陰湿悪役令嬢は黒猫の手も借りたい

石月六花

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1-2 陰湿悪役令嬢の転生

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 真っ暗な中でそこだけがまるでスポットライトを浴びているかのような場所に立っている。目の前には、こちらに背を向け膝を抱えて座っている、長い黒髪を無造作に一つに束ねた女性。変わった服装をしている。

「あの、ここはいったい……」

 この場所の事を何か知っていれば、そう思ってその女性の肩に触れた瞬間。
 
 目が眩むほどの眩しい光、その中に、黒猫、いつも仕事の帰りに寄るスーパー、職場の人の顔、懐かしい田舎の風景と、友達と、優しい両親と祖父母、弟一家の顔。
 演劇でも見ているかの様に、いくつものシーンが頭の中に浮かび上がった。

 でも不思議と、それらは「誰かが作った、ただのシーン」などではないと認識できる。
 それらは 『あたし』 が見てきたものだった。

 目の前に座っていた女性が振り返り、さっきから聞こえていた声で話す。
《あなたが、あたしなのね?》
「そうみたいです。そしてあなたも、私……なのね?」
《うん、そうみたい》

 私も彼女も、互いに少し不思議そうな顔をしていたが、気付くと微笑み合っていた。
 すると途端にさっきまで感じていた違和感はなくなり、その代わりにたくさんの知識や感情が、自らの過去の経験としてすんなりと私の一部になったのを感じた。

 彼女は私の過去であり、私は彼女が転生した姿なのだと分かった。


◇◇◇◇◇◇
 

 目を開けると、再び見慣れた天井が見えた。
 どうやら自室のベッドに横になっているらしい。窓から入ってくる日差しを見ると、長時間眠っていた訳ではなさそうだ。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、人の気配がする方へ顔を向けると、こちらへ背を向けて立っている二人の男性とその二人に向かって何度も頭を下げている、今にも泣き出しそうな顔のリリアナと目が合った。


「泣かないで、リリアナ。私は大丈夫だから」
「お、お、お嬢様ぁぁぁぁ~! す、すみません、わた、私が大きな声で驚かせてしまったせいで……!」

 前にいた二人を押しのけるようにしてベッドに駆け寄って来て跪いたかと思うと、一瞬にして涙でぐしゃぐしゃになった顔で、一生懸命謝る姿に思わず苦笑いしてしまった。そばかすだらけだけれど、丸くて大きな瞳の彼女はいつも表情豊かだ。

「あんな風に窓から乗り出していた私も悪かったもの。気にしないで?」

 その言葉を口にした瞬間、リリアナの号泣がぴたりと止まった。
「お嬢様……? やはり先ほどぶつけた後頭部が」
「失礼ね、私は正常よ」

「いや、リリアナのその反応も無理はないよ。コレット、本当に大丈夫かい?」

 気遣わしげな声に彼女の後ろに目をやると、背を向けていた二人がこちらを向いていることに気付く。

 私に声をかけてきたのは、お兄様。
 深い紫色の瞳、清潔感ある長さで切りそろえられた濃紺の髪。瞳も髪も私と全く同じカラーリングだが、お兄様は私と違って上品な華やかさがある。
 その横に立つもう一人は、背中まである赤錆色の長髪を無造作に束ねている。同じ色の切れ長の瞳が、長く伸ばされた前髪から覗いていて……お兄様と並んでも見劣りしていない容姿に驚く。窓から落下する直前に聞いた足音と、その後に私を助けてくれた風魔法はきっと彼のものだろう。

“「大丈夫です、オルカ兄様。助けていただいた、そちらの方は……」“
 上半身を起こしながらそう返答しようと考えている一方で、その二人の顔を見た瞬間に、思い出したばかりの記憶から二人の情報が瞬時にピックアップされた。


 サイトにあったキャラクター紹介。スラリとした立ち絵に添えられたキャッチコピー。

“人間不信、こじらせたシスコン”
 オルカナイト・スノウスタン


 ゲーム画面、豪奢なドレスを纏った令嬢と、彼女の前に跪いている赤錆色の髪の男性。
 そしてその令嬢が彼に命じる。

“「暗殺者、ザック・ハスレイ。さぁ、第一王子の息の根を止めてきなさい」”


 目の前の二人と、記憶の中の情報がぴったりと一致する。
 既視感にも似た感覚と同時に――――

 カッと目を見開き、勢い良く上半身を起こす。

「オルカナイト・スノウスタン!! ……と、ザック・ハスレイ!!」

 気付いたら叫んでいた。


 見目麗しい青年が二人。私の叫び声を聞いてツカツカとベッドに近寄ったかと思うと、その場に膝から崩れ落ち、そのままベッドに縋るようにして揃ってこちらへ顔を向けた。

 二人の瞳に浮かぶのは、驚きとそれにも勝る深い悲しみ。
 表情は暗く、打ちひしがれている。

「コレット……どうして兄様をそんな風に呼ぶんだい? もうその鈴の音のような可愛らしい声で「オルカ兄様」と呼んではくれないのかい?」
 悲しそうに眉根を寄せてそう述べる横から、同じく悲壮な声が上がった。

「待てオルカナイト、なぜ俺は『ザックで構わない』と爽やかに自己紹介する暇さえ与えられず、ほぼ初対面の令嬢にフルネームで呼び捨てにされているんだ……? やはり、先ほどの件をまだ怒っているのか……あれは、その、俺の魔力枯渇の問題で……本当に、本当に申し訳なかった……」

 片方はその紫色の瞳を悲しげに揺らし、じっと自分を見つめている。
 もう片方は合わせる顔が無いとでも言う様に、しょんぼりと俯いている赤錆色の頭。

 そんな二人に、私は慌てて謝罪した。

「ごめんなさい、お兄様! まだ少し混乱しているみたいで……オルカ兄様はこれからもずっと私の大切なオルカ兄様です! それから……ザック様! こちらこそ先ほどは失礼しました。怒っている訳ではありませんし、むしろ命を救っていただいて感謝しております」

 目の前のイケメン二人の表情が途端に明るく輝いた。
 シスコンとワンコ、そんな単語が浮かんできた。

「コレット……!」
「コレット嬢……!」

 眩しい。

 イケメン二人が至近距離で嬉しそうに笑う姿は、誠に眩しい。
 お兄様の笑顔は見慣れていた筈だが、半年振りに会ったお兄様はその麗しさに磨きがかかっていた。そしてその麗しいお兄様の隣にいても見劣りしないご友人は、笑っていない時の印象と笑顔の印象の違いがこれまた眩しい。

 その時、三人の背後から聞き慣れた足音が聞こえた。

「オルカナイト坊ちゃま、ハスレイ様、そろそろコレットお嬢様をゆっくり休ませてあげていただけますか? リリアナは休憩室で顔を洗ってきなさい」


 ベッドの横にいる三人にそう声をかけたのは、我が家の侍女長であるロジーナ。この家の使用人たちのほとんどは私が小さい時からずっと家にいるが、ロジーナはそのうちでも特に古株の使用人の一人だ。
 すっかり白いものが目立つようになってしまったが、きっちりと結い上げられた髪にしゃんと伸びた背筋、よく通る声には有無を言わせない力があった。

「コレット様、温かい紅茶で少し落ち着きませんか?」
 その威厳とは裏腹に、笑顔を絶やさない彼女はいつだって私たち家族の一番の味方である。先刻からの怒涛の展開に、もうそろそろ頭がパンクしそうだった私には何よりも落ち着いて頭を整理する時間が必要だった。

「ありがとう、ロジーナ。そうさせてもらうわ」
「……はい、コレットお嬢様」

 ロジーナにしては珍しく、答える前に一瞬の間があった。
 が、そこはさすがロジーナ。次の瞬間にはにこやかな返事と同時に有無を言わさない視線をリリアナとお兄様とザック様に送る。

 三人は退室を余儀なくされた。
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