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第三八話 トラウマ

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「シルウ、いよいよ例の壺が完成するまであと5人ねっ」
「ですわねえ……」

 サンドイッチを片手に声を弾ませるマガレットに対し、シルウが紅茶を啜りつつ満足げに相槌を打つ。

 第三位に位置する大手ギルド『サンクチュアリ』の宿舎の外では、エルフィを除いたメンバーがいつものように昼食を取っているところだった。

「最近は警戒されてるらしくて、良い獲物がなかなか見つかりませんけれど……」
「ま、あと5人ならなんとかなりそうだけどな」

 ロンが会話に割り込んでくる。彼はそれまで食べ物にほとんど触れることなく、ひたすら本に目を通していた。

「うんうん。あたしもそう思う。できればケイスみたいな間抜けな坊やを弄りつつ楽しみたいもんだね」
「ククッ……ケイスか、懐かしい。蛆虫のくせにマスターに対してあそこまで勘違いできるやつなんてそうはいないと思う」
「「プククッ……」」

 マガレットとロンがそれぞれ髑髏の杖と本を口に当てて笑い合う。

「二人とも……いくら面白いからって、食事中に汚物の名前を出すのはやめてくださいまし……」
「あははっ。あたしはそうでもなかったけどシルウにとっちゃ相当なトラウマみたいだねぇ。そういや受肉の壺なんだけどさ、完成したら一口で一年分若返るって本当?」
「ええ、そうですよ。全部飲み干せば永遠の若さが手に入ると言われておりますが」
「ふーん……まさか、シルウが全部飲んじゃうなんてことはないよね?」
「僕も一口くらい欲しいなー」
「わかってますとも。私が一番多く貰いますけどねえ。ズズッ――」
「――マスター」
「ブハッ!」

 突然エルフィに声をかけられ、シルウが紅茶を吐き出してマガレの顔にかかる。

「ちょ、ちょっとお……」
「ク……ククッ……」

 体を折り曲げて笑うロンだったが、マガレットに睨まれてすぐさま本で顔を隠した。

「……わ、悪いのは私ですわ、マガレ。っていうか……エルフィ、あなたって人は……!」
「悪い、マスター。昨日、『デスペラード』について調べたらとんでもないことがわかったのだ」
「……で、なんなのです? やはり偽物でしたか? それとも……ズズッ……」

 紅茶を口に含んだシルウの目に怪しい光が宿る。

「それが……ケイスだった――」
「――ブッ!」

 今度はロンに向かって紅茶を噴き出すシルウ。

「……マ、マスター、酷い。これ新品なのに……」
「プ、ププッ……」

 濡れた本を手に呆然とするロンの横でマガレットが噴き出し、その場はなんとも気まずい空気に包まれる。

「こほっ、こほっ……ロン、本は弁償しますわ。それよりエルフィ、一体なんなんですか。何故急に汚物の名前を出したのです……?」
「例のファルナスに似たギルドマスターがメンバーからそう呼ばれていたゆえ……」
「……は、はあ? ファルナス様がなんでケイス……いや、あの汚物なのですか! そもそもアレはもう死んでいるはずでしょう!」
「しかし……」
「あ……ということはやはり別人だったということですね。それほど似た方なら一度見てみたい気もしますが、名前がいけません。今すぐ改名すべきですわ……」
「いや……残念ながら、ケイスは生きている」
「……へ?」
「これを見てほしいのだ」

 エルフィがシルウに見せたタブレットには、とあるスキルについての詳細が表示されていた。

 スキルの名称【転送】

 種類:特殊系

 精神力の消費:小

 効果:狭い範囲であれば、自身を任意の場所に瞬時転送できる。

 隠し効果:精神力レベルが低下した相手に対し、意識を転移させることによって意のままに操ることができる。その場合は精神力を中程度消費するが、再使用するまで効果は続く。

 評価:Bランク

「……こ、こ、これは……」
「どうしたのさ?」
「僕にも見せてくれ」

 シルウの表情に明らかな動揺の色が見えたことで、それまできょとんとしていた顔のマガレットとロンが我に返った様子でエルフィのタブレットを覗き込む格好になる。

「こ……これって、あの哀れな坊やの……ケイスのスキルじゃないか……」
「あ、あいつ、まさかこのスキルの隠し効果でファルナスの体に……?」
「ロンの推測通りだと自分は見ている。今はまだBランクだが、この驚くべき隠し効果ならすぐに噂が広まってSランクになるのは時間の問題かと」
「そ、そんな……。ファルナス様の体にあいつが……あの蛆虫が入ってるなんて……そんなの認めたくないですわ……」

 頭を抱えてわなわなと震えだすシルウ。

「まさか、あの子がまだ生きてるだなんてねえ。色んな意味でしぶとすぎるんだよ……」

 呆れ顔のマガレットだったが、ふとはっとした顔になる。

「ってことはさ、ケイスは殺してないってことになるから、壺の完成まではあと5人じゃなくて6人殺さないといけないってことになっちゃうねえ」
「マガレ……そんなことはどうでもいいだろ? 問題は、そんな厄介なスキルを持ったケイスがよりによってあの最強の男と名高いファルナスの体を操ってるってことだよ」
「こ、怖いこと言わないでおくれよ、ロン。でもこのままじゃ本当にリベンジされちゃうかもだねえ……」
「……って、そうだ。確か遺体泥棒は重罪だからな、通報して、掲示板でも噂を広げて――」
「――ロン、待ちなさい!」

 それを制したのはシルウであった。

「そんなことをしたらこっちの過去までほじくり返される可能性もありますわ。ただでさえうちは悪い噂を流されてる状況、下手をしたら受肉の壺の完成が遠のいてしまいます……」
「確かにねえ……。壺の完成のためにさ、今は少しでもあたしらに対する冒険者の警戒を解いておきたいってときに、状況が理解できない坊ちゃんだね、ロンは」
「は? 呑気に頭蓋骨なんか集めてるやつがよく言う」
「……ロン、あたしの唯一の趣味をバカにする気……?」

 シルウを挟む形で睨み合うロンとマガレット。

「こらこら、身内同士で喧嘩なんてみっともない真似はおやめなさい。それにしても、ファルナス様がケイスだなんて……。え、ちょっと待ってくださらない? ってことは、憧れのファルナス様がケイスのものになったということですよね……? つまり、今のファルナス様は汚物なわけで……」

 シルウはしばらく呆然とまばたきを繰り返したあと、白目を剥いてその場に倒れた。
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