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第三十階 不遇ソーサラー、夢を見ているのかと思う
しおりを挟む俺とエリナは、例の女子トイレまで来ていた。あのときも天使の髪飾りはここでプレゼントしたんだ。俺には魔眼の帽子があるからって。あの光景は今でも昨日のことのように鮮明に覚えている。
「――エリナ、もう目を開けていいよ」
「はい……」
彼女にはここまで目を瞑ってもらっていた。ダンジョンで天使の髪飾りを手元に戻し、マジックフォンに収納したものをここで見せるためだった。そのほうが過去にあげたやり方に一層忠実だし、思い出す確率も上がると思ったんだ。
「これやるよ」
「え?」
「俺は魔眼あるしな」
俺が手渡した天使の髪飾りを驚いた顔で見つめるエリナ。無意識のうちに出た言葉なのにあのときとあまりにもよく似ていて、現実感が乏しくて夢を見ているかのような錯覚にとらわれた。まるで過去にあったことをもう一度やり直してるみたいだったんだ。
「……あれ、私何やって……」
「……エリナ?」
妙だ。彼女は明らかに雰囲気が変わっていた。
「私、死んだはずじゃ……」
「お、おいエリナ、お前……まさか……」
「……って、お兄さん……!? なっ、なんなのこれ、夢……だよね……?」
「エリナ!」
前のめりに倒れようとしたエリナを受け止める。あまりの出来事にショックを受けたらしく、意識を失ってしまったようだ。
「――キャー!」
「あ……」
誰かが入ってきて悲鳴を上げたので、俺は慌ててエリナを抱きかかえ、女子トイレから飛び出した。そうだった、ここに入る前に女装するのをすっかり忘れてた……。
◆◆◆
「うっ……」
「エリナ? 目が覚めたのか……?」
ボロアパートの自室にて、俺は何度も目を擦ってからエリナの元へ近付く。折角彼女の記憶が戻って喜ばなきゃいけないってときに泣いてるところを見られたくなかったんだ。
「こ、ここは……」
「よかった、エリナ――」
「――バカッ!」
「いだっ!?」
いきなりエリナにビンタされて星が幾つも出た。なんてやつだ……。
「なんでだよ、エリナ……」
「あ、あのときは気が動転しちゃってたけど、私のお兄さんが生きてるわけないしすぐにクアゼルだってわかるわよ!」
「そ、そりゃそうだよな……」
改めて、あのエリナが戻ってきたんだと感じる。それと同時に寂しさもあるのは確かだ。もちろん嬉しいんだが、今までのエリナが消えてしまった形だから、喜びと悲しみが入り混じっているという複雑な心境だった。
「てか、クアゼルのこと信じてたのにいなくなってたから、凄く頭に来たんだから……!」
「……ごめんな。逃げちゃって……」
「……クアゼル、泣いてるの?」
「え……いや、そりゃエリナのビンタが痛かったから……」
どうやらごまかせなかったらしい。涙は拭ってるが、目が赤かったからかな。
「嘘ばっかり」
「あ、あはは……バレちゃったか」
今度はなんて言おう? 嬉し泣きってことにしとこうか。半分は本当だしな。
「もう一度言うわ。なんで泣いてたの?」
「そりゃ、エリナが目覚めたから、嬉し泣きだよ」
「嬉し泣きだなんて、酷いです。今までの私はどうなるのですか……」
「え……?」
「全部覚えてますよ、クアゼル」
「……エ、エリナ……?」
この抑揚のない喋り方……まさか……。
「私、思い出したんです。自分のまま。その時点で人格が変わるなんて思い込んでましたけれど……そうはならなかったわよ!」
「……エリナ……」
涙がとめどなく溢れてきて、俺は止めることがどうしてもできなかった。夢を見ているのかと思うくらいまだ完全には信じられない。
「頼む、エリナ。もう一回ビンタしてくれ」
「ま、マゾなの?」
「いいから早く!」
「わかったわよ!」
「いだっ……」
夢じゃない、本当に夢なんかじゃないんだこれは……。
「もう、クアゼルったら泣き虫なんだから……。でも、前よりずっとずっと好きになっちゃいました」
「……だ、騙しやがって……」
「うふふ……」
「じー……」
「「はっ……!?」」
気が付くと、俺たちのすぐ側に大家が座っていた。おいおい、いつの間にそこにいたんだよ。心臓が止まるかと……。
「クアゼル、とうとう例の彼女と仲直りできたんだね! はあ、若いもんはいいねえ。あたしの若い頃を思い出すよ……」
「大家さん……このアパートの住人にプライベートはないんですかね……?」
「あたしの前では断じてないっ!」
「「……」」
はっきり断言されてしまって、俺とエリナは苦い笑顔を見合わせた。それならもう隠す必要もないかな。
「エリナは生きてるけど……早速これから仇を討ちにいこうか」
「そうね、行きましょ……あ、そうだ」
「ん?」
「ねえ、クアゼル。私の喋り方、丁寧な今風のと以前のほう、どっちがいい?」
「んー……どちらでも?」
「どっちか決めなさいよね! バカッ、浮気者っ!」
「……おいおい……」
「ふふっ……」
「じー……」
「「ひっ……」」
大家のねっとりとした視線を浴びて、俺はエリナに向かって目配せした。
「逃げるぞ!」
「うん!」
「――うおぉぉぉぉっ、待ちなあああぁっ! このアパートの住人にプライベートなんて欠片もありゃしないんだよおおぉぉっ!」
恐る恐る振り返ると、赤鬼と化した大家が箒を振り上げながら追いかけてくるのがわかった。しかも無限ヘイストがかかってるんじゃないかと思えるほどまったくスピードが落ちない。一体なんのスイッチを押してしまったんだか、俺たちは……。
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