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1-5 陰湿悪役令嬢の転生
しおりを挟むため息を吐いた直後、部屋の扉が控え目にノックされた。
入室を許可すると、まだ目元は赤いものの、だいぶ落ち着きを取り戻したらしいリリアナが入ってくる。
「コレットお嬢様、先ほどは取り乱したりしてすみませんでした。それに……」
その場で頭を下げ、白い頬を一層青白くして、再び泣きそうになっている彼女に声をかける。
「もう良いと言ったでしょう? ほら、顔を上げて?」
「……お嬢様がお優しい……!! やはり先ほどのショックで……」
勢いよくガバリと上げられたその顔は、泣いてはいないが驚きのあまり目が真ん丸になっていた。
せっかく泣いてしまいそうなのを止めたのに、その表情と台詞に思わず笑ってしまう。
「もう、だからどうして……」
そう言いかけて思い出されたのは自らの台詞。
『リリアナ! 今日のワンピースはこれでは嫌よ!』
『こんな髪型では嫌だわ、やり直して! メイクだってもっと目立つ、華やかで素敵なものにしなさい!』
……歴とした我儘令嬢である。
さっき思い出した陰湿悪役令嬢になってしまう未来が、途端に現実味を帯びてくる。
そういえばゲームの立ち絵でのコレットは、常に悪趣味な程に豪奢なドレスを着ていた。
それなのに。
私はこんなにも我儘な令嬢なのに。
心の中に、じわりと違和感が広がる。
お兄様もリリアナも、ロジーナも。私を心から心配してくれているようだった。
家族にも使用人にも、疎まれて仕方ないほどに我儘な令嬢なのに、どうして。
違和感の元を探るため、自らのコレットとしての記憶を辿ってみる。
お兄様が夜会やお茶会へ参加すれば、お近付きになりたいというご令嬢やその親族が、わんさと押しかける。
優秀で華やかなお兄様に比べて地味で平凡な妹の私。
そんな風に自己評価を下していた。それは半分、諦めにも似た感情で、私は物心ついた頃にはそんな風に思って過ごしていた。
そんな感情の中に、ポツンと一つ、染みの様にオレンジ色が広がった。
それはまるで小さな炎の様にゆらゆらと揺れる。
ズキン、と頭痛がしはじめて、慌ててオレンジ色から意識を逸らす。
自分でドレスを選ぶようになってから、私の希望を通して仕立てたものはどれも地味なものばかりだったはず。
濃紺でまっすぐなこの髪を無理やり派手に飾るのはあまり好きではなかったはず。
『コレットはこちらの色も似合うと思うんだけど?』
互いの瞳と同じ、明るい紫色のドレスを手にして笑うお兄様の顔。
『コレットお嬢様、こちらのリボンでしたらあまり派手ではないですよ?』
オフホワイトのリボンを持って、にっこりと笑うリリアナの顔。
『ほら、今日のおやつのクッキーは料理長の自信作だそうですよ』
『スノウスタンのお屋敷のお花は、どれもコレットお嬢様の綺麗な髪にとてもお似合いです』
記憶の中で笑う、家族や使用人の笑顔はどれも温かい。
その温かい笑顔を侵食するように、再びオレンジ色の染みが広がる。
『みんな、心の中では地味な私を笑っているんだわ!』
『みんな、私が地味な事を馬鹿にしているもの!』
いつからか私は、必死になって自らを飾り立て、使用人にも馬鹿にされないように一生懸命尊大な態度をとるようになっていた。
……一体いつから……?
今、自分が着ている派手なドレスと、記憶に新しい自らの尊大な態度。
華美なドレスや髪飾りが苦手だという気持ちと、諦めに近い感情。
まるで別人の様な二つの感情。
……やっぱり何かがおかしい……
「大丈夫ですか? やはりもう少しお休みなった方が……」
急に黙り込んだ私を不思議に思ったリリアナが心配そうに声をかけた。
「平気よ、ありがとう」
「えっ、あ、はい……!」
そんな言葉にも、いちいち驚かれてしまう。
そういえばさっきロジーナにお礼を言った時も同じ様な顔をされた。あの時は頭が混乱していてあえて深く考えはしなかったが、なるほど彼女の反応も、よくよく考えれば納得できる。
しかし、このままでは陰湿悪役令嬢そして処刑まっしぐらなので、できることから改めることにする。
まずは使用人への態度、そしてこの派手な見た目――これは正直に言うと、前世の記憶が戻り、精神年齢がプラスされた結果、いたたまれないからなのだが――。
一つ目は記憶が戻った今なら、普通の振る舞いをするだけで大丈夫そうだ。しかし、この服や髪型だけは彼女の協力なしには不可能だ。
コホンと一つ、少しわざとらしいかな? と思いつつ咳払いする。
「もうすぐ二度目の社交シーズンを迎えるのですもの、私も少しは大人にならなくてはと考えたのよ」
「お、お嬢様……?」
今までが今までだっただけに、まだ不信感が払拭しきれないのかリリアナが首を傾げている。
「髪型や服装もこれまでを改めて、そうね……落ち着いた雰囲気にしていきたいの。リリアナ、あなたの手腕を期待しているわ」
丸くて大きな瞳がこれでもかと見開かれている。眼球が零れ落ちそうよ、リリアナ。
そして固まってしまった。
まだ何か理由がいるかしら。えっと、えっと……
「そ、それに私も少し、考えていることがあって―――」
駄目だ、何も思いつかない。
私が言葉に詰まったその時、正面にいたリリアナが俯いてプルプルと震え始めた。
しまった、あまりに胡散臭かったか……我儘で派手好き令嬢だったのに急にそんなこと言われても信じられないのは当然だ。
「コレットお嬢様ぁぁぁ!! 私……私、頑張りますね!!」
訝しんでいるのかと思いきや、嬉しさのあまりテンションが上がり過ぎだだけのようだった。興奮のあまり涙目になったリリアナが、すぐそばまでやってきて本当に嬉しそうに笑う。
その表情に、これまでの我儘っぷりが伺えて申し訳なくなってしまう。麗しいお兄様と比べて地味で平凡な容姿をコンプレックスに思っていたかと思いきや、尊大な態度で我儘を言い始め、極端なまでに派手なドレスや髪型を要求。そんな私に根気よく付き合ってくれた彼女に、笑顔を向ける。
「ふふふっ、だからこれからもよろしくね、リリアナ」
「……はい! もちろんです!」
これまでの様に派手にしろとは言わないけれど、何もしなければ家名に泥を塗ってしまうレベルで平凡な顔立ちなので、最低限の着飾りは必要である。リリアナの協力は必須だと改めて感じた。
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