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55話 愚か者
しおりを挟む「カレルさん、頑張ってください!」
「ヨーク、頑張れ! ぶち殺しちゃって!」
ぶち殺しちゃって、か。随分嫌われたもんだが、不思議と嫌な気分はしなかった。応援してくれる子がコレットで本当によかったと思う。
「ほら、かかってこいよ雑魚。それとも泣き喚きながら逃げるか?」
「雑魚雑魚うるさいやつだな……。こっちは釣るほうなんだから、雑魚はどっちかっていうとそちらのほうでは?」
「……あ? お前、今の言葉……絶対後悔するなよおおぉ!」
「……」
【弱体化】スキルが影響を及ぼしてくるのがわかる。どっしりと肩に重たいものが乗ってくるような、そんな独特の感覚とともにヨークが殴りかかってくる。
「――なっ……!?」
俺はあっさりとかわしたせいか、ヨークが信じられないといった顔で振り返ってきた。
これが必須三種能力の一つ、索敵能力であり、モンスターの即湧きにも対応できる力だ。【弱体化】された俺でも余裕で避けられるくらい、やつにはあまりにも無駄な動きが多すぎると感じた。
「カレルさん、さすがです!」
「もー、何やってんのヨーク! そんなのまぐれよまぐれ! とっととぶちのめしちゃって!」
「うらあああああぁぁぁぁっ!」
「……はあ」
いちいちうるさいやつらだ。
ヨークに至ってはいちいち雄叫びを上げてるもんだから、その分余計なパワーを使ってるとしか思えない。
「おらっ、くたばれよ雑魚おぉっ!」
「……」
俺はもう、目で見なくてもやつが何をしてるかがわかる。これぞ、必須三種能力の一つ、罠探知能力。罠だけでなく、攻撃の種類でさえ読めるしかわせる。途中で切り替えようとしても無駄だ。やつの苛立った表情から、思考すらも読み取れるかのようだ。
「ち……畜生っ! なんで、なんで当たらない!? このっ……このおおおおおぉぉぉっ!」
怒鳴りながらヨークは様々な攻撃を仕掛けてきたが、俺はいずれも最低限の動きで避けることができた。
「うぎっ!? あがっ!」
散々苛つかせたあとで、やつの腹部や顔に拳で反撃してやるが、【弱体化】が効いてるのか大したダメージじゃないようだ。とはいえ、塵も積もればなんとやらで、このままダメージを積み重ねていけば終わりだがな。
「……るぁっ、ラッキーパンチだ、こんなの、ぐ、偶然に決まってる……!」
どうしようもないやつだな。そんなにボロボロになっても俺に弄ばれていることを認められないというのか。
「もー! 何やってんの!?」
「……はぁ、はぁ……ラ、ラシム! あの武器をっ!」
「ラジャー!」
ラシムが、ぼんやりと刀身が赤く光る短剣をヨークに向かって転がした。そうか、そうきたか。罠探知能力により、俺はあの武器の種類さえも読むことができた。
「……これで終わりだ……」
ヨークが短剣を拾い上げて自信ありげな笑みを浮かべる。この表情には俺も納得できた。やつがラシムから受け取った短剣はそれくらいの能力を持っているんだ。
名称、効果、レア度さえも次々と脳裏に浮かんでくる。
あれは闘志の剣といって、本来は痛みを感じにくくなるだけの中レアな武器だが、それがおそらくラシムの【武器強化】スキルによって潜在能力を引き出され、まったく痛みを感じなくなる上、精神の高揚ほか、身体能力もかなり引き上げられる上級レアな得物になっている。武器自体も絶対に壊れない上等なもので威力もあり、相当に厄介な代物だと感じた。
「カ、カレルさん……!」
コレットが声色でその危険度を伝えている。直感でわかるのだろう。
「死ねおらああああぁぁっ!」
さっきまで息が乱れてて今にも倒れそうにしてたやつとは別人に思えるほど、ヨークは怒涛の攻撃を繰り出してきた。身体能力も倍になってんじゃないかっていうくらい、素早くなってる。その上こっちも【弱体化】されているせいか体力的に辛くなってきたが、なんとかかわしてみせる。
「ヨーク! 頑張れ! そいつで滅多刺しにしちゃって!」
「うらうらうらっ、うらあぁっ!」
「くっ……!」
こっちがいくら反撃しても、やつは平然とした顔つきで攻撃してくる。どれだけ傷を負わせようとダメージを感じないというのはやはり本当らしい。
「雑魚がっ、雑魚があああああっ!」
「……はぁ、はぁ……」
きついが少しでも休めば終わる。ほんの少しでもミスをすれば、その時点で死ぬのがわかる。普通ならここで精神が乱れるわけだが、俺は平気だった。
これこそジラルドが一番大事だと言っていた、必須三種能力のうちの一つである平常心維持能力なんだ。
これのおかげで俺は常にミスを恐れず、当然力むこともなく的確に敵の攻撃を避けつつ、隙を見て攻撃することができていた。
冷静な心理状態というものがどれだけ貴重か。興奮状態の敵や魚に対しては尚更武器になる。このヨークとかいう、ひたすら攻撃してくる男を観察していて、俺はよりそう思った。こっちの攻撃は既に手首一点に絞られているのに、そんなことにすら気付かない愚か者。
「――あ……」
やがて間の抜けた声が俺の耳に届いた。闘志の剣がやつの足元に転がったときだ。
「ヨ、ヨーク! 拾ってええぇぇっ!」
だが、そんなことをさせるほど今の俺は甘くない。短剣を蹴り上げて遠くへ飛ばしたあと、ヨークの喉元に渾身の拳を叩き込んでやった。
「ぐがあぁぁっ!」
苦し気に喉を押さえながら倒れ込むヨーク。これでようやく終わったはずだ……。
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