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二話 洗礼

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 あれから2年が経ち、俺は15歳となった。

 この世界における13歳はいわゆる準成人というもので、2年間の準備期間を経て15歳になると晴れて成人となり、スキルを受け取ることができるようになる。

「今日はみんなで馬車でお出かけだー! わーい!」

「アレンお兄さんったら、そんなにはしゃいではダメですよ?」

 はしゃぐアレンだったが、妹のエリスからたしなめられて不満そうだ。歳の差が三つある俺と違って双子なのもあってか様付けはしてない。

「なんでだよ、エリス?」

「こほん……。今日はルーフお兄様が神殿でスキルを貰うという記念すべき日なのですから、少しは気を使うべきです」

「そ、それくらいわかってるよ! けど、ルーフ兄様なら凄いスキルを貰えるってわかってるから、今からはしゃいでだっていいんだよ!」

「ちょっ……」

 アレンの決めつけたようなセリフはさすがにプレッシャーを感じる。

 実際、俺はただでさえ緊張していて、屋敷を出る前も食事がまともに喉を通らなかったくらいだ。

 父さんと母さんは、それを考慮してか誕生日当日じゃなくて間を一日置いてくれたし、スキルについて何が貰えたらいいなんてことも気を使ってるのか言わなかった。

 アレンはまだ11歳(今年で12歳)だから仕方ないとして、エリスは同年齢なのに驚くほどしっかりしている。俺は転生した身だし、本来ならずっと年を取っているのに負けているかもしれない。まあこの世界じゃ15歳が成人だからな。

 誰でも15歳になったら、神殿でたった一つだけ受け取ることができるというスキル。俺は周りに気を使わせないようにしていたつもりが、ハズレスキルだったらどうしようとか、嫌われてしまうんじゃないかとか、そんなことばかり考えていたせいか魘されていたこともあったようだ。

 そんな情けない自分に対して父さんは何も言わず抱きしめてくれたし、母さんは大丈夫よと耳元で囁いてくれたけど、俺にはその優しさが怖かった。失いたくないっていう感情がそう思わせたんだろう。

 慣れ親しんだアンシラの街を離れ、馬車の中で揺られる中、俺は心の中も揺り動かされていた。本音は父さんも母さんも死ぬほど当たりスキルであってほしいはずなんだ。ずっとこのベルシュタイン家にいてわかったことが幾つかあって、その一つが父さんは貴族は貴族でも一番位の低い男爵だってことだ。

 かつてはこのラグネア王国の侯爵の位まで授かって王様に謁見できるほどの立場だったのが、なんらかの不祥事があって身分を大きく下げられて男爵の地位になったんだとか。

 その理由は仕事で失敗したとか貴族同士の派閥争いで負けたとか色々言われてるけど、実際のことはわかってない。たとえそうだったとしても俺は父さんを責めようなんて微塵も思わなかった。それは家族みんな同じ気持ちのはずだ。

 俺たち家族が病気になったとき、父さんは必ずといっていいほど傍にいてくれた。誰よりも仕事ができるのに、とにかく家族思いなんだ。母さんが惚れた理由がよくわかる。仕事が忙しいからといないときも多かったが、いるときは最大限の愛情を注いでくれた。格下げされたとはいえ、地方の領主であり、役人や兵士たちを纏める立場だ。

 父さん――アルフォンスは【剣術・大】という強力なスキルを持っていて、かつては中だったものを血が滲むような努力で大まで押し上げたんだとか。

 一方で母さんのリーネは【錬金術・中】というスキルを持ち、都でも評判の道具屋を開いていて父さんはその店の常連でいつ見ても傷だらけなもんだから、この人は私が傍にいないとダメだって思ったらしい。

 その頃の父さんは、今では想像もできないが、やたらと無茶しがちで負けん気も滅法強かったみたいだから、いくら勇敢とはいえ母さんが心配するのはわかる気がする。

 とにかく、俺は自分のためというのもあるし、両親や弟妹のためにも是が非でも当たりスキルが欲しかった。

【剣術・中】【魔術・中】等、術系スキルの中程度なら大当たりで、小だとそれより劣るものの一応当たり判定であり、努力次第では中までいけるらしいので最低でもそこは確保しておきたい。

 もしこれらの有力スキルを手にできた場合、その場ですぐにエリート学園やら冒険者パーティーやらからスカウトされるらしい。貴族にとっては血を継ぐ子供が有力スキルを持つことはとても重要で、子供の名声が広まれば親の位も上がるなんてことはざらにあるんだそうだ。

 そのことでもっと貢献してほしいという国の狙いも透けて見えるが、有能な人材を確保しておきたいというのはよくわかる。

 そういう事情もあって、俺はなんとしてでも当たりスキルを引きたかった。それにしても、まさか自分がこんな殊勝なことを考えるなんて前世を生きていた頃は夢にも思わなかったが、今じゃなんの迷いもなくそう思える。両親、そして弟妹のために立派になりたい。幸せになりたいって心の底から安心してそう願えるんだ。

 やがて、俺たちの乗った馬車が神殿の前に横付けされた。

 階段を上ったところにある、正方形の基壇の上に聳え立つ柱廊には圧倒される。よく見るとどれも複雑な模様が刻まれていて、神秘的な力が宿っているのだと肌で感じることができた。いよいよだ。遂に当たりスキルなのか外れスキルなのか結論が出る。

 当たりだと思いたいが、もしそうじゃなかったとしても俺は幸せになることを絶対に諦めないつもりだ。前世の両親のおかげで心が鍛えられてるからな。俺は堕落せずに精一杯生きなきゃいけない。たとえこの先にどんな困難が待ち受けていたとしても……。

 神殿の周囲には人だかりができていて目を引く。聖職者や巡礼者らしき一行、物乞いのようなボロを纏った見すぼらしい格好の人たち、さらには俺のように洗礼を受けに来たのかキョロキョロと周囲を見回す若い子ら。

 そこから少し離れて、手帳を持って話し合っている様子の集団はスカウトといったところだろうか。

「それじゃ、緊張するだろうが行ってくるんだ、ルーフ」

「行ってらっしゃい、ルーフ、気をつけてね」

「ルーフ兄様、頑張って!」

「どうか、幸運をお祈りします、ルーフお兄様……」

「うん、行ってくるよ、お父様、お母様、アレン、エリス」

 家族たちに心配そうに見送られて、俺は一人で神殿の入口へと向かう。そう。洗礼は一人じゃないと受けられない。だからこその洗礼であり、15歳になったあとに初めて行われる儀式なのだから……。

 入り口で神殿関係者から番号がついた札を持たされた俺は、待合室で自分の番号が呼ばれるのを今か今かと待った。

「「「「「……」」」」」

 周りに座っている、俺と同じ立場らしき人たちの泳いだ目を見て、逆に励まされる。そりゃそうだよな。今日、スキルを貰うわけで今後の人生が決定づけられるようなものなんだから。でも、俺は不思議とそこまで緊張しなかった。というよりか、そこまで追い詰められてるような気がしなかった。

 これこそが愛されて育ってきたことの余裕なんだろうか。それもあるんだろうが、一度どうしようもない人生を経験していることも大きいのかもしれない。何があっても立ち上がれる強さと覚悟が今の俺には備わっていると確信できる。

「――9番」

「はい」

 来た。俺は自分の番号が読み上げられても、普通に返事をして自然に立ち上がることができた。大丈夫、きっと大丈夫だ。心は熱く、頭の中は冷静さを保ってゆっくりと歩を進める。

 神殿の奥にある『洗礼の間』に入り、俺は神官の待つ祭壇の前までやってきた。

「9番、ルーフ・ベルシュタイン様ですね。洗礼の儀式を受ける準備はよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 さあ、ここまで来たら何が起きようと受け入れるつもりだ。俺はひざまずいて祈りつつ、スキルが付与されるのを今か今かと待った。
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