陰湿悪役令嬢は黒猫の手も借りたい

石月六花

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1-10 陰湿悪役令嬢の転生

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 お父様から告げられた話と私の反応とで騒々しくなっていたサロンへ向かってくる足音が聞こえた。
「……お、祖母、様……」

 騒々しい中でもはっきりと分かるその堂々とした足音に、少し落ち着きを取り戻す。
 私のつぶやきが聞こえたのか、今度はリリアナが扉を開けてくれた。

「なんだい、騒々しいね」
 お祖母様が赤紫の瞳を呆れたように細めてサロンへ入ってきた。
 魔術師団の元団長であるお祖母様。エヴァンやケイスの祖母とは元団長と元副団長の仲だ。
 若い頃からのトレードマークである濃い青のショートカット、背筋をピンと伸ばした姿は本当に格好良い。

「お義母さん! 早かったですね! じ、実はその……」
 元々の性格もあるが、婿養子であるお父様はお祖母さまに頭が上がらないのだった。


◇◇◇◇◇◇


 これまでの話を聞いたお祖母様が楽しそうに笑っている。

「嫌だと言うなら好きにさせてやれば良いじゃないか」
「し、しかし……」

 あっけらかんと言うお祖母様とは対象に慌てた様子のお父様。
 勝手に条件を提示していたことは、こってりとお母様に叱られていた様子。

 そして、そんなお父様を気遣いながらお兄様が口を開いた。
「さすがに陛下からの打診とあれば、父様が断りにくいのも分かりますが……」
「知りません。モーリッツが全面的に悪いです」
 お母様、しばらく許す気はなさそうだ。

「わ、分かった、そこについては私が全面的に悪かった」
「当然です」
「しかし、断るにしても何か理由が……コレット、以前は婚約者になることを望んでいたよね? 何か理由があるのかい?」
「あぁ、それは私も気になるわ。コレット、何かあるのかしら?」

 お父様とお母様に問われて、返答に困ってしまう。
 まさか正直に「このまま婚約してしまうと処刑されてしまうのです」とは言えない。
 私がまごまごと答えに困っていると、お祖母様が私を手招きしてくれた。

「ちょっとこっちへおいで」
「はい」
 ひとまず渡りに船と思い、そばへ寄るとお祖母様は私へそっと耳打ちした。

「コレット、お前はあの王子が嫌いかい?」
「いいえッ、あ、いや……あの……」

 『ルークザルト王子が嫌いか』
 突然そう聞かれて、『はい』と即答できるほど私はまだこの恋心を捨てきれていなかったらしく……咄嗟に出た答えが『いいえ』だったことに動揺して顔が熱くなる。

「っはは、そうかい」
 そんな私の頭を撫でて、お祖母様はとても楽しそうに笑った。

 そこへ、衝撃の展開のためか呆然としていたザック様がやってきて、深く礼をした。
「コリアンナ・スノウスタン殿。この度はご教示賜われる機会をいただけたこと、感謝いたします」
 挨拶を受けたお祖母様の眼が細められる。その視線を受けたザック様は怯むことなくお祖母様を見つめ返した。
 ほんの数秒、見つめ合っていたかと思うと、お祖母様はいたずらっぽく笑った。

「あぁ、オルカナイトから聞いたよ。魔力枯渇の対策、で良いんだろう? それは良いけど……この状況じゃ、集中できないんじゃないかい?」
「俺……いえ、私はまだまだ未熟者です。これくらいのことで気を削がれている場合ではありませんから」

 お祖母様へそう返すザック様。その真剣な表情から目が離せない。
 そういえば、先ほどもザック様に魅入ってしまう事があった。不思議な方だ。

「そうかい。それじゃあ頑張りな」
 お祖母様は満足そうに頷くと、そう言った。


 そんなやりとりを間近で見ていると、喧々と話していたお父様とお母様の話の矛先が再びこちらへ向いた。

「ねぇ、コレット、そうなんでしょう?」
「え、本当にそうなのかい?」
 嬉しそうなお母様とは対照的に不安そうな顔で聞いてくるお父様。
 しかし、質問の意図が分からないので返答できずにいると、お兄様が横から補足してくれた。

「二人とも、コレットが困ってます。あのね、父様と母様は、ルークザルト殿下以外で、お前にはもう心に決めた人がいるんじゃないかって言ってるんだよ」

 年頃の娘に急に、しかも人前でそんなことを聞くなんて! と一瞬だけ動揺した私に負けないくらい、隣にいたザック様が動揺の為か、カッと目を見開いていた。

「ザック、顔がやばい」
「あぁ……すまない……」
 お兄様の指摘を受けたザック様の顔が元に戻る。婚約者候補騒動含め、他家のご令嬢の恋愛事情に巻き込まれたザック様が気の毒でならない。

「お父様」
「はい」
 お父様の方を向いて、きっぱりと告げる。
「私には今のところ心を寄せている殿方はおりません」
「そ、そうか……」
 お父様はホッとした顔をした後で、首をかしげた。
「でも、それならなぜルークザルト殿下の婚約者候補になるのを嫌がるんだい?」

 もっともな質問に再び答えに窮してしまう。

「それは……」
 すっかり困ってしまい、つい先ほど助け船を出してくれたお祖母様を見てしまう。するとお祖母様は悪戯っぽく笑って自らを小さく指差した。
「あ……!」
 良い考えだと思った。そして実際に試してみたい、とも。


―――せっかく転生できたのに、処刑に怯えて暮らすなんて勿体なさすぎる!


でも、お祖母様の許可を得なければ不可能だ。それにザック様にもご迷惑をかけてしまうかもしれない。
 そう思って迷う私にお祖母様は小さな声で言ってくれた。
「好きにおし」

 それを聞いて、私の心は決まった。
「お父様、お母様。私は魔術の勉強がしたいのです」
「魔術の勉強?」
「はい、そしてゆくゆくは……」
 そこまで言って一度お祖母様の顔を見て、もう一度しっかりと両親の顔を見る。
「魔術師団に入りたいと思います!」
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