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竜神教会
1.勇者と聖女の初対面
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サフィアは、空色の瞳に目の前の全身鏡を映した。
白く光沢のある神官服には汚れも皺もない。腰まである桃色の髪はふんわりと広がり、寝癖は完璧に直っている。
「よし。大丈夫、大丈夫……」
そうサフィアは自分に言い聞かせるように呟いて、深呼吸をした。
サフィアは、闇竜を倒すことを使命とされた聖女だった。そしてこれから彼女は、生まれて初めて、闇竜討伐の相方である勇者と対面することになっている。
「聖女様、勇者様がお越しになられました。大司教室でお待ちです」
「ええ、分かりました」
扉越しの神官の声に返事をして、サフィアは自分の左の手のひらを見た。そこには、勇者と聖女にしか刻まれない、光竜の紋章が輝いている。
レプティル王国では、闇竜の卵が孵る時、この紋章が刻まれた子供が男女一人ずつ産まれてくる。それが、勇者と聖女だ。二人は、本来人間には扱えない光魔法を使うことができ、唯一闇竜を倒すことができる存在だった。
しかしサフィアが産まれてから十七年半の間、勇者は見つかっていなかった。だからサフィアは、自分一人で闇竜を倒すべく修行を続けていた。そして旅立ちまであと半年というところで、右手に紋章が刻まれた勇者が発見されたのだ。
一体、どんな人なのだろう。不安半分、期待半分で、サフィアは自分の部屋を出た。
大司教室の前について、また深呼吸をする。
大司教はサフィアにとって父親代わりのような人物なので、普段はこの部屋に入るのに緊張しないのだが……この中にこれから一緒に戦う勇者がいると思うと、心臓がバクバク鳴って落ち着かない。
意を決して扉をノックすれば、部屋の主の返事が返ってきた。
「失礼いたします」
サフィアが扉を開けると、大司教と、癖なのかところどころツンと跳ねた金髪の青年がいた。彼が勇者なのだろう。
振り返ったその人と目が合い、サフィアは息を呑んだ。どこか警戒するような色を乗せた、深い緑の瞳をしていた。それに対して、整った顔には何の感情も乗せられていない。まったくの無表情だ。けれど怖さはなくて、どこか清浄な空気を纏っている。浮世離れした雰囲気の、美しい男の人だった。
「聖女様。彼がようやく見つかった、今代の勇者様でございます」
大司教の言葉に、勇者のオーラに圧倒されていたサフィアは、はっと意識を取り戻した。こほんと軽く咳払いをして部屋に踏み入れ、勇者の前に立つ。
「初めまして。わたしはサフィアと申します。今代の聖女です」
「………………アーサー」
間をおいて、勇者がぽつりと呟いた。アーサー。それが彼の名前らしい。
「アーサーさま、ですね。よろしくお願いいたします」
「…………」
サフィアの言葉に、アーサーは返事をしなかった。それどころか目線を逸らし、部屋の隅を見つめる。サフィアはあまりコミュニケーションを取ってくれないアーサーに少し困って、そして気付いた。最近やっと見つかったということは、彼はサフィアとは違って、勇者としての教育を今まで受けてこなかったことになる。緊張もしているだろうし、不安も大きいだろう。
つまり自分は、先輩のようなものだ。サフィアは少しでも彼を安心させようと親しみを込めてアーサーの手を取り、その右手に自分の左手を重ねた。約束を守ることを表す、レプティル王国の風習だ。
「ご安心ください。わたしが勇者様をお守りすると、約束いたしますので!」
「…………は」
アーサーは目を僅かに見開いて、サフィアをじっと見つめた。サフィアは、少しでもアーサーの表情が変わったことに満足して微笑む。目が合ったままアーサーはぱちぱちと瞬きをして、また逸らした。その白い肌は少し血色が良くなったように見える。彼の緊張を、少しでも和らげることができたようだ。
サフィアがにこにこと笑いながらアーサーを眺めていると、大司教が溜息をついた。最近皺が目立ってきたというのに、眉を寄せてまた新たな皺を作ってしまっている。
「……とりあえず、離れなさい」
「あっ、す、すみません!」
父親代わりの大司教の前にいたことを思い出すと、途端に恥ずかしくなってしまった。
サフィアが慌てて手を離して謝ると、アーサーは「いや……」と呟き、光竜の紋章が刻まれた自分の右の手のひらを見つめた。
白く光沢のある神官服には汚れも皺もない。腰まである桃色の髪はふんわりと広がり、寝癖は完璧に直っている。
「よし。大丈夫、大丈夫……」
そうサフィアは自分に言い聞かせるように呟いて、深呼吸をした。
サフィアは、闇竜を倒すことを使命とされた聖女だった。そしてこれから彼女は、生まれて初めて、闇竜討伐の相方である勇者と対面することになっている。
「聖女様、勇者様がお越しになられました。大司教室でお待ちです」
「ええ、分かりました」
扉越しの神官の声に返事をして、サフィアは自分の左の手のひらを見た。そこには、勇者と聖女にしか刻まれない、光竜の紋章が輝いている。
レプティル王国では、闇竜の卵が孵る時、この紋章が刻まれた子供が男女一人ずつ産まれてくる。それが、勇者と聖女だ。二人は、本来人間には扱えない光魔法を使うことができ、唯一闇竜を倒すことができる存在だった。
しかしサフィアが産まれてから十七年半の間、勇者は見つかっていなかった。だからサフィアは、自分一人で闇竜を倒すべく修行を続けていた。そして旅立ちまであと半年というところで、右手に紋章が刻まれた勇者が発見されたのだ。
一体、どんな人なのだろう。不安半分、期待半分で、サフィアは自分の部屋を出た。
大司教室の前について、また深呼吸をする。
大司教はサフィアにとって父親代わりのような人物なので、普段はこの部屋に入るのに緊張しないのだが……この中にこれから一緒に戦う勇者がいると思うと、心臓がバクバク鳴って落ち着かない。
意を決して扉をノックすれば、部屋の主の返事が返ってきた。
「失礼いたします」
サフィアが扉を開けると、大司教と、癖なのかところどころツンと跳ねた金髪の青年がいた。彼が勇者なのだろう。
振り返ったその人と目が合い、サフィアは息を呑んだ。どこか警戒するような色を乗せた、深い緑の瞳をしていた。それに対して、整った顔には何の感情も乗せられていない。まったくの無表情だ。けれど怖さはなくて、どこか清浄な空気を纏っている。浮世離れした雰囲気の、美しい男の人だった。
「聖女様。彼がようやく見つかった、今代の勇者様でございます」
大司教の言葉に、勇者のオーラに圧倒されていたサフィアは、はっと意識を取り戻した。こほんと軽く咳払いをして部屋に踏み入れ、勇者の前に立つ。
「初めまして。わたしはサフィアと申します。今代の聖女です」
「………………アーサー」
間をおいて、勇者がぽつりと呟いた。アーサー。それが彼の名前らしい。
「アーサーさま、ですね。よろしくお願いいたします」
「…………」
サフィアの言葉に、アーサーは返事をしなかった。それどころか目線を逸らし、部屋の隅を見つめる。サフィアはあまりコミュニケーションを取ってくれないアーサーに少し困って、そして気付いた。最近やっと見つかったということは、彼はサフィアとは違って、勇者としての教育を今まで受けてこなかったことになる。緊張もしているだろうし、不安も大きいだろう。
つまり自分は、先輩のようなものだ。サフィアは少しでも彼を安心させようと親しみを込めてアーサーの手を取り、その右手に自分の左手を重ねた。約束を守ることを表す、レプティル王国の風習だ。
「ご安心ください。わたしが勇者様をお守りすると、約束いたしますので!」
「…………は」
アーサーは目を僅かに見開いて、サフィアをじっと見つめた。サフィアは、少しでもアーサーの表情が変わったことに満足して微笑む。目が合ったままアーサーはぱちぱちと瞬きをして、また逸らした。その白い肌は少し血色が良くなったように見える。彼の緊張を、少しでも和らげることができたようだ。
サフィアがにこにこと笑いながらアーサーを眺めていると、大司教が溜息をついた。最近皺が目立ってきたというのに、眉を寄せてまた新たな皺を作ってしまっている。
「……とりあえず、離れなさい」
「あっ、す、すみません!」
父親代わりの大司教の前にいたことを思い出すと、途端に恥ずかしくなってしまった。
サフィアが慌てて手を離して謝ると、アーサーは「いや……」と呟き、光竜の紋章が刻まれた自分の右の手のひらを見つめた。
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