ。
ある日、書店の前で金髪青い目の青年が突然話しかけてきた。最初は胡散臭く思っていたのだが……。
南の国の第2王子アスラン、その護衛トーゴー、田中が住むアパートの大家や住人の奨励会員などなど。
様々な人間模様と恋模様が織りなすBL多めのラブコメ開幕です!
洗濯日和!!!
松本カナエ
BL
洗濯するオメガバース。BL。
Ωの鈴木高大は、就職に有利になるためにαと番うことにする。大学食堂で出逢ったαの横峯大輔と付き合うことになるが、今までお付き合いなどしたことないから、普通のお付き合い普通の距離感がわからない。
ニコニコ笑って距離を詰めてくる横峯。
ヒート中に俺の部屋においでと誘われ、緊張しながら行くと、寝室に山ができていた。
巣作りしてもらうために洗濯物を溜め込むαと洗濯するΩ。
12話一旦完結からの17話完結。
卒業旅行番外編。
(素敵な表紙はpome様。感謝しかありません)
※大島Q太様のTwitter企画「#溺愛アルファの巣作り」に参加したのを加筆して出します。
※オメガバースの設定には、独自解釈もあるかと思います。何かありましたらご指摘下さい。
※タイトルの後ろに☆ついてるのはRシーンあります。▲ついてるのはオメガハラスメントシーンがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる