10 / 30
第十話 歪み
しおりを挟む「…………」
早速、俺は食堂の中心付近に現れた残留思念に対し、自分でも慎重すぎると思えるくらい慎重に近付いていった。
収集するためには全身が思念に覆われる必要があるが、急いで思念と同化しようとすると、急激な拒絶反応に耐えられずにショック死する恐れもある。
だから、思念をいたわるように少しずつ同化していかなきゃいけない。残留思念に包まれるのは、水の中に潜り込む感覚と少し似ている。
「――ぐっ……」
それからまもなく、圧し潰されるかのような拒絶反応がやってくるとともに、意識が朦朧としてきて俺の中に誰かが入り込んでくる気配があった。これぞ追体験だ。とても辛いがこれを乗り越えたとき、初めて思念を獲得できる。
「…………」
徐々に意識が元に戻ってくる。ここが食堂であることは同じだが、周囲にいる面子は全員変わっていた。
思念と同化することに成功した場合、そこでどんな体験をしようと、同化する前と後では時間がほとんど経っていないことが特徴だ。
「お、おい、あいつだ」
「いかれたグランの野郎がいるぜ」
「あの男を見てると飯が不味くなるんだよな」
「…………」
この席に座っている人物が、囚人たちから露骨に避けられているのがわかる。グランと呼ばれた男こそ残留思念の持ち主だろう。
彼がそこで黙々と食事をしている最中、囚人の一人が気まずそうに声をかけてきた。
「グラン、お前、いい加減気味悪がられてるぞ。いつもいつも同じ席で、一人で飯を食いつつ独り言をつぶやくヤベーやつってよ」
「…………」
「それとよ、ここはかなり目立つ場所だ。争いを避ける意味でも、隅のほうで食ったほうがいい。ただでさえお前、コミュ障で嫌われてんだから」
「目立つからこそ、だ……」
まもなく、グランが絞り出すように低い声を発した。
「ここで食事をしていれば、あいつが俺を探しに監獄へやってきたときに見つけやすい。それに、俺も嫌われているのは重々承知しているから、こうして気を使って遅れて来ているじゃないか」
あいつが探しに来る? グランはここで誰かを待ち続けているようだ。
「いい加減、目を覚ませって! グラン、お前はそいつに騙されたんだ。わざわざこんな地獄に来るわけ――ぐっ!?」
グランが話しかけてきた男の胸ぐらを掴んだ。
「お前なんぞに何がわかる……。あいつは俺の親友だ。頑丈なだけが取り柄の、無口で独りぼっちだった俺を、唯一拾ってくれた。人間扱いしてくれたんだ。それに、俺があいつの罪を被ってやったとき、必ずいずれここに来ると約束してくれた。一緒に罪を償うつもりだから待っててくれって……」
「じゃ、じゃあなんでいつまで経っても来ないんだよ。半年くらい前にも聞いたぞ、その話……」
「……黙れ……ここへ来る前にやるべきことがあると言っていた……。だから、少し遅れているだけだ……ブツブツ……」
最後のほうは自分でもよく聞き取れなかった。ただ、このグランという男の精神が狂い始めているのははっきりと読み取れる。
それから俺は、何度も何度も同じような光景を見せられた。もう説得するのを諦めたのか、知人らしき男さえも近付かなくなった。
そんな同じ光景の繰り返しにこっちまで頭がおかしくなりそうになってきた頃、いつもの食堂に変化が訪れた。
グランの席には既に先客が座っており、モヒカン頭の大柄な男が食事を取っていたんだ。
「どけ……」
グランが低い声を発すると、モヒカン頭が激昂した様子で立ち上がってきた。
「あ……? なんか文句あんのかコラアアァァッ!」
「そこは俺の席だ。どけ……」
「おい、今なんつった? 俺の席だからどけって? あぁ!? 誰に向かって喧嘩売ってんのか、わかってんのかよ、てめえ!?」
「喧嘩などするつもりはない。俺の席だからどけと言っているだけだ――」
「――こいつっ!」
どよめきが上がる中、モヒカン頭の男が片手で軽々と椅子を持ち上げると、ためらう素振りもなく殴りつけてきた。
「…………」
だが、椅子で殴られてもグランは一切反撃することなく、席に座って食べ始めた。
「このクソ野郎っ! 今すぐ死ねっ! 死にやがれ!」
「…………」
「俺はな、そこら辺に転がってるようなただの囚人じゃねえ! いつか囚人王になってやるんだ! 俺を怒らせたら死あるのみだぞーっ!」
「…………」
異様すぎる光景だった。後ろからモヒカン男に何度殴打されても、このグランという男は食事を続けていたのだ。やがて血がソースのように料理に注がれても、決して食べることをやめようとはしなかった。
はっきり言って、耐えることに自信がある俺でもこの状態で食事なんか到底できない。実際、グランの思念と同化している俺は、意識が千切れそうなほど凄まじい激痛に襲われていた。
「――はぁ、はぁ……」
それからしばらくして、モヒカン頭の荒い呼吸音だけが響く中、食べ終わるとともに立ち上がったグランが振り返った。
「食事は終わった。あとはお前に譲る……」
「ひ、ひいぃ……!」
モヒカン頭が血で足を滑らせつつ逃げていくのを、グランはいつまでも見続けていたが、まもなく視界が霞んでいくのがわかった。
「……待っている。俺は、いつまでもお前のことを、信じてここで……」
全てが狂い、歪んでしまっているようで、グランの言葉は何故かとても美しく感じた……。
22
あなたにおすすめの小説
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
嫁に来た転生悪役令嬢「破滅します!」 俺「大丈夫だ、問題ない(ドラゴン殴りながら)」~ゲームの常識が通用しない辺境領主の無自覚成り上がり~
ちくでん
ファンタジー
「なぜあなたは、私のゲーム知識をことごとく上回ってしまうのですか!?」
魔物だらけの辺境で暮らす主人公ギリアムのもとに、公爵家令嬢ミューゼアが嫁として追放されてきた。実はこのお嫁さん、ゲーム世界に転生してきた転生悪役令嬢だったのです。
本来のゲームでは外道の悪役貴族だったはずのギリアム。ミューゼアは外道貴族に蹂躙される破滅エンドだったはずなのに、なぜかこの世界線では彼ギリアムは想定外に頑張り屋の好青年。彼はミューゼアのゲーム知識をことごとく超えて彼女を仰天させるイレギュラー、『ゲーム世界のルールブレイカー』でした。
ギリアムとミューゼアは、破滅回避のために力を合わせて領地開拓をしていきます。
スローライフ+悪役転生+領地開拓。これは、ゆったりと生活しながらもだんだんと世の中に(意図せず)影響力を発揮していってしまう二人の物語です。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
無能な勇者はいらないと辺境へ追放されたのでチートアイテム【ミストルティン】を使って辺境をゆるりと開拓しようと思います
長尾 隆生
ファンタジー
仕事帰りに怪しげな占い師に『この先不幸に見舞われるが、これを持っていれば幸せになれる』と、小枝を500円で押し売りされた直後、異世界へ召喚されてしまうリュウジ。
しかし勇者として召喚されたのに、彼にはチート能力も何もないことが鑑定によって判明する。
途端に手のひらを返され『無能勇者』というレッテルを貼られずさんな扱いを受けた上に、一方的にリュウジは凶悪な魔物が住む地へ追放されてしまう。
しかしリュウジは知る。あの胡散臭い占い師に押し売りされた小枝が【ミストルティン】という様々なアイテムを吸収し、その力を自由自在に振るうことが可能で、更に経験を積めばレベルアップしてさらなる強力な能力を手に入れることが出来るチートアイテムだったことに。
「ミストルティン。アブソープション!」
『了解しましたマスター。レベルアップして新しいスキルを覚えました』
「やった! これでまた便利になるな」
これはワンコインで押し売りされた小枝を手に異世界へ突然召喚され無能とレッテルを貼られた男が幸せを掴む物語。
~ワンコインで買った万能アイテムで幸せな人生を目指します~
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる