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六話 成長速度

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「リリアン、大丈夫か?」

「あ、あたしなら平気よ。それより、少しは自分の心配をしなさいよね……」

 リリアンは心配そうな、それでいて呆れたような顔で返してくる。それもそうか。俺はあれから、ほとんど休みなしでスケルトンや蝙蝠と戦い続けてるわけだからな。

 最初は手足が震えるほど緊張したものの、今じゃ戦闘にも大分慣れてきて、こうしてモンスターを倒した直後にリリアンのほうを振り返って心配する余裕まで出てきたんだ。

 俺が【迷宮】スキルで作り出した【異次元の洞窟】はかなり広かったが、今のところ一方通行なので迷うこともなく進むことができていた。一体どこまで続くのかわからないとはいえ、不安よりもこの先に何があるのかっていう期待感のほうが上回っていた。

「ルーフ、肩の傷は大丈夫なの? 無理してない?」

「あぁ、もうなんともないよ」

「それならいいけど……」

 一応ハンカチを取って状態を確認してみると、傷はすっかり治っていた。リリアンが薬草を塗ってくれたおかげだ。

「ルーフって、こんなに剣が使えるなんて思わなかった」

「え、そう見えるか?」

「だって、初めの頃と違ってやたらと動きがいいから……」

 リリアンも俺の成長速度に驚いてるようだ。俺自身も正直ここまでできるなんて夢にも思わなかった。思えば、きっかけとなったのはリリアンも言ってるように最初の戦闘だ。

 あれが分岐点だったように思う。スケルトンから無防備の状態で貰った一撃はもっと酷い傷になってもおかしくないのに、あの程度で済んだわけだからな。もろに食らったはずなのに不思議だが、そういう運もあったっていうことだろうか。

 もちろん、剣が使えるようになったっていっても【剣術】スキル持ちには到底敵わないんだ。【剣術・小】を持つイレイドにでさえ……。

 そう思うとあの気障な笑みを思い出して無性に腹が立ってくるが、あいつには自分だけの迷宮を生み出せないし、こんな風にいつでも冒険することはできないんだからと俺は無理矢理自分を納得させる。

 それからしばらく曲がりくねった岩肌の間を進んでいくと、道が左右の二手に分かれているのが確認できた。どっちへ行けばいいのか迷うが、とりあえず右手のほうへ向かうことにする。

 ……ん、段々と道の幅が広くなってきたと思ったら、ぼんやりとした明かりが見えてきた。そういえば、洞窟内は暗いといってもほんの僅かに光を感じていたが、このせいだったのか。まさか脱出口かと思ってそっと覗き込むと、ぽっかりと空いた部屋の一部分が青白く光っていた。

 あ、あれは脱出口なのか……? その割りに外の景色も見えないし不気味だ。なるべく慎重に近づいて手を入れてみると、弾かれるかのように押し戻されるとともに脳内にメッセージが流れてきた。

――『この先にはまだ進むことができません』

「えっ……」

「ど、どうしたの、ルーフ? その青白い光みたいなのは触っても平気なの?」

「リリアン、この先はまだ進めないみたいだ。引き返そう」

「そうなんだ……」

 一応何度か触れてみたが結果は同じだった。多分、【迷宮】スキルがまだその領域に達してないってことなんだろう。入るには何かを発見しなきゃいけないわけだ。未踏の領域について気になるが、入れないなら仕方がないってことで俺たちは二手に分かれた分岐点まで戻ることに。

「――ピギャアアアァッ!」

「はっ……」

 道中、鳴き声とともに蝙蝠が急降下してきたので、俺は一歩後退しつつタイミングよく剣を振り下ろす。ちょっと危ないタイミングだった……。

「ルーフ、後ろ!」

「えっ……」

 ほっとしたのも束の間。リリアンの声で我に返った俺の背後には何かが立っており、振り返ったときにはスケルトンによって既に剣が振り下ろされている最中だった。こ、これが即沸きというやつなのか。もう避けられない……。

「ぐああぁっ!」

「い……いやああぁぁっ!」

「……ぐぐっ……」

 遠ざかろうとする意識の中、リリアンの悲鳴で我に返る。こんなところで死んでたまるか、死なせてたまるか……。

「う……うおおおぉぉっ!」

 俺は死なばもろともの精神で骸骨の懐へ飛び込み、剣を上段から振り下ろす。一刀両断でバラバラになる骨を見つめながら、その場に座り込んで胸を押さえた。

「ルーフ、大丈夫⁉ お願い、死なないで!」

「な、なんとも……ない?」

「えっ……?」

 その発言は強がりでもなんでもなかったので、俺は素早く立ち上がってみせた。俺の左肩から胸にかけて出来た斜線の傷跡が、以前斬撃を受けた右肩同様に掠り傷程度だったのだ。

 それにしても、考えれば考えるほど奇妙だ。致命傷になっていてもおかしくないのに、これは一体どういうことなんだろう? 2回続けてだから偶然なんかじゃない。

 もしかしたら、俺が【迷宮】スキル持ちなのが影響してダンジョンではダメージを軽減できたのかもしれない。それしか原因は考えられないんだ。スケルトンはモンスターの中では弱いほうかもしれないが、それでも全身に魔力を帯びており、その影響で並外れた膂力を持つと聞いた。

 だとしたら、俺のスキルは自分だけのダンジョンを持つ効果だけじゃない。もっと大きな可能性――いや、それどころか無限の潜在能力を秘めている可能性さえ感じる……。

「だ、大丈夫なの? 本当に?」

「ああ、これを見ればわかる」

「これを見ればって……傷跡だってできてるのに! あたしが治療するから待ってて!」

「……リリアンって心配性なんだな」

「あんたが鈍感なだけよ! ほら、化膿するかもしれないんだから、服を脱いでじっとしてて!」

「お、おい、勝手に脱がすなよ……」

 リリアンから薬草による治療を受ける間も、俺はスキルの無限の可能性を前にして、高揚感で心身が熱く滾っていた。もし自分の分析が間違ってなければ、この洞窟は俺にとって最高の訓練場になるぞ……。

 治療が終わって枝分かれしていた地点へ戻ってきた俺たちは、もう一つの選択肢である左の道を進み始める。すると、すぐに違和感に気付かされることになって立ち止まった。

 どう見ても、ほんの先のほうでモンスターどもが犇いているのがわかるからだ。洞窟内は響くために、音によって化け物の宴が催されているのが伝わってきた。

「しばらく見かけないと思ってたら、こんなところに溜まっていたのね」

「あぁ、そうみたいだ……」

「このまま進んだらさすがに危険すぎるから、ここから一旦退いてモンスターを分散させたほうが賢明ね」

「…………」

「ちょっと、ルーフ? 何ぼんやり突っ立ってるの?」

「リリアン、少し離れた場所で待っていてくれ」

「え……?」

 俺はモンスターハウス目掛けて迷うことなく駆け出す。危険なのはわかっているが、もう止まらなかった。獲物がすぐそこにいると思うと、気付けば俺の足は前へ前へと飛び出していた。

「「「「「カタカタカタッ」」」」」

「はああぁぁっ!」

 化け物どもの熱いお出迎えに、俺はすぐさま剣の舞いで応えてやる。すると、やつらは大量の骨をばら撒きながら次々と消えていったが、それでもきりがないほどだ。どれだけ溜まってたんだ、これ……。

「――はぁ、はぁ……」

 ぜ、全部倒しきった……。俺は剣で自分の体を支えるように立つ。思ってたよりずっと溜まってたみたいだな。でも、心地よい疲労感だった。普通ならリスクが大きすぎて絶対にできない戦い方だが、【迷宮】スキルの効果か、一撃を受けても軽傷だったことから、それだけ大胆に戦うことができるようになったんだ。

 やつらがいなくなったことで視界がクリアになり、すぐそこに出入り口があるのが見えた。外の景色が見える。やった、いつもの丘だ。俺たちは遂に戻ってこられたんだ……。

「ルーフ、あんたっていう人は……」

「リリアン……悪かったな」

 すっかり日も暮れた丘の上で、俺はリリアンに謝罪した。折角治療してくれたあとなのに、ああいう無茶なことをしたわけだからな。

「もういいわよ。こうして無事だったんだから……。それより、今回の件でルーフの印象変わったかも」

「ん、どういう風に変わったんだ?」

「ルーフって、昔から抜きんでて大人びてるって思ってたけど、熱いところもあるんだって。あんたも普通の男の子なのね!」

「おいおい、当たり前だろ……」

「ふふっ……」

 まあ、彼女は俺に前世があるって知らないわけで、幼い頃から俺は今と同じような態度を取ってたし、そう思われても仕方ないか。

 ただ、この異世界は現実世界と違って15歳が成人ってこともあり、周囲にはリリアンやイレイドを含めて大人びたやつは、もちろん個人差もあると思うがそこそこいる印象だ。

 スキルや魔法が身近に存在する世界だし、何よりみんな自分でなんとかしなきゃいけないって意識が強い感じだから、成長速度に関してはそういったものの影響を受けてる可能性もあるな。時の流れだってやたらとゆっくりに感じられるし……っと、そろそろ帰らないと。
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