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七話 客

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 俺とリリアンが【異次元の洞窟】を脱出してから数日が経った。

 リリアンは誕生日パーティーから抜け出したってことで、あのあと父親から相当に絞られたそうだが、俺のために一人でフラフラしていただけだと言い張ってくれたみたいだ。もしそうじゃなきゃ、向こうの執事やら警備兵やらが怒鳴り込んでくるはずだしな。

 ちなみに、母さんによるともうすぐ父さんが帰ってくるみたいなので、俺は質問してみたかった。この先、どうしたらいいのかって。

 俺はたびたび【異次元の洞窟】に入って訓練してるが、そこまで剣が上達しているとは思えないし、まだあの青白い光の先へは行けていない。そのためには壁を破る必要があると感じたんだ。これを有耶無耶にしていたら、また前世のような自堕落な生活に逆戻りしてしまうような気がして怖かった。

 だから部屋に引きこもりたくなくて、考え事をする際は廊下に出る。ベルシュタイン家は全盛期と比べれば落ちぶれているとはいえそこは貴族の屋敷なだけあり、とても広くて奥行きがあり、この廊下を歩くだけでも運動になるくらいだ。メイドのアデリータさんがこまめに掃除してピカピカにしてくれているので、いつ見ても爽やかな気分になれる。

 毎日毎日地道に掃除したり家事をしたりするってことがどれだけ大変かは前世で一人暮らししたときに身に染みてわかっているので、彼女にはひたすら頭が下がる思いだ。

 三階というのもあり、その奥にある窓から見える景色がまた良くて、俺は何か考え事をするときはいつもここから街の様子を眺めていた。あの丘の上もいいが、こっちはより身近に感じられる。

 近くの家の窓に見えるのは小さな花や植物、家々の三角屋根越しに遠くに見えるのは教会の尖塔や城壁。鳥のさえずりに釣られて近くを見ると、犬を連れて歩く人の姿、そのずっと先には馬車も見かける。見ていて飽きない。

「ルーフお兄様って、いつも難しい顔をなさるのですね」

「あ、エリスか……」

 廊下の奥で窓の外をぼんやりと見ていたら、いつの間にか近くにいた妹のエリスに声をかけられた。彼女は母さんに似て美人で性格もよく、出来すぎているので本当に自分の妹なのかと未だに疑ってしまう。

 弟のアレンも父さんに似て男前なんだが、ああ見えてやたらと人見知りで、父さんがいないときは『僕はルーフ兄様と遊ぶ!』の一点張りで俺としか遊びたがらないので可愛いんだ。今は早朝ってこともあって、まだベッドの中でお休み中だろう。

 アレンに【異次元の洞窟】のことも話そうかと思ったけど、そしたら絶対行きたがるだろうし危ない目に遭わせるわけにもいかないのでやめておいた。まあそれを言ったらリリアンはどうなるんだって話だが、あのときはとにかく【迷宮】スキルを発動させることで頭がいっぱいだったからな。

「ちょっと考え事をな」

「そうなのですね。でも、ルーフお兄様ならきっと大丈夫です。だって、何をするにしても一生懸命にやってらっしゃいますもの……」

「ああ、もう人生を失敗したくないしな」

「えぇ?」

「じょ、ジョークだよ」

「まあ、お兄様ったら……」

 家族の前ってことで、ついつい本音が出てしまった。まあでも、前世があるなんて話したとしてもジョークとしか思えないだろうな。

 ん、なんか外が騒がしくなってきたような。何か事件でも起きたんだろうか? っていうか、多分こっちのほうだ。窓から正面のほうを見ると、屋敷正門前に大型の馬車が停まっているのが見える。上等な貴族なのはわかるが、薔薇を咥えた髑髏の模様もあって悪趣味だし装飾過多だしでリリアンのものじゃないな。誰だ……?

 エリスと一緒に外へ出てみると、大型の馬車から勿体ぶるかのようにゆっくりと誰かが下りてくるのがわかった。なんか、誰かわかった気がすると思ったら、やっぱりあいつだ。子爵令息のイレイドのやつだ。

 しかも、周りには見物人たちが沢山いて、彼らからおおっと声が上がるのがわかる。なんで野次馬が集まってるんだ? 一体何が起きたっていうんだ……。

「これはこれは、奇遇ですね。男爵令息のルーフ・ベルシュタイン様」

 イレイドがこっちへ近づいてくるなりわざとらしく会釈してきた。そっちから訪ねてきたくせに何が奇遇だ。

「イレイドか。何か用事か?」

 慇懃無礼ってやつで、こっちも負けじと丁寧に返そうかと思ったが、面倒なのでどうしてもこういう口調になってしまう。

 その途端、周りから『子爵様に失礼だぞ!』『男爵のせがれの分際で!』『没落貴族が調子に乗るな!』なんて声が飛んできて、わかりやすく扇動者を紛れ込ませているのがわかった。この用意周到振り……ってことは、これは何かあるな。

「こらこら、おやめなさい、君たち。失敬、ルーフ。気にしないでくれたまえよ。私は君を冷やかすために来たわけではない」

「…………」

 反吐が出る。これがマッチポンプってやつか。お前が紛れ込ませたくせに。

 ただ、冷やかしのためだけに扇動者を用意したとは思えない。一体何が狙いだ? お、イレイドがおもむろに懐から一枚の紙を取り出した。

「ところで、これが何かわかるかい、ルーフ? つい先日、招待状が届いたのだよ。このラグネア王国において、エリートの登竜門ともいわれるアリエス学園からね。そこでは、各地から選りすぐりのエリートたちが集まってくるといわれている。それくらい競争率が高く、ずば抜けて才能のある者しか入ることの許されない、いわば成功を約束された者たちが、そこでさらに上を目指すという聖地だ……」

「おお、そうか。そりゃおめでとう。ユニークスキル持ちの俺には縁のない場所だな。冷やかしっていう用事が済んだならとっとと帰ってくれ」

「フフッ。早とちりしてはいけないよ、ルーフ。私がここに来たのは、君と決闘するためだ」

「……け、決闘だって……?」

 その瞬間、示し合わせたかの如く野次馬たちがどっと沸いた。

「そうさ。もちろん、ただいたずらに雌雄を決するために戦うというわけではない。リリアン嬢を賭けて私と勝負をしてもらいたいのだ……」

「いや、リリアンは別に俺のものじゃないし――」

「――そんなことは君に言われずとも承知している」

 そのとき、イレイドの眼光が鋭く光った。なんかこいつの目的がわかってきた気がする。

「しかし、全ての人間がそう思うとは限らない。巷では実に奇妙な噂が流れているのだ。君とリリアン嬢ができている、と。リリアン嬢がそのためにパーティー会場から抜け出したなどという、下賤極まりない、なんともくだらなすぎる噂だが……」

 イレイドの気障な口調に怒気が籠もるのがはっきりと伝わってきた。もう隠すつもりはないらしい。これは明らかに俺とリリアンの関係を認めた上で俺に決闘を申し込んでいるんだ。野次馬たちの中に扇動者を紛れ込ませているのは、それを拒否らせない空気を作り出すためなんだろう。

「それで、どうする? ルーフ。この勝負、受けて立つかい?」

「ルーフお兄様、おやめください」

「エリス……」

 エリスが血相を変えて割って入ってきた。ちょっと怒ってる感じだな。珍しい。

「イレイド様、どうかお帰りになってください。そのような決闘、お兄様には受ける必要がございませんので」

「おや、これはこれは、麗しき男爵令嬢のエリス様ではありませんか……。賢明だという噂は誠のようで。しかし、私は帰るわけにはいかないのです。これは男と男の話し合いなのですよ」

『そうだそうだ!』

『部外者は引っ込んでろ!』

『おいルーフ、逃げるのか⁉』

『だとしたら、とんだチキン野郎だな!』

『『『『『ワハハッ!』』』』』

「…………」

 野次馬――いや、扇動者どもが煽る煽る。本当にわかりやすい連中だな。イレイドを含めて。

「イレイド様……あなたはそれでいいのかもしれませんが、リリアン様の気持ちを考えないのですか?」

「ふむ……? リリアン嬢の気持ちを考えるのであれば、尚更勝負を受けるべきだと私は考えますがね。あの方の傍に相応しいのは最も強い男だと私は考えております。ルーフ、君は勝負を受けないのであれば、負けを認めたということ。それはそれで一向に構わないが、リリアン嬢のことはすっぱり諦めるがいい。彼女のことを本当に大切に思うのであれば、強い男に任せることで彼女の身の安全と幸せを願うべきではないのかね?」

 周りから拍手と歓声が沸き起こる中、俺はどうするか決めた。

「ああ、わかった、やるよ。イレイド。決闘の日時はいつだ?」

「……ほう。これは意外だ。まさか本当にやるとは……。ま、単に諦めが悪いことに対して賞賛など決してしないが、その勇気だけは称えてやろう。日時と場所は、十日後の正午、ビクティム神殿から少し離れた空き地だ」

 こうして俺たちは大歓声の中で決闘の約束をすることになった。エリスは複雑そうな顔だが、これは決して相手の挑発に乗ったわけじゃない。こういう先の見えない膠着状態だからこそ、自分を超えるために茨の道をあえて選ぶことで視界が開けると考えたんだ……。
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