陰湿悪役令嬢は黒猫の手も借りたい

石月六花

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1-3 陰湿悪役令嬢の転生

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「では、私は退室いたしますね。後ほどリリアナをこちらへ寄越しますから、それまでに急ぎで御入用でしたらベルでお呼びください」
「えぇ、ありがとう」

 お礼を言うと、ロジーナが驚いた顔をした。……が、気にしないことにして窓際に据えてあるテーブルセットに座って、彼女が淹れてくれた紅茶を飲む。

 扉が閉まり、一人になったのを確認すると、ふと肩の力が抜けたのが分かった。

 改めて自分の部屋である、と認識できるこの部屋の装飾を眺めてみた。このテーブルセットは私が十四歳になった時の模様替えの際、自分で選んだものだ。可愛らしかった部屋から一転、落ち着きのある雰囲気になったのが嬉しかったのを覚えている。
 天蓋つきのベッドはお父様の希望でそのままにした。「まだまだ私の小さなプリンセスでいておくれ」という言葉が未だ抵抗なく受け入れられるくらいには、私はまだ子供だ。


 私はコレット・スノウスタン、十五歳。スノウスタン侯爵家の令嬢。

 そして、先ほど思い出したこと。私の前世は日本人で、黒猫を助けてその生を終え、その時の『あたし』の記憶が全て現在の『私』に引き継がれているということ。


 その後、お兄様たちの顔を見てさらに思い出した内容が問題だった。
 私が暮らしているこの国、ブレスハイム王国……というより私が転生したこの世界そのものが、前世でプレイしていたゲームの世界であるということ。

『 Love and Melt solitude. ~愛で孤独を溶かして~ 』
 略してラブメル。
 両親をなくし、支えあう兄弟もおらず、一人ぼっちで親戚に酷い扱いを受けながらも耐え続け、孤独な生活を送っていた女子高生がヒロインである。ヒロインはその孤独ゆえにこの世界、ブレスハイム王国へ姫巫女として召喚される。
 そこで何人かの男性と出会い、彼らの孤独を理解し溶かしていく。そのうち一人と恋に落ち、ヒロイン自身も愛を知って二人で困難を乗り越える。
 最終的にはヒロインの持つ、姫巫女としての魔力を使って弱まっていた魔宝石の封印を再び強固なものにする、という乙女ゲームとしては割と王道な女子高生異世界召喚ストーリー。
 

「はぁぁぁ~……」

 そこまでの記憶を整理して、深いため息をつく。
 私はなぜか前世で自分がプレイしていたゲームの世界に生きている。
 信じ難いが、どうやらそうらしい。

 先ほどの濃紺の髪で紫の瞳の、麗しのシスコンはオルカナイト・スノウスタン。現在17歳で、私のお兄様であると同時にヒロインの攻略対象だ。顔を見た瞬間に思い浮かんだ謳い文句は彼の紹介文であり、声だってプレイしていた時のものだった。

「だからって、なんで転生?! 最後までプレイしたかったとは思ったけれど、その世界で暮らしたいなんて微塵も思ってませんけど?! しかも……しかも私……コレット・スノウスタンって!! ……はぁぁぁ~~」

 本日二度目の大きなため息を吐く。
 だって仕方ないと思う。


 コレット・スノウスタン。スノウスタン侯爵家の令嬢であり、第二王子の婚約者。そして、メインヒーローである第一王子のルートでは、第二王子の婚約者でありながら、王妃の座欲しさに第一王子とヒロインの暗殺を企み、失敗し、処刑される。


 ―――処刑、されるのだ。


「そんなの……絶対に、嫌……!」

 カップを持つ手が勝手に震える。
 そっとカップをテーブルに戻すと震えを抑えるように両手をぎゅっと握り締め、思い出したばかりの記憶を総動員する。
 とはいえ、エンディングまでプレイしたのはメインヒーローである第一王子のクリストファー・テオ・ブレスハイム殿下のルートのみ。


 クリストファー殿下のルートでは、彼の婚約者であるナタリアーナ公爵令嬢との愛のない婚約状態や、王城内の意図しない派閥争い、王太子としての重圧。それら全てに一人で耐える彼の孤独を、同じように孤独を抱えていたヒロインが溶かすのだ。

“孤独を抱え、それでも輝く王子様”
 そのキャッチコピーのままに、抱えていた孤独をお互いの気持ちで溶かしあった二人は、様々なイベントを経て仲を深めていく。
 それに嫉妬したナタリアーナ嬢がヒロインを貶めようと様々な嫌がらせを行い、婚約を解消される。
 その時、ヒロインの傍にいて、この世界やナタリアーナ嬢からの仕打ちに戸惑う彼女を支えるのが私、コレット侯爵令嬢。

 そして味方の様な顔をして二人に近付き、その陰で暗殺者を雇い、クリストファー殿下とヒロインの暗殺を企む。 唯一の味方だと思っていたコレット嬢の裏切りに深く傷付いたヒロインをクリストファー殿下が優しく包み込み、二人の仲はさらに深まる。
 

「なんて陰湿なやり方なのかしら。悪役令嬢はナタリアーナ様と思わせておいての暗殺計画、しかも失敗した上に二人の愛はさらに深まる……なんて陰湿な悪役令嬢なの……」

 その陰湿な悪役令嬢が秘密裏に雇う暗殺者が、先ほどの彼。
 ザック・ハスレイ。

“「さぁ、第一王子の息の根を止めてきなさい」” という台詞は、間違いなくゲーム内での私のものだった。


「オルカ兄様のお友達だったのね……」
 もう出会ってしまっていた、暗殺者。
 先ほどの様子だとあまり害はなさそうな人物に見えたが、油断は禁物だ。
 そして今後、彼がどのタイミングで危険人物に豹変するのかも含めて行動を把握しておきたい。

 そんな、暗殺者になる未来が存在する人物を友人に持ち、将来的にこじらせたシスコンになるお兄様がヒロインと恋に落ちるルートなんて、妹である私が処刑される未来が安易に予想できてしまう。嫌すぎる。

 まずキャッチコピーが不穏だ。人間不信な上にシスコン、そして抱える孤独……お兄様に今後いったい何が起こるというのか、こちらも目が離せない……ではなく、なんとか人間不信にならないように気を付けつつ、シスコンも改めてもらわねばなるまい。

 そして孤独の回避ついでに素敵な婚約者でも見つけていただければ、ヒロインと恋に落ちることもなく、私の処刑も回避される……と願いたい。
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