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第3話
しおりを挟む「ア、アルト、強すぎだよ……一体どうしちゃったの?」
リーシャが信じられないといった顔をしている。
「たまたまだよ。僕も正直驚いてる」
「う、嘘だぁ!【村人】ジョブって、実は滅茶苦茶強いんじゃ……⁉」
「まさか……」
なんせジョブを貰ったばかりだし、不自然なのもあってとぼけてみせたけど、実際に【村人】は強い。時間はかかるけど、極めたら一人で魔王を倒せるくらい。
でも本当ならそれが理解できるのは、これからずっとあとのことなんだけど。
当時の僕は、深い霧の中を彷徨うかのようだった。元々大人しい性格っていうのもあったけど、【村人】である自分を信じられなくてオドオドしていた。焦る気持ちが更なる迷いを生み出すっていう悪循環に陥っていた。
大きい、あるいは小さな自信は自惚れや卑屈さに繋がるけど、ある程度の自信は自分を良い方向へと変えてくれるものなんだ。今の僕みたいに。
「それより、リーシャ。ワグルを治してやって」
「あ、うん!」
リーシャがはっとした顔になり、ワグルに向かって手を合わせて祈るような仕草をする。
「う……?」
まもなくワグルの体がほんのりとした輝きに包まれ、彼は目を覚ました。
さすが【聖女】。普通、気絶状態を治すまでには回復術を使ってから5分はかかるっていうのに、ほぼ一瞬で立ち直らせてしまった。
「ワグル、大丈夫?」
「……あ、あ……」
ワグルはもう、僕のほうしか見ていなかった。怯えた顔でフラフラと立ち上がり、這う這うの体で逃げ出していった。
あれほど馴れ馴れしかったやつが……。自分より強いってわかった途端、姿をくらますなんてね。まあワグルからしてみたら、踏み潰してやろうと思ったら逆に潰されたようなものだから当然か。
あくる日の朝のこと。
僕とリーシャは冒険者ギルドへと向かうことになった。もちろん、冒険者として登録するためだ。
勇者候補に選ばれるには、五つの条件をクリアしなきゃいけない。
一つ目は、ジョブを貰った冒険者であり、1人または6人以内のパーティーであること。
二つ目は、1月15日現在から、勇者選定の儀式が始まる4月1日の正午までに冒険者階級をC級以上にすること。
三つ目は、期限までに事件を1つ以上解決すること(依頼ではなく突発性の事件だと目撃証言が必要になる)。
四つ目は、期限までに勇者候補の申請書を提出すること(過去に犯罪歴があった場合、その罪の重さ次第では却下される)。
五つ目は、勇者ランキングというもので100以内に入ること(このレミンガルの町だけでなく、各都市のギルドの冒険者も含まれるので難易度は高い)。
これらが最低条件だ。もちろん競争なので、期限内にできるだけランクを上げたり多くの事件を解決したりする必要がある。
その結果、ソロも含めて申請者の中から100位までの冒険者が勇者候補として王城に招待されたのち、トーナメント形式で御前試合が行われ、上位のトップテンが晴れて勇者として選定されることになる。
一周目の人生は、当然だけど僕は選ばれなかった。当時はまだ、【村人】ジョブを全然扱いきれてなかったのもあるしね。後半に師匠から教えを受けたのもあって追い上げたものの、結局上位の100位以内には入れなかったんだ。
「えっと、えっと……」
「リーシャ、僕がやるよ」
受付で戸惑っていたリーシャに代わって、僕がさっくり登録を終わらせると、彼女は唖然とした顔で見つめてきた。
「ア、アルト、はやっ!」
「そりゃ、二周目だから――いや、楽しみにしてたからね」
「そ、そうなんだぁ……」
随分前の出来事とはいえ、【村人】ジョブのテクニックの一つに《観察術》ってあるからなあ。
最初から積極的に行動を起こせるジョブではないからこそ、周りをよく見ようとする力が備わったってわけなんだ。
この術のおかげで、一度でも見たものならほぼ記憶できる。そういや、あの頃はこういう面倒なことはリーシャに任せきりだったっけ。
彼女は当たり前のように私がするねと言っておきながら凄く手間取ってたから当時はイライラしたけど、今なら余裕で許せる。
「アルト、二人だけじゃ心もとないから、パーティー募集するね」
「うん」
そうだ。これから僕たちはとあるパーティーから誘われることになるんだ。
ここに入ったことで、僕とリーシャの人生はさらに狂い始めることになる。
だから断ることはできるんだけど、僕はあえてこのパーティーを選ぼうと思う。
愛着っていうのもあるし、とても悔しい思いをした経験があるから、それを晴らしたいっていうのもあるんだ。
「どんな人たちから誘われるかなあ。ワクワクするね、アルト」
「そうだね」
「な、なんだか冷静すぎるよ、アルト……」
「あ、う、うん。楽しみだね」
「アルト、急に大人っぽくなったみたい……」
「ははっ……」
そりゃ、何十年も経験しちゃってるからね。リーシャが死んだときの光景もはっきりと覚えている。だから、なるべく冷静でありたい。そうすることで、もうあの悲劇を二度と繰り返したくない……。
「――やあ、君たち」
「あ……」
壁にかかった時計を見ると、午前10時43分だ。ほぼ予想通りの時間帯に僕らは声をかけられた。
男二人、女二人の四人組パーティーの《討伐者たち》からだ。彼らがあまりにも懐かしくて、僕は一周目と同じように呆然としてしまった。
あのときはただ緊張してただけだけど……。
正式に仲間になることになり、僕らはお互いに自己紹介し合う。
「自分はロイスっていうんだ。ジョブは【戦士】。まあ耐えることくらいが長所だけど、よろしく」
パーティーリーダーの青年ロイスが笑顔で言う。
彼はそこそこ強いし性格も良さそうなんだけど、僕は正直苦手だった。理由は、なんかいい人すぎて自分がないっていうか、裏がありそうで気味が悪かったからだ。
「あたしはミリヤ。ジョブは【双剣士】よ。ま、モンスターの殲滅なら任せて頂戴」
あー、ミリヤか。彼女は態度が悪いしプライドも高いしで、僕にだけ冷たく当たってくるもんだから、本当に嫌気がさしたもんだ。
彼女は負けず嫌いの努力家っていう一面もあり、強さだけなら【剣豪】のワグルよりも上で、この四人の中でもナンバーワンなんだけどね。
「……私、ルシカ。ジョブは、【魔術師】。余ったモンスターなら、任せて。よろしく……」
物静かな少女、ルシカが無表情で挨拶してきた。印象が薄いのが特徴といえば特徴なのかもしれない。
「俺はザラック。【補助術師】だ。ま、そこそこのクオリティのバフはできると思う。正直、そっちの男にはあんま期待してねえけど、まあよろしく」
愛想も口も悪いザラックがぶっきらぼうに語りかけてくる。そっちの男っていうのは僕のことだ。でも何故か憎めない、そんな男。
僕はこの四人組に会えたことで感動していた。嫌な思い出ばかりなのに。彼らの目的は、【聖女】のジョブを持つリーシャであって、【村人】の僕なんて眼中にはないからね。
じゃあなんで心が動いたかっていうと、孤独な時間がそれだけ長かったせいもあると思う。彼らとまたこうして再会できたことが純粋に嬉しかったんだ。
「私はリーシャって言います。ジョブは【聖女】で、回復が得意です。皆さん、よろしくお願いします」
リーシャの自己紹介が終わると、待ってましたとばかり拍手が起こった。
もうみんな知ってることだからね。パーティーを募集する際は自分のジョブを提示しないといけないんだ。だからこそこんなにスピーディーに声がかかったわけで。
「僕はアルト。ジョブは【村人】。村人に関係する術を使えるみたい。よろしく」
僕の自己紹介に対しても拍手が起きたけど、ワンテンポ遅れてたし、嫌な視線が纏わりつくのを感じた。
一周目もこうだった。【村人】のお前なんかに何ができるんだって声が今にも聞こえてきそうだ。
当時の僕は、そういう空気をひしひしと感じつつも、オロオロとするしかできなかった。でも、 二周目は違う。
僕は力を隠すつもりは毛頭ない。彼らに【村人】の力を見せつけてやるつもりだ……。
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